<石炭紀紀行> 賓客
鱗木の樹皮で固められた、象牙色の船内。
さっきのよたよた客船を見た後だと、ホセの持ってきた高速船がどんなに「賓客向け」だったのかよくわかった。
私はまた、内装を観察していた。どうも何種類かの鱗木類が使われているようで、葉枕の形状だけでなく細胞の配列などもちょっとずつ違っている。ああ、いい。ルーペとカメラを片手に、撮りまくった。
そんな私の後ろで。
リリィはテーブルを、ぱし、と叩いていう。
「話がどんどん膨らんじゃって!アリアの名前を出したら、なんかエンバートン家のご令嬢が来るとか、パーティーを開くべきだとか…」
「やめてちょうだい、調査で何度も来たじゃない!3年空いたけど」
アリアは困惑している。
――いや、そこ驚くところか?と思う。地球に亡命したとはいえ、家は正真正銘の火星貴族、地球側に降っても所有する月面鉱山で影響力は絶大。
いまさら驚かれても――元から、お貴族様じゃないか。
「その3年!植民惑星の統合総督府って現状、月にあるじゃない?で、月面で一番影響力あるのって、いまやエンバートン家なのよ。」
アリアはぬ、と背筋を伸ばす。
「実家は実家。私はただの研究者!」
「距離とってるからこそ、重要なの!ここ3年で火星の経済力はますます低下、有力者の財産は没収されて植民惑星に次々亡命。火星に従属してたスペースコロニーもみんな植民惑星に移住。実質的に火星社会、もぬけの殻よ。」
――一か月に一度しか便がないのに、よく状況をつかんでいる。私もうすうす勘付いてはいたが…
「今のあなた、火星の姫なのよ」
アリアは大きく目を見開き、身振り手振りを交えながらいう。
「えっ、ないないない!!もしあったら全権はT. rexに委任!首都はマルスからマーストリヒチアンに移転!恐竜が納める国、爆誕!あたしはそれを観察して研究。それでいい?」
「バカおっしゃい!」
このやりとりのテンションについていけていなかった私は、何とかそのすきにねじ込んだ。「アリアが治める国、ねぇ…全然想像つかないや、でも少なくとも政治ほっぽらかして恐竜追いかけてるのは間違いない。すくなくとも、姫には似合わないよ。・・・少なくとも、動画配信してる分には変な動きはないよね?」
私は確認した――もしも、そうなったとしたら、もう友達ではいられなくなってしまうのが、怖かった。いや、怖かったというより、寂しかったということだろうか。
アリアはへらへらと笑って、両手を空に向けてひらつかせる。
「・・・ない!ぜんっぜん、ない。悲しいくらいにね。」
「よかった。」
「…ってまあ、私もないと思うのよね。さっきのは市長の妄想。火星人を火星人が束ねる、って構図がまず古い。財力にしてもあなた、自営業よね?だから財源にもならない。恐竜にいつ食われてもわからないような中生代調査が黙認されてるくらいだから、もし万が一があっても家としてはまったく痛くない。ってのが私の本音よ。」
――やっぱりこの女、切れる。
「ボクの推理も同じだよ。だいたい、地球の人たちも同姓だとは思ってても本家だとはほとんどだれも思ってない。問題は…なぜ市長が知ってたか、だよ」
「それは明快。だってこの15年に何回も来てるし、最初は両親同伴だったから。」
――保護者同伴?ちょっと見てみたい気はする。15年前――リリィと初めて会ったのもその時か。そして、両親同伴、というのがどうも気になってならない。
「ご両親、意外とアクティブなんだ、月面で記者会見してる印象しかない」
――行く直前にも見たぞ、パラジウム鉱山の件とか。ニュースでよく見る顔だったが、あまり、娘と一緒に旅行している印象はない。スーツをびしっと着こなしたビジネスマンとしての印象が強すぎた。オフィスや宇宙基地を闊歩するには似合うが、室内から出て、こんな泥臭い惑星を歩くような印象は、まるでなかった。
四六時中フィールドに出ているアリアとは――真逆だ。
そんなアリアは聞くなり、
「――あああああああもう!!!ああなりたくないのよ、私は!!!」
と叫ぶ。
推測通りだ。アリアは政治や商売に明け暮れるご両親のようにはなりたくないがためにフィールドに出ているのではないか、というもの。
地球の感覚で言えば、保護者、とくに親とともに旅行に行くというのは、その存在が重視されている、ということを意味するだろう。
「保護者同伴って、やっぱり…」
するとアリアは声を荒げて、ぎゅっとその大きな目が覗き込んだ。
「そこがもう、ほんと最低なのよ!火星社会じゃね、親との旅行って、家庭の卒業旅行なのよ。」
私はつい、ひゅう、と委縮してしまって、へなへなとへたり込むほかなかった。
「一人前に。一人で宇宙航海できるかどうかの卒業試験…」
そういううわさは聞いたことがあった。
“宇宙航海できないようでは火星では成人できない”というものである。
しかし、さすがに与太話だろうとは思っていた――だって一人前に一人で宇宙航海する、という発想自体が、地球人には全くと言っていいほど欠如しているから。
よくある「火星人ジョーク」だろうと思っていた。
“火星人は宇宙線に耐性を持つよう遺伝子強化されていて、地上では100まで老けない“とか、そういう与太話。
「そう、それ。で、その初航海がここだったってわけ」
――つまり、そんな特別な場所に、私を招いた、ってことか。
リリィが小さく耳打ちした。
「買いよ」
――意味することは、なんとなく分かった気がした。
将来株が上がるかもしれないから、親しくしておけ、ということである。
しかし。
「ああああもう!そんな面倒ごと、巻き込まれたくない!」
と私はつい、叫んでしまった。
一番笑い転げていたのは、ほかでもないアリアだった。
咄嗟に、さっきアリアがそっくりそのまま、同じようなことを叫んでいたと気づく。




