石炭紀の昆虫が大きいのって、なぜ?(1)
石炭紀に来て、2日目。
パラーからおおよそ、5時間のフライトである。
行先はおおよそ、先史時代のゴンドワナ大陸南部。
現代の地図で言えば、ボリビアの南端、タリハあたりにあたる場所だ。
かわりに――現地の人々は“凍った”を意味する、コンゲラードとよんでいるという。
「なぜわざわざ、“凍った街“って?」
「似た地名があったりして、紛らわしいからよ!」
「凍った街もまた、このゴンドワナ氷床沿いには山ほどありそうだけど」
「えぇ、そうね。でも――街っていうくらいの規模があるところは、ほかにないのよ。」
「なるほど、港があるから」
「それも大きいわ。あとね――地名と場所の対応関係が怪しいって意見があるの」
――ふむ。
「それって、アンデス山脈の隆起の関係?」
「さっすが。そう聞いたことがあるわ。結構ずれてるんじゃないかって」
「大地もまた、動いたり曲がったり、地質学スケールで見るとほんと、せわしないからね…」
すると、ばし、とひじ掛けを叩きながらアリアが乱入した。
「ほんともう!あの古地理研のやつら、現地で暮らしてる人間のことなんか、まるで想像もしてないのよ!」
「あいつら、シミュレーションで大陸の並び変えたら、そのまま現地の地名も変えさせようとするのよ。まるで、地図の正しさのためなら、人がどう暮らしてるかなんてどうでもいいって顔してさ!」
「あぁあああ、私の論文にも毎回毎回、「現在の産出地と対応付けてください」って…しかも、ファーストレビュアーとセカンドレビュアーで意見が違ったり。もうほんと、はぁ…あたしが偉くなったら、翌日からでもあいつらの住所と所属全部書き換えてやる!」
「また突っ込まれたの?それ。前来た時もおんなじこと言ってたじゃない」
「されたに決まってるじゃない!過去を相手にしてる限り、この呪いからは逃げられないのよ!
ゲート番号とグリッド座標だけで、通じるようにしてくれればいいのに!」
――あ、大変なんだろうな…と思いつつ、アリアの乱入を聞き流す。
実際、ゲート番号とグリッド座標だけのほうが再現性高いのでは…と思う。
着いた頃には、午後2時半か。
ただ――時差がだいたい1時間あるから、実質的に午後1時半。
ついてから、動く時間は十分ありそうだ。
外は、真っ白。
雲の中で、何も見えない。
飛行機の乗客もぺらぺらと喋っていて、機械でごちゃついた機内が、談笑に埋まっていた。
沈黙というものをそもそも嫌う国民性なのか、それとも祭りの余韻で浮足立っているのか。
ロングフライトだしちょっとは寝ようか、と思っていたが、全然寝付けそうにない。
そんなとき、リリィが足をぽん、とつついた。
「ケイ、石炭紀の昆虫ってでっかいじゃない?ここの前、それってなんで?って聞かれて、答えに詰まっちゃって……。」
「前にアリアが『酸素が多かったから!』って言い切ってたのは覚えてるんだけど、それってホント?」
――いい質問じゃないか。
「酸素って、みんな言うよね。でも…なぜ「困った」んだろう」
私はリリィの瞳を覗き込んだ。
そこに違和感を感じる、というのは…何かに気づいた、ということだろう。
「石炭紀の昆虫がみんな大きい、ってわけじゃないじゃない?それに、酸素濃度が高ければ高いほど――って、白亜紀も酸素濃度が高いのは、植民地人にとって常識なのよ」
「それって常識?」
「常識よ。だって高酸素対応製品の多くが白亜紀―ペルム紀―石炭紀仕様だもの。CCP規格、とか言ったりするわ!でも、巨大昆虫がいるのって石炭紀とペルム紀じゃない。白亜紀なんて聞いたことないわ。」
「白亜紀は…たしかに、大きい昆虫の印象は少ないよね。いても現代とそうかわらない」
「でしょ?だから『酸素のせい!』って言ったあとで、『じゃあ白亜紀は?』って返されると、もう詰まるのよ」
――という話をしていると、アリアが
「白亜紀の昆虫、ホント小さくて地味で!
その通り、酸素“だけ“じゃないわ。
気温、気圧、二酸化炭素の濃度、植生、地形、空気の粘性……
全部重要なのよ!
だから“酸素が多いから”って言い切るのは、ある意味、ちょっと不正確。
――“いろんな条件がそろった結果”って言い方のほうが、Better」
しかしリリィはいかんにも、納得した様子がない。
耐えかねて、私は口を開いた。
「それだと、白亜紀は石炭紀じゃないから、っていう循環論法になっちゃうんじゃないか、って思ったんだよね?」
「……うん。そうなの。“酸素のせい”って言われると、逆に“何も考えてない”ように聞こえちゃって……」
「じゃ、色々な説について、触れてみようか」
Okajima, R. (2008). The controlling factors limiting maximum body size of insects. Lethaia, 41(4), 423–430.
*ジュラ紀以降の昆虫の最大サイズは予測より低く、酸素濃度上昇にもかかわらずサイズは増加しない
珍しく造語(本作ではオリジナルの造語を極力作らないようにしている)。CCP規格なんてものはもちろん実在しない。そりゃタイムマシンも超時空ゲートも実用化されてないからね。




