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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
石炭紀は、氷河期だ。ー巨大昆虫の謎に迫るー
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石炭紀の昆虫が大きいのって、なぜ?(2)


―彼の著作が世に出ると同時に古生代昆虫に関する知識が一挙に3倍から4倍に拡大し、今後の研究に全く新しい出発点を与えるだろうということに一点の疑いも抱かせない。これまでのどの研究も、あるいは過去の研究すべてを合わせても、決してこの成果に匹敵することはできないだろう。さらに、そこにはもっとも無関心な人でさえも目を奪われるような、驚くべき奇異な形態の連続が提示されるに違いない。

詳細に立ち入ることはできないが、例として一種だけ触れておこう。ブロンニャール氏がトンボ類の先駆的形態とみなしている種で、翼の開張はゆうに2フィート(約70センチメートル)を超え、その標本がいくつも保存されている。これはまさに「昆虫界の巨人」である。―Samuel Scudder, American Journal of Science, vol. XLVII, 1894


「石炭紀の昆虫はなぜ巨大なのか」という疑問は、今に始まったことじゃないよ。19世紀末、1870年代に鉱山技師だったアンリ・ファイヨル(Henri Fayol)が、自らが採掘事業の指揮を執っていたコメントリー(Commentry)炭坑で昆虫化石を収集し始めたことに、すべてが始まる。」


リリィは、少し驚いたように眉を上げた。


「鉱山技師が昆虫化石を採掘?ずいぶん…好きだったのね」


「19世紀の好奇心は恐るべきだよ、まだ博物学の全盛期が終わってないからね。炭坑技師や石工にアマチュアの研究者がいっぱいいて、そういう人がきちんとしたコレクションを集めて有名な研究者に寄贈してた。そういう時代だよ」


「へえ……今からすると信じられないわ――で、巨大昆虫が見つかったのね」


「そう、メガネウラ。巨大な翅脈と4枚の翅の基部が見つかり、当時は翼開長2フィートを超えると報告された。標本を譲り受けたブロンニャールが報告した。」


リリィはギョッと目を見開いて乗り出す。


「2フィートって60.96㎝⁉そんなの、石炭紀に住んでる私も見たことない!」(*脚注参照)


「約70㎝と推定されたようだね。大きさに関しては当時の人々を驚かせたけど、「なぜ」大きかったかについてははっきりとした理由を言い出せなかった。ブロンニャール自身、あまり触れていない」


「なぜ?あきらかにおかしいじゃない、そんなの」


「単純に忙しかったからじゃないかと思う。当時は化石昆虫の記載ラッシュで、北米とフランスでひっきりなしに新種が記載され、さらにその多くが実は植物片の誤認だったりしていたから…そもそも翅ばかり見つかる昆虫化石に対して、現生昆虫の翅脈の知見が未完成だったから…」


「じゃあ、結局議論が始まってないじゃない…」


「でも、翼開長70㎝の昆虫がいた!っていう異常な事態が、知れ渡ることになった。1910年代にはようやく、ある説が提唱されたよ。同じくフランスのHarleは1911年に、プテラノドンやメガネウラがこんなにも大きいのは、大気圧が大きかったからじゃないかという説を唱えた。」


リリィはぽん、と膝を叩いた。


「なるほど、大気圧!」

直後に、言い直す。

「というか、空気の密度が上がるのね。揚力は空気密度に比例!確かに石炭紀の大気圧は1.15~1.2地球大気圧くらいで、飛行機の滑走距離も設計値よりちょっとだけ短くなるって、航空学校で口酸っぱく言われたわ!」


「そう、理屈の筋は、いいんだよ…でも、メガネウラは現在のトンボの3倍の大きさがある。」


「重さは3乗で27倍!積み荷がちょっと増えるだけで滑走距離はすぐ倍よ。大気圧1.2倍くらいじゃ、全然足りない」


「だから、この仮説は、若干支えにはなるかもしれないけど、ちょっと飛びやすくなるかな、程度なんだよね」


「あれ?ってことはそもそも、飛ぶためには大気圧が高い必要は全然ない…ってこと?」


「そう、まずそこ。Harleはそもそも、現在飛んでいる生き物より著しく重い生き物が飛ぶとしたら、どんな環境が必要だろう?と考えたんだよ。で、そうしたら、大気圧が現在の何倍もないと飛べないだろうって結論に行きついた。」


「…それって、そもそも理屈からして無理じゃ…だって大気圧が何倍もって、金星じゃないんだから!」


――それ、石炭紀の地球で生まれた人が言う?とも思ったが、さておき。


「そもそも過去と現在で地球におこることは大して変わらない、説明がつく範囲だ、というのは斉一説的な考え方だね。」


リリィはきょとん、とした。


「斉一説?」


「当たり前すぎることだよ。自然に、神話みたいな突飛なことを仮定するでない、っていう。話すと長くなるけど、19世紀前半まではノアの大洪水が真面目に信じられてたからね」


するとこの議論を傍から聞いていたアリアが

「過去の話じゃない。コメントに来るのよ、洪水の証拠は見つかりましたか?って。」と突っ込んだ。

目がマジだった。


「ま…まあ、大気圧何倍も、っていうのは流石に神話の部類に聞こえてくるわ」


「そういうこと。1911年だから、人が空を飛びだしてすぐというくらいだよね。飛行機の研究の際に、単位重量当たり必要な出力は大きさの平方根に比例する、というのが大問題になって、高馬力エンジンが必死に開発されてた時期だからこその議論なんだよ。当時の人には、大きなものが飛ぶ、ってこと自体が巨大な壁だったんだよね」


リリィはまた身を乗り出して、シートベルトが食い込んだ。

「エンジン問題!飛行機屋にはもう執念みたいなものよ!高出力で軽量な発動機が欲しい!!今も欲しいわ。でも、ということは、次の展開があるってことね」


「そう、石炭紀の大気圧は、なぜ高い?ってなると、酸素だよ。ただ――それに行く前に、もう少し寄り道しようか」


Brongniart, Ch. (1893). Recherches pour servir à l’histoire des insectes fossiles des temps primaires, précédées d’une étude sur la nervation des ailes des insectes ... Impr. Théolier. https://doi.org/10.5962/bhl.title.34754

Edouard Harlé, Le Vol de grands reptiles et insectes disparus semble indiquer une pression atmosphérique élevée, Extr. du Bulletin de la Sté géologique de France. 4e série, T. XI. 1911, Pp.118-121.





**昆虫の極端な巨大化は主に、リンボク類主体の森が崩壊した(Carboniferous rainforest collapse)以降、おもにカシモビアンからペルム紀にかけて起きているようであり、翼開長40㎝を大幅に超える昆虫はそれ以前からは私の知る限り、1つをのぞいて知られていない。その例外がムカシアミバネムシ類のMazothairosだが、あまりにも断片的で同定形質となる翅を欠いているため、なんともいえない。

オオトンボ類ですらNamurotypusをはじめ、翼開長30㎝級までである。

ムカシアミバネムシ類の場合、Paraostrava stanislaviの翼開長25㎝以上、Anglopterum magnificumの30㎝といったところがカシモビアン以前の確実な最大値だろう。

よって、本作で描くモスコビアンにみられる大型昆虫はほとんどの場合、翼開長30㎝未満として描いている。翼開長60㎝とか70㎝とかいう話を聞いたらびっくりするわけである。


いかんせん作者の推しがリンボク類である以上、最大級の昆虫とは相性が悪いのだ。

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