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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
石炭紀は、氷河期だ。ー巨大昆虫の謎に迫るー
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石炭紀の昆虫が大きいのって、なぜ?(3)

「ありえない、といえば、そもそも地球の重力が弱かったとする説。」

リリィはふぅん、という感じで聞き流しながら、

「赤道だとほんの少しだけ重力が弱いけど、それってちょっとよね」

とため息をついた。

「実は、石炭紀の赤道付近の重力は、現代の地球よりほんのちょっと、実際に弱い。」

というと、ハッと目覚めたかのように

「あっもしかして!」

と身を乗り出した。

「石炭紀の一日は22時間45分でしょ。地球の自転速度は潮汐摩擦でちょっとずつ遅くなってるから、石炭紀は地球が少しだけ早く回る。そうすると、赤道が少しだけ歪んで地球がちょっと扁平になる」

手に丸を書きながら、リリィは

「中心からの距離が遠くなれば、そこでの有効重力が少しだけ小さくなる!」

と、目を輝かせている。


「まぁ、とはいってもほんの、誤差レベルだけどね。この理屈がありうるなら、現代においても赤道直下の生物は低重力環境に適応していそうなものだけど、差が小さすぎて確認されたことがない」


「なーんだ。ロケット打ち上げだと、赤道の遠心力がめっちゃ重要だから、もしかしたら!って思っちゃったじゃない。」


いっぽうで、アリアが端末をいじって算出していた。

「0.1%も減らないみたい。遠心力で0.0036 m/s²、扁平率の増加を足して最大限に大きく見積もっても、赤道直下で−0.00629 m/s²ね…だめだこりゃ」


「やっぱり、誤差ね。」


「そもそも、70㎝のトンボが飛べるかという問題についてだけど…地球の物理条件はけっこう安定していて、石炭紀と現代程度の差では誤差にしかならないことがわかる。まぁ、20年ほどの間、そのわずかな空気の特性の差が巨大昆虫の飛行を説明できると期待されてたんだけど…残念ながら、そんなことはなさそう」


「もしそんなに違ってたら、過去の惑星に降り立つこと自体が夢のまた夢ね。違ってて感謝よ、もはや」


「でも、重力という観点だと、ひとつ、確実に軽くする方法があるよ」


「・・・軽量化?燃料をぎりぎりまで減らすとか・・・」


「そう!ペイロードを減らせば大きくても軽くなる。トンボは連結飛行することもあるし、飛び立つときにはメスを引きずって飛びあがる。でも、そういうことをメガネウラがしなければ、ペイロードは半分で済むよ。」


「つまり現在のトンボは自重の2倍に対応して設計されてるってわけね。」


「そういうこと。だから、連結飛行さえしなかったら、もっと非力でよかったんじゃないか?というのがこの説。」


「でも・・・それって、メガネウラしか説明してないわよね」


「その通り。でも実際問題、大気条件が同じでも滑空を多用したり、重いものを持たなかったりと省エネな飛び方をすれば、3倍の大きさでもとりあえず飛べる。」


「ちなみに…もし、トンボと同じように飛ぶとしたら?」


「石炭紀と現在の空気密度の差ではせいぜい1.2倍という試算が。石炭紀の大気のわずかな変化と併せて、現在のトンボが出せる全力全開の筋力を、もしも高酸素濃度による筋力の底上げが効いて維持できるなら、って仮定でなら、3.4倍でようやくメガネウラに届くんだとか。まぁ、全力全開だし、筋力が質量にそのまま比例すると仮定してなんだけど…」


「…ちょっとギリギリね…」


「でも、必ずしも質量比出力を現在のトンボと同じにしないでも、飛ぶには飛ぶからね、滑空なら紙飛行機でも飛ぶ」


「身も蓋もないわ」


「じゃ、次の説に行こうか。」

「またボツでしょ」 

もう話す前からボツって言われても、なぁ。

「今度は、酸素仮説。」


「出た、本命!」

酸素で全部解決するのってどうなの?と話をはじめておきながら、酸素の名前が出ると一気に乗り気だ。


「まず事実として、石炭紀からペルム紀前期の酸素濃度ピークに一致して昆虫のサイズが大きくなっているらしい、というのが酸素説の出元。でも、たとえば地磁気の安定性もこの時期大きくなっているから、「地磁気が安定すると昆虫が巨大化する」なんてことも言えちゃいかねない…まぁ事実、そういう指摘もあったんだけど…。酸素濃度とサイズが疑似相関である可能性はちょっと考えないといけない」


「そうよ、白亜紀はサイズが全然一致しないじゃない!」


「むしろ小さくなってるという意見も。鳥が高機動な飛行を実現した時期と重なっている、という説もあるけど、正直どこまで本当かは難しい。ねぇアリア?鳥の餌にAeschnidiidaeなどの大型トンボがやたら食べられてるとか、ある?」


アリアははっと大げさにリアクションした。

そんなリアクションする要素、あったかな…と思うも、こんな、リアクションの良さとは程遠い返事が返ってきた。


「あ、それね!知り合いがやってる!でも結果、いまいちだって。そもそも今の鳥もそんなにトンボばかり食べてないし…。それに胃内容物からサイズ推移につなげるときに厳密性が出せないってぼやいてた。何羽エナンティオルニス撃ってトンボ捕らなきゃいけないんだ!ってキレてたわ…。鳥にカメラつけたら?って言ったら、「観察だと翼の長さが厳密に測れないんよ!」って…」


「…だよね。テーマとしては面白いけど、証明が難しくて推測の域を出にくい。化石からの推測はまず無理、実際に調査できるにしても反証可能性が小さすぎるし、鳥の急速な放散に伴って昆虫がミニマム化したかというと…。」


「ねぇ私思うに、乾燥化じゃない?だってトンボでしょ?白亜紀中期なんてもう低緯度はカラカラ、灼熱地獄よ。一年中安定した水辺なんてどんどん減っていっちゃう。」


「いいね、湿度説。水辺がなければトンボも育たないし、石炭紀の巨大昆虫は水生に偏るから」


――それより、さっきのオーバーリアクションはなんだったんだ。

「ってわけで実質的に酸素説の古生物学的根拠は、石炭紀からペルム紀に酸素濃度が高かったのと、巨大昆虫が出現した、という状況の一致からきてる」


「…急に胡散くさく感じてきた…」


「妄信するより、うさん臭さを踏まえたうえで考えるのがいいと思うよ」


「じゃ、酸素もダメ?」


「いや、酸素仮説が一番もてはやされるのは、理論的な整合性。まあ、私は酸素以外にも要因はあると思うし、さっき言った競合説にも分があると思うんだけど。じゃ、今度は酸素説の整合性についてみていこう。でも先に言っておくけど、酸素説は万能じゃないからね。メガネウラを説明するほど強力じゃないよ」



Ellers, O., Gordon, C. M., Hukill, M. T., Kukaj, A., Cannell, A., & Nel, A. (2024). Induced power scaling alone cannot explain griffenfly gigantism. Integrative and Comparative Biology, 64(2), 598-610.

*およそ1.2倍、3.4倍はこれを出典とした。省エネ飛行説にも言及。オープンアクセス。

Dorrington, G. E. (2016). Heavily loaded flight and limits to the maximum size of dragonflies (Anisoptera) and griffenflies (Meganisoptera). Lethaia, 49(2), 261-274.

*連結飛行説と省エネ飛行説はこれを出典とした。

May, M.L. 1982: Heat exchange and endothermy in Protodonata. Evolution 36, 1051–1058.

メガネウラを含むオオトンボ類は相対的に翼が長くアスペクト比が大きいために揚抗比や翼面荷重が低く、滑空に適していたことを指摘

Verberk, W. C., & Bilton, D. T. (2011). Can oxygen set thermal limits in an insect and drive gigantism? PLoS ONE, 6(7), e22610.

*水生説はこれを出典とした。補足として、本文献で例外的に陸生とされたPalaeodictyopteraも水生性が指摘されるようになった。下記

Prokop, J., Krzemińska, E., Krzemiński, W., Rosová, K., Pecharová, M., Nel, A., & Engel, M. S. (2019). Ecomorphological diversification of the Late Palaeozoic Palaeodictyopterida reveals different larval strategies and amphibious lifestyle in adults. Royal Society Open Science, 6(9), 190460.

*ムカシアミバネムシ類も水生の可能性

Clapham, M. E., & Karr, J. A. (2012). Environmental and biotic controls on the evolutionary history of insect body size. Proceedings of the National Academy of Sciences, 109(27), 10927-10930.

*捕食説

Wells, J. W. (1963). Coral growth and geochronometry. Nature, 197(4871), 948-950.

*サンゴの日輪から石炭紀の一年の日数を推定、おおよそ22-23時間

Mitchell, R. N., & Kirscher, U. (2023). Mid-Proterozoic day length stalled by tidal resonance. Nature Geoscience, 16(7), 567-569.

*一年の日数の変化に関して。


*おまけ:本文中に出てきた地磁気説

Wei, Y., Pu, Z., Zong, Q., Wan, W., Ren, Z., Fraenz, M., ... & Hong, M. (2014). Oxygen escape from the Earth during geomagnetic reversals: Implications to mass extinction. Earth and Planetary Science Letters, 394, 94–98. で地磁気変動に伴う酸素濃度の減少説

Parks, R. (2020). An Overview of Hypotheses and Supporting Evidence Regarding Drivers of Insect Gigantism in the Permo-Carboniferous. でそれに伴う昆虫の大型化説





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