23 万引き犯
アンナがつぶやくように言う。
「監視魔法がそういうものってことは、やっぱり自分で見張らなきゃってことね。……あ」
気付いて、声が出た。無意識のうちに双眼鏡を持つ手にわずかに力が入る。
「あの人、いま持っていたバッグにパンを入れたわ。カツサンドの隣にあったたまごサンドを。周りの人が見てない時に、素早く」
店に陳列されているパンには、透明な袋に包装されているものと、包装はされずに並べられているものがある。
店員がいるカウンターは下部がガラス製になっていて、店員側から扉を開閉して出し入れできるそこには包装されていない作りたてのパンが陳列されている。
そのカウンター内ではない、店内の商品棚のほうには包装された各種のパンが陳列され、客はそれらのパンから買いたいものをカウンターに持っていって会計を済ませるのである。
アンナが目撃したのは、包装されているたまごサンドをバッグに入れた現場だった。
双眼鏡の視線をアンナが見ていた方向に向けながらエリスが尋ねる。
「どの人ですか?」
「いまお店から出てった女の人。……会計は済んでないわ」
目元から双眼鏡を外して、エリスは肉眼で退店して道を歩くその者を確認した。双眼鏡では接視はできるものの視界が狭く、広範囲から瞬時に人物を特定するのには不便だと思ったからだ。
「焦げ茶色のバッグを持っている女性ですか? 年齢は四十代程の」
「……そうよ。港とは逆方向に行ってる人」
二人の会話から、じいやもその人物を特定したらしい。じいやがアンナに尋ねる。
「どう致しますか? 店に伝えますか? それとも警察に?」
「……後を追ってみるわ。お店や警察に言うのは、その後でも遅くないと思う」
「「…………」」
「もしかしたら、あの人にも何か事情があるのかもしれないし。生活にとても困っていて、お腹が空いて仕方なく盗ってしまったとか」
じいやとエリスは視線を見交わせた。万引きした女性の服装に乱れや汚れなどは見当たらず、生活に困っているようには見えなかったからだ。
だがしかし、主人であるアンナが言うのであれば……じいやは了承した。
「承知致しました。では……」
「私の護衛ならエリスに任せるわ。エリスもパン屋で働いてる店員だし。じいやは引き続きここでお店を見ていて。もしかしたらあの人と昨日の万引き犯は別かもしれないから」
「……承知致しました。もし何かあれば通信魔法具で連絡を」
「ええ。いつも持たされてるこれでしょ」
アンナが右手の指にはめた指輪を見せる。屋敷から離れてパン屋で働くことが決まったあとで、連絡用にと持たされている通信魔法具だった。
道を歩いていく女性を目で追っていたエリスがアンナに言う。
「アンナ様、あの者が離れていきます。見失わないうちに、お急ぎを」
「分かったわ。あ、でも屋上から降りる間に見失っちゃう……」
困ったようにつぶやくアンナとエリスの足元に魔法陣が展開される。転移の魔法陣であり、じいやが使ったものだった。
「路上まで転移させます。どうかお気を付けて」
「ありがと、じいや。助かるわ」
二人の姿が光に包まれて、一瞬後に眼下の道に転移する。そしてアンナを先頭にして、二人は万引き犯の女性を尾行していった。
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