「氷河期なのよ!石炭紀って」
機体は、石炭紀のパラー州からボリビア南部に向け、南西へと向かっている。
機窓から見渡すと、南側の地平線は、真っ白だ。
地平線だけではない。目下に広がる巨大な内海、Itaituba- Piauí seaにも、低い雲が、土砂崩れを起こしたみたいにべったりと張り付いて、どこまでが氷でどこまでが雲なのやら、わからなくしていた。
旅客機の高度はおおよそ、10㎞はいかないくらいだろう。
となると距離にして、地平線は約300㎞南、といったあたりだろうか。
ぼんやりとした、真っ白い帯となって広がった地平線に、霞みつつも見える、真っ白で、巨大な、高原。ごつごつはしていない、寧ろ平らで、壁みたいな
――ブラジル高原って、あんなに隆々と盛り上がっていただろうか。
険しさは全くないけれども、まるで陸に具のないクリスマスケーキが乗ったみたいに、真っ白な高台として、それは存在していた。
宇宙から眺めたときにも、気になっていたところだった。
ブラジル高原は楯状地で、すくなくともここ5億年はほとんど地殻変動の影響を受けていないはずなのにもかかわらず――ここには、巨大な氷河が位置しているという謎。空から見てみると、本当に標高が高くなっているかのように見えた。
はたして雲の平らな天井が、そう見せているだけなのだろうか。それとも。
石炭紀の南半球を覆うゴンドワナ氷床は、ここ南米、Itaituba- Piauí seaのちょうど南あたりで、その北端に達する。
ブラジル南部、パラナ盆地からブラジル高原にかけて発達した巨大な氷河。
そんな氷河が、巨大で温暖な内海を挟んで砂漠とにらみ合う――
石炭紀のブラジルは、あまりにもユニークな地理条件だった。
北端からは温暖で穏やかな、あたかも地中海のように見えた内海は、南側に目を向ければ、冬のバルト海みたいにべったりと真っ白な雲に覆われていた。
ここで、昨晩の、ぞっとするまでの寒さと前が見えないほどの霧を思い出す。
あれは放射冷却というよりも、南からの凍える風が海に温められながらも、なおも寒さを残して、南の海上をぬけて押し寄せた結果ではなかっただろうか。
寒気移流、というわけだ。
機体は、南西へと進んでいる、あの真っ白な方角に向けて。
洋上に、雨雲が迫ってきた。
パラーでは、雨雲なんて一切見えなかったのに。
気流が荒れます、というアナウンスとともに、機体がぐらりと揺れ始める。
内臓が度々ふわりと浮くような感触に、シートベルトをぎゅっと握りしめた。
――なにせ、この機体は見ての通りの、おんぼろだから。
「夏が一番マシよ!春と秋はひどいわ、もう欠便のほうが多いもの!」
現地人は流石、慣れている。
「春と秋ってどんな天気なの」
「えーっとね、空がゴロッとひっくり返る感じ? 降り始めたら、もう外に出たら負けよ。嵐なんて可愛いほう。」
「冬は?」
「キンキンに冷えた、ほこりと塵をたっぷり含んだ風が、空を薄茶色に染めるの。」
「あの真っ青な空が、薄茶色?」アリアが突っ込む。
「そう!それでね、朝夕には耳がちぎれそうなほど寒いのよ!アリアはまだ来てなかったわね」
「初めて来たとき、絶対冬はやめとけーって言ってたじゃない!」
「えぇ。だって空は黄色く埃で霞んで、海にはどぅっと真っ白い雲が押し寄せて、みんなもってっちゃう。街も、人も、音さえも。そんなの、見せらんないじゃない。」
するとアリアはちょっと首をかしげて。
「そういうのもアリ!だってライバル少ないでしょ?」
「ほかのチームは、いないわね。ただ、雲に覆われたパラーから出られるかすら怪しいのよ。」
「その雲って、あの南岸を真っ白に染めてる、あれが北上するってこと?」
乗り遅れた。
「そうね!冬に来ちゃった旅人はみんな後悔するわ。ひどい場所に来た、って」
そして、リリィは大きく身を振り絞って、言った。
「氷河期なのよ!石炭紀って。」
Scotese(2021)の氷河分布を見ていたら、この海域の気象は絶対面白いぞ、と思って延々考えてました。
この時代のゴンドワナのマントル対流による隆起により低緯度に大規模な氷河が生じた、とする仮説はあるにはあるのですが、確定的ではないです。もしそうだとしたら、大規模なフェーン現象なども見られてさらにこの海域が面白いことになっていそうです。
Dávila, F. M., Martina, F., Avila, P., & Ezpeleta, M. (2023). Mantle contribution to Late Paleozoic glaciations of SW Gondwana. Global and Planetary Change, 220, 104018.




