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Boarding

ぎしり、と、そのプロペラ機のタラップを踏みしめれば、撓んだような気がした。

機内に明かりはない。

窓から差し込む、細く弱弱しい、高緯度の陽光。

町工場の片隅に、迷い込んだようだった。

青白く、ぼんやりとした散乱光のなかで、煤があちこちに黒い点をつけ、錆びやオイルの染みがあちこちで揺らめく。

機械油が混じりあった、ヤニ臭い、工業のにおい。

冷えたオイルと、古びた金属、そして微かに灯油のような。

ネジとリベットの篆刻。

油ののった金属が、鈍い、飴色の光を放つ。

フレームがむき出しの外板には、蔦のように頭上を配管がのたうっていた。

べたつく金属に、頬刷りしたくなって、つい肌を近づければ、一瞬の冷たさと共に、微細な埃や、使い込まれた合金そのものの香りの違いが、鼻腔の上端に位置する嗅細胞が感じとられて、脳に伝わった。

うっとりとするようなノスタルジアを感じた。

――いや、もっと煽情的なものかもしれない。


腰掛ければ、少しきしんだ音がした。

武骨な、折りたたみ式の座席。

それが、窓際に取り付けられていた。

進行方向に対して横向きに並んでいて、アームレストはない。

座席というより、ベンチを思わせた。

旅客機としては、最低だった。

外が見える、手のひらほどもない小さな窓は、背中あわせに、並んでいる。

戦争映画だと、ここに兵隊が並んでいたっけ。

ふと見れば、破れたベンチのスポンジが、ぽっと、黄土色の花を咲かせていた。

シートベルトは一応あるが、なんともいい加減で頼りない。

ただの紐もいいところ。

私の小柄な体躯では、目いっぱい金具を締めてすら、腰が遊んで心許ない。

ずっしりとした、落下傘の入った袋を渡されたのが、すべてを物語っていた。

背嚢のように背負ってもたれかかれば、しっとりとした布の柔らかさを感じて、頼りなく冷たい“ベンチ”の背も気にならなかった。

振り向けば、客席を隔てるパンチ板の仕切りの向こうに、燃料タンクが積み込まれている。タンクを隔てて機体の後部に貨物積載スペースがあり、高額なものを含む私たちの撮影機材はそこに集められ、鍵を掛けられていた。

――重心に燃料タンクを乗せたいのはよくわかるけど、機内から丸見えとは。

本来あった貨物庫のかなりの容積が、これに費やされてしまったに違いない。

翼下の増槽は、窓から見ればでかでかと張り出していた。

航続距離を伸ばすための、必死の努力なのだろう。


冷え切った機内。

窓からさす青白い光に、リベットがきらきらと、金細工みたいに輝いていた。

肩をこん、と小突く感触に振り向けば、アリアが覗き込んでいた、

「ケイ、初めての石炭紀調査、どうだった?」

返事に困った。

咄嗟に出た

「情報量が多かった…頭が痛い」

出てきた言葉に、自分でもそりゃないだろ、と思って、私は目を窓枠に滑らせた。


「なにそれ!ふつう、楽しかった!とか、最高!じゃないの?」

――あぁ、やっぱり。

「そりゃぁ、楽しいに決まってるよ。でも、楽しいってさ…」

言い切る間もなく、アリアは、はぁ、と息をついた。

「まったく、ひねくれ者なんだから」

「よくよく、知ってるでしょ」

そうとだけ、私は答えた。



トントン、とタラップをのぼる音がした。

リリィは私たちを一目見るなり、

「ねぇケイ、いいもの、見られた?」と、聞いた。

ころころと表情を変え、首をかしげながら。

「そりゃもう!生きたシダ種子植物に、6枚翅のトンボ、リンボクっぽい何かを食べたり、メガラクネを釣ったり。見るもの全部が見たことないから――」

そう言い始めたとき、何か違和感を感じた。


「リリィ相手だと随分、おしゃべりなのね」

――あ。

「いや、楽しいというのは情報負荷を同時に伴うことで、情報量が多いっていうのは私なりの純粋な賛辞でね。でも、それじゃアリアにしか伝わらないかなと思って」

「ふーん、それなら、いいけど」

アリアは頬杖をつきながら、すん、と鼻先を伸ばした。


「情報が多いって、どういうこと?」

リリィはすとんと腰を下ろす。

好奇心あふれる、大きな目が、私を覗きこんだ。

「…そうだね。見たことのない物を見るだけじゃ、見ただけ。でも、今まで積み上げてきた知識をフル動員しながら、何だろう、どういう系譜にあるんだろう、既存の説はどこが正しくて、どこが間違ってるんだろう。そういった、実態を持たないラベルとつながりが視界を覆い尽くして、蠢きながら世界を蝕んでいく、そんなこと」

「…なんか、大変そうだけど、すごい」

「ね。伝わらないでしょ」苦笑いを浮かべた、その瞬間だった。

機体全体が、腹の底に響くような音と振動のはざまで低く唸り始める。

床から這いあがる深いとどろきが、全身の骨に響いて、顎ごしに振動を聞く。

機窓から見えるプロペラが、ゆっくりと、鈍い影をくねらせながら回り始める。

びりびりと腰を打たれながら機内を見やる。機窓からさす陽は、ゆっくりと向きを変えて、機体はランウェイに進路を撮って、一瞬静止した。

エンジン音が、いっそう甲高くなり、轟轟とした風切り音ともタイヤ音ともつかない轟音の群れがどっと機内を埋めつくす。

聴覚を麻痺させるような喧騒のなか。

「ま、とにかく、最高だった、ってことね!」

貫通を許されたのは、アリアの。吹っ切れたように張り上げられた声だけだった。

うん、と私は、小さくうなづく。


そして、機体はふわりと舞いあがる――ここから、まる一日のフライトだ。

パラー経由で北上し、赤道を越えて――熱帯の海に向けて。


後期石炭紀、モスコビアン。

ボリビア南部、現タリハ盆地からブラジル北部、現パラー州へと向かう、延々と長いフライト。

機窓を眺めながら、ペン先が走る――ノートに書きつけられていた、原稿。


世界の大陸がいま、ひとつになろうとしている。

ひとつになろうとしている、と書いたのには、わけがある。

後期石炭紀のパンゲアは、まだ完成していない。パンゲア、なる語が凡ての(Pan)大地(Gea=ガイアGaia)である以上、この未完成な状態をパンゲアと言い切ってしまうのは、どうにもあまり、いい気がしない。東岸では南北の中国地塊とシベリア大陸が、まだ古テチス海を取り囲むように、巨大な島々をなしていた。

北東においてシベリアと東欧を隔てるウラル海は、まだ細い海路をのこしている。

東岸においてなおパンゲアと呼ぶべき事態が発生するのは、ペルム紀になってからのことである。


いっぽう、大陸の西側においては、パンゲアの形はもう、かなり出来上がっている。

現在のイングランド、ウェールズ、カナダの一部をなすアバロニア大陸、東欧の大部分をなすバルチカ大陸、そして北米の大部分をなすローレンチア大陸は、デボン紀には衝突して、ユーラメリカ大陸をなしていた。現在のイベリア半島を除くヨーロッパと、北米をくっつけた、「ヨーロッパ+アメリカ大陸」というものである。

これらの衝突によってそびえたったカレドニア山脈のふもとは、我々の祖先となる四足動物を生んだゆりかごであったともいわれる。

――ユーラメリカなくして、四足動物なし。

地政学的にも、極めて興味深い。

皮肉にも3億6000万年後、このユーラメリカ大陸一帯を、“新大陸の発見”と称してヨーロッパ白人文化が席捲するのである。

あとにも述べるが、同じ新大陸とはいっても、ゴンドワナに属した南米には、同じくゴンドワナに属したイベリア半島の民が入植し、しばしば混合文化をなすのは、偶然だがあまりにも興味深い対称をなしている。


さて、南半球に目を向けよう。

ユーラメリカが「衝突によってできた大陸」であるとすれば、ゴンドワナは「分裂に取り残された大陸」と言えるだろう。

少なくともカンブリア爆発以降、古生物の時代(顕生代)においては、そうであった。

古生代においても東部ゴンドワナからは南北の両中国大陸やインドシナが分離、北上し、後期石炭紀においては古テチス海に浮かぶ巨大な島々の列―まとめて、カタイシアCathaysiaとよぶ―を形成し、古テチス海を緩く取り巻いていた。

そして中生代にはとうとう、南極、インド、オーストラリア、イベリア半島、そして南米とアフリカに大分裂して、その姿を失った。

つまり、後期石炭紀の時点において、西部ゴンドワナをなす南米とアフリカはしっかりと抱き合っていて、離れようもなかったし、ゴンドワナはひとつの古く、巨大な超大陸として、南半球に君臨していた。


さて――石炭紀におけるパンゲアとは。

北側のユーラメリカ大陸と、南側のゴンドワナ大陸が衝突した姿である。

デボン紀にはゴンドワナは北上して北米およびユーラメリカに迫り、そこに挟まれたレイク海Rheic oceanは石炭紀前期には消滅、中央パンゲア造山帯(バリスカンーアレガーニーーワチタ造山帯)が形成されることとなる。

↑北

北米+ヨーロッパ=ユーラメリカ|ウラル海|シベリア大陸

~~~~~~~~~~~~~~~|        

中央パンゲア造山帯      | 古テチス海  |カタイシア

~~~~~~~~~~~~~  |

南米+アフリカ+南極+インド+オーストラリア=ゴンドワナ

↓南

このような姿になる。

私たちはいま、そんなパンゲアの西岸を旅している。

南米は今の地理とほとんど変わらず、ゴンドワナの西端に、こびりついていた。

(後期石炭紀における南米の気候について、に続く)


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