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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
古生物を食す(石炭紀海産グルメ①)
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チップソー・いるか ≪登場古生物: エウゲネオドゥス類≫


今夜のメインディッシュは、どす、どす、という足音とともにやってきた。

一瞬、空気が波打つようなざわめき。

コンマ一秒の沈黙とともに、拍手と歓迎が上がる。

人垣の向こうから現れたのは、望月、という表現がふさわしい人物だった。

その膨張した巨躯にも拘わらず身のこなしは軽く、アリアをして、軽く抱きしめてしまった。

「少し会わないうちに、すっかりレディになられた」

「えぇ、ここには本当にお世話になりましたもの」

そういって、アリアの頬に、軽くキスをした。

自分を守るバリアーがあっけなく陥落してしまった、と私は少し、拍子を抜かれてしまった。

――あれか、アリアが言ってた「でかいビア樽」は。

呆気に取られているうちに

「おぉ、おぬしが旅人殿か!なかなか、只者ではないとお見受けするぞ」

という声とともに――わきの下に、これまたまるまると肥えた手がむぎゅっと食い込み、足先から、重力が抜けた。

ぐらり、と視線がかたむき、あっという間に、テーブルを超える。

ぬいぐるみか、あるいは――猫か。

気づけば顔が真正面にあって、“飼い主”をじっと見つめざるを得なかった。

それは、満月の顔立ちに埋もれたその茶目っ気のある目で、私を、じっと見つめた。

「カルロス・ドミンゲスだ。植民市長をしている。」

はっとわれに返って、――腹肉が邪魔でしゃがみ込めないから、逆に私を持ち上げて視線を合わせた、ってわけか――などと、ものすごく失礼なことを思う。

しげしげとこの巨漢を観察していると、

「やはりアリア君が見込む通り、いい目をしていらっしゃる。では是非とも、本日のメインディッシュ、世の不思議をお目にかけていただきたい!」

そういって、椅子に、巨躯からはまるで想像もつかないほど、丁寧に座らせた。

「アリア君とはもう長い付き合いでねぇ。出世したもんだ。背もあんなに高くなって。」

――出世?

そう聞いたときに、リリィが「市長はアリアを火星の姫と捉えている」といった旨の発言が思い起こされた。よからぬことに利用されないと、よいのだが。

と思ったとき、あろうことか自己紹介を忘れていたことに気づく。

「ケイ・ヤマナカです。地球、かつて日本と呼ばれていた島国からきました。植民惑星にくるのが初めてなこともあって、この星に来てから、本当に驚くことばかりです。こんな水の街、ありえないほど滑稽…いや興味深いレース、そして船上の夜食会…どれも地球では見られないものばかりです。市長には本当に、感謝してばかりです」

――あれ、と自分で思うほど、すらすらと文言が出てきた。

すると市長は、はっはっは、と笑って、

「田舎星と笑う者もいるが、変わっていることにかけては右に出ませんからな!ではお見せしよう、この星の摩訶不思議を!」

と言って、メインディッシュの皿をどん、とあけた。

もわり、と湯気が立ち上る。

――なんだ、これは。

巨大な頭。

半開きになった口の中から、コンバインの刃みたいなものが突き出している。

「これぞ世に珍しいチップソー・イルカ!地球にもオウギハクジラなど変わった歯をもつクジラがおりましょうぞ、しかしみなされ、このイルカの歯はとぐろを巻いて、ぶんぶんと回転して網や釣り糸も軽く切り裂いてしまうのだ」

――どこからツッコミを入れたらいいものか。

まず、これはイルカではない。魚だ。

回転のこみたいな歯を持つからと言って、チェーンソーみたいにぐるぐる回るわけじゃない。顎関節を見ればすぐわかる。

この嘘くさい曰くつきの、摩訶不思議…ノリが完全に「ヴンダーカンマー」だ。

――いいね、まさにこれぞ博物学、って感じだ。

オウギハクジラがたとえに出てくるあたりも面白い。どうやら、地球の動物図鑑はかなり詳細なものが伝わっていると予想する――が、古生物図鑑のほうは、からっきしらしい。この星は石炭紀なのに。

さて、目の前にあるものの正体は、だいたいつかめていた。

ペルム紀には、ヘリコプリオンという奇妙な魚がいる。チェーンソーみたいに噛み合った歯がとぐろみたいに巻いた、奇妙な渦巻きが世界中から産出している。

いま目の前に置かれているのも、その近縁種だろう。

ただ――結構違ってはいるようなのだが。吻はより突出し、歯の渦巻きの間には少し間が空いているし、別の属であることは疑いなかろう。

カンピロプリオンCampyloprion、カルピンスキプリオンKarpinskiprion、シャクタウイテスShaktauites、トキソプリオンToxoprion…このあたりだろうか?

「イルカなどではない、という方もおりますでな、もう一品、この星の「いるか」をお目にかけていただきたい」

そうしてもう一つの皿の覆いが取り払われた。

そこにいたのは――より小さく、違う歯並びを持った、エウゲネオドント類だった。

大きさは小さく、40センチほど。わざわざ見せるために、丸ごと煮られていたのだ。

「ここを訪れたほかの生物学者が言うのです、これらはみな、イルカではなくサメであると。でも見てみなされ、サメの背びれは2つ、これの背びれは一つだけ、腹びれも尻びれもこちらには見られませぬぞ?これをイルカと呼ばずして、いったい何になりましょう」

――観察眼は鋭いのは、認めるよ。

「頭の骨もまた、これらがサメなどではなく、特殊なイルカであることを示しておるのです」

――これはもう、“ついていけない“と思いつつ、聞き流す。

「これはまったく見たことのない生き物ですから、じっくりと腰を据えて観察してみます。なにせ地球には、似たものもまるで、いないものでして。これはまさに、太古の驚異というべきものでしょう」

そう言って、アリアのほうを見た。

アリアは小さく、親指を立てていた。

「うむ!思う存分楽しんでくれたまえ!」

そう言って、市長はどすん、と肩に手を添えた。

そして市長は「皆の衆、博物学者お二人が観察あそばされる。楽しむはよし、されど邪魔するでないぞ?はっはっはっは」

といって、またどすどすと足音を立てながら去っていった。


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