火災スクランブル
けたたましいサイレン。
<火災スクランブル、火災スクランブル 全滑走路を緊急封鎖>
それは、突然だった。
空港全体に、赤灯が回り、アラートが空気を裂く。
警報音は、歯の奥に響くような不快な周波数だった。
フライトデッキの人々は――まるで平然としている。
展望デッキの観光客も、家族連れも。
どこかで子供が叫ぶ。「すごい! 出撃初めて見た!」
なのに親は止めもせず、カメラを構えて撮影を始めた。
――みんなだ。フライトデッキはあっという間に、カメラを構えた人だかり。
みんなカメラ越しに滑走路を覗く。
まるで、お祭りのようだった。
ただ、スタッフだけは、本気で焦っていた。
無線機をがなりながら、右へ左へと駆けずり回っている。
私は窓のそばに立ち尽くし、手すりを握りしめた。
そのとき――
滑走路の向こうから、3機の機影が陽炎を裂いて現れた。
速い。鋭い。獰猛なシルエット。
けばけばしく白と赤に塗られてはいるものの、その鋭くとがったノーズといい、大きなLERXといい、巨大なダイバータレスインテークとジェットエンジンといい、後退角のついた翼に吊られたターゲティング・ポッド。
――どう見ても、あれは、戦闘機じゃないか。
そしてその翼下には、不釣り合いなほど大きな物体が
――増槽ではない、シーカーがちゃんとついた、爆弾だ。
「…あれ、実弾?」
そう尋ねると、
「衝撃波弾頭よ!」隣のリリィが答える。
頬を膨らませて、「ふーっ」と吹くマネをしながら。
「山火事が起こった時に吹き消すのよ、あれで。地球じゃ誕生日には、ロウソクをフ――って、消すらしいじゃない?」
――それにしても、とんでもないスケールの“フー”だ。
「この星じゃ信じられない蛮行ね。誕生日のたびにユニットが一個沈むわ!」
笑うべきか困惑すべきか、判断に迷っていると、
「酸素を一気に燃やし尽くして減圧させて、火を消すの。そこまでしないと消えないのよ。初期火災なら、だけどね。石炭紀の酸素濃度だと、水かけたぐらいじゃビクともしないわ」
――つくづくこの星の常識にはついていけないものがある。
けれど、辺りを見渡しても煙すら見えない。
「で、どこが燃えてるの?」
「さあね」
そう口を挟んできたのはアリアだった。
「遥か彼方の火災でも、放っておけば何百キロも広がって手がつけられない。だから!赤外線衛星で常時監視して、初期の炎を発見したら、即・超音速戦闘爆撃機で爆撃鎮火! 火星の軍事技術の応用よ」
「やけに詳しいね」
「Of course!白亜紀でもこうよ、BLAM!」
そう言って、彼女は腰に手を当てて、ふんぞり返った。
――火星出身だから、ってわけじゃないんだ。
「新しいシステム?」
「ここ、10年くらい? 火事の恐ろしさを思い知ったのよ、人類は」
――馬鹿げてると思うかもしれない。
しかし、後で調べたことには、まだ原油が世界を動かしていた20世紀には、油井火災に対して時折行われてきた方法であるらしい。
ただ、こんなに日常化する日が来るとは、誰が思っていただろうか。
砂漠地帯のカッとした陽が、滑走路を急激に熱していた。
機体が、濛々と立ち上る陽炎に揺らめく。
頬を窓に着けると、徐々に回転数を上げていくエンジンの鼓動が、硝子窓をビリビリと伝わってくる。
爆音は鋭く高くなり、鼓動のような振動が頭の中を打ち付ける。
打ち付けるエンジンの拍動は頭を連続ビートするようで、興奮で瞳孔が散大し、世の中が明るくなった。
離陸――そして、仰ぎ見る。
戦闘爆撃機はキラリとその背を光らせる。
機体を跳ね起こして、ロケットのようなハイレート・クライム。
轟音とともにソニックブームを残し、機体は果てしない青空へ吸い込まれていった。
残ったのは、3本の白い航跡雲だけ。
そして――静寂。
数分後、ゲートの画面が点滅した。
私たちの乗る輸送機が、ようやく滑走路に姿を現した。
鈍重で古めかしい、プロペラ機だった。
まるで、20世紀の映画から抜け出してきたような、葉巻型のボディに、硬く直線的な翼、そして、プロペラ。
翼の付け根には、大きな増槽が積まれていた。
ロングフライトに、耐えるための。




