16 いまできること
そしてアンナがパン屋で働き始めてから一週間ほどが経過していた。まだまだ教育係のデニーや他の店員や店長に教わってばかりだが、それでもアンナは充実した毎日を過ごしていた。
そんなある日の昼休み、アンナとエリスはデニーと一緒にお店の休憩室にいた。デニーが二人の前のテーブルに、いくつものパンが入った籐製のバスケットを置く。
「はい、今日の賄い」
「わぁ、いつもありがとうございます」
「喜んでもらえると、こっちも嬉しいね。ま、朝に作ったやつの余り物なんだけどね」
「それでもです。このお店のパンって凄く美味しいですから」
「あはは」
アンナの素直な言葉にデニーが笑顔になる。朝のパン作りの際にどうしてもそれらのなかで形が歪になってしまったり、うっかり焦げ目がついてしまったり、あるいは逆に作りすぎてしまったりなどの理由で商品として売れないものを、こうして賄いとして提供しているのである。
味にはまったく問題はないため、アンナはもちろんのこと他の店員達も喜んで食べていた。なかにはこの賄いパンが食べられるから、この仕事を続けているなどと言っている者もいるくらいである。
「どう、二人とも、仕事は慣れた?」
「はい、なんとか慣れてきました。とはいっても私は雑用ばかりですけど」
てへへと、アンナは頭の後ろに手を当てながら笑みをこぼす。それからエリスに目を向けて……エリスが淡々と答える。
「私も慣れてきました」
「エリスはカウンターでお客さんを相手にしてるんだよね」
「はい」
聞いたアンナにエリスがうなずく。そのとき部屋のドアに店長が現れて、デニーを見つけて声をかけてきた。
「デニー、休憩中のところ悪いけど、ちょっといい?」
「はい、何ですか?」
「デニーに頼んでたやつのことなんだけど……」
そう言いながら店長が廊下を歩いていき、デニーがついていく。エリスと二人きりになったからだろう、アンナは腕を伸ばして上体をテーブルの上に突っ伏すようにした。
ぐでーとしながらアンナが言う。
「いいなぁー、エリス、カウンターのほうで。お客さんと楽しそうに会話してて」
「私としてはアンジェ様のほうが良いと思いますが。黙々と調理器具を洗ったり雑用をこなしていればよいので」
「そぉー? ずっと同じことの繰り返しだけどなぁー。屋敷で編み物したり料理したり花壇を手入れしてるのとそんなに変わんないしー」
「……コックや庭師がいるのですけどね……お任せになっておられればよいのに……」
「編み物や料理や花壇の手入れは楽しいからいいのぉー」
「ここの洗い物や雑用は楽しくないのですか?」
「いや楽しいは楽しいよ、汚れてたものが綺麗になったり頼まれたタスクを片付けていったり、一緒にやってる人達もみんな優しいし。でもねぇー、私としてはお客さんを相手にするつもりだったからねぇー」
「…………、おそらく店長やデニーさんは私達のいまできることを見極めて、作業を割り振っているのでしょう」
「私達の……?」
エリスがうなずいた。
「私は人への対応が上手く、接客をそつなくこなせるだろうと判断されて。アンジェ様は物事への対応が上手く、効率良くてきぱきとこなしていけると判断されて。各々の得意分野に適した割り振りをされているのだと思われます」
「……それってつまり、私にはまだ接客は難しいかもって思われたってこと?」
「……私の口からは何とも……。ですが、アンジェ様自身は、ご自分のことをどう思っておいでなのですか?」
「…………」




