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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
対火災決戦都市―大気と戦え―
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―描写を支える科学的背景― 解説と復元メモ 直角貝 ―落とし穴だらけ⁉のチョッカクガイ復元―

直角貝という日本での呼称がどこまでを指すのかについては、いまひとつ混乱しているように見える。たとえばエンドセラスやカメラセラスはその大きさからもっともよく紹介される「直角貝」と思われるが、それらがOrthoceridaに属するわけではない。日本語における「直角貝」のイメージは「真っ直ぐな殻のオウムガイ」ではないだろうか。これは極めて古典的に、頭足類がColeoidea、Nautiloidea、Ammonoideaの3つの亜綱に分類されていたころの名残である。しかしながら、Nautiloideaは必ずしも現在のオウムガイのような生物であるわけではなく、鞘形類Coleoideaおよびアンモナイト類Ammonoideaを除いた原始的な頭足類の総称となってしまっている。


Flowerは1962年にオルソセラス亜綱Orthoceratoideaについてこう書いたという。

「頭足動物における最後の未踏の荒野」と。そして現状でも大きな変化はない。Ascocerida、Dissidocerida、Lituitida、Orthocerida、Pseudorthoceridaは短い隔壁頸部と管状または拡張した器官を持つことからOrthoceratoideaとまとめられることがあるが(Kröger, 2008)、必ずしも系統解析に支持されない(Pohle et al., 2022)多系統性、側系統性に留意が必要であり、となるとそもそもどこまでがOrthoceratoideaなのか、という点にはきわめて注意が必要である。

さて、直角貝、という和名はOrthoceras(真っ直ぐな角)からきている。特に、90度の直角とは、とりわけ関係があるわけではない。オルソセラスという名前は一般向けの図鑑にも、博物館にも、化石商のリストにもあふれかえっているが、オルソセラスのタイプ種であるオルドビス紀中期のOrthoceras regulareは住房に長軸方向の顕著な溝をもつ特異な種であり、直角貝のほとんどにはこの形質が見られない。したがってOrthocerasと呼ばれてきたほとんどの種はOrthocerasと呼ばれるべきではない。

Pohle & Klug, 2024には、こうある。

「Orthocerasという学名は、特に博物館の展示や商業的に取引される標本において、この定義に当てはまらないオルソコニックな頭足類に誤って使用されることが依然として多く見られます。しかし、この慣習を続けることは、識別不能な二足歩行の非鳥類恐竜の化石をすべて「ティラノサウルス」と呼ぶことに等しいと考えます。」

ほかにもMichelinocerasなど、様々な汎用されてきた属があるが、これにも注意が必要である。

直角貝の研究史においては繰り返し、「非常に単純または「基本的」な形態をもつ分類群の模式種が広く知られると、保存状態の悪い標本が繰り返しそこに割り当てられ、不自然に拡大してしまう」(Kröger,& Mapes, 2005)現象が繰り返されてきた。


さて、ここからは作中描写に関することについて。

さて、石炭紀の時点では直角貝類も多様性を減らしつつあった時代であり、石炭紀前期までは比較的多様性があったものの、石炭紀後期からはPseudorthoceridaが主なものとなっているようだ。Pseudorthoceridaの特徴は主に連室細管および隔壁襟にあり、外から見るだけでは同定が困難である。なので、時代からして恐らくPseudorthoceridaなのだろう、という意味になる。実際に同定するには、持ち帰ってCTにでもかけるか、割って中身を確かめねばなるまい。Pseudorthoceridaの幼殻は比較的特徴的なことが知られているので、先端が欠けていたのはかなり痛い。

なお、上野の国立科学博物館には立派なアクチノセラス類のライオノセラスRayonnocerasが展示されているが。これは石炭紀前期のものであり、石炭紀後期からはこの仲間はほとんど知られていない。


Pseudorthoceridaの軟体部に関してはほとんど知る情報がない。

ただし、オウムガイの発生は参考になる。

(成体のオウムガイは何の参考にもならない。無視すべきだ。)

オウムガイのピンホール眼は祖先的でなく、水晶体と角膜が退化したカメラ眼だと考えられている。これは光の乏しい環境への適応と考えられている。(Ogura et al., 2013;Zhang et al., 2021)

腕に関しても10本が祖先形であり、オウムガイでは5対の腕原基のうちI, IIは頭巾の一部に取り込まれ、IIIとVは融合、ほぼIVが次々に分岐して特徴的な多数の触手になる。(Shigeno et al., 2008)

もし10本の腕を描くならば頭巾を描くべきではない。

オウムガイに見られる頭巾もまた独特な派生形質だろうと考えられ、これを保存した化石は、白亜紀の一例くらいである。古生代、おもにデボン紀までの”Orthocerid”とともに見つかるAptychopsid/Discinocarinaを頭巾の化石記録であるとする意見もあるが、Orthocerid(所謂、直角貝)以外のグループでは報告されていない。Orthoceridがどうやら現生のイカやタコの祖先筋にあたるらしいことを鑑みるに、10本の腕を持っていたと仮定したほうがよく、そうなるとオウムガイの頭巾との相同性をもととしてAptychopsid/Discinocarinaを頭巾と捉えるのはおかしなことである(6本腕にしないといけなくなる)。

では、口はどうか。オウムガイには巨大な嘴があるが、古生代の直角貝に嘴が見つかったことはない。

しばしば「硬い獲物をかみ砕けるようになった」と直角貝の一般向けの解説にあるが、そもそも見つかったことがないのだから、現生の頭足類をもとにした憶測にすぎない。Aptychopsid/Discinocarinaが口器であったとする説もある(Mironenko, 2021)が、これにしても洗練された咀嚼構造とは言えず、寧ろ閉鎖構造である。示唆された機能として獲物の反撃を防ぐという解釈はなかなかに突飛で、そのまま受け入れるのはやや抵抗がある。Aptychopsid/Discinocarinaの化石記録はおもにシルル紀のものであるから、このよくわからない構造を石炭紀のPseudorthoceridaに当てはめる必要はない。石炭紀にはアンモナイト類のアプチクスは見つかるようになるので、あえて直角貝に立派な顎をつけるのはやや矛盾がある。

腕の吸盤についてはどうだろう?オウムガイ以外の現生頭足類=鞘形類においてすら、ふ化直後の幼生には吸盤が未発達で、横方向の隆起から生じてくる。鞘形類において吸盤が祖先形質であったかどうかすら議論があり、複数仮説が挙げられている。

少なくとも石炭紀のPseudorthoceridaに吸盤をつけるのはなかなかに危険で、積極的には推奨されない。

…ということで、直角貝の軟体部を復元する手掛かりはほぼないが、禁忌はあげることができる。


・なんでもかんでもOrthocerasと言うな

・ピンホール眼を描くな

・腕を増やすな

・頭巾を描くな

・顎を強調するな

・吸盤は描かない方が無難

といったところだ。


残念ながら、現在流布している復元図のほとんどすべてがこれらの禁忌を一つ以上踏んでいる。




Kröger, B. (2008). A new genus of middle Tremadocian orthoceratoids and the Early Ordovician origin of orthoceratoid cephalopods. Acta Palaeontologica Polonica, 53(4), 745-749.

Pohle, A., & Klug, C. (2024). Orthoceratoid and coleoid cephalopods from the Middle Triassic of Switzerland with an updated taxonomic framework for Triassic Orthoceratoidea. Swiss Journal of Palaeontology, 143(1), 14.

Kröger, B., & Mapes, R. H. (2005). Revision of some common Carboniferous genera of North American orthocerid nautiloids. Journal of Paleontology, 79(5), 1002-1011.

R.H. Flower 1962. Notes on the Michelinoceratida. New Mexico Institute of Mining and Technology. State Bureau of Mines and Mineral Resources, Memoir 10: 21–40.

Kröger, B., Vinther, J., & Fuchs, D. (2011). Cephalopod origin and evolution: a congruent picture emerging from fossils, development and molecules: extant cephalopods are younger than previously realised and were under major selection to become agile, shell‐less predators. BioEssays, 33(8), 602-613.

Ogura, A., Yoshida, M. A., Moritaki, T., Okuda, Y., Sese, J., Shimizu, K. K., ... & Tsonis, P. A. (2013). Loss of the six3/6 controlling pathways might have resulted in pinhole-eye evolution in Nautilus. Scientific Reports, 3(1), 1432.

Zhang, Y., Mao, F., Mu, H., Huang, M., Bao, Y., Wang, L., ... & Yu, Z. (2021). The genome of Nautilus pompilius illuminates eye evolution and biomineralization. Nature ecology & evolution, 5(7), 927-938.

Shigeno, S., Sasaki, T., Moritaki, T., Kasugai, T., Vecchione, M., & Agata, K. (2008). Evolution of the cephalopod head complex by assembly of multiple molluscan body parts: evidence from Nautilus embryonic development. Journal of morphology, 269(1), 1-17.

Mironenko, A. A. (2021). Early Palaeozoic Discinocarina: a key to the appearance of cephalopod jaws. Lethaia, 54(4), 457-476.

Fuchs, D., Hoffmann, R., & Klug, C. (2021). Evolutionary development of the cephalopod arm armature: A review. Swiss Journal of Palaeontology, 140(1), 27.


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