スピード狂いの軟骨魚≪登場古生物: エウゲネオドゥス類≫
――ところで、ディナー会場にリリィの姿がない。
会場についてしばらくはいたものの、ふらっ、といなくなっていた。
アリアには何か伝えていったようだったけれど。
軟骨だけになったヘリコプリオン科の頭は、標本として持ち帰れるよう、アリアが交渉していた――交渉するも何も、はじめからそのつもりだったとのことらしい。
そして、次のメインディッシュ、丸のままのエウゲネオドント類に手を付けようとすると、リリィが戻ってきた。
見れば――お造り“のようなもの”を持っているではないか。
その顔には、げっそりと疲れが浮かんでいた。前髪がぺとっと、額にへばりつき、袖にちょっと水しぶき、せっかくのドレスに1滴、血が。
「ねぇ聞いて!刺身って言ってみたんだけど、ぜんっぜん通じなくて!冷凍のまま丸魚がごろっと!「生のままじゃあ皮も剥けない」って。それで…見よう見まねで…どう…?」
そういって、彼女は私の前に、それをポン、と置いた。
グロテスクな生皮がべろりと剥かれた魚頭が、あまりにも生々しい。
――頑張ったことは、一目見てよく伝わった。かなり赤みを帯びた生の身が、1.5㎝くらいの厚さに切られて並んでいる。ちょっと、マグロの赤身に似ていなくもない。ただ、さらに柔らかそうで、断面はぐずぐず、表面にしても、ざっくりと切られた形跡だらけだ。切るにしても、かなりの苦労を要したのではないだろうか。もっと苦戦した様子があるのは、その背骨だった。ザクザクと切れ目が入っていて、ところどころ身に歪んだ軟骨の欠片がくっついていた。
「ねぇ聞いて!まず生魚じゃ皮が剥けないっていうから熱湯をかけてみて、それでちょっと剥けかけたところをナイフで剥いて…これだけでもう一大事よ。そのままだと火が通っちゃうから氷水ですぐ冷やして」
「それ…その場で思いついたの?」
「そう!いい方法だと思ったんだけど、どう?」
「…理にかなってると思う、怖いくらいに。名前は忘れたけどそういう方法がある」
「でね、フィレとって薄く切る!って思ってフィレ取ろうとしたら、骨が柔らかすぎてどんどん刃が滑るの!で、結局背中側と腹側から切りだしたけど、そしたら身がどんどんボソボソになっちゃって…ホント私…」
「それも、その場で気づいたの⁉」
「ヘンかも、って思ったけど、やっぱり変よね、聞いたことないもの?」
「それ‼三枚おろし、かな」
「えっ私合ってたの!褒められてる⁉」
「うん、ちなみにフィレ取りは大名おろしに近いかな、肉がたくさん骨についちゃうからお貴族さまの、って意味」
「へぇ~、魚好きの国はやっぱ違うのね」
「好きすぎて近海の魚喰いつくしたけどね」
そこに、アリアが目を細めて割り込んできた。
「ちなみに、火星に魚はいないわ!」
――知ってるよ。
「培養魚は生まれつき骨なし!だから魚は頭からパクっと!だから地球や植民惑星に降りた火星人は、よく魚を丸のみしようとして――死ぬの」
――本当に知ってるようで知らない話、きた。というか、笑っていいのかそれ。
「だから、火星人が多い植民惑星では魚はみんな、ぶつ切りにしてミンチね!小骨多いから。ほんと、火星人キラーなのよ、小骨でもすぐ喉に引っ掛けるんだから。」
――荒唐無稽なさばき方、きた!さすがマーシャルスタイル。
「えっ小骨⁉全然とってなかった、ごめん知らなくて…」とリリィが慌てだすので、
「大丈夫、軟骨魚類には、小骨なんて最初からないから」
「OKOK!脊椎動物学者がいうわ!この魚に小骨なし!」
――被った。
顔を見合わせて、お互いに吹き出した。
さて――お造りにされたものと、姿煮は歯列をみるに、同一種のようだ。
渦巻き状の歯こそないものの、下顎中央部の歯輪はしっかりと半弧を描いて大型化しており、上顎はそれを抱え込むように窪んでいる。しかし歯はかなり分厚く――どちらかというと、かみつぶすことに適応したように見えた。
エウゲネオドント類、カセオドゥス科、かな。
ヘリコプリオン科からすると平凡な歯だけど、しっかりその近縁だと見て取れる。
魚雷のようなフォルムに小さな胸鰭と第一背びれ、極限まで引き絞られた尾部に三日月型のしっぽ――見るからに速そうだ。しかしこんな速そうな魚が粉砕型の歯をもつとは、どういうことだろう…?
ふつう、粉砕型の歯を持つ魚は、低速で底生だと思うけど。
「いかにも速そうな魚だね」
「ほんっと、そうね!私実はまだ、生きたEugeneodont見たことないのよ」
「えっ、アリアでも⁉こんなに普通に食べられてるのに?」
「そう!水揚げされるとあっという間に死んじゃうのよ。水揚げも船内急速冷凍。漁船に同乗でもしないと、無理ね!」
「マグロとかみたいなものなのかなあ、赤身だしミオグロビンが多い、持久力のある赤筋…」
その瞬間、アリアの目がきらりと光った。
「Of course! But身を見るまでもなく明らかよ!」
――と言っている間に、リリィがパクパクと刺身(?)を食べている。
「これ結構おいしいかも。生の魚ってちょっと、って思ってたけど…生のままでも美味しいのね!あ、でも「しらす」は生ね…」
――生のシラス?“石炭紀にシラスはいない” まあ、おいとこう…。それにしても、すごい適応の速さだ。
先を越されてしまったので一口ほおばると、マグロに似た鉄の味に続き、舌のうえでとろけるような濃厚なうまみが広がった。脂も多い。身が白濁していることからしても、すごい量の脂を含んでいる。
――これは、うまい!
生臭さもアンモニア臭も、まるでない。
さすが船内急速冷凍。濃厚な塩水で凝固点降下させるんだっけ。
赤い身をほおばりながら、リリィが聞く。
「ねぇアリア、見ただけで速いってわかるのって、飛行機みたいなもの?プロペラよりジェットが速い、とか、後退角がついてると速い、とか、先がとがってたりすると速い、とか、高速機は翼が小さめ、とか?」
「そうよ!特に最後が大事。揚力って速い方が大きくなるでしょ?」
「二乗に比例するわ!面積は一乗なのに!」
とリリィ。
なお揚力は、空気密度x速度の二乗x面積に係数をのせて2で割ると求められる。
「そこポイント!まず魚も揚力で水中を飛んでるのよ。尾びれってこう降ると、上下と後ろ側に揚力を生む翼として働くのね!上側と下側がそれぞれ翼、水をかくんじゃなくて揚力で進むの!」
「ってなると、高速なら小さくていい!」
「そう!高速で泳ぐなら、尾を大きくしたりストロークを大きくするのはナンセンス。ストロークを小さくしてとにかく早く振り回して対気速度を増すほうがGood!…水だけど」
一方私は、マグロみたいに飛び交う会話に追従できていなかった。
「じゃ、上側が長いと尾は下向きに揚力を生んで体をリフトするのね!」
「オナガザメとかどうやってるんだ、と思うけど確かに遅いか…胸鰭も大きくて抗力も大きいしつり合いも…」と、ようやく話を差し込むと、
「その胸鰭よ!胸鰭で上向きに揚力を発生させてバランスを取るのよ。で、これ!」
――目の前のエウゲネオドント類の胸鰭は、異常なまでに小さかった。
「胸鰭小さい!尾が発生する揚力も小さいし常に高速で泳ぐなら、大きい胸鰭は不要ね!」
――あれ?
「でも。。。カジキとかマグロとか、現代の最速級の魚ってむしろ胸鰭や腹びれがブレーキのために大型化してない?どれも一生泳ぎ続けるけど」
「そう、そこ!減速するのって獲物を追いかけるためでしょ?この子たち歯は粉砕型なのよ。ってことは!あまり逃げるのがうまくなくて外洋にいる硬い獲物を食べるはず!」
「――チョッカクガイや、アンモナイトだ」
「って思ってるのよ。あとこの尾びれの付け根、すごく張り出してるでしょ?これも高速遊泳のときに尾がブレないためよ!」
「メカジキとかマグロとかアオザメにもあるよね。あと腹びれも尻びれも全くない魚って初めて見たんだけど。市長さんの言う通りイルカみたいで…」
「そ、ほんとイルカっぽいのよね。イルカの場合、第二背びれも腹びれも尻びれもないのは尾を上下させるから。でもこの魚の場合は…単純に抗力削減してるのかも」
「つまり――逃げるときは高速で振り切る設計、と」
「ってこと!」
さて、ざらざらした鮫肌をべろっと剥がす。ギンザメに近いのに鱗はしっかりあるのは、ちょっと変な感覚だ。すると、Z状の筋節がはっきりと見て取れる。
そしてそのまま、尾の皮を剥がすと――これは、見事だ。
尾の上葉にあたる血道弓と神経弓が硬く癒合していて、ほとんど一枚のブレードとなっている。下葉もかなりがっしりしている。
「こんなにガッチリした尾、見たことないよ。それに比べてこの脊椎の貧弱さ…本当によくわからない魚だ。こりゃ脊椎の化石化が皆無なわけだ」
アリアがポン、と机をたたく。
「軽量化よ。だって現在のサメでも、完全に正尾のものはいないでしょ?」
「そうだね」
「体の中で一番重い物から削減していくとすると、まずは骨の石灰化よ。軽いものといえば、脂肪。サメの場合は巨大な肝油を使うわ!でも、全然足りない。だから徹底して軽量化しないと!」
「あぁ、だから骨が全然ないし、身に油脂を大量に含んでる。」
「そう!身の油脂はせいぜい10パーセントどまり、浮力への貢献はちょっとしか効かないはず。でも肝油と脊椎の徹底的な軽量化と合わせれば―中性浮力に何とか持ってけるって話」
「だから歪尾で揚力を稼いでリフトする必要がない。で、支持構造はどうなってるんだろう、皮膚が重要?」
「そう思うわ。軟骨魚類の皮膚は筋肉と強固に結合していて、皮下脂肪がないのよ」
「ほぼ皮膚直結だよね。だから加熱して膠原繊維を軟化させてからじゃないと、皮むきにも苦労した。皮膚が外骨格的に働く――ってことか」
「そうかもね」
「じゃさ、こんどはこの鰭の軟骨はどう見るよ?」
――ディナータイムは、いつまでも続く。
カセオドゥス科はRomerodusやFadeniaなどの軟部組織や鰭部骨格が確認されているため、(ヘリコプリオン科に比べれば)はるかに復元しやすいグループです。
そのためヘリコプリオン科の首から下の復元には現状、カセオドゥス科のものを用いるほかないでしょう。
ということで、カセオドゥス科 Caseodontidaeの復元について、今回は書いていこうと思います。
ところが…カセオドゥス科の軟部組織は化石記録は多いもののあまり詳細な記載がなされていない、というところで、化石写真もCase, (1982)にあるくらいで、Zangerl, (1981)の形態記載も、Romerodusなど一部の種に関しては(複数の体を保存した標本があるにもかかわらず)ざっくりしたものです。Fadeniaに関してはMutter et al., 2008である程度詳しく見ることができます。
さて、Eugeneodontの体表から丸見えな部分の復元に関しては…
尾は三日月状の正尾で胴体は強く引き絞られ、腹びれと尻びれの痕跡が見られないこと、背びれが1つしかないことが最も特徴的といえます。
そのため、作中でも何度も述べていますが――尾が縦向きであることをのぞけば、イルカによく似ています。尾びれの概形すらも、現在生きている海洋動物のなかではイルカに最も似ているように思われます。その概形から、この類はおそらく外洋性の回遊魚と考えたほうがよいでしょう。作中で述べたように鰭は比較的小ぶりですが、より大型の種では違っていたかもしれません。ギンザメに近い仲間ですが、ギンザメのような鰭前縁の棘や鰓蓋はなく(鰭はいくつも保存状態がよいものがありますが、どれ一つとしてそうした証拠はありません)、概形はサメのほうが近い点には留意が必要です。
あと――この類の椎体はほとんど見つかりません。
骨なし魚、というのは流石に突飛ですので、作中では柔らかいもののあると描きましたが…
そのうち修正を迫られる必要があるかもしれません。(さすがになんかしらあるはずですが…)
ところで、これらの形質は極めて重要な視点を提供します。
古生代の軟骨魚類はEugeneodontにかぎらず正尾のものが多く、推進効率が高い反面、体をリフトアップできないのです。これは現生軟骨魚類が海水より比重の重い体を歪尾のうむ揚力でリフトアップして泳ぐのとは対照的です。現生軟骨魚類で正尾に近いものとなると、揚力の高い体形状をもつか(たとえばシノノメサカタザメはかなり正尾に近い形状です)、もしくは体自体が軽いか、高速で移動するか(やや正尾に近い例:アオザメ)。高速にしてもサメ類に完全な正尾がほぼいないことからわかるように説明しづらく、おそらく極めて体を軽量化していたはずです。
となると脊柱の脱石灰化は重量削減のために極めて重要であり、皮膚との接続が遊泳においては重要だった可能性があります。(作中にも示したように軟骨魚類には皮下組織が乏しく、強固な筋と真皮の接続が可能です)なお、硬骨魚類はこの問題を浮袋によって一挙解決していますが――そのようなものを仮定するのは、現状の理解からするとやや難しいと思います。
注:正尾という語を、ここでは上下対称の尾に対して用いている。Homocercal。厳密な意味で硬骨魚類に用いられる正尾とはやや異なる(魚竜類などではこうした構造上は逆歪尾だが形態上正尾のものに正尾と呼んでいる場合が多いのでそう用いた)
Zangerl, R. (1981). Handbook of Paleoichthyology volume 3A Chondrichthyes I: Paleozoic Elasmobranchii. Gustav Fisher, Stuttgart.
Case, G. R. (1982). A pictorial guide to fossils.pp. 238-239. Van Nostrand Reinhold Company, New York.
Mutter, R. J., & Neuman, A. G. (2008). New eugeneodontid sharks from the Lower Triassic Sulphur Mountain Formation of Western Canada. in Forey, P. L. (ed.), Fishes and the Break-up of Pangaea. Geological Society of London.




