17 口惜しい
アンナは口を閉ざして考え込むような顔になる。
エリスが言葉を濁し、アンナ自身の考えに委ねたのは、アンナが王族だからである。アンナとエリスは親しい仲ではあるものの、主人と従者という立場は変わらない。
エリスはアンナに対して否定的なことをはっきり言うのを、はばかっているのである。それは自分の立場を危うくしてメイドをクビになるかもしれないという気持ちも少なからずあるものの……それよりはアンナが傷付かないようにという配慮の気持ちのほうがずっと大きかった。
その結果の言葉として、アンナ自身はどう思っているのかと言ったのであるが……それはアンナに気付きを与えることにつながっていた。
「なるほろ、確かに、私はお客さんと楽しく話したいとは思ってたけど、きちんと接客出来るかは別ね。私は店員で、相手はお客さん……『お客様は神様』なんていう言葉を聞いたことがあるけれど、お客さんに失礼のないように対応したり質問に答えたり会計したりとかは、まだ難しいと思う。接客にレベルがあったとしたら、私はまだ全然レベル1、いえ0ね」
「…………」
そんなアンナを見つめながら、エリスは内心で嘆息していた。王族だからという血におごることなく、自分のことをここまで冷静に分析できるとは……と。
おそらく他のプライドが高い貴族に同じ質問や状況を投げ掛けたとしたら、きっと、いや間違いなく傲慢な言葉が返ってくるはずだろう。貴族である自分がミスをするなど絶対にあり得ない、とか、自分は貴族なのだから客の方が万事を尽くすべきだ、などといった返答を。
(やはりこの方は民や国を導くお方だ。……だが、いまは……死亡したという扱いになっているのが、実に口惜しい)
エリスはそう思ってしまう。アンナの父母は健在であるし、王位を継ぐ兄もいるため、この国の未来自体は明るいだろう。
しかしアンナ自身もなんらかの形で王政に関与することができたら、この国をさらにもっとより良くすることができるはずだと思ってしまうのだ。それができない現実に口惜しく、もどかしく感じてしまうのだ。
「どしたの、エリス?」
なにかしら思いを馳せているエリスの様子に気付いて、アンナが不思議そうな顔を向ける。その声に我に返ったエリスが、主人を心配させないように答えた。
「いえ、何でもありません」
「そう?」
「はい。しいて言えば、アンジェ様、お腹がすいてはいませんか? せっかく賄いのパンが用意されているのですから、ぜひお食べになってはどうですか?」
「もちろんよ。言っちゃうとね、私もこの賄いパンが食べたくて仕方がなかったの。毎日食べてるけど、やっぱり美味しくて飽きないのよね」
そう言って、アンナがバスケットに入っているパンの一つを手に取って頬張り始める。まるでリスのように食べる彼女は、こうして見ると王族ではなく普通の妙齢の女性のようだった。
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