表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
さぁ、宇宙に出よう―超時空ゲートは軌道上―
8/235

いざ、宇宙へ

過去の世界に行けます、いつに行きたい?


そう聞かれたら、ほとんどの人は「恐竜に会いたい」と、白亜紀かジュラ紀を目指すだろう。


恐竜は古生物のスターで、中生代ツーリズムは富裕層の間で流行にまでなっている。なぜなら旅は「便が多いほど安く・快適に」という鉄則があるからだ。


しかし私の最初の時空旅行は、石炭紀を目指すものだった。長く、快適でなく、法外に高額だった。

――――Chapter.1.「チェックイン」――――

チェックインゲートは、いくつかの区分に分かれていた。

「学術関係者」「報道関係」「商用技術者」「観光」「一般」──

アリアは迷いなく「学術関係者レーン」へと進んだ。

私はそのまま彼女についていこうとしたが、手前で係官に制止された。

「そちらのレーンは、教育機関に所属中の方または研究機関登録者に限られます」

「……えっと、一応、学籍は3年前までありました。生物系の学位は取ってます」

「ですが、現在は所属が確認できません。失礼ですが、一般レーンをご利用ください」

静かな口調だったが、石のように揺るがない。

私は小さくため息をついて、隣の「一般」レーンへ足を向けた。

──ああ、そうか。私はもう、どこにも所属していないんだ。

どこにも、というのは正確じゃない。

でもこの世界において、“個人”というだけでは、何の資格にもならないのだ。


アリアのほうを見ると、やはりというか、彼女も止められていた。

「火星圏出身の方は、追加照合が必要になります。申し訳ありませんが、出生記録とDNA登録コードを提示願えますか」

「またそれ? いいけど、何回出せば済むのよ……」

そう言いながらも、アリアは端末を操作してコードを表示した。

係官がそれを読み取って、照合。

数秒の静寂のあと、青く灯る。

「ありがとうございます。つぎに、火星圏ご出身の方は、地球渡航規制と生体識別照合の二重確認が必要となりますので……」

「わかってる。いつものことだもの」

彼女はそう言って、ちらりと私の方を見た。

結局、ゲートを通ったのは、止められていた私と同じタイミングだった。

アリアは学術枠、私は一般枠。

──ああ、変な話だけど、悔しいけど、ちょっと嬉しい。

止められたのが、私だけじゃなくて。


それでも、彼女の足取りは軽かった。

正面ロビーで合流すると、アリアはまるで何事もなかったかのように言う。

「やっぱり、ケイも引っかかった?」

「うん。学生証、期限切れてた」

「わたしはDNA照合で待たされた。地球ってほんとに面倒よね」

「……火星人がいう?」

アリアは笑う。

「ま、そうね。火星なら今頃銃口突き付けられてるわ」

「冗談?」

「半分だけね。──もう半分は、回想」


そう言ってアリアは視線を逸らした。

彼女の表情は変わらなかったが、その声の温度が一瞬だけ下がった気がした。


残念ながら、石炭紀への直行便はない。

直行便があるのはジュラ紀と白亜紀への数航路のみである。

「石炭紀は需要が少ないからね」とアリアは苦笑した。

私たちの行き先は石炭紀後期、モスコビアン期。

そこへ行くには、まず中軌道を回るサイド4宇宙ステーションに立ち寄り、2日後の超空間ゲート便に乗り継ぐしかない。

2日も前から出張るのは、宇宙ステーションから月に1度しか出ない「モスコビアン第1ゲート便」を逃すわけにはいかないからだ。


目当てのサイド4便の出発情報が聞こえてきた。

「前便の遅延によりサイド4宇宙ステーション便、ゲートC-12に変更」

はっと気づいてC-12へと足を速めたが、同時に「離陸準備まであと約一時間」と聞いてほっと息をついた。


「こういう遅延があるから直行便は流行らないのよ」

アリアは腰に手を当て、首を振って笑った。

「ゲートの開口なんて数時間ぽっきり。逃したら、宇宙港のカフェで何日も「バカンス」だもの」

彼女は両手を広げておどけ、目だけで私を見てウインクする。

「ね、ケイ、いま、「これって旅っていうよりギャンブルだよね」、とか思ってるでしょ」

__ごもっともである。


――――Chapter.2.「宇宙旅客機」――――

ガラス越しの巨大な機影が、整備灯に照らされて青白く光っていた。

「宇宙旅客機『ストラトソアラー』」──戦闘機を何倍にも拡張したような姿であった。

鶴の首のようにせり出した機首に、大面積のデルタ翼。

整備ロボたちがせわしなく動き、動翼をひとつずつ点検していく。

「すっごい…」

身を乗り出した私の額に、ひんやりとした感触が触れる。

フライトデッキに身を乗り出しすぎて、ガラスに額を擦り付けていた。


純白に淡い青色のラインが入ったその機体は、想像をはるかに超えていた。

全長が85mもある、そう、数字では聞いていた。

実際に目にすると、別格である。


主翼の基部に収められた、2つのエンジンポッド。

サメの頭を思わせる可変インテークがゆっくりと、パクパクと顎を動かしている。

中には、8つ並んだ、推力224kNの低バイパスターボファンエンジンが覗いた。

旅客機だが、見た目はむしろ、戦闘爆撃機に近い。

飛ぶことに洗練された結果の収斂、あるいは戦争のための技術の応用だった。

事実、火星連邦の隕石爆撃に対抗するための迎撃機として開発された、という。

客席のかわりに、核弾頭を積むために。


――しかし、それは宇宙航空需要がまだそれほどなく、火星が本気で地球侵略をもくろんでいたころの話。

ここ20年ほどは火星連邦が財政破綻状態になって脅威が減少し、しこたま作られたストラトソアラーは、旅客機へと改造された。

軌道エレベーターでは数週間かかるところを、宇宙旅客機ならたった数時間。

ロケットと違って、天候にあまり左右されず、異常発生時の引き上げもしやすい。

宇宙の彼方に超時空ゲートが開通し、そこに人々を送り込まなければならない時代において、これほど適した乗り物はなかった。


しかし、目の前にあるのは、違う。

転用機じゃない。新造品だ。

「翼の付け根、LERXのラインどりが少し違う。──あれ、最新ロットだ。初めて見た。」

シャッターを切りながらつい、声が上ずっていた。

アリアは指でなぞりながら、うーん、と首を傾げる。

「…いわれてもわからない。えーっと、翼の付け根のカーブ、ってこと?」

「ほんのちょっとの違いだけど、大違いだよ。とくに、機首分離時の迎え角が変化する。多分、分離後の後部スラスター制御応答が改善されてる。それに合わせた微調整だと思う。──多分だけど。」

「……私にはさっぱりだけど、要するに改善されてるってことね?」

「そ。ちょっとした姿勢制御スラスタでも、変えるってのは簡単じゃないんだよ。」

「こういうときのケイ、本当に楽しそうよね」

「こんなの見せられたら、当然だよ」

ふと見れば、アリアはカメラを構えていた。

それに気づいた私は、ふいに言葉が出なくなって、顔に血がのぼるのを感じた。

多分傍から見たら、真っ赤だったに違いない。

「ごめんね、いい表情してたからつい…」

アリアは申し訳なさそうに笑いながら、そっとカメラの削除ボタンに指を添える。

「い、いいよ!消さなくて!」

「どうせ顔出しするんだし…その…別に撮られるの、嫌じゃないから…」

私は思う。

もうどうなってもいいや。

動画企画に乗った時点で、私のプライベートは死んだのだ。

――そう、この石炭紀への旅で、アリアは私を案内人に、石炭紀の自然を撮るつもりらしいのだ。


そのとき。アナウンスが、流れた。

「サイド4宇宙ステーション行き、C-12便。最終搭乗案内です。乗客の方は搭乗通路へお進みください」

興奮で感覚がいかれてしまったのだろうか、声というよりも、遠くの鐘のようだった。

前方の乗客たちがゆっくりと動き出す。

鼓動が、遅くなった気がした。


フライトデッキへの通路に立ったとき、ふと足が止まる。

透明な隔壁越しに、搭乗ゲートへと伸びる渡り廊下が見えた。


その奥で、ストラトソアラーのエアロックが静かに、息をひそめていた。


「…行こう」

一言だけ言って、私は一歩、踏み出した。


――――Chapter.3.「テイク・オフ」――――

ついに、宇宙に旅立つ。


宇宙旅客機「ストラトソアラー」の機内は、いわゆる“座席”とは違っていた。

カパッと開いた、全周囲モニターに囲まれた、ラグビーボール型のシェル。

スポーツカーのコクピットのような座席に、背中が沈み込む。

身体の輪郭をスキャンすると、ウィーン、と作動音を発てながら、体に合わせてぴったりとフィットした。シートベルトが、おりてくる。

座席には不思議とぬくもりがあって、軽量ながらも、落ち着きがある。

ライフカプセルが、シュッという音とともに、降りてくる。

手や物を挟まないようにと灯ったガイドレーザーが、赤くその輪郭を照らした。

密閉音の直後、世界から音が消えた。


無音。


気圧すらなくなったかのように、耳の内側がしんと静まり返る。

呼吸音すら、自分のものではないようだった。


そして、カプセルの全周囲ディスプレイが、ぱっと光を放つ。

気づいたときには、私はサンゴ礁の中にいた。

あたりを見回せば、海。

まるで古生代の海の中に飛び込んだようで、水の感触すら錯覚するようだった。直角貝が泳ぎ、ウミユリが腕を広げ、四方サンゴが角のように林立している。どこまでも緻密で、色彩豊かで、そして静かだった。


もちろん実写である。


アリアから、機内通信でメッセージが届いた。

「これとったの、私よ!ギャラ弾んだわ。石炭紀のイリノイ沖ね」と書いてあった。

一瞬、映像の中のサンゴ礁を見つめて、目を細める。

そしてひとこと、「さすが」とだけ返した。

それだけで、十分に意味は伝わる。


映像は潮が引くように薄くなり、滑走路のライブ映像が映る。

リアルタイムで機体全周の視界が投影されている。

まるで、自分が航空機になったかのようだ。


しかし、画面は直後、暗くくすんだ。

ポン、というアナウンスとともに、機長の声が、わたしだけの空間を裂く。


「QNH 1013 セット。RWY 36、進入灯識別。TORA 5,100。」

――海面気圧に合わせて高度補正、滑走路の向きは360度、滑走路長は5100m、か。

5.1㎞の滑走路・・・ちょっといまひとつ、実感がついてこなかった。

地上からみた地平線は4.5㎞…ということは、この滑走路は地平線より先まで続くのか。宇宙空港の巨大さには、全く驚くばかり。


副操縦士の、甲高い声。

「FLAPS 5、TRIM 4.5、A/THR ARM。」

――高揚力装置、5度、昇降舵4.5度、オールスロットル待機。

カプセル内を見渡すと、主翼のフラップが、にゅっと伸びていた。

座席が、カタカタと震えている。

副操縦士のコールアウトの後、ポッドの空調音が細く途切れる。

シートベルトがキュッと締まり、骨盤が自動で固定された。


ポン、という音とともに、機械的なアナウンス。

「本機はまもなく、離陸にうつります。シートベルトをしっかりとお締めください」

とともに、頭上の緑灯が点滅する。


管制の、しゃがれた声が響く。

「スプリット・エイト、ラインナップ・アンド・ウェイト、RWY 36。風 010/08。」

「36 ラインナップ。」


機体はグイと曲がり、機外カメラの中心が、ピタリと白線に合った。

客席の床下からは、低い唸りが、じわじわと上がっていく。


モニターはいよいよ暗くなる。

座面は深く沈み、体のなす角度が耐G姿勢にぐい、と変えられた。

「TO/GA。N1 94%」

――離陸全出力。低圧系回転数、94%。要するに、エンジン全開、ってことだ。


床から細い唸りが這い上がり、背骨を震わす。

機外カメラの映像がどんどん流れ、白線も管制塔もみんな、線になっていく。


「80ノット」「チェック」

グイっと、体を押し込む重み、全身が、心臓を置いて飛んで行ってしまいそうな、疾走感。

喉がひゅいと、後ろにひかれる。


「V1。」

――それを聞いたとき、もう、戻れない、と思った。

V1、すなわちもう、引き返すことができない速度。

もう、飛ぶしかないんだ。

そう――宇宙への旅が、始まってしまったのだ。

「VR」

直後、機首がグイっと上がり、ない胸がきゅうと、ベルトに擦れた。

ザッ、という振動とともに、軽くなる

――まだ後輪の滑走感はあるが、前輪が抜けた。

そしてまもなく


浮いた。


今更思い出す。

この巨大な宇宙旅客機は、500トン以上もあるのである。


「Positive rate」

「Gear Up」

収容モーターが低くうなり、風切り音が、ひょお、と響いた。


「V2 +10 LNAV. VNAV.」

私はほっと、息をつく。

ここからは、計画通りの速度、計画通りの高度を自動で航行する、ということか。

座席に表示された画面を見れば、300ft ピッチ12度、+0.12G、とあった。

「Noise Abatement」

客室の騒音が、ふっと軽くなる。

雲の縁をかすめる。窓はないけれど、機外カメラが一瞬、日差しでホワイトアウトした。

「スプリット・エイト、SID ヴェクター了承、130 に旋回。

「30 旋回、SID 継続。」

バンク 20°。斜めになった東京の街並みが、画面いっぱいに広がった。

地上の風景はみるみる小さくなっていく。

都市は小さな粒に、山並みは細かな結晶のように変わる。

まるで鷹の目だ。

都市も山も、緻密な模型のように見える。


カプセル内のデータフィードが一瞬、点滅する。

──アリアからのプライベート通信だ。


「緊張してる? こっちは慣れっこだけど、離陸だけはやっぱりドキドキする。

ふわっと浮きすぎて、風にあおられそうに思うのよね」


私は短く返す。

「翼の改良で、離陸速度が下がったからかな」

そこに、アナウンスが割って入る。

「After Takeoff Checklist。ギア・アップ/オフ、フラップ・ゼロ、スラット・ゼロ、パック・ノーマル、アンチアイス・オフ、圧力差 5.1、油温緑、警報なし。」

「上昇良好。Climb detent。」

「ただ今、対地八千フィートを通過。まもなく座席操作サインが一時消灯します。」

――いよいよだ。房総半島を超え、もう目の前にあるのは、太平洋だけ。

「フラップ 1」「フラップ0」

機外カメラに映る翼が、真っ平らになる。抵抗が減り、機体の振動と風切りがすっと消えたようだった。

雲を切り裂き、青空へと突き抜ける。

光が一気に開ける。

それまで乱反射していた白い光が、突如として青に変わる。

「ノイズ・アベート解除、加速プロファイル。」

29,000フィート。

機体がぐっと増速し、耳にちかっとした、詰まったような感触が走り始める。

高度はぐんぐんと増していく。

32,000フィート。

「スラスト・リファレンス、クライム・ハイ。」

座席に細かい振動がぶるぶると震える。

モニター中央には、


M0.95…0.97…0.99…


と、音の壁に近づいていく様が、カウントダウンされた。

そして。

35,000 ft。

機体が、ふっと無音になる。


静かだ。


さっきまであんなにあった振動も、雲散霧消していた。

「ただ今、35,000 フィート、太平洋上、房総半島から102キロ沖で音速を突破しました」

ほっと息をなでおろす。

しかし、機体は静かに、まだ増速を続けていた。


雲を切り裂き、青空へと突き抜ける。

光が一気に開ける。

それまで乱反射していた白い光が、突如として青に変わる。

超音速の、雲の上。 そこは静かすぎる世界だった。

音も、振動も、ない。


ただ、白く広がる雲海の上を、機体は滑るように進んでいた。

「加速継続、クライム・ハイ。」

1.02、1.10、1.20… 画面正中のマッハ数が、じわじわと上がっていく。

コンソールをいじると、計器データも表示されていた。

TAT 7度 SAT -54度。 空力加熱が、すでに始まっていた。

機体の周囲に、わずかに暖色の揺らめきが感じられなくもない。

そんなとき、アナウンスが流れる。


「ただいま、高度37000フィート。海上での加速を継続中です。シートの能動制御を、オートに戻してください。これより先、コンソールの操作はできません。宇宙への旅を、ぜひご自分の目でお楽しみください。」


画面の右上に表示された高度計が、くるくると数字を挙げていく。


もう、50000フィートに迫ろうとしていた。


「ブッフェ・マージン良好」

「パック ノーマル」

「コリドー・インバウンド」


モニターの真ん中に表示されるマッハ数はもう、2.0を指している。


そして、ゆっくりと 2.10 に噛み合う。

「ターゲット・マッハ。」

アナウンスが流れる。


「現在 49,000 フィート、マッハ 2.1。この後もしばらく海上を東進します。」


──この先にあるのは、空ではない。宇宙だ。


空の色は、徐々にその深みを増していく。


蒼から、青。青藍から、鈍い紺へ。


成層圏特有の、澄んでいて、それでいて底の見えないような、凍えるような青。


地平線には、わずかに地球の丸みが浮かびはじめていた。 下方には雲海と薄く光る大気のベール。

上空はもう、青黒い。

──地上と宇宙の、境目。 通常の航空機が到達できる、ほぼ限界の光景。


だが、これから行くのは、その先、宇宙だ。


「「燃料バランス良好、EGT 緑、油圧 4,000 psi。」


「ランチ・コリドー、ウェイポイント“BOSO-2”へ」


「分離待機、セット」


「姿勢 PITCH 10.5°/ROLL 0/YAW 0、相対風クリア。」


「セパレーション」


「カウント・テン」

10,9,8,7,6,5,4, 3,  2,   1…

「セパレート」


その瞬間、こつっとした振動とともに、少しずつ向きが変わっていく。

――音速の二倍で動いているはずなのに、ものすごくスローモーションのようだった。


いままでずっと真横に広がっていた翼が、がばっと、離れていく。

そう、この旅客機は機首がドーサルスパインごと外れて、ロケットとして宇宙に向かうのだ。


「セーフティ・レンジ」

――翼はもう、目下を通り過ぎ、無人機として帰還を始めている。


そして点火する、一段目のダクテッド・ロケット。

「DBインテーク・オープン」

「イグニット」

背もたれに、一気に押し付けられる。

マッハ計の数字がみるみる上がる――2.1、2.6…


高度計も、52000、63000とみるみる上がっていく。

「TIMER 00:30」

アナウンスが

「現在 63,000 フィート、マッハ 2.6。あと30秒、加速を継続します。」

と告げる。

これほど加速しているのに、それほどのGではなかった。

我慢できる範囲で助かる。

これだったら――ジェットコースターのほうが、よほど怖い。

ダクテッドブースター点火から、45秒。

マッハ3.1、高度74000フィート。

「シャッター・クローズ」

「ジェティスン」

無音ののち、カバー付きのダクテッドブースターを機外カメラがとらえた。

視界のはるか下で、パッと開いたパラシュートが、綺麗だった。

「DBセパレーション、コンプリート」

「メイン・イグニット」

低いエンジンの鼓動が胸を叩き、ぐっと体が重くなる。

カメラの画像は赤く輝き、マッハ計は3.5を越した。

そして――

そとは、もう、真っ黒に近い藍色だ。

地球を、見下ろしていた。

「ただ今、88,000 フィート、マッハ 3.8。」

「ただ今、110,000 フィート、対地速度は安全範囲で上昇中です。」

「ただ今、180,000 フィート、主機停止まで、30秒、29、28、27、・・・」

10,9、8、7、6、5, 4,  3   2    1   

「MECO」

身体が、ふっと浮く。

ベルトに縛られた、ままだけど。

「RCS ハンドオーバー」

カシャカシャという機械音とともに、地球に対して垂直だった機体が、横倒しになる。

「ただ今、無重量に移行しました。機長の指示によりシートベルトは着用のままお待ちください」

――とはいっても、宇宙に喜んでいる場合ではないのだ。

ただ、この時はまだ、宇宙が嬉しかった。

この先、2週間も宇宙航海するということを、体がまだ知らなかったから。

そして、ストラトソアラーは、高級仕様だったから。







Chapter 1. 古生物の代表として、恐竜は最も人気である。

中生代は人間が暮らすにも比較的制約が少なく(二酸化炭素が濃くて息苦しくなるが)、タイムトラベルが可能になれば人気になることだろう。

当たり前のことだが、たくさん便が飛べば、旅費が安くなり、良い機材が入る、という好循環にはいる。


ハワイ旅行やグアム旅行は比較的安価で行きやすいが、これがたとえば小笠原に行くとなると、ハワイに行くよりよっぽど近くて国境も跨がないのに行きづらい(船便で片道24時間かかる上に、ほぼ週1便のみ!)という様なものである。


本作で描く石炭紀への旅は、この小笠原への長々しい旅を、さらに時空スケールに拡大したようなものとなる。

Chapter 2.

考察ノート


宇宙旅客機は乗員数を増やそうとするとなかなか難しい。離陸重量と降着装置の問題がある。


商業的な目的で最初から宇宙旅客機が設計されるというのは、ちょっと難しい面があるかもしれない。載せられる人数は10人前後が、大気圏離脱に必要なロケット燃料の量からして限界であり、これは技術の進歩によって埋められそうにない。


ロケットを直接打ち上げる方式では天候などに問題があり、今のソユーズのように長らく発射を待つ必要が出てきたりするだろう。発射を途中で取り止めたり、


また発射地点を天候の適した場所に選べる空中発射のほうが、いつでも発射できるという条件には適している。


が、これは民生用の要件にはあまり向いていない。


こうした機体が重視されるのはまず、宇宙空間の何かに対して要撃する、もしくは大陸間弾道弾の空中発射という目的においてであろう。


そして、それらが民生に応用されたり、民生に転用される方向であれば、宇宙旅客機が実現しうるのではないだろうか。


となれば、宇宙旅客機のある世界には、宇宙規模の冷戦を想定せねばなるまい。



※※

ケイ・ヤマナカ・・・社会人女性だが、小柄な体格から男の子と勘違いされる。かつては大学で研究していたが、いまでは社会人3年目のアマチュア博物学者(Naturalist)。

アリア・エンバートン・・・ケイの大学時代の友人。恐竜研究者、動画配信者。中生代のフィールドワークを、そのまま荒々しく映した冒険動画は、恐竜を「博物館の古びた骨」から「会いに行けるサファリ」へと押し上げた。世間的にはスターだが、大学時代はケイにノートをせびっていた。火星出身で母国語は英語。実家はエンバートン財団。月面上の鉱山経営にかかわる有力者。


場所;東京国際空港「宇宙線ターミナル」

宇宙線とは、地球から宇宙旅客機により大気圏を離脱する便のこと。

高速だが非常にコストが高く、1便あたり10~15名しか乗ることができない。



感想・ブクマ、高評価ありがとうございます!

感想欄はオープンです。思いつき、疑問などなど、なんでも質問ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ