ブラジロデンドロン
遠目にも、その2種目のリンボクもどきは、まるで異なって見えた。
葉は長く、ぼんやりと、霞がかかったようなのだ。
葉の縁がけば立って、そこが白く光を乱反射するためである。
そして、これもまたひたすらまっすぐで、まったく分岐がない。
もっともよく育ったものでは、直径は50㎝ほどもある。
なるほど、一本一本移植栽培するわけである。
幹の下の方では、葉枕同士がとても離れて、ぽつぽつと点在するだけになっていた。
育ってから幹が拡張していく、ということであろう。
「さっきのがブンブデンドロンで、こっちブラジロデンドロン。どこが違うと思う?」
私は尋ねた。
「…大きいのと葉がけば立ってるのと、あとはうろこ状の部分がちょっと幅広い?葉はこっちのほうが長い」
「うんうん、だいたい正解」
「で…分類には、どこが重要なの?撮影するときにそこ、アップしておきたくて」
「葉枕、あ、さっき説明した菱形の部分ね…の形状と、基部がS字状になった葉がついたままで落葉しないこと、その直上に小舌孔がないことかな」
「小舌孔?」
――じつに目立たない器官が、重要な意味を持っていることがある。
「小舌ってのは、小葉植物の葉の基部にある小さな突起。この有り無しで分類が大きく分かれる」
「…それだけで?」
「そう、でもあるグループとないグループでは、他にも違いがあるから…現生の植物だとミズニラ類とイワヒバ類が小舌をもつ、という点で共通しているという話なんだけどね」
「…うん」
「リンボク類は小舌が入っていた孔があるので、ミズニラ類やイワヒバ類に近いと考えられているんだけど、問題はこのブラジロデンドロンやブンブデンドロンの葉枕には小舌孔が見当たらないことなんだよね。ブンブデンドロンは葉舌がついた葉の化石が確認されているから、いいんだけど。」
葉をむしると、基部にはほんの1ミリあるかないかばかりの、半透明の甘皮のようなものがついていた。
「あった。これ」
「――これ?」
あまりの小ささに、アリアは唖然としていた。
「そう。そうだよ…昨日もらった株だとわからなかったんだよ、あんまりにも小さすぎて…これですよこれ。ほぉ。。。」
私はついつい、そんな挙動不審なことが口から出てしまったことに気づいて、それがばっちり撮られていることに気づく。
――ところで小舌孔の有無を除いてユーラメリカのパラリコポディテス(ベルゲリアとかウロデンドロンと呼ぶ人もいる)と南米のブラジロデンドロンは区別が難しいのだが、全体を見ると全く違っている。
さきほど植えた小苗でも、塊茎状の担根体はあっても、スティグマリア型の胞子嚢穂はなかった。ここにある株を見ても、そうだ。
パラリコポディテスでみられるような、側方に縦一列に並んだ脱落性の生殖枝は見当たらないし、松ぼっくりのような胞子嚢穂も見当たらない。
うーむ、木を見て森を見ず、とはいうが、見てみれば明らかであるなあ。
――と、思ったとき、ふと、不思議なことに気づいた。
雑草がまるでないのだ。
全てがリンボクもどきで構成されている。
「ロドリゲスさん、ここの雑草管理ってどうやってるんです?」
すると爺は、にっひっひ、と笑いを浮かべた。
「企業秘密じゃよ。」
「なるほど、うまく管理されてるわけです」
というと、
「なに、塩を撒いとるんじゃ」
といった。
泥を舐めてみても、しょっぱさには気づけなかった
――が、ブラジロデンドロンの気孔は塩生植物や乾燥地の植物に見られる落ちくぼんだタイプであったなあ、と、ふと思い返す。
「その、被害とかないんですか?」
「塩を入れすぎると成長が鈍るからな、試験区を設けて濃度を変えて、計算して撒いとる。その量は…企業秘密だな」
そういって、また欠けた歯を見せたのであった。
ー描写を支える科学的背景ー石炭紀後期~ペルム紀の“鱗木もどき”、ブラジロデンドロンの復元について
さて、では気を取り直して、今回描写したブラジロデンドロンについてみていこう。
ブラジロデンドロンおよびブンブデンドロンは、極めて息が長い属である。
ブラジロデンドロンは石炭紀後期(前期にもいたかもしれない)からペルム紀前期、グロッソプテリスなどと同じ時代にも繁栄していた。(Bernardes-de-Oliveira et al., 2016)繁栄のピークはSakmarian–Artinskianと考えられている。今の所ペルム紀中期からは知られていない。
リコポディオプシスはペルム紀前期に出現し、ブラジロデンドロンと同時からその後にかけてグロッソプテリス類の生育した時代の水湿地に繁茂していた。リコポディオプシスはその後、ペルム紀中期の
Capitanianまで繁栄する。
石炭紀を描く本作ではリコポディオプシスの出番はないが、ここでは、リコポディオプシスについても少し触れることとする。
ブラジロデンドロンははじめ、Carruthersによってリンボク類のフレミンギテスFlemingitesに属するとみなされた。Carruthersは当時レピドストロブスLepidostrobusとよばれていたものを、「胞子嚢に複数の機能性大胞子があるか、一つの大胞子があるか」によって区分し、この区分によれば複数の大胞子をもつブラジロデンドロンの「胞子嚢穂」はフレミンギテスに属することになった。
――というところで、余談。
フレミンギテスはその後レピドストロブスとまた混同されることになるが、これは後にまた別属として区別されるようになり、現在では樹皮ベルゲリア Bergeriaや枝パラリコポディテスParalycopoditesに対応する胞子嚢穂だと考えられている。
――余談終わり。
しかしCarruthersの報告したF. pedroanus はEdwardsによってほかのゴンドワナのリンボク類様の植物とともにリコポディオプシスLycopodiopsisにまとめられた。
しかし胞子嚢穂ですらなく、胞子嚢をつけた枝の一部であった。リコポディオプシスは枝の内部構造に基づいて記載されたため、葉枕様の器官をあらわす“L“ pedroanusとの比較は難しく、新属Brasilodendronが記載されるに至る。現在では、リコポディオプシスは丸から逆三角形の葉基部を、ブラジロデンドロンは菱形の葉基部をもつなど、葉枕ないし葉基部の形状も異なるとみなされている(de Carvalho et al., 2022)し、リコポディオプシスでは分岐する枝が知られている(de Faria et al., 2009; de Calvalho et al., 2022))のに対して、ブラジロデンドロンにおいては今のところ分岐が報告されたことがない。
葉はブラジロデンドロンの場合、縁に剛毛ないし毛状の構造があったとされている。
これは、生きているときには恐らく、白くけば立って見えたことだろう。
担根体はブラジロデンドロンにおいてよく知られており、球根状ないしそれに襞の付いたProtostigmaria型である。ミズニラ類やシャロネリア類のものに似ていないまでもない。おそらくブンブデンドロンとリコポディオプシスにおいては知られていないが、塊状の担根体とみなしたほうが系統的にはしっくりくる。
スティグマリア型の分岐する担根体はごくわずかなリンボク類の派生的なグループ、つまりパラリコポディテス、ディアフォロデンドロン科、レピドデンドロン科くらいにしか見られないからだ。
樹形だが、ブラジロデンドロンがまったく分岐しない植物であったのか、それとも分岐しない幹から分岐しない脱落枝をつけただけなのかはいまいち判断が難しい。
ただ、その大きさや、まったく根を伴わない枝だけの集合が知られている(Spiekermann et al., 2018)ことからすると、どうも私は、後者の分岐しない脱落枝に賭けてみたいと思う。
リコポディオプシスもブラジロデンドロンも、幹の直径はかなりのものになったようで、60㎝に達するものが知られている。これはおそらく、10m程度の大きさにはなったであろうことを示しているが、すべての個体が巨大であったわけではない点に注意が必要である。ブラジロデンドロンの化石林では、幹の太い個体から細い個体まできわめて密に入り混じっている。(Mottin et al., 2022)小葉植物の二次成長が乏しい点からすると、成長初期の大きさが最終サイズを左右したはずだ。
作中の描写への関連
おそらく発芽した場所の株間や、栄養条件にその大きさが支配されていたのではないだろうかと思われる。
(だから、作中では大きく育てるには移植栽培としたのである)
また、この仲間は他にほとんどほかの化石が産出しない、純群落を作ったと考えられており、それは汽水域であった可能性もまた指摘されている。(Mottin et al., 2022)
念のため根を描くのは報告が多いブラジロデンドロンだけにした。
Carruthers, W., 1869. On the plant remains from the Brazilian coal beds, with remarks on the genus Flemingites. Geol. Mag., 6: 151--156.
Edwards, W.N., 1952. Lycopodiopsis, a southern hemisphere lepidophyte. Palaeobotanist, 1: 159--164.
de Faria, R. S., Ricardi-Branco, F., Giannini, P. C. F., Sawakuchi, A. O., & Del Bem, L. E. V. (2009). Lycopodiopsis derbyi Renault from the Corumbataí Formation in the state of São Paulo (Guadalupian of Paraná Basin, Southern Brazil): New data from compressed silicified stems. Review of Palaeobotany and Palynology, 158(1-2), 180-192.
de Carvalho, T. S., Fernandes, M. A., Ricardi-Branco, F., Ghilardi, A. M., Peixoto, B. D. C. P. E. M., Buck, P. V., & Aureliano, T. (2022). A plant fossil assemblage of Lycopodiopsis cf. derbyi from the Corumbataí Formation, Paraná Basin, São Paulo State, Brazil. Palaeobiodiversity and Palaeoenvironments, 102(1), 41-57.
Bernardes-de-Oliveira, M. E. C., Kavali, P. S., Mune, S. E., Shivanna, M., de Souza, P. A., Iannuzzi, R., ... & Ricardi-Branco, F. (2016). Pennsylvanian–early cisuralian interglacial macrofloristic succession in Paraná Basin of the state of São Paulo. Journal of South American Earth Sciences, 72, 351-374.
Mottin, T. E., Iannuzzi, R., Vesely, F. F., Montañez, I. P., Griffis, N., Canata, R. E., ... & Garcia, A. M. (2022). A glimpse of a Gondwanan postglacial fossil forest. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 588, 110814.
Spiekermann, R., Uhl, D., Benício, J. R. W., Guerra-Sommer, M., & Jasper, A. (2018). A remarkable mass-assemblage of lycopsid remains from the Rio Bonito Formation, lower Permian of the Paraná Basin, Rio Grande do Sul, Brazil. Palaeobiodiversity and Palaeoenvironments, 98(3), 369-384.




