封じられしガス圧ーActive Permafrost Heat Injection & Degassing System-
ヘリコプターは大きく旋回し、また沿岸へと進路をとっていた。
そして通りがかりに見えたのは、奇妙な山々だった。
一見したところ、それは普通の山に見えた。しかし近づいてみると、山々はリング状をなして――いやそうではない、いままで山だと思っていたのは、その外郭だったのだ。山の真ん中ががっぽりとえぐれて、カルデラとなっている。
そして、その底には真っ白な雪と氷が、夏にもかかわらず残っており――直線的なパイプラインが、複雑な幾何学模様を描いていた。
「ねぇリリィ、あれ何?」
アリアがインカムに話しかける。
大きな声だったので、少しびくっとした。
操縦中にこんな大声で話しかけたら、私なら操縦をミスったり、腹を立てるかもしれない。
しかし、それは杞憂だった。
「いいところ聞いてくれたわね!あれは燃料採掘プラントなのよ!温泉を使って氷をボーリングすると、氷の下にトラップされてた地下のメタンガスが噴出するの。これを集めるのね」
――独特な方法で、ちょっと驚いてしまった。
そもそも大量のメタンがあるということは、間氷期には恐らくこのカルデラは巨大な湿地帯となっており、そこに堆積した湿生植物の残骸が長い時間をかけて分解され、ガス化し続けているのだろう。
そこに、温泉パイプラインと地熱発電の送電ケーブルを引いて穴をあけ、回収すれば――地熱エネルギーでほとんど賄いつつ、化石燃料を採掘できる、というわけである。
これは酸素濃度が極めて高い石炭紀において、火気を極力避けるためにも合理的と言える。現代の地球と違って、間違ってもフレアを焚いたりでもすれば、自殺行為だ。
巨大なリングを対角線で結んだような、過剰なまでのパイプラインの理由はそれだろう。まず間違いなく、フレアに頼らずとも圧力を逃がしつつ、回収や貯蔵の冗長性を高めるためだろう。
そして、地熱は用途も使える範囲も限られているから、これはでかい。地熱でロケットが上がるか、飛行機が飛ぶか、と言われれば、かなり厳しい。人工燃料を作るにしても、燃料代の高騰は避けられないだろう。
しかし、そんなにうまくいくものだろうか。
まず、巨大湿地が長年にわたって堆積する必要があり、さらに、そのメタンが逃げないよう、ぴっちりとシーリングされていなければなるまい。
「本当に噴出する?」
私は慎重だった。
「ちぃっとだけ盛ったわ。そう簡単に噴出したら危ないもの。本当は、熱水パイプラインを循環させながら地下に差し込んで、ちょ~っととずつガスハイドレートを溶かして回収するのよ。内筒に熱水を流して、外筒で溶けたガスを分離機に回すのね。戻ってきた熱水は、温泉とヒーターで熱してまた循環させるの」
「まるで蚊だね」
「そうね。APHID(Active Permafrost Heat Injection & Degassing)システムよ~。確かなんかの虫の名前だけど、忘れちゃった」
「アブラムシかな」
――それにしても、どうやってシールされているのだろう?
そう思ったとき、ふっと目下を流れる雲が、カルデラに吸い込まれた。
これだ。
氷河堆積物は、風によく舞う。
そして空気中に舞った微細な堆積物は、カルデラ底にトラップされて緻密な堆積層を作るはずだ。なにせ、背後には巨大なゴンドワナ氷床がある。
ちょうど、石炭紀版のレス、といったところか。
さらにカルデラや温泉があること自体が、この地域では火山活動が活発であることを示唆する。
しかしレスや火山灰だけでは透水性が高くて蓋にはならない。
でも、なにせ中は湿地だ。
微細な堆積物は湛水した湿地帯に降り積もり、時折降る火山灰もまた、水没したはずだ。そして、水は火山灰を粘土化させていく。
緻密な粘土は、湿地に積もった泥炭を封印する。
これが幾重にも積み重なって、氷期の永久凍土と万年雪によりパイのように圧縮されれば、小規模とはいえ採掘しやすいガス田が出現する、というわけだ。
「よくできてる」
そうつぶやいたとき、機体はカルデラを抜け、そのふもとにある小さな町へと、降下を開始していた。
カルデラから伸びる輸送鉄道が、トンネルを抜けて街に伸びているのがみえた。
そしてそこは――今までみてきた荒涼とした光景が嘘みたいに、緑に満ち溢れていた。
「わぁ、本当に久しぶりねこの街!ねぇリリィ、荷物は届いてるんでしょ?」
アリアの口調は普通だった。むしろ穏やかですらある。
――なのに、声だけやたらとデカい。私は思わず顔をしかめた。
「アリア、ちょっと声…」
「いいのいいの、ヘリのインカムは音量自動調節にノイズキャンセリング。大きい分には全然OK」
「えぇ、届いてるはずね。全っ力で急げってお願いして、さっき連絡があったもの」
とインカムから返事が返ってくる。
一瞬の沈黙。――そして。
「……ついに」アリアが小さくつぶやく。
そして、爆発するように叫んだ。
「ついに!私のターン!! 聞いてた!? ケイ!? もう勝ったも同然ね!さあ行くわよ、みんな!カメラよし!網もある、着地まではあと1分!ここからはみっちり調査と採集、収録ねぇ!!!ひゃっほー!」
等等と(何を言っていたのかは覚えきれていないが)アリアが叫ぶので、
――だから声、と言いそうになった。
そう、すぐ隣なのである。
私にもノイズキャンセル、つけられないかな。




