21 パン屋監視作戦
翌日、朝、パン屋の開店時間の少し前。アンナはパン屋の向かい側にある三階建ての建物の屋上、その縁のそばで腹這いになって身を潜めていた。
アンナの目元には双眼鏡が当てられていて、身体には背景にカモフラージュするための薄汚れた布をまとっている。この布は防寒具としての役割もあり、長時間の監視でも風邪を引かないようにするためのものだった。
「……準備は万端、後はまた万引き犯が現れるのを待つだけ、なんだけど」
アンナは双眼鏡を外して、右隣に目を向ける。そこには同じような格好をしたエリスが腹這いになっていた。
「エリスも手伝ってくれるのね」
「もちろんです。この策を提案したのは私ですし、アンナ様は『私達に出来ること』と仰いましたから」
「うん。だから、ありがと。素直に嬉しいわ。それはそうなんだけど……」
アンナが反対側の隣を見た。そこには二人と同じように腹這いで潜むじいやがいた。
「なんでじいやもいるわけ?」
「ここまで転移してきたのは私ですから」
「いやそれはそうなんだけど。じいやはパン屋の店員じゃないけど……」
「私はアンナ様の執事ですから。主人が行うことに付き従うのは当然です」
「…………」
「ご心配なく。もしあのパン屋の他の店員の方に見つかりそうになったら、すぐに姿を消しますので」
「……ま、頼りにはしてるわよ」
じいやの実力は折り紙付きであることはアンナも充分理解している。じいやが手伝ってくれるのであれば、百人力にも等しかった。
万引きは確かな犯罪行為であり、あのパン屋は実際に被害を受けている。便利すぎるからという理由でじいやを協力させない……という選択肢は選べないだろう。
ちなみに、いまこの屋上には三人以外の人間はいないため、エリスもじいやもアンナを本名で呼んでいた。もし他の誰かの気配を察すれば、偽名のアンジェ呼びに切り替えることにしている。
「あ、お店が開店したようね。じゃ、パン屋監視作戦開始よ」
そうしてアンナ達によるパン屋の監視が始まったのだった。
○
パン屋の監視を始めてから昼くらいまではなにごともなく過ぎていった。いつものように客足の入りは良く、子供連れの母親や年配の人達が来店してはパンの紙袋を抱えて退店していく。
好きなパンや美味しいパンを買ったのだろう、親子や友人と来店した客は笑顔で帰宅していった。また地域住民やママ友の交流の場にもなっているのかもしれない、店のなかや外で挨拶や世間話をしている客達もいた。




