26 何者?
女が男を見る。男は女にうなずいて、周囲に他の者の姿が見えないことをさっと確認すると、いきなりアンナへと駆け出してきた。
アンナを黙らせればいいと思ったのだ。
「……っ⁉」
突然の襲撃に、アンナは身構えることすらできずに目を見開かせてしまう。だがその直後、路地から疾風のように飛び出したエリスがアンナの前に割り込んだ。
殴り掛かってきていた男の腕を取って、エリスはその場で身体を半回転させると、男を地面に叩き付けた。
東の国の武術の一つ、一本背負いだった。
「エリス!」
「お怪我はありませんか?」
「う、うん、私なら大丈夫」
うめき声を漏らす男の腹にエリスは掌底を振り下ろして、男の意識が途絶える。アンナがよく見ると、エリスの身体にはほのかな翠色の光がまとわれていた。疾風の魔法による強化の光だった。
「ひ、ヒイッ……⁉」
男が一瞬で倒されたのを目の当たりにして、短い悲鳴を漏らした女がアンナ達に背を向けて逃げ出した。……が。
「逃がしません」
とっさにエリスが手に二つの翠色の光の輪を作り出して、それを女の足元へと投擲する。その光輪は見事女の両足にそれぞれ命中すると、まるで足枷のように一筋の光でつながって女を転ばせた。
「うげぅっ」
女の手から鞄が地面に投げ出され、勢い余ってなかのものが辺りに散らばっていく。財布やメモ帳や簡単な化粧道具などのなかに、包装されているお菓子や雑貨やパックジュースなどもあった。
「アッ、アァッ、これは違うの! 魔が差しただけなのよ!」
足枷がついたまま地面を這うようにして、女がそれらの物品を必死でかき集めていく。アンナはまさかと思った。
「……まさか、それらも盗んだ物なんですか……? うちのお店だけじゃなくて……?」
「違うの! 違うのよ! お金ならあるの! 支払うのをついうっかり忘れちゃっただけなのよ!」
「…………」
アンナは唖然としてしまった。鞄から出てきた品は十点以上ある。それらの支払いを全部忘れたという言い訳は、いくらなんでも無理があった。
あとから追いついてきて一部始終を見ていたデニーが深い溜め息をついていた。
「警察に通報だね。近くの交番に行ってくるよ」
そう言うデニーに、エリスが手の汚れを払いながら立ち上がって言った。
「それならお任せください。通信魔法具を持っていますので」
「…………、一応聞くけど、エリスさんて何者? めっちゃ強いし、割と貴重で高価な通信魔法具を持ってるなんて……。それにエリスさんが守ったアンジェさんも」
「私はただの一般人ですよ。アンジェは大事な友達だから守るのは当たり前です。ねえ、アンジェ?」
澄まし顔で、しれっと答えるエリスに、
「う、うん……」
アンナはぎこちない返事をする。二人の返答に心底では納得していないものの、
「……ふーん……」
デニーはとりあえずそれだけつぶやいて、それ以上追及しようとはしなかった。
やがて通報した警察が到着し、女と気絶したままの男を連行していく。その際に女はいろいろなことを喚いていた。
「私は悪くない! お金を払わなかっただけなのになんでこんな目に遭うのよ! だいたい万引きに気付かないで好き勝手に盗まれまくる方に問題があるでしょ!」
そんなようなことを。
女のその捨て台詞を、デニーはやれやれと肩を竦めて、エリスは眼差しを鋭くして、そしてアンナは口を閉ざして、見送っていた。
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