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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
古生物を食す(石炭紀海産グルメ①)
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人間タッチプール――触れる歓待、逃げ場なし

ようやく舟が来たことは、見るまでもなく分かった。

舟内の熱気とざわめきが、壁の隙間からもしみ込もうとしていたからだ。

ベランダに出ると、喧噪とともにガラス窓からぼうっ、と暖色の明かりが揺れていた。舟全体が、じんわりと熱を帯びていた。

窓からちらつく、歓談し、ときにダンスを舞うような、人々の姿。

――この中に、入れるだろうか。

一歩、足を踏み入れた瞬間。

空気が、ぐっと濃くなった。

嗅いだことのない酒類…酒類なのだろうか?の甘い香り。

妙に日本語にちょっとだけ似ているようないないような、母音のはっきりした声調が耳に響き渡るかと思いきや、唐突に混じる巻き舌に違和感を覚える。

――まあ普遍共通語を話している人もいるが、少数派だ。

会話の内容は、3割くらいしか聞き取れない。

そのとき、誰かが両腕を広げてまっすぐ歩いてきて、

「……あっ」

私は、ふわりと両肩を抱きしめられていた。

**

大皿のある円卓に着く頃には、すっかり囲まれていた。

テーブルに着くなり、隣に座った女の人が、いきなり私の頬に両手を添えた。

「まぁ~!この子、目がすっごくまっすぐ。ちゃんと見てお話ししてるのね。偉い偉い」そう言って、まるで猫を撫でるみたいに、前髪をふわっと撫でてきた。

――目を見てお話しするも何も、顔をホールドされてるじゃないか。

笑い声が絶えない。みんな陽気で――そして、とにかく近い。

――なぜ、話しかけるときに毎回毎回、顔がほとんど目の前に来るほどまで詰め寄って、体に接触しなければならぬのだ。

もう少し体が大きければ、少しはましだったろう、しかししゃがみ込まれて視線を合わせながら、

「うちの坊やなんてこれくらいのとき、ぜんっぜんこんなにお利口じゃなかったわよ〜ね、うちの坊やね、・・・(中略)」と話されながらほっぺたにタッチされたり、

テーブルに座ってからもまじまじと覗き込まれながら「ママに会いたくなってない?」とか言われたり、「食べてる?大丈夫?」とどんどん皿におかずを盛られたり。

背後でも

「この子、目がすごくまっすぐ。育ちがいいってわかるわ〜」

「うちの孫に紹介したいくらい!」

などと聞こえてきて、ちょっと目を離すと「笑って笑って〜、ほら」

と言って、そのまま、まるで写真撮影のときみたいなノリで、両手の指で口角を持ち上げられそうになる。

がらにもなく微笑を浮かべたら、髪をさわさわ撫でられつつ

「髪の毛ふわっふわ!何使ってるの?」と…。

長旅の後でシャワーはいちど浴びただけ、どっちかというとべたッとしてるんじゃないか、と思うのだけど。

さらに誰かが顔を近づけて――ふわっと、私の髪に鼻を寄せた。

ぞくり、とした。――たぶんちょっと、臭いですよ。

と思いつつも、「ほら、笑って!そんなキリッとしないで〜」

頬を人差し指でちょいちょい。

それはこの文化では歓迎のしるしなのかもしれないし、

実際、他意はなさそうだった。

ただ、私にとっては――どうしても、耐えられるものでは、なかった。

笑顔は満点、悪意ゼロ――だから、怒れない。

――というか、笑っている人に怒るほど、私は非常識でありたくない。

そこまでは、堕ちないでいたいから。

「ほら、全然足りないわよ」

二の腕の太さをそっと確かめられたと思ったら、手にしていた突き棒(串状のカトラリー)で、勝手に料理を取って、どっさり私の皿に乗せてきた。

――え、セルフサービスじゃなかったっけ。

「いいのいいの。若い子は気にせずお世話されときなさいな」

うわ、手が…まだ乗ってる。


それでも何も言えずにいたそのとき。

「ごめん、ちょっといい?」

その声は、私のすぐ頭上から、空気を切るように――ぴしゃりと、落ちてきた。

アリアだった。

彼女の笑みは柔らかく、それでいて、絶対に踏み込ませないという意思を感じた。

何気ない様子で、私の肩に腕をまわす。

その瞬間、まるで水を打ったように、周囲の空気が変わったのがわかった。

「この子、あんまり触られるの苦手なの。―ね、ケイ?」

私はうなずいた。ほっとする気持ちが、喉を塞いでいた。

「あらやだ、そうだったの?」「わるいわね〜」「可愛いからつい!」

などと言いながら(もう内容は覚えていない)周囲は笑いながら、すんなりと手を引いた。


「ね、こっちの席来ましょ?隣なら、手出しはされないと思うわ」

そう言って、アリアはぐいぐいと私の手を引っ張った。

「あ、すみません、悪気はないのはわかってるんです…」

そうぼそぼそと言いながら、皿を持ったまま引きずられた。

・・・ガードされてる。

完全にガードされてる。

こういう場が苦手なのはそうだし助かるのだけれど、なんというか…アリアの、所有物にされてる気がした。――というか左腕、ずっと乗ってる。

「これ以上は触らせない」という領有権の主張。

「リリィさんは…?」

「さっきサプライズの用意のため出ていったわ」

救いは、ないらしい。


さっき盛りに盛られたおかずの山を見て、改めて唖然とする。

――食べきれるかな。

するとアリアが「それ、まだ前菜よ」とひとこと。

――えぇ…。私はちょっと冷汗を浮かべた。

今盛られている食事だけで、朝夕はすませられそうだったからだ。

「メインディッシュはこれからだし…ちょっと手伝う?」

そう言って、食べかけの私の皿から、幾つか食べてしまった。

そして出てきたメインディッシュは――過去の旅に本当に来てしまったのだと思わせるに、十分すぎるものだった。


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