冷たい、真夏の夜闇/未知を釣る/――描写を支える科学的背景――メガラクネについて
ひとり、歩く。
ツンと冷えた、夜の闇を。
港に設けられた公衆便所の戸をがらりと開けると、自動でぱちんと暖色の明かりが灯った。中は温水循環式の暖房が効いていて、ひどくぽかぽかとしている。
便座に腰を下ろし、一人で深くため息をついた。
――悪いことをしたなぁ。
せっかくの彼女の好意を不器用に無碍にしてしまって、これから先、関係をうまく修復できるだろうか。まだ旅は始まったばかりだというのに、人間関係において私は致命的な悪手ばかり踏んでいる気がする。
暖房で身体の芯が温まってくると、ストレスと冷えで痛んでいた腹の具合もだいぶ落ち着いてきた。そうこうしているうちに、冷や汗で濡れていた服もすっかり乾いていた。
よし、出るか。
戸を開けると、外の冷気が、顔に突き刺さる。
これで、真夏だという。
明け方には、霜でも降りてしまいそうだ。
石炭紀は、氷河期である。
ゴンドワナに発達した大陸氷河は、おおよそ屋久島に相当する北緯30度まで進出し、そして、地球史上まれにみるほど低緯度に、冬の時代がやってきた。
夏と言えど、日はそう長くない。
シベリアのような白夜は、ここにはない。
夏と言えど――長い夜は、あたりを冷たく、落とし込めてしまう。
息を白くしながら、懐中電灯で地面を照らす。
得られたものといえば、わずか数個の、ワレイタムシの死骸くらいにとどまった。
おそらくだが、気のぬるむ昼間に活動し、夜はどこかに隠れて、寒さをやり過ごしているのだろうか。
トイレの周りや暖房設備の周りを、よりよく探してみるべきだった。
どうせ夜通しライトラするし、明朝にでも見てみるか。
私はアリアの待つ光の輪へ戻ろうとして、ふと思い立って歩く向きを変えた。
すぐ横を流れる大河の方は、どうなっているだろうか。昼間は泥濁りがひどく、水底から湧き上がる泡くらいしか見えなかったが、夜になれば何か変化があるかもしれない。
コンクリートの堤防から身を乗り出し、暗い水面を覗き込む。
褐色の濁り水に向かって、懐中電灯の強力な光がくっきりとした光の直線を突き刺した。すると驚いたことに、昼間はまるで見えなかった魚たちの姿が、ライトに照らされて水面近くにぼんやりと黒く浮かび上がっているではないか。
皆、水面近くを緩やかに漂うように泳ぎながら、ほとんどヒレを動かしていない。どうやら眠っているらしい。その中には、現代のライギョに似た、おそらく何かしらの肉鰭類(シーラカンスやハイギョに近い古代魚)と思われる細長いシルエットも時折見受けられた。
そのまま岸壁に沿って光を這わせながら歩いていると、突然。
水底の暗がりから、にゅっと、伊勢海老の脚にも似た巨大で棘だらけの付属肢が水面を貫いて突き出してきた。
その脚は水面を探るように器用に動き、眠って油断していた小魚を一匹素早く捕らえると、そのまま抱え込んで水中の口元へ運んでいった。見えた脚の太さから推測するに、本体の大きさは三十センチは下らないはずだ。
しかし、私が驚いてそちらへライトの光軸を直撃させると、そいつは眩しさに驚いたのか、獲物の小魚をパッと放り出し、濁った泥水の奥底へと素早く沈んで姿を消してしまった。
咄嗟に手を伸ばしたが、あの水深と泥濁りでは、長柄の網がないとまともな観察すらできない。
ライトトラップの設営場所になら、ひとまず持参した水網などの採集器具が一式揃えてあるはずだ。
私は先ほどまでの人間関係の気まずさなど綺麗さっぱり頭から吹き飛び、息を切らして光の輪の中へ駆け戻った。
私の慌ただしい足音に気づき、アリアがハッと振り返る。
私は彼女の顔を見るなり、つい、思ったままの熱量で大声で叫んでいた。
「なんか凄いのがいる!」
私はつい、思ったままのことを叫んでいた。
クラーケン、という化け物がある。
イカのお化け、という印象が強いが、伝承としてはイカやタコといった分類学的ニュアンスより、水底からぬっと突き出して船を沈めてしまう、得体の知れない恐ろしい存在である。
まさに、それに似ていた。
濁った水に佇み、根惚けて漂うパレオニスクス類の魚が、水中から伸びた腕によって、突然水中に引き込まれる。
何か、30㎝ほどの大きさがありそうな影が水中をよぎるのだが、その正体がいまいち、つかめない。
「網届くかな、あれ」
「距離的に、虫網しかないけど…ヘッド交換でいけるいける」
アリアはネット入れからさっと目の粗い網を取りだすが、
網のフレームを柄にねじ込む手が震えて、カチャカチャと金属音を立てた。
3度、うまくはまらなかった。
「らしくもない。大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫よ! ちょっと寒くて手がかじかんだだけ。……よし! 照らすと逃げるんでしょ? 今まだいる?」 声が少し上ずっている。
ちらりとだが、見える。
「まだいる」
アリアがようやくネットをねじ込むと、ヘッドランプをつけてするすると網を伸ばしていく。
網に入ろうとした瞬間…
ひらひらと足を広げて、落下していった。白っぽい腹がよく目立つ。
「でかいでかいでかい、思ったよりでかい!」
逃がしたのに、アリアは大興奮である。
そのとき、気づいた。
船着き場のロープの影から今、足が何本か飛び出し、驚いた小魚が波紋を立てている。
「また見つけた」
「えっどこ!?」
「あそこの船着き場のロープの間」
「えーどれどれ」
「いた!」
その瞬間、ヘッドランプに照らされたそれは、ざばり、とまた沈んでいく。
「らちがあかない」 「釣れないかな、あれ」
「うーん、ちょうどいい釣り糸が必要ね…宿にはあるわ」
そう言って、アリアはさっきのパレオニスクス類を数匹掬って、袋の口を縛った。
「待ってて、取ってくる!」
「夜中だし、一緒に行くよ」
私はアリアの背中を追った。
――こんな寒い外に、一人でポツンと置いて行かれたくなかった、というのが正直なところだった。
夜の宿は冷たくて、どんどん、と戸を叩いてようやく、フロントでうたた寝していた宿の主人が目を覚ました。私たちはほぼ、外に締め出されたような格好だったのだ。
「おう、こんな寒い夜中にどうした」
「どうしても釣り道具が使いたくて。部屋に戻って、ちょっと自分の荷物を開けさせて!」
「って、あの山のような大荷物を今から開けるのかい? 釣り道具ったら、そこにあるあれでいいんじゃねえか?」
そう言って、おやっさんはフロントの横に無造作に立てかけられていた一本の釣り竿を差し出してくれた。先端には、大きなルアーがついている。
「ありがとっ! ほんっと助かる!」
アリアはにっこりと笑みを浮かべると、「じゃあ行くよ!」とまた港へ向かって走り出した。
何とか遅れながらも港へついていくと、アリアはさっき網で捕まえたパレオニスクス類を、針金でぐるぐるとルアーに巻き付けているところだった。
「釣れるかなあ、こんな仕掛けで」
「いけるってたぶん。ああいう底にいるやつは、多分傷ついた魚の匂いに反応して寄ってくるはずよ。だから、こうするの」
アリアは手際よくナイフの先で魚の体に傷をつけ、生々しい血の匂いを立たせた。
見るとナイフは刃こぼれだらけだ。
「ブラッディ・ベイト(血まみれの餌)よ」
そう言って、竿先に鈴をつけて餌を暗闇の水面へ放り投げた。
ポチャン、と重たい音がして、波紋が広がる。
静寂。
遠くの巨大な工場すらも、今は完全に寝静まってしまっていた。
普段のフィールドワークならいくらでも耐えられるし、むしろ一人になれて好ましいとすら思えるほどの静寂が、今日の私にはなんだかひどく気まずかった。
「……さっきは」 私は意を決して口を開いた。
「せっかくのプレゼントだったのに…ごめん」
アリアは竿先を見つめたまま、ふふ、と笑った。
「いいって。だってこう、髪飾りとかついてたら、こういう時不便でしょ?」
そう言って、アリアは自分の頭につけたヘッドランプをコンコンと指さした。
「まぁ、それもそうだね」
そして、ちらりと見えた表情は――あれ、全然落ち込んでない。
寧ろ、なにか幸せそう…?口元が緩んでいる。
まるで、何か大事な宝物を手に入れた後のような、満ち足りた顔だ。
その謎の機嫌の良さが、私をかえって不安にさせた。
その時。 チリンッ!
鈴が、鋭く鳴った。
チリン。
鈴が一瞬鳴るとともに、私たちはもう、竿の先しか見ていなかった。
「…いま、鳴ったよね」
「…うん」
また、1分ほどが経つ。
寒風が吹き抜け、波がチャプチャプと岸を叩く音だけが響く。
チリン、チリン、チリン…!
鈴は何度も、鳴り続けた。 アリアが竿をガシリと掴んで、いう。
「…合わせる?」
「いや…まだ、じゃないかな。完全に食い込むまで……あとカメラ、撮り始めるね」
私は慌てて手元の機材を操作しようとして――凍り付いた。 RECランプが、消えている。
「今の、撮ってなかったの⁉」
「うん、録画開始されてない」
「はぁ~…やらかした! 私らしくもない…」
アリアが呻く。いや、悪いのは私だ。
「ごめん、いま回した」
「あと、なんかどんどん引いてきてるんだけど」
「竿曲がってる?」
「もう少し、ね…お、きた!」
ギュンッ! アリアが大きく竿をあおる。大合わせだ。
「なんか軽くなったけど…バレた?」
竿先の湾曲は、すっと抜けているが、まっすぐというわけでもない。
「いや…でもすっぽ抜けてないでしょ。テンションはかかってる」
「そうね…なんかただ重い。……Like a wet boot.」
「上がってる?」
「上がってる。でも、引かない。……ただ、重いだけ」
不気味だ。 魚なら、もっと暴れるはずだ。首を振ったり、走ったり。
しかしこれはアリアの言う通り、長靴でもひっかけたみたいに動かず、ただ重いだけなのだ。
私はネットを出して、堤防を覗き込んだ。
「まだ見えてない」
その瞬間、竿がまた大きくしなる。
「うわ、また重くなった! 底にへばりついた? いったん剥がす!」 アリアが唸り声をあげて竿を立てる。
そう言ってまた竿が、ぐいとしなる。
水面が割れ、ヘッドランプの中に、異形が見えてきた。
「OK、見えた。……でかい!」 「ネットイン……よし!」
ネット越しに、ガサガサ、と硬質なものが擦れる感触が伝わる。 重い。 大きさは35㎝……いや、脚を含めればもっとある。 ごそごそと網の中を這いまわって、どんどん這い上がってくる。
堤防の上に放り出されたそれは、跳ねこそしないが、伊勢海老によく似ている。
ゆっくり、のそのそと這い回るところなど、そっくりだ。
少し、ヤシガニを思わせるところもあった。 大きさは、大きめの亀くらい。
現生カブトガニと大きさはあまり変わらないが、よりずっと、足が長い。
突出した、台形の鼻面に、丈の高い前体…背中には、丸い甲羅のような。
それは――メガラクネMegarachneであった。
「うわ凄い!陸でもガサガサ這い回る!」
網から這い出してきたので、上からぎゅっと押さえつけると、驚くほど力強く足を動かして逃れようとする。網でもう一度くるむも、今度は網に穴をあけそうだ。
ひとまず、ライトトラップのあたりまで持っていく。
これで、すぐ川に戻ってしまうことは――ひとまずないだろう。
前方の脚には特殊な、剛毛の付いた棘が並んでいる。
「この脚で、魚掴んでたよね…でもこれ、そういう構造?むしろ、掬い取るみたいな…」
「うん、あまり、捕食者という感じでもないというか…日和見的に魚も食べる…とか?」
アリアが指先でその棘に触れようとして、パッと引っ込める。
「うーん…やっぱり生きた姿を見ないと、形からは想像もつかないこと、あるよね」
「…見れば見るほど、わからないことが増える…陸のものか、水のものかもよくわからない。」
体を引きずって歩く姿は、やや、ヤドカリにも似ていた。
「案外、昼間は陸に上がってたりして。」
「明日の昼までに、見つけられるかな…」
気づけば、空の向こう側が、うっすら紺色に染まり始めていた。
そして、紫色へと、徐々に色味を変えていった。
――描写を支える科学的背景――メガラクネについて
石炭紀のゴンドワナの生物で、おそらくもっとも有名なのがメガラクネMegarachneだろう。巨大なクモとして記載され、有名になり、世界中の博物館にレプリカが展示されることとなった。ただし当初からクモとしても矛盾する点が多く指摘され、2005年にはウミサソリ類であるとして再記載されることとなった(Selden et al., 2005)。
ここまでの経緯は和書でも「ぞわぞわした生き物たち」金子隆一に記されているため、深くは触れない。ウミサソリの分類史は極めて混沌としており直観的にわかりづらい点があまりに多いので、同書が日本語で書かれているのは大変ありがたく、興味を持つ方がいたら入手することを強くお勧めする。
ここでは、現在にいたってもメガラクネを復元する際に付きまとう困難について触れることとする。メガラクネをウミサソリ類に分類することについては現在でも変更はないが、メガラクネがどんな生き物だったかに関してはいまだに問題が山積している。
1980年にはすでに知られていたにもかかわらず、メガラクネの標本はいまだに2点しかなく、その2点目の標本はいまだ個人所蔵の状態にある(Césari et al., 2024)。
近縁種の化石としては、Mycterops, Hastimima, Woodwardopterusが挙げられるが、この中で付属肢を含めて保存されているのはWoodwardopterus scabrosusのみであり、残りは前体部の甲皮や尾剣、胴部の外骨格の断片などが保存されているのみである。
これらの属に見られる差異は、成長に伴う変化ではないかとも考えられる(Lamsdell et al., 2010)。
時代範囲は前期石炭紀Tournaisianから前期ペルム紀Sakmarian(あるいは後期ペルム紀末Changhsingian)におよぶ。地理的にも北米ペンシルバニア州、スコットランド、ブラジル、ベルギー、アルゼンチン、オーストラリア(諸説ある)に及ぶ。
つまりユーラメリカからゴンドワナまで幅広い地域に分布しており、今後もどこから化石が発見されるかわからない。なお、淡水生の地層から産出している。
さてそんなミクテロプス科の特徴を見ていく前に、前提を提示しよう。
ウミサソリ類の足は、基本的に鋏角+5対であり、付属肢I=鋏角として、I~VIまでの番号が付けられている。これらは6対の足があることからわかるように6節の体節がくっついたもので、前体Prosomaとして頭のように見える構造をなす。
鋏角類の胴体のことを後体(Opisthosoma)というが、ウミサソリ類の場合は形態的に12節、実質的に13節となっている(最前方の1節が退化している)。
小難しい用語を敢えて書いたのは、この仲間がウミサソリ類としてとりわけ奇異な点を示すためである。メガラクネの場合、前体と後体部の第一節(実際は第二節)の背板が癒合しており、さらに第二節(実際は第三節)が背側で丸く伸長して後ろ数節を上から覆う構造となっている。この丸く伸びた部分がクモの胴体と見間違えられたということだが、こんな異常な構造は、ほかのウミサソリ類には勿論見られない。
さて、ここからが問題で…
Selden et al. 2005 Fig.2がメガラクネの復元の模範例としてそれ以降は模倣されているのだが、このFig.2には付属肢が4対しか描かれておらず、第II付属肢もしくは第VI付属肢が行方不明である。というのもメガラクネの第一、第二標本およびWoodwardopterusでは3対の付属肢しか保存されておらず、それらの対応関係には問題がある。すなわちそれがII, III, IVなのか、III, IV, Vなのか、IV, V, VIなのかという点で、III, IV, Vであるとするのが現状の主流であるようではある(Lamsdell, 2025)。しかしながら、これにしても問題が解決されているとはいえなさそうである。たとえばミクテロプス科において、第VI付属肢はいちども発見されていないにもかかわらず、その形質をあらわす記載においてはあたかも見つかっているかのように書かれてしまっている。第II付属肢に関しても同様である。問題は、見つかっていないにもかかわらず、あたかも見つかっているかのように書かれている点である。
ウミサソリ類において第VI付属肢は通常もっとも発達しており、パドル状になるもの(ユーリプテルス亜目)と歩脚状になるもの(スティロヌルス亜目)に分けられる。
ミクテロプス科は他の形質からスティロヌルス亜目に属することについては意見が一致しているので、ひとまずパドルではないことは言える。しかし、ミクテロプス科においてはその直後の第一後体節が癒合して第VI付属肢の付け根に大きなふくらみを持っていることから、なにか非常にがっしりした付属肢があったのではないか、とも思ってしまうが、これは筆者の勝手な感想であることに留意されたい(もしそんな立派なものがあれば保存されるはずでもあるから。)。
ここの形質は極めて重要である。なぜなら、ウミサソリ類において主な推進力は歩行性にせよ遊泳性にせよ、第VI付属肢が担う場合が多いからだ。
近縁のヒベルトプテルス科では第IV, V, VI付属肢の3対で体を引きずりながら歩いた痕跡が残されており(Whyte, 2005)、この中でもとくに発達するのはVおよびVIである。メガラクネもこのように半陸生の行動をとれたかどうかが、第VI付属肢がわからないと推測しにくい。
第II付属肢および第III付属肢はスティロヌルス類においては通常短いことが多く、上からは見えないかもしれない。しかしWoodwardopterusやMegarachne第二標本で見て取れるようにミクテロプス科においては第III付属肢がかなり伸長している。(本当にIIIなら。)第II付属肢が短いのか長いのかは釈然としないが、比較的近縁なDrepanopterusの第IIと第IIIがよく似た長さであることからすると、長いとして描いても罰は当たらないかもしれない(足が足りないウミサソリを描くよりは精神衛生に良い)。
第III付属肢(本当にIIIなら。)保存も決して良くないが、巨大なブレード状の突起を櫛のように持っている。これはおそらく堆積物を摘まんで食べるのに適していたと考えられる(現在の生物ではオニヌマエビが夜間に泥に堆積した餌を食べたり、干潟のカニの行動のようなものか)。
なお(本当にIIIなら)と書いたが、保存状態的にこれがもしIVであった場合も考えられうる。
すると、困ったことになる。
保存されているのがもし仮に、じつはIV, V, VIだとすればIVが有棘、V, VIが無棘ということになって、これはヒベルトプテルス科に極めて近いという話になってしまう。
もしそうなれば両者をわける形質は後体背板ということになるだろうし、系統関係にも変更を迫られるだろう。
さて、作中で魚を食べていることに主人公たちをビックリさせたのは、既存の説と矛盾するためである。
なぜそうしたかといえば、もしスウィープフィーダーであれば、スウィープ用の付属肢は通常短くなるはずであって、長く伸長するのはおかしいと主観的に感じたゆえで、もっと雑食性に描きたかったというところがある。(現在のスウィープフィーダー甲殻類と見比べてみるとおかしさに気づくはずだ。)
それに対して、Hibbertopterusの短いスウィープ用の付属肢が前体の下側にすっぽり収まっているのは、絵としては地味だが生物としては実に機能美がある。
が、既存のメガラクネの復元図にはそうした自然さをまるで感じないのである。
ここまで書いてきてわかったかと思う。
この生き物は、まだ描くにはわからないことが多すぎる。淡水のものなのか、陸のものか論じるにすら早い。
一つ言えるのは、このよくわからない、それなりに大きな生き物が、石炭紀前期からおそらくペルム紀末まで、あまり姿を変えずにユーラメリカからゴンドワナまで幅広く分布し続けていたことである。
本作で描くのは石炭紀後期前半、バシキーリアン末-モスコビアン初期の世界なので、石炭紀末のメガラクネとは時代がずれているのではないか、という指摘をする方がいればうれしくてならない。
その話も、ぜひしたいのだ。
石炭紀以降のウミサソリ類には、多様化はおろか種の変化すら認めづらいほどであり、地理的にも時代的にもかなりかけ離れていてすら、どこからが成長に伴う変化でどこからが種や属の違いなのかがはっきり認識できない。
石炭紀末、ゴンドワナ産のメガラクネをミクテロプスと呼ぶべきだという話が出たりもするくらいであるし、ペルム紀末のものがWoodwardopterusという話になったり、他のウミサソリを見渡してみても石炭紀の遊泳性はアデロフタルムスだけ、徘徊性のヒベルトプテルス科もその多くにヒベルトプテルスのシノニムではないか疑惑が立てられている(時代も地域も多様なのに)。
おそらく石炭紀のはじめの時点でこれら生き残り組のウミサソリは各地に分布しており、その後5000万年以上にわたってほとんど姿を変えずに生き抜いたのであろう。
これは典型的なDead Clade Walking…大絶滅を生き抜いたものの多様性を回復できなかった現象の例であって、メガラクネとほとんど変わらない生き物が石炭紀の、どの陸成層から発掘されようが、まったく驚くべきことではないだろう。
Selden, P. A., Corronca, J. A., & Hünicken, M. A. (2005). The true identity of the supposed giant fossil spider Megarachne. Biology Letters, 1(1), 44-48.
金子隆一. 2012. サイエンス・アイ新書「ぞわぞわした生き物たち」SBクリエイティブ.
Césari, S. N., Chiesa, J., & Fernández, J. A. (2024). The lacustrine ecosystem of the Bajo de Veliz Formation: A wet spot at the Carboniferous-Permian boundary in westernmost Gondwana. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 654, 112465.
Lamsdell, J. C., Braddy, S. J., & Tetlie, O. E. (2010). The systematics and phylogeny of the Stylonurina (Arthropoda: Chelicerata: Eurypterida). Journal of Systematic Palaeontology, 8(1), 49-61.
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