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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
南の寒い大地から(ゴンドワナ採集編Day2)
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―描写を支える科学的背景― 石炭紀にゴキブリはいない /  トンボの翅は、元々6枚だった /石炭紀の完全変態昆虫

石炭紀にゴキブリはいない


石炭紀といえば巨大昆虫、巨大ゴキブリが云々…

えぇ、そんな話はよくされます。

しかし、史上最大のゴキブリは現生種です。

石炭紀のゴキブリ“様”昆虫(CockroachoidとかRoachoidとかBlattoidとよばれる)を概観してもその翅サイズは7.5㎝までといったところで、現生の最大級のゴキブリであるブラベルス・ギガンテウスとほぼ同じです。しかも、石炭紀のゴキブリ様昆虫は翅に対して体が小さい傾向があるようなので、少なくとも、石炭紀のゴキブリが現在より大きかったという証拠は、特にありません。ただ、大きさにして翅長2~4㎝、ちょうどクロゴキブリと同程度かそれより小さいくらい大きさのゴキブリ様昆虫が栄えていたのは確かで、石炭紀の化石昆虫記録の大部分を占めることもしばしばです。

さて、ここまで“ゴキブリ様昆虫“というまどろっこしい造語を使いましたが、これは幅広な前胸背板が頭の上を覆い、前翅と後翅がよく似た概形である、ということをはじめとして、見た目はゴキブリにそっくりであるものの、実際の類縁関係としてはそうではなさそうなものたちである、ということをあらわしています。

今のところ、ゴキブリ類に最も近い昆虫はカマキリ類とシロアリ類(シロアリはゴキブリの一部とみなす説が強い)なのですが、分子系統的には、ゴキブリとカマキリの分岐はペルム紀後期、2億6000万年前ごろだと考えられていますし、現生ゴキブリ類の共通祖先は白亜紀に出現したと考えられています(Evangelista et al., 2019)。化石記録は分子記録での分岐より遅れるのが普通なので、3億年前の石炭紀の時点ではまだ、ゴキブリとカマキリはわかれていないということになります。つまり、石炭紀のゴキブリのような昆虫は、現在のゴキブリ及びカマキリの共通祖先には近縁であるものの、現在で言うところのゴキブリにもカマキリにも属さないということがいえます。ゴキブリとカマキリの共通祖先に相当するものも含んでいる可能性が高いので、まったく別の系統だ、とは言いません。

また、石炭紀から白亜紀までのゴキブリ様昆虫は、しばしば現在のキリギリス類に似た産卵管を持っていることが知られており、現在のゴキブリがもつような卵鞘をもつ化石はまれです。(Hornig et al., 2018)現在のゴキブリとも、カマキリとも違う性質です。これらは、石炭紀から白亜紀まで、ゴキブリと外見上そっくりと言えるほどよく似ながらも、異質な昆虫が栄えていたことを意味するのでしょう。

なお、ここまで見ていただいた方ならわかるかと思われますが、ゴキブリというのはデザイン的には実に古風な昆虫です。シロアリを含むゴキブリとカマキリの共通祖先は、おそらくゴキブリにそっくりな形態だったのでしょう。その中で、カマキリやシロアリのように特殊化せず、古のデザインを守り続けるゴキブリの姿には、渋いかっこよさがあるといえるかもしれません。

石炭紀風のデザインが今も台所を這いまわっていると考えると、ちょっと許したく…なりませんね。

ここまで読んで、じゃあプロトファスマは?と思った方、いらっしゃると思います。これこそ巨大ゴキブリ神話の元凶に近いのですが、そもそもゴキブリ様昆虫ですらないのです。これについては、後々のコラムで、これについてもまた書いていくこととしましょう。

Evangelista, D. A., Wipfler, B., Béthoux, O., Donath, A., Fujita, M., Kohli, M. K., ... & Simon, S. (2019). An integrative phylogenomic approach illuminates the evolutionary history of cockroaches and termites (Blattodea). Proceedings of the Royal Society B, 286(1895), 20182076.

Hornig, M. K., Haug, C., Schneider, J. W., & Haug, J. T. (2018). Evolution of reproductive strategies in dictyopteran insects-clues from ovipositor morphology of extinct roachoids. Acta Palaeontologica Polonica, 63(1).



―描写を支える科学的背景― トンボの翅は、元々6枚だった

今回の解説は、6枚翅のトンボ類について。

作中では、6枚翅のうち2枚は前上側に立っているという、まるでカナード付き戦闘機のような奇抜なスタイルの「とんぼ」が登場しました。

本作はサイエンスノベルですから、むろん根拠なしにクリーチャーを描いているわけではなく、むろん実在するものを、可能な限りの精度で描いています。

というより、むしろトンボの翅が4枚であることのほうが二次的な形質であるようなのです。


その前に、本稿で扱うトンボの定義について軽く書いておきます。

前々回の解説では石炭紀にゴキブリはいない、ということを書きましたが、トンボは果たして、そもそも居たのか?ということにまず触れねばなりません。

古生物において、現生のグループに繋がる枝を考えたとき、そこにつながる絶滅種はステムグループ、たとえばステム〇〇類と呼ぶことができます。例えば、恐竜は現生種で言えば鳥類とワニ類の分岐のあと、鳥につながる系譜に属する絶滅グループなので、ステム鳥類です。

現生種が2つのグループに分けられている場合、その分岐より前に分岐した種に関しては2つのグループのどちらとも言えない、ということになり、その2つのグループをまとめたより大きなグループのステムグループとなります。

ゴキブリの場合、少なくともペルム紀以降にゴキブリとカマキリがわかれたので、その分岐より前にわかれた種に関しては、ゴキブリともカマキリともつかない生き物である、ということになります。ゴキブリとカマキリを合わせて網翅上目と言いますが、この場合石炭紀のゴキブリ様昆虫はステム・網翅上目であって、ステム・ゴキブリ目でもステム・カマキリ目でもないということです。

一方で、トンボに関しては、石炭紀以降に分かれて現存している、トンボとは一見して異なるグループは今のところ知られていません。つまり、石炭紀からトンボの系譜を追いかけることができ、極めて原始的だがトンボの系譜に属するものとされているメガネウラや今回紹介する奇妙な6枚翅状のトンボ類に関しても、ステム・トンボ類として扱うことができます。

えぇ、ここまで書いて「ムカシアミバネムシ類Palaeodictyoptera でしょ」と思った人がいるかと思います。

この有名な、トンボ類とは別系統のグループについては、後々別の解説で扱わねばなりません。

ここで述べたいのは、ステム・トンボ類においてもなお、6枚翅状の形態が見られるということです。


さて、本題にうつりましょう。

昆虫の胸は前胸Prothorax、中胸Mesothorax、後胸Metathoraxの3節からなります(だから足が6本なわけです)。しかし、3節あって脚は6本あるのに、翅は4枚しかない、というのは、言われてみるとちょっと変なことです。事実、ムカシアミバネムシ類では6枚の翅をもつものが多く知られていますが、トンボ類でもそうでした。前一対の小さな翅状構造を、Prothoracic wingletといいます。これをもつ6枚翅のトンボは、石炭紀前期SerpukhovianのアルゼンチンからのArgentinalaと、石炭紀後期初頭NamurianのドイツのErasipteroidesから知られています。Erasipteroidesのものは退化的なのですが、ArgentinalaのProthoracic wingletはかなり発達しており、保存状態からは関節構造があった可能性すら指摘されます。となれば、翅様構造というより、真の6枚翅ということになるでしょう。

さて、ArgentinalaとErasipteroidesはその特異な特徴を共有するにもかかわらず近縁であるわけではないようです。むしろ、どうやらトンボ類はもともと6枚翅状で、Prothoracic wingletの2枚が退化したグループが生き残ったと考えられます。また、ArgentinalaおよびErasipteroidesはどちらも、もっとも原始的なステム・トンボ類であるというわけではありません。羽の翅脈からより原始的とみられるステム・トンボ類は他にも多数報告されており、これらの翅も6枚翅であったと考えられます。

このことは、現在みられる昆虫において、6枚翅から4枚翅への変化が、少なくともトンボ類とほかの昆虫で独自に進行したことを示唆しているようです。

トンボ類のHox発現、とくにScrについては興味深いものがあります。

なぜならこの遺伝子がほかの昆虫類においては、前胸における翅の形成を抑制しているためです。しかし、トンボ類についてこれを詳細に調べた例を私は知らず、今後の研究が望まれます。


*補足

Argentinalaは長らく未記載のEugeropteridaeとして図示され続けたが、Petrulevičius, J. F., & Gutierrez, P. R. (2016)では大胆に分類が改定されている。Eugeropteridaeの復元として描かれるものは全てArgentinalaに基づくため、今後図示する場合はArgentinalaの復元図と書くのが無難だろう。

*補足2

オオトンボ類(メガネウラなどを含む)を含むOdonatopteraの現生群はトンボ目Odonataのみであるため、ステムOdonatopteraとステムOdonataの含む集合は同じになります。

*補足3

繰り返しますがPalaeodictyopteraについての話は別です。

この混沌とした素晴らしいグループに関しては、またいつか語りましょう。


Petrulevičius, J. F., & Gutierrez, P. R. (2016). New basal Odonatoptera (Insecta) from the lower Carboniferous (Serpukhovian) of Argentina. Arquivos Entomolóxicos.

Gutiérrez, P. R., Muzón, J., & Limarino, C. O. (2000). The earliest late Carboniferous winged insect (Insecta, Protodonata) from Argentina: geographical and stratigraphical location. Ameghiniana, 37(3), 375-378.

Bechly, G., Brauckmann, C., Zessin, W., & Gröning, E. (2001). New results concerning the morphology of the most ancient dragonflies (Insecta: Odonatoptera) from the Namurian of Hagen‐Vorhalle (Germany). Journal of zoological Systematics and evolutionary Research, 39(4), 209-226.


―描写を支える科学的背景― 石炭紀の完全変態昆虫について

石炭紀といえば巨大な昆虫ですが、小さいほうはどうでしょうか?

少ないながらも、ちゃんと見つかっています。

ただ、それらが大量に産出するわけではない、という点には注意が必要でしょう。

小さい昆虫の化石記録が皆無であったかと言われればそうではありません。

翅長5㎜ほどの完全変態昆虫が幾らか見つかっています(Ilger et al., 2011)。

かつて、石炭紀後期からペルム紀にかけての寒冷化が完全変態昆虫を出現させたと考えられてきました。(Handlirsch A. 1920-21 ; Schwarzbach M 1950.)

しかし、現在では石炭紀の完全変態昆虫の化石記録が幾らか、ごく僅かながらも知られるようになってきました。現在では毛翅目や鱗翅目(つまりトビケラや蛾の仲間)に近縁とされるもの(Nel et al., 2007; Prokop et al., 2023)や、甲虫に近いとされるものをはじめとしてピースが集まりつつあります(Béthoux et al., 2011)。ただしペルム紀から中生代の完全変態昆虫の放散まで、完全変態昆虫はごく小さく、数も少なく、より大型の不完全変態昆虫の陰に隠れた存在であったようです。

復元について、石炭紀の完全変態昆虫の化石記録は小さすぎて発見されにくいこと、また非常に原始的なため分類が難しいといった制約が付きまとう状況です。ペルム紀の昆虫化石はロシアのKoshelevka Formationから素晴らしいものが知られていますが、研究がなかなか追いついていないのが現状です。ただ、この地層からの記録により、ペルム紀前期までに主要な昆虫グループに近縁なステムグループがすでに出現しており、石炭紀末までには完全変態昆虫の放散が起きていたことがわかります。以前も述べましたが、巨大昆虫の減少とは直接的にリンクしません。巨大昆虫はそののちにも見つかっており、大型昆虫が滅んだから小型昆虫が栄えたとは言いにくいのです。さて、残念ながら石炭紀の場合、それに比肩するほど多様な小型昆虫を保存する地層は、私の知る限りありません。中国のTupo formationは石炭紀後期初頭の昆虫化石を極めてよく保存しており、現状では不完全変態昆虫が産出するほとんどを占めるものの、極めて有望な産地と言えるでしょう。たとえば昆虫寄生性のダニなどすら発見されています。今後、ごく初期の完全変態昆虫がどんな昆虫であったのか、わかる日が来ることを願いたいところです。


Handlirsch A. 1920-21. Geschichte, Literatur, Technik, Palaeontologie,

Phylogenie, Systematik, p. 117-306 in: Schröder C. (ed.). Handbuch

der Entomologie, Gustav Fisher, Jena, 3, 8 + 1202 p.

Schwarzbach M 1950. Das Klimat der Vorzeit. Eine Einführung in die Paläoklimatologie. Enke F, Stuttgart, 275 p.

Ilger, J. M., & Brauckmann, C. (2011). The smallest Neoptera (Baryshnyalidae fam. n.) from Hagen-Vorhalle (early Late Carboniferous: Namurian B; Germany). ZooKeys, (130), 91.

Nel, A., Roques, P., Nel, P., Prokop, J., & Steyer, J. S. (2007, January). The earliest holometabolous insect from the Carboniferous: a “crucial” innovation with delayed success (Insecta Protomeropina Protomeropidae). In Annales de la Société entomologique de France (Vol. 43, No. 3, pp. 349-355). Taylor & Francis Group.

Béthoux, O., Cui, Y., Kondratieff, B., Stark, B., & Ren, D. (2011). At last, a Pennsylvanian stem-stonefly (Plecoptera) discovered. BMC evolutionary Biology, 11(1), 248.

Prokop, J., Rosová, K., Leipner, A., & Nel, A. (2023). First caddisfly-like insect from the Pennsylvanian of Piesberg (Mecopterida: stem group Amphiesmenoptera). Historical Biology, 35(8), 1444-1448.


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