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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
古生物を食す(石炭紀海産グルメ①)
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<石炭紀紀行> 紳士もどき

「はい、これ」

目の前には、真っ黒い布があった。

ぴしっと整えられて、ハンガーにかかっている。

きちっとした折り目が目立ち、黒に近い紺色の繊維が、わずかに光った。

――服だ。しかも、結構正式なやつ。

触れたことないし、よくわからないけど。

「これも。インナーね」

今度は、几帳面に折りたたまれた、真っ白のシャツ。

――本当に、いつの間に?

ハンガーを持ち上げると、見かけ以上の、ずっしりとした重量感。

袖を通すと、肌に触れる、ひんやりとした密着感。

どこか身を守ってくれそうな、ちょっと硬い質感。恐ろしいくらいぴったりはまって、直線的な体形にすっとフィットした。

採寸は、完璧。だけど――腕や足がどうも、ちょっと曲げづらい。

いや、そもそもいつもぶかぶかの服を着ているせいで、体のラインにフィットした服というものに慣れていなかった。

鏡を見ると、小さな紳士が、そこにいた。

――うん。紳士。

…レディ、として振る舞うよりは、私にはよほど楽だろうという、気遣い…か。


こん、こん、とノック。

「もう大丈夫そう?」

ドアを開けると、2人が待っていた。

――リリィはすっかりおしゃれしていて、一見誰だか分らなかった。

髪型も違うし、ふわり、とした優雅な身のこなし。

私には…むりだな。

「もうすぐ、船が来るわ」

「船?」

「そう、ディナーは船上なのよ」

――屋形船、的なものだろうか。

「いつから?」

「開始時刻:30分前。実際の到着予定:……たぶん、あと30分後。」

アリアは、掲示板でも読むように肩をすくめて言った。

そもそも、着替えを渡されたのは10分前。

「…ルーズだね」

「がんばればがんばるほど、遅れる!それがこっちの“おもてなし”なの!

開始1時間遅れ?普通普通〜。気にしたら負けよ!」

とリリィがいうと、身振りに合わせてフリルがひらひらと揺れた。

「…」

それでよくロケット飛ばせるな、と口をついて出そうになった。

と思っていると、2人は

「そういやさっきのアレ、何とかなりそう?」

「かけあってみる、って話だったわ。それでちょっと…遅れてるのかもね」

と話していた。何のことかは知らないが、何か準備をしてくれてはいるらしい。

準備してくれた、といえば。

「あ、あの…この服…ありがとうございます。こういうの、着たことなくて…」

私にとってこういうフォーマル(?)な場はほとんど初めてだったから、2人がしっかりとファッションを決めていること自体が結構、緊張の原因になっていた。

「いいのいいの!地球からのロケット代に比べちゃ、なんてことないわ!」

――なんて言うかと思ったけれど、アリアの反応はちょっと違った。

「胸張って!その恰好なら文句なし、ばっちり似合ってる。――流石、私のセンスね。でもね、そのままオドオドしてたら台無し。気にしないでいいの、お礼なんて。だけど――ナメられるのは、絶対ダメ。」

――なめられないこと。大事。

するとリリィが

「私たち、すっごく距離感が近いのよ!“近づいてもいいよ〜”って雰囲気出すと、本当に物理的に近づいてきちゃうの。触ってくるのはあいさつ代わりね、断らないと“あら歓迎されてるのね”ってぐいぐい来ちゃう。ごめんね、そういう国民性なの!」

と言う。

――そういうのはもう足りてるんだよな、と思いながらアリアを見上げると、

アリアの目が、笑ってなかった。

「ハハハ、私も最初に来た時、“おさわりコーナー“に…しかもデカいビア樽おっさん。むぎゅっ、とされてそのままキス。悪気はないんだけど、ないんだけど、ね…ハハ…」

――始まる前から、びびらせないでくれるかな。

というかアリアからみてでかいおっさんって…私にとってはもう、タイタンだよ。

――肩をなでる、背中をなでる、ハグ、さらには頬キスあたりまでもが…

ここではどうやら「挨拶」の範疇らしいのだ。

そう思うと、バクバクと心臓が脈打ち始めた。


――それにしても、なぜ船上なんだろう。



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