プロピンキュイティ
駐機場の隅にとまる、一機のヘリコプター。
「ついでだから、ちょっと周遊しましょ。」
そう言って、リリィは軽やかにコクピットに乗り込んだ。
あの身のこなし。体にぴったりの茶色いパイロットスーツ姿。
ようやく彼女は本当にパイロットなのだという、実感が湧いた。
それまでは、正直ずっと「えらく頭がキレて、めずらしく話が通じる人」という認識が強すぎた。話が通じる人に飢えてきたから、あまりにも嬉しかったのだ。
――そう、腹を割って話しできる人は教授クラスか、アリアくらいだったからだ。
正直、底知れないものを感じていた。話せば話すほど、もっと話し込みたくなった。
しかし、そういう好感を取り払ってみると、「アリアの友人で、この旅のガイド」という認識をついついしてしまっていた。
むしろ、認めたくなかったのかもしれない。
――私は、知っているだけ。飛行機の操縦なんて、逆立ちしたってできないから。
ちょっとした、嫉妬心か。
コクピットに除くヘルメット姿は、ちょっとうらやましかった。
リリィの声がインカム越しに響く。
「上空はもっと寒いわよ~!座席に防寒着と毛布があるから、使ってね!」
私は、防寒着に手を伸ばす。厚手で、羽織るとふわりと温かさがにじんだけれど、ぼかぼかだ。袖が長すぎて、手がすっぽり隠れてしまう。
いっぽうでアリアを見れば――今度は袖も裾も、足りていない。
臍のあたりが少し足りていなくて、なんというか、そういうファッションに見えた。
――サイズがあってないだけなのに。
「じゃ、先に入るね」
そういうとアリアはその長身を、狭いキャビンにねじ込む。
そして端っこにぎゅうぎゅうに詰めて、私が乗るのをじっと待っていた。
キャビンは、2席。
大人2人が並ぶには、ちょっと厳しい幅だった。
人工皮革の座席は少しひび割れていて、冷たかった。
乗り込むと、キャビンのドアが、ゆっくりと締まる。
すると、アリアはふっと息をついて、少し縮こまっていた体をようやくもとに戻した。
――あぁ、キャビンのドアに挟まれないように、あけてくれてたんだな。
そう思ったときだった。
アリアはふっと、こちらに身を乗り出してきた。
その大きな肩と背中に、ふっとそこからじんわりとにじむ、体温を感じた。
そして甘く、上品な香りが、ふわりと鼻腔にこだました。そういう体質なのか、柔軟剤だろうか。ほんの控えめで、さりげないけど、心地よかった。
「ちょっと貸して」
そう言って、彼女は私のシートベルトを手に取って、腰に回し、カチッと留めた。
そのとき、指先がふれた。
「…自分でできるよ」
思わずそう言うと、
アリアは私を見て、少し笑った。
「でも、2人きりの旅って、初めてでしょ?」
そう言って、毛布をそっと私の膝にかけた。
毛布をかけたあとも、アリアの腕は私の膝に触れたままだった。
毛布の断熱効果以上に、ポカポカした気がした。
彼女はそのまま片腕をシートに突いたまま、私の顔――いや、もしかしたらその先――を見つめていた。
私は、そっと見上げた。
……近すぎる。
彼女の視線が、まっすぐこちらを捉えていることに気づく。まったく動かない。
逸らしたのは、私のほうだった。
「ありがと」
そう呟いて、私はやたらと窓の外が気になるふりをした。
――はるばるこんなところまで来たのだ、そんなことを気にしている場合ではない。
でも、狭い機内に2人並んで密着するのは、ちょっと――気まずかった。
小型ヘリの狭いキャビンは、どこか、馬車に似たものがあると思う。
プライベートで、どこか、優雅だ。
今まで全然、そういうことを気にしたことはなかった。
けれどどうしても、なんというか…お互いを、意識してしまう。
…なんでこんなに緊張してるんだ、大学時代からもう何年も、友達どうしじゃないか。
気まずい空気を打ち破ったのは、インカムからのリリィの声だった。
「そろそろ、いいかしら?」
キュイーン――というエンジンの高音。
ローターがゆっくりと回り出す。
地面がぐらりと揺れて、体がほんの少し押しつけられるような感覚。
そして、ふわりと――浮いた。
「20分くらい寄り道するわ」
そういうと、ヘリは高々と舞い上がる。
空港は小さくなり、目下を流れる景色が、スピードアップした。




