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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
機械の都、そして凍った町。
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封じられしガス圧ーActive Permafrost Heat Injection & Degassing System-

ヘリコプターは大きく旋回し、また沿岸へと進路をとっていた。

そして通りがかりに見えたのは、奇妙な山々だった。

一見したところ、それは普通の山に見えた。しかし近づいてみると、山々はリング状をなして――いやそうではない、いままで山だと思っていたのは、その外郭だったのだ。山の真ん中ががっぽりとえぐれて、カルデラとなっている。

そして、その底には真っ白な雪と氷が、夏にもかかわらず残っており――直線的なパイプラインが、複雑な幾何学模様を描いていた。

「ねぇリリィ、あれ何?」

アリアがインカムに話しかける。

大きな声だったので、少しびくっとした。

操縦中にこんな大声で話しかけたら、私なら操縦をミスったり、腹を立てるかもしれない。

しかし、それは杞憂だった。

「いいところ聞いてくれたわね!あれは燃料採掘プラントなのよ!温泉を使って氷をボーリングすると、氷の下にトラップされてた地下のメタンガスが噴出するの。これを集めるのね」

――独特な方法で、ちょっと驚いてしまった。

そもそも大量のメタンがあるということは、間氷期には恐らくこのカルデラは巨大な湿地帯となっており、そこに堆積した湿生植物の残骸が長い時間をかけて分解され、ガス化し続けているのだろう。

そこに、温泉パイプラインと地熱発電の送電ケーブルを引いて穴をあけ、回収すれば――地熱エネルギーでほとんど賄いつつ、化石燃料を採掘できる、というわけである。

これは酸素濃度が極めて高い石炭紀において、火気を極力避けるためにも合理的と言える。現代の地球と違って、間違ってもフレアを焚いたりでもすれば、自殺行為だ。

巨大なリングを対角線で結んだような、過剰なまでのパイプラインの理由はそれだろう。まず間違いなく、フレアに頼らずとも圧力を逃がしつつ、回収や貯蔵の冗長性を高めるためだろう。

そして、地熱は用途も使える範囲も限られているから、これはでかい。地熱でロケットが上がるか、飛行機が飛ぶか、と言われれば、かなり厳しい。人工燃料を作るにしても、燃料代の高騰は避けられないだろう。

しかし、そんなにうまくいくものだろうか。

まず、巨大湿地が長年にわたって堆積する必要があり、さらに、そのメタンが逃げないよう、ぴっちりとシーリングされていなければなるまい。

「本当に噴出する?」

私は慎重だった。

「ちぃっとだけ盛ったわ。そう簡単に噴出したら危ないもの。本当は、熱水パイプラインを循環させながら地下に差し込んで、ちょ~っととずつガスハイドレートを溶かして回収するのよ。内筒に熱水を流して、外筒で溶けたガスを分離機に回すのね。戻ってきた熱水は、温泉とヒーターで熱してまた循環させるの」

「まるで蚊だね」

「そうね。APHID(Active Permafrost Heat Injection & Degassing)システムよ~。確かなんかの虫の名前だけど、忘れちゃった」

「アブラムシかな」

――それにしても、どうやってシールされているのだろう?

そう思ったとき、ふっと目下を流れる雲が、カルデラに吸い込まれた。

これだ。

氷河堆積物は、風によく舞う。

そして空気中に舞った微細な堆積物は、カルデラ底にトラップされて緻密な堆積層を作るはずだ。なにせ、背後には巨大なゴンドワナ氷床がある。

ちょうど、石炭紀版のレス、といったところか。

さらにカルデラや温泉があること自体が、この地域では火山活動が活発であることを示唆する。

しかしレスや火山灰だけでは透水性が高くて蓋にはならない。

でも、なにせ中は湿地だ。

微細な堆積物は湛水した湿地帯に降り積もり、時折降る火山灰もまた、水没したはずだ。そして、水は火山灰を粘土化させていく。

緻密な粘土は、湿地に積もった泥炭を封印する。

これが幾重にも積み重なって、氷期の永久凍土と万年雪によりパイのように圧縮されれば、小規模とはいえ採掘しやすいガス田が出現する、というわけだ。


「よくできてる」

そうつぶやいたとき、機体はカルデラを抜け、そのふもとにある小さな町へと、降下を開始していた。

カルデラから伸びる輸送鉄道が、トンネルを抜けて街に伸びているのがみえた。

そしてそこは――今までみてきた荒涼とした光景が嘘みたいに、緑に満ち溢れていた。

「わぁ、本当に久しぶりねこの街!ねぇリリィ、荷物は届いてるんでしょ?」

アリアの口調は普通だった。むしろ穏やかですらある。

――なのに、声だけやたらとデカい。私は思わず顔をしかめた。

「アリア、ちょっと声…」

「いいのいいの、ヘリのインカムは音量自動調節にノイズキャンセリング。大きい分には全然OK」

「えぇ、届いてるはずね。全っ力で急げってお願いして、さっき連絡があったもの」

とインカムから返事が返ってくる。

一瞬の沈黙。――そして。

「……ついに」アリアが小さくつぶやく。

そして、爆発するように叫んだ。

「ついに!私のターン!! 聞いてた!? ケイ!? もう勝ったも同然ね!さあ行くわよ、みんな!カメラよし!網もある、着地まではあと1分!ここからはみっちり調査と採集、収録ねぇ!!!ひゃっほー!」

等等と(何を言っていたのかは覚えきれていないが)アリアが叫ぶので、

――だから声、と言いそうになった。

そう、すぐ隣なのである。

私にもノイズキャンセル、つけられないかな。


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