ミニ鱗木/―描写を支える科学的背景― 鱗木とミズニラのあいだ
「これ、ミニ鱗木?」
そう聞かれて、ようやく向き合わざるを得なくなった。
この湿原に無数に生えている、サボテンにも似た、柱状の植物である。
高さは、腰くらいのものが多かった。
アリアが「ミニ」鱗木と称したのも納得な、小さな植物である。
ただし、枝は一本もない。
時々、二叉になっているものもあったが、ほとんどはただの棒だ。
太さは、1から5㎝ほど。
針のような葉を密生させ、まっすぐに伸びる。
そして、途中からシルエットが細くなって、先端部では本当に棒だけのようになってしまう。葉が短く、直角に曲がって、茎に沿うような形になっているようだ。
少し、シマナンヨウスギの成熟した枝に似ている。
成長期によって、葉を出す時期と胞子葉を出す時期に分かれているようで、バンド状の模様をなしている株もあった。てっぺんに葉をつけている株は少数しかない。
どうやら、一年の間に、だいぶ伸びるらしい。
下の方では古い葉が乾いてちりちりになり、すでに抜け落ちて幹の表面が剥き出しになっていた。
さらに株によっては、一番外側の茎の表皮がベロリと剥けたまま、お構いなしに成長を続けているものもある。
伸びすぎて自重に耐えきれなくなった株はそのまま泥に倒伏し、そこからまた直角に上へ向けて成長を再開しているものも多かった。
葉の基部は、ごくごく細長い菱形。
上1/3くらいから出た針状の葉の付け根から、下向きに膨らみが流れている。
アリアは一本を手に取りつつ、
「デボン紀のゴンドワナ大陸へ行くと、こういうミニ鱗木をよく見るんだけど。それの生き残り?」と聞いてきた。
――そういう大雑把な質問が一番困るんだよな、と思いつつ。
「Bumbudendronではあるけど、鱗木なのかどうかは、微妙。つながりも…微妙」
「微妙」
「そもそもリンボク類をどこからどこまでにするかが問題だけど…」
「でもこの菱形の網目模様、鱗木そのもの、じゃない?」
「確かにそう見える、んだけどね…細かく見ていくと、この葉の下に流れるふくらみとか、葉の付け根の小舌が葉枕に刺さってないとか、胞子嚢が穂じゃなくて幹についてるとか、色々違う」
「じゃあ、枝や分岐がほとんどないこの形は?」
「それは、化石の断片からでは樹形全体を言い切れなかったポイントだから、なんとも言えないなぁ」
「ねぇあなたたち。これ、食べたことある?」
横で私たちの小難しい議論を聞いていたリリィが、さっとその伸び始めたばかりの胞子嚢がついた先端部分を三本ほどナイフで刈り取ると、器用に皮を手で剥いて私に手渡してきた。
もとが一センチほどの太さしかないこともあって、皮を剥くと食べられる芯の部分はもう五ミリくらいしかない。
おそるおそる口に含んでみると、濃厚な甘酸っぱさが口いっぱいに広がったあとに、少しだけ青臭い苦みが残った。
「……すごい甘味」
「野遊びする時の、定番のおやつね。もっとずっと太くて大きい立派なやつは高級食材なんだけど……そういうのはみんな首都のパラーへ売りに出されちゃって、私たちじゃ手が出せないわ」
道沿いに生えている株の多くが、何か刃物でスッパリと刈り取られたように不自然に短くなっていた理由にも納得がいった。誰かがこんな風に、道草を食う感覚でおやつに刈り取って食べていたというわけだ。
気にしてみると、足元の泥の上に割と新しい、剥き捨てられたと思しき皮の残骸がいくつか転がっていた。
「じゃあ、こっちの草は別の植物?」
アリアが指差したのは、足元の泥に無数に茂る、ウニのようなトゲトゲの植物のことである。
ほとんど、湿原の一面を緑に覆い尽くしていると言っても過言ではない。
糸のような葉が数本、泥からちょろりと直接伸びているだけの極小のものもカウントに含めるならば、だが。
「幼木かな。多分数年はロゼット状に成長して、それから茎が伸びるんじゃないかな」
足元の幼木は、現代の地球の水辺に生えるある種のミズニラによく似ているように思えた。
たしかに、このような幼木が柱のように高く成長するのをやめ、足元サイズのままで直接胞子をつけるように進化すれば、リンボク類「に似た」この植物の祖先から、現代のミズニラのような水生植物が生じたというシナリオも納得しやすい。
そして――もしこれが本当にミズニラに近い生理的特性を持っているとなれば、この過酷な湿地でこれほどまでに優占している理由にも納得がいく。
彼らは葉からだけではなく、泥に沈んだ根からも昼夜を問わず土中の二酸化炭素を効率よく取り込むことができる。だからこそ、酸素濃度が高すぎて通常の植物なら光呼吸(光合成の阻害現象)が発生してしまうこの石炭紀の大気環境下でも、急激な成長が可能になるのだ。
行きのヘリコプターから見下ろした見渡す限りのツンドラ湿原も、おそらく一面がコケ植物と、この「リンボク様の植物」に覆い尽くされていたのだろう。
ランナー(匍匐茎)を持たず、切り倒された茎の途中から根が出ないために挿し木も取り木もできない、極めて原始的で不器用な構造の植物。そんな彼らがこの広大な湿地帯で圧倒的な王者のように優占しているのも、植物生理学的な観点から見れば十分に頷ける話である。
私は手元の甘酸っぱい芯を囓りながら、そんな話をした。
そして、ふと視線を横に逸らすと、そこに生えていた「スギナ」に似た植物の茎の途中に、腋生の小さな胞子嚢が直接ついているのが目についた。現代のトクサ類に見られるような、六角形の鱗片葉が密集して頭頂部につく「ツクシ」状の立派な穂は、影も形も見当たらない。
つくづく、この時代の植物は安心できる現代的な見た目をしていても、その構造や生態は油断ならないと思わされざるを得なかった。
―描写を支える科学的背景― 鱗木とミズニラのあいだ
リンボク類は、しばしば「巨大なヒカゲノカズラ」というように紹介される。
しかしながら、実際に近縁なのはむしろ無茎のミズニラ類であり、ミズニラのお化けがリンボク類とするか、もしくはリンボク類が極限まで縮んでしまった姿がミズニラ類なのではないか、といわれている。
さて、このリンボク類とミズニラ類に関してなのだが、ミズニラとリンボクだけ見ているといまいち見えてこない。この終わりなき議論に長らく用いられてきたのが、三畳紀に極めて栄えた木本状ミズニラのPleuromeiaであるが、(Pleuromeiaの最近の動向に関してはZhang & Sun. (2023)など参照)他にもものすごくたくさん、ミズニラ類ともリンボク類ともつかない植物が存在していたことについて、ここでは軽く触れておく。
現生ミズニラ類と、もっとも代表的なリンボク類であるレピドデンドロンLepidodendronの違いは、1.木本状か、茎を持たないか 2.うろこ状の葉枕を持つか持たないか。3.胞子嚢は穂状につくか、栄養葉と区別のつかない葉の基部につくか。4.胞子嚢に入る機能的な大胞子(雌の胞子、種子に相当)は1つか、多数か 5.根系は放射状のリゾモルフの周囲から細根が放射状に出るか、塊根から細い根が放射状に出るか(なお相同関係に諸説あり)…といったあたりがすぐに浮かぶ。
しかしながら、1.茎を持つか持たないか、でいえばプレウロメイアは幹をもつし、2.葉枕を持つかどうか、は見た目上クリアカットだが、祖先形質を残すか否かの問題かもしれない。3.胞子嚢が穂状につくかどうか、という点に関しては、OmphalophloiosやBumbudendronなど、幹のように見える部分に胞子嚢がつくものは多く、やはり怪しい。(Opluštil et al., 2019., Coturel, 2025)4. 機能的な大胞子の数、に関しては、リンボク類と呼ばれるものの中でもほんのわずかな、小さなグループしか括れない。5.根が出る部分が放射状か塊状か、ということに関しては、Brasilodendron、Chaloneriaなどなど、塊状のものをもつ「外見上はリンボク類に似た」植物が沢山ある。(Mottin et al., 2022)
このように、どこからリンボク類?といわれると極めて難しい。しかもリンボク類らしいものという定義がもっぱらヨーロッパの大型属に限られてきたため、かなり範囲が狭い。
今回紹介したBumbudendronもまた、リンボク類そっくりな葉枕(あ、リンボク類の鱗模様は葉が脱落した後だと日本では迷信されていますがこれは間違い。解説はそのうちやる)をもち、素人目には文字通り「ミニ鱗木」といった姿をしている。
ところが胞子嚢は幹に直接つくし、分岐の痕跡もいまのところ知られていない。
根系についてはまだ知られていないが、おそらく塊状であると推測した。
なぜなら、放射状の根系はふつう、胞子嚢穂が球果状のものに見られるためである。この構造を持つものでもっとも原始的なのは明らかに球果状の胞子嚢穂を脱落性の枝の先端に付けるParalycopoditesである(DiMichele & Bateman, 2025)。つまり、球果状の胞子嚢穂を持たないもので、放射状のリゾモルフを確実に持つものは無い。
さて――こうしたリンボク類ともミズニラ類ともつかない植物が石炭紀にはかなりの多様性を誇っており、そうしたものの中で極端な2例―ミズニラとリンボクーばかり取り上げられるので、まったく別のものに見えてしまうということである。
Coturel, E. P. (2025). The Carboniferous Gondwanan lycophyte Bumbudendron, revisited. Geobios, 88, 61-69.
Archangelsky, S., Azcuy, C. L., & Wagner, R. H. (1981). Three dwarf lycophytes from the Carboniferous of Argentina*. Scripta Geologica, 64, 1-35.
Opluštil, S., Pšenička, J., & Bek, J. (2019). Omphalophloios wagneri sp. nov., a new sub-arborescent lycopsid from the middle Moscovian (Middle Pennsylvansian) of the Illinois Basin, USA. Review of Palaeobotany and Palynology, 271, 104105.
Opluštil, S., Pšenička, J., & Bek, J. (2019). Omphalophloios wagneri sp. nov., a new sub-arborescent lycopsid from the middle Moscovian (Middle Pennsylvansian) of the Illinois Basin, USA. Review of Palaeobotany and Palynology, 271, 104105.
DiMichele, W. A., & Bateman, R. M. (2020). Better together: joint consideration of anatomy and morphology illuminates the architecture and life history of the Carboniferous arborescent lycopsid Paralycopodites. Journal of Systematics and Evolution, 58(6), 783-804.
Mottin, T. E., Iannuzzi, R., Vesely, F. F., Montañez, I. P., Griffis, N., Canata, R. E., ... & Garcia, A. M. (2022). A glimpse of a Gondwanan postglacial fossil forest. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 588, 110814.
ZHANG, Y., & SUN, G. (2023). Recent advance on study of Pleuromeia. Global Geology, 26(1), 1-8.




