チョッカクガイを拾う≪登場古生物: プセウドルトケラスのなかま≫
ふと見上げれば、灰色の空港がどこまでもそびえていて、どうん、どうん、と不気味な重低音を立て続けていた。過去の世界に来たというのに、こんな巨大な、軍艦みたいな建築物を延々と見せつけられている、ということに、やや嫌気がさしてきた。
――いや、こういうのは嫌いじゃないんだけど、でもせっかく過去の世界にまで来たのだから、もうちょっと、自然に触れたいものである。
そして、そこから伸びる真っ白い埠頭と桟橋を見れば――
アリアもまた、水面を眺めながら、うろうろしているのが見える。
そして、ぐい、とかがみこんで水面に手を伸ばすと…
「いやったぁ!!!!!捕まえた!!」
と、大げさなまでに叫ぶ。遠目にももう、満面の笑みだ。
かがんで中腰になり、右手を海面に突っ込んだまま。
左腕をぶんぶん、と振り回している。
ぱたぱたと駆け寄ると、アリアは「じゃ、上げるね!」と言って、すっと持ち上げる。海面からひょいと引き上げられたのは――30㎝ほどはあろうかという、立派なチョッカクガイではないか。
10本の足がうねうねと動き、ぴくぴくと動く目が、ふいに合った。
――オウムガイとは、全然違う。
「生きてるチョッカクガイ、見るの初めてでしょ!」
と、アリアはぐっと差し出した。
私はなにか重大な巻物を受け取らんとする、かのように、両手でそれを賜る。
「これ、どうやってとったの?」
と聞くと、なんと岸壁のロープに引っかかって、抜けられなくなっていたのだとか。
チョッカクガイが私の手にうつると、重荷がなくなった、とばかりに、ぴょんぴょんと小躍りしている。
――いや、私より30㎝以上も背が高いから、どすどす、のほうが適切なのかもしれないが、ともかく。
「古生代に来たときは、まずロープと桟橋巡りね!風に流され始めるとそのまま吹き溜まっちゃうのよ!こいつらトロいから!」
「古生代ならチョッカクガイ、中生代だとアンモナイトがよく引っかかるのよ!あとどっちにしても、殻!必ず数個は拾えるレベルね!」
それでよく何億年も栄えたものだ、と思いながら、よく観察してみよう。
足はぴたぴたとした粘り気を帯びていて、にゅるりにゅるりと、驚くほど伸び縮みする。粘り気は、ちょうどセロハンテープを強くしたくらい…いや、この湿り気とぬめり、水生ヒルを引きはがそうとしたときの、あの感じに似ている。
イカやタコにあるような吸盤は、ない。その点に関しては確かにオウムガイに似ている、しかし10本しかないうえに、同形だ。イカの足も10本あるが2本は特殊化しているし、まったく同じ足が10本というのはかなりユニークなように思える。それに、目。目はイカのものによく似た、ウルウルした印象を与えるカメラ眼で、オウムガイに見られるような機械的なピンホール・アイではない。
おそらく、Pseudorthocerasの仲間ではないかと思うけれど、確証はない。
同定には先端部の幼殻や、殻の断面が欲しいところなのだけれど…残念ながら、欠けてしまっていた。
――あぁ、チョッカクガイはこれだから。
石炭紀はおろか、古生代のチョッカクガイはほとんどが分類未整理である、という現状を思い出して、ふと眼をそむけたくなった。
「やっぱり生だと種類がわかりにくいな……写真を撮って、肉抜きして別々に液浸…でも保存液がない……」
「やっぱり、雄と雌揃えないとよね!」
「どう違うの」
「わかんない!だから集める!」
──二人とも、どんな生き物も標本にしたくてたまらない、標本バカだった。
とくに古代世界では、雄と雌を一対ずつそろえないと気が済まない。
が、幸運にも命拾いをする。
「二人とも! この辺りのチョッカクガイを追い始めたら、日が暮れちゃって、荷物も受け取れなくなっちゃいますよ!」
リリィの声に、ようやく二人が動きを止める。
ケイとアリアは不満そうに顔を見合わせつつ、チョッカクガイを海へと返した。
風上に放すとまた引っかかってしまうので風下に流したら、そのままぷかぷかと、でっかい釣りの浮きみたいに浮き沈みしながら、ゆっくりと遠ざかっていった。
――なんとなくだが、今度は空港に引っかかる気がしなくもないが。
ただ、もしリリィが止めなければ、その一匹は、間違いなく標本棚の一員になっていただろう。もしくは、輸送中に腐りかけたチョッカクガイで飛行機を汚損し、何かしらの罰金をさらに払う必要が出てきたかもしれない。
しかたなく、空港へととぼとぼと足を進める。 「ま、パラーは他にも調べてるチームがいるから、いいのよ」そう言ったアリアの口ぶりは、どう聞いても、負け惜しみにしか聞こえなかった。




