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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
前日譚 超時空ゲートのある世界
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「刻と宙の交わる場所」/「超時空ゲートのある世界」/あとがき「超未来の皮を被った中世ファンタジー」

東京国際空港 宇宙線ターミナル。

トランジットの改札を抜けた瞬間、彼女はすぐに目に入った。

ひときわ目立つ長身。足が身長の半分くらいあるんじゃないか。

茶色の髪を後ろでざっくり束ね――アリアだ。

あ、と思う間に、大股で一直線に来る。逃げ場なんて、ない。

「Kei!」

腰をかがめて視線を合わせ、次の瞬間には両腕がぐわっと回り込む。

身体ごと抱き寄せられ、ふっと地面が遠ざかる。

顔はちょうど胸の下に押しつけられ、鼻も口も柔らかさで塞がれた。

「……っ、ひっ……!」

踵が浮き、背中はきれいに反り返り、腕は空を切る。

かろうじて絞り出した悲鳴。

アリアは周囲の視線など気にせず、大声で笑いながら抱きしめ続けていた。

数人が足を止め、じろじろ見る。ケイは耳まで熱くなり、声も出せない。

もがく拍子に、短いジャケットの裾が目に入る。泥の染み。

(……またフィールド帰り、か)

ようやく解放されたとき、肺は大きく空気を貪り、膝ががくりと揺れた。


「今度は……どこ帰り?」

「白亜紀後期。カンパニアン。三日前までは河畔林で泥まみれ。今? 午前二時の便で直行」

アリアは肩をすくめてみせる。

「サンプルは?」

「チームに預けた。でも――」

にやりと笑って、真空パックを取り出す。「おやつは持ってきた」

銀色のパックを破ると、燻製の匂いがふわりと立つ。

焦茶色の肉片に、細長い“骨”が一本。スペアリブにしては、関節面がない。

表面に縦方向の細かな条理――繊維が束になって固まったような、木目に似た走向。

ケイは指先で“骨”を軽く弾いた。硬いばねのようだ。

両手で持って思い切り力を入れると――パキっと、割れた。

断面はほぼ楕円、管状ではない。端は尖っていて、どこにも関節の痕跡がない。

「…これ、どこの骨?骨っていうか…ものすごく太くて硬い鍵?」

アリアは、からからと笑いながら言う。

「さすが!ハドロサウルス類の骨化腱。」

「種類は?」

アリアはにやりと笑う。

「まだ研究中。三頭仕留めて、骨と皮はチームに任せてきた。これは徐肉の副産物。」

ケイには、徐肉、という言葉がどうも耳にこびりついてしまった。

「徐肉の副産物・・・まあ、剥製作るときにタヌキ汁ができたりするみたいなもんか。」

「そうそう!」アリアはまた笑う。手をひらひらさせながら。

「ほんと、美味しい恐竜だと、研究してるのか晩ご飯探してるのかわからなくなるの。だから“副産物”って呼んでるのが一番ラク」


ケイは恐竜ジャーキーをしゃぶりながら、自分の服を見下ろした。

「服装、これでよかったのかな」

がさついた耐炎合成繊維、外に張り出した、やたら多いポケットは、武骨な印象を与える。まるで、ポケットからひょっこり銃弾が出てきそうな、ライトグレーのくすんだ防水ジャケット。

使い古されて、ところどころ糸が出ていた。

――動画、撮るんだっけ。

「大ありよ!」

アリアは即座に笑って、言い切った。

「・・・ドブネズミみたいに、見えない?」

ケイはうつむいたままだ。

「むしろそれ、あんたそのものって感じ。他の服って、イメージできない」

「そっか。まあ、いつも同じ服だし」

「変に着飾らない分、きりっとして見えるわ」

「機能しか見てないしほかに服も持ってないから、カメラ映えとか考えてなかった」

「むしろ、変に着飾ってきたらどうしようかと思ってた」

アリアは笑いながらも、頭の片隅で考える。

次の誕生日プレゼントには、何か服を送ってやりたい。

今着ているのは――武骨なジャケット。ケイが着ると、不思議と様になる。

小柄だけれどスタイルは整っていて、案外、何を着ても絵になる体型なのだ。

いろいろ想像してみた。

けれど――だめだ。浮かんでくるのは、やっぱり男物ばかり。

「それ、何の服?」

「工務店用の作業着。水がしみない、虫に刺されない、そこまで暑くない、燃えない、インナーつければ寒さもOK」

(やっぱ、機能重視派だよね)

アリアは苦笑しつつ、次の誕生日プレゼントを頭の中で考えていた。

でもなあ。 どうせケイのことだから、翌日にでも「高そうだったから、タンスで大切にしまってるよ!」とか、あの無垢な笑顔で言ってくるんだろうな……。”

そう思いつつ、アリアは自身のジャケットにも、泥のしみがあることに気づく。

……あれ。 私も、けっこうそういうチョイスしてるかも。 探検の道具として見るなら、高性能であればあるほどいい。

おしゃれのせいで恐竜に喰われるなんて――まっぴらごめんだ。

(お揃いなんて、どうかな。サイズ、あるかな…)

アリアの袖が、軽く引っ張られる。

「アリア?あれ、すごい」

ケイの指さす先は、ドームに張り巡らされた――トラス構造だった。

どこかカイロウドウケツを思わせる、透明で複雑なトラス構造。

太陽から降り注ぐ直射日光は建材の表面で反射と屈折を繰り返し、空間全体をすっぽりと、木漏れ日のような柔らかな拡散光が包み込む。

「すごい…」

見惚れるケイ。

アリアは肩をすくめて、少し大げさに天井を仰いだ。

「大聖堂に入ったみたいじゃない?」

「うん…「神聖」っていわれる建築をオマージュして作ったのかな。芸術点は確かに高い。きれいだよ、うん」

――妙に抑揚のない、声で。

そして、ケイは指さした。

目を凝らせば、透明な建材の上を、何かが動き回っている。

一つ気が付くと、どんどん見つかる。100を超えたところで数えるのをやめた。

最初は虫のようにも見えたが――よく見ると、ロボットだ。

「個人的には「あれ」が気になる――トラスにいっぱい這いまわってる。自動清掃だけじゃなくて、修復システムも兼ねてるのかな、あれ。だってこのドーム、50年間まったく改修してないらしいし。新市街の透明建材と似た素材だとしたら、持ちすぎてるよ。」そう語る声には、明らかに熱と、憧れと、思いが詰まっていた。

建材には、塵ひとつ積もっていないし、ひびや黄ばみすらみられない。

――新市街の建物なら、毎年のように人が磨いて5回は建て替えている年月なのに。

おそらく、あのロボットたちが修復と清掃を常に行い続けているのだ。

「細胞骨格と、その上を走るモータータンパクみたいだ」

――と、ケイは言った。口元が、ふっと緩んでいる。

「建築も詳しいんだ」

「いや、まったくの門外漢。ただ、今度来た時までには語れるくらい、改めて勉強しようと思ったよ」

ケイはまた、口を開く。

「それと――行ってみたい、場所があるんだ」

指さす先には、「ゲート開発公社 メモリアルホール」とあった。


――――Chapter.2.「超時空ゲートのある世界」――――

メモリアルホール。

その、空港内で最大の施設は、薄暗く――ひっそりとした、静けさに包まれている。

誰も――いない。

ただ、どこまでも、どこまでも…見上げんばかりの石塔が、見渡す限り、立ち並んでいる。

そこには、経典のように、びっしりと文字が書き連ねられていた。

よく見ると…人の名だ。

ケイは、ぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。

石塔の列の間、入ってすぐのところにある石碑には、「鎮魂」「慰霊碑」。

――どういう、意味なのだろう。


「墓よ」

アリアはいう。

「ゲートを作り、見届けないまま死んでいった人たちの――お墓」

石塔の前に、展示パネルがおいてある。

文字ばかりの――活字中毒者以外には、やや読みにくい説明。

それとも――読まれないことを、目的にしているのだろうか。

だって一文目から悪文過ぎる。

「ヒュー・エヴァレットは博士論文の中で多世界解釈というものを提出した、これはよく「エヴァレット解釈」とも言われているものでこの論文が出たこと自体は1957年のことであって、その後の文献で「多世界解釈」というラベルがいつどう広まったかは実は曖昧で、本人はそこまで大げさに世界が分岐するなどと言ったわけではないという人もいるし、いやいや「分岐」という言葉を明確に使っていたかどうかは語義のとり方で意見が分かれるところなのだが、いずれにせよ観測のたびに宇宙が枝分かれするというイメージが広まったのは間違いなく、しかしその「枝」という比喩自体が正確なのかどうかは論者によって評価が分かれている、というか比喩だから正確ではないのは当然なのだが比喩が独り歩きするのはよくあることであって、その前提にあるのはコペンハーゲン解釈というもので、これまた「観測によって波動関数が収縮する」と言われるが、その「収縮」とは物理的な過程なのか数学的な記述の省略にすぎないのか、誰がどの時代にどんな意味で使ったのかで議論がずれていって、そもそもシュレーディンガー方程式は時間発展をユニタリに記述しているのだから「収縮」はそこから外れた異質な操作だ、と指摘されてきたが、それに「いや観測という操作は外からの割り込みだからユニタリでは扱えないのだ」と言い返す人もいて、そこでまた議論が堂々巡りしていたんだ。」

ここは古書堂でも図書館でもないし、ここまで崩壊した一文を見たことないぞ。

書いた奴は確実に、精神を病んでいる。

うーん、よくわからないが、ざっくりと要約するとこんな感じか?

物理学はまだ苦手だし、出典もないからこれ以上掘りにくいのだけど。

「1957年、ヒュー・エヴァレットは、多世界解釈というアイデアを発表しました。そのころ既に量子力学において、粒子は観測されるまで複数の状態の「重ね合わせ」にあると考えられてきましたが――それまで、観測が行われた瞬間に特定の状態に「収縮」するという、コペンハーゲン解釈が主流でした。

しかし、エヴァレットはそれに異議を唱えたのです。「量子系が持つすべての可能性は、「実際に並行して存在しており」「観測するたびに、宇宙が分岐しているのだ」――つまり、私たちが観測する宇宙は、あらゆる可能性が生み出す無数の分岐宇宙の中のひとつの枝でしかなく、ほかの可能性も同時に実在しているというのです。」

「この先進的アイデアは当時、多くの批判をもって迎えられました。たとえばデコヒーレンスにおいて「干渉が観測できなくなる」ことは世界が分岐したと解釈することもできますが、干渉が消えたように見えることは、一つの状態に収縮したととらえることもできます。さらに、すべての結果が実現しているという仮説は、計測から求められる確率が波動関数の二乗に比例するというボルン則に反するという批判もありました。さらに決定打になったのは、反証可能性です。かりに全知全能なる神が世界をこのように作った――という、極めて古典的な迷信を本気で信じたとしたら、神を疑うことはできるでしょうか?不可能です。それは反証されえないからです。当時カール・ポパー的な反証主義が科学においては極めて重視されており、「もうお互いに干渉できない分岐した世界」を仮定することは、もはや反証不能なアイデアだと考えられたためです。」

超絶ざっくりだけど。


ふと振り向くと、アリアは腕をぶらぶら振り回しながら、石塔の間をぐるぐると巡っていた。

時間がない。なんとか読み出せる内容を抜き出していこう。

「2067年、多次元並行宇宙のフォールディング理論と近接点仮説」

「2085年、並行世界が実在する可能性が実験によって示唆」

「2112年、時空干渉炉一号、地球―太陽系ラグランジュ点に設置」

って直径130㎞⁉ いったいどうやって作ったんだ、カイパーベルトが減る勢いだ。過去の地球、怖い。

「2130年、時空干渉炉一号、素粒子の並行宇宙間輸送に成功」

ケイはその記述を3度読み返した。

――2130年の時点で、素粒子の並行宇宙間輸送に成功している⁉

「2205年、地球―月系にゲート設置計画始動」

それって――「1300年」も前の話じゃないか。

「2255年、物質の一方向輸送確立。自律ゲート建造複合体の試験輸送開始」

――なんだと。

「こちら側」のゲートができて一方通行のルートができてから、便が開通するまでに「千年以上」もかかっている。


…まてよ?

今までを振り返る。

18世紀の英語・・・すごく読みにくい

19世紀の英語・・・読みにくい。

20世紀の英語・・・読みにくい。

21世紀の英語・・・今とほとんど同じ。

22世紀以降の英語・・・まったく変化なし。

――そもそも千年以上前の言語がまったく同じ形だというほうが、おかしい。

なぜ、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう。

21世紀まではコンピュータやAIが発展していなかったから表記の揺らぎで言語が変化スピードが速かった、とは思っていたけれど、さすがに保守的過ぎやしないか。

生まれたころから人工知能「アトラス」に「正しい言葉遣い」を教えられ続ければ――言語は、変わらない。

でもこの「超時空ゲートの施工に千年かかった」前提をふまえれば、一目瞭然だ。

言語が変わったら、建設当初に書かれた文章は読めなくなってしまう。

だから――まったく同じ形になるよう、言語が矯正され続けていたんだ。

ちょっと待て。

いろいろなものが――同じ規則に従っている。

なにもかもが――21世紀前半から22世紀までの間に停滞するか、衰退している。

学問体系は?かなりの数の学問が21世紀から「断絶」。論文の大空白時代にいたる。

人口は? 21世紀をピークに、いまでは三分の一。


――わなわなと、肩が震えていた。拳が、プルプロと震えている。


これは――人類の衰退じゃない。

「予定調和」だ。

超時空ゲートが完成するまでに文明がこれ以上発展しないよう、千年を生き抜くための。


どこか、どこかに――書いているのではないだろうか。

目の前の文字列はあまりにも乱雑で、常軌を逸していて、書いた奴もまともではないだろうけどーー少なくとも、AIのもたらす啓示ではない人間の言葉だ。

どんなに読みにくくても――そこには、血と肉が通っていたんだ。 

心臓の刻むビートが、空から降ってくる。

唇に、ピリピリとした違和感が走っている。


目の前に広がる、悪文、悪文、そして悪文。その中に――あった。

「・・・文明進展の過剰変動を回避すべく、言語標準化・学問進展抑制・教育介入を主とする『待機戦略』を採択することとなったのであって、この決定によって人類社会は、待機戦略を実現するための統制AI『アトラス』を開発、言語エラー検出・教育カリキュラムの統一を手段として向こう一千年単位での定常化が施行されることとなり、・・・」

冷汗が、ダラダラと伝っている。

嬉しさよりも、不気味さから目を一瞬そむけてしまった。

誰かが見ているのではないか、どこかに監視カメラがないかどうか。

だが――もう遅いと気づいたとき、さらに読み進めると決意した。

目に何か重いものが詰め込まれたような、全身がぼうっと、鳥肌が立っているのに蒸し暑いような。

篩にかけたひねくれた文字の山には、こうあった。

「教育格差禁止条項による知的評価の均質化およびスカウトの公正化」

――だから大学を出ても給料が上がらないのか‼

「16歳でのカップリング助成政策による人口減少抑制」

「高等教育抑制による生産年齢人口の増加が功を奏し――」


はらわたが煮えくり上がってくる。冷汗が、今では沸騰。

ぜえ、ぜえ、肩で息をしていた。

いままで考えたことのある「悪意のある解釈」がむき出しになっている。

口をすぼめ、エンジンを排気するみたいに呼吸していた。


「ケイ?地球の暗黒の歴史はいかがかしら?」

アリアの言葉に、ふとわれに返る。

アリアは言う――眉をひそめ、しんみりと。

「――この千年間は、私たち火星人の敗北の歴史でもあるの」

「だって――このイカれた計画に、火星の名前は全然出てこないよ」

ケイは石塔の列とパネルの山を見渡しながら、口にした。


アリアは、石塔の影を踏みながら軽く返す。

「火星はね、太陽系の外側にあるでしょ」


「うん」


「アメリカ合衆国って、知ってるわよね」

世界が今の秩序に落ち着く前の――もっとも支配的だった国。

「そりゃあ、もちろん」

「フロンティア・スピリットって聞いたことある?カウボーイ精神。」

「未開の地に踏み込み、ゼロから生活の基盤や都市を築き上げる精神、19世紀、アメリカは入植者にとって、全く未知の世界だったから。19世紀末に消滅して、アメリカは覇権国家の道を歩いていく」

「そう、未開の荒野を開拓していくあれ。で――西部開拓がなくなった後は、火星がその代わり。ロマンチックでしょ?」

「つまり――火星を、新たなフロンティアにした」

「でも当然、誰かが言い出すのよ。“火星じゃ足りない。太陽系を越えろ”って。で、何百万年もかかる船を作ろうって。すごい計画でしょ?」

「たしかに――すごいね。実現は…さておき」

「実際、打ち上げたの。大々的に式典して、勇ましいスローガン掲げて――で、そのあと?全部、沈黙。まるで海に瓶を投げ込んで、返事が一度も返ってこないみたいに」

「そっか…」

「だから次の千年は“距離をすっとばす”研究に全部突っ込んだワームホールを開発し――すべてが、失敗に終わった。」


ケイは、石に刻まれた「待機戦略」の文字を見上げる。

千年.夢を封じられ抑制されて待つのと、夢を見続けへし折られ続けるの、どちらが辛かったのだろう。宇宙の距離という牢獄はあまりにも残酷で――知らないほうが、幸せだったものなのかもしれない。


「暗記させられた歴代大統領のスローガンが痛々しいわ。途中から「今期こそワームホールを」みたいなのが続いて、だんだん支持率のために「青い星の獲得」とかになってく」


ケイは目をぱちくりさせた。

「ちょっと待って、そもそも、火星では千年間の大統領のスローガンを暗記させられるの」

「ええ、地球では考えられないでしょうね…火星は地下都市の外は大気すらろくにない。で無知な人間が放り出されたら、どうなる?」

「・・・死ぬね」

「そう、死ぬの。軍事教練は5歳から必須、学校ではこれでもかというほど勉強させられる。受験競争も熾烈。」

「すごい…大学の教授が火星人だらけだったのも納得」

「でもね、スペシャリストは作れなかった」

「スペシャリスト?」

「この「墓標」にある人たち」

アリアは石塔を一つ撫でた。そこに彫られた文字をケイが読み取る。

「本供養塔および慰霊碑では、不本意にも幼少期よりゲート開発にその一生をささげることとなった人々の無念を・・・」

不本意。

――10年ほど前だったか、唐突にアカウントがBANされた日。

あの時叔父は――「絶対に再申請するな」って血相を変えていたっけ。

「つれていかれるからな、お前の両親みたいに」

異常に開かれた瞳孔、充血した目に、顔中に皺をよせたあの顔

――なんとも、忘れがたい。

もしかして。

そう思って何回か巡ってみたけれど、さすがに数十万という墓碑のなかに、両親の名前は見当たらなかった。

両親の不在の理由は、はっきりとは聞いていない。

あの時の、つれていかれるからな、に、それ以上の意味はなかった。

「連れていかれるって、何?どこに?」

叔父は言った。「こわいところに」

それがどこなのかは、いまもわからない。

ただ――もしかしたら、まだ。


――ちょっと待て?

あの、あまりにも癖のありすぎる解説文。

――確実に、「アトラス」の監修は受けていない。

誰が書いたんだろう。少なくとも、この社会体制に強烈な不満を持った誰か。

読んだ人を不快にさせるために?腹を立てた人のためのトラップ?

――いや。

展示の隅に、落書きがあった。

「時空暦47年 スカウト制度の廃止および変人三か条による将来人材温存の開始 この展示を読んで恐怖しているあなたはこの落書きにも気づいているだろう ここで見聞きした内容を発信しても咎められることはないがアトラスに削除される 我々の世代と違って君たちはもう、このような世界を生きずに済むのだ 生きろ A,Y & T. Y」

――これを、両親からのメッセージだと、思うことにしたい。

「ハンカチ、くれるかな」


<Prequel 超時空ゲートのある世界 完>



エピローグ

宇宙空港のエントランス。

ベンチに座ると、私はほっと一息をついた。

さきほどの、メモリアルホールと題された、巨大な墓標のせいで、腰の力が抜けていた。冷たくなった手は、血が通っていないようで、薬指が少し伸びて、うまく曲がらなかった。

隣には、アリアがいる。

私より頭2つくらい背が高いんじゃないかと思う彼女は、大きな瞳で覗き込みながらも、何も言わなかった。

ただ、大きな手が、私の小さな手を包んだ。

ゆっくりと温かくなっていくのを感じる。


凝り固まった首が、少しほぐれていく。

幾何学的なトラス模様は、対角線を延々と引いたようである。

そこからさす柔らかな灯の光が、ぽかぽかと、私を照らして――焼き切れた脳の回路に、また灯がともりつつある。


窓からは、遥か彼方に、そびえたつ灰色の、壁というか、びっちりと一塊になった、重層都市礁がみえた。

私は、あそこから来た。

遠くから見ると、それは一種の露頭のようでもあり、古代のサンゴ礁が石化して積み重なっているのに、良く似ていた。

私たちが、地球を喰いつくしてもう、数世紀――定められたところに住み、増改築を繰り返しながら積み重なっていった、あの下3/4がコンクリ充填された廃墟でできた町は、私たちの文明の化石であった。

「私たちは――異なる地球を見つけない限り、あそこで延々と積み重なって、しまいには根腐れして干上がってしまうところだったんじゃないか」

そう、私は思っていた。


しかし。

さきほどのメモリアルホールに書かれていた内容からすれば、それもまた、違っていたらしい。

私たちは――ひたすら、待たされてきたのだ。

もう千年も前に、時空を超え、パラレルワールドにあたる、他の時代の地球に向かう方法の可能性が提示されていた。

超時空ゲート、というものである。

時間はかかることはわかり切ってはいたが、彼らは建設を続けた。

自分の代では絶対に成果を見ることができない、無限に続くかに思われる建設と研究に、彼らは何十世代も身を捧げてきた。

――そして彼らの多くは、意図せずして、ただ才があるというだけの理由で、強制的にその人生を人類のために犠牲にされてきたらしい。

恐らくは、私の両親も。


いつかほかの時代に植民できる。

しかし、その時代まで、人類は生き延びなければならない。

その産物が、あの重層都市礁と、統括AI「アトラス」であった。

自己修復コンクリートで構成された、千年単位で強度を保つ建物に人々を集団居住させ、地球の全般的な荒廃を防ぎ、インフラを集約、最適化させる。

人のあらゆる知的活動をサポートする、という名目で作られたAIが、非持続的な活動を抑制し、また、人の創造性を奪い、決まった形で決まった形に動くように世界を調整する。

文化も、言語も、止まった。

そして、そこの枠に収まらないような人物はどうするか。BANとアカウント再発行手続きを介して特定し、超時空ゲート開発のために拉致、強制動員する。


地球の文明が21世紀からほとんど変わらなかったのは、そのせいであったらしい。

止まってしまっていたのではない、止められていたのだ。


でも――こんな地球を、しばらく私は、留守にしようと思う。

これから超時空ゲートを越えて向かう先には、そんな人類の停滞システムは存在しない。

TWINSも、置いてきた。

本当の自由が、待っているはずだ。


肌の感覚が戻ってくる。

立ち上がると、ようやくアリアと目線があった。

「大丈夫そう?」

「ばっちり」

私は親指を立てた。

――あそこに書いてあったことは、ひとまず忘れよう。

だいいち、あんな怪文書を信じて、どうというのだ。

忘れたほうがいいことも、世の中にはある。





――――作者あとがき「超未来の皮を被った中世ファンタジー」―――――

「タイムマシン」を使った過去渡航ものは沢山あります。

生きた古生物を描くうえで、もはやこれは「避けがたい」といっても過言ではありません。


しかし、そもそもタイムマシン的なものを考えたとき、どのようなものが考えられるか?

それは、きわめて大きな課題です。

そもそも、そんな科学技術はシッポすらつかめていないのです。

ようするに、タイムマシンものを説明するには、おそらく未知の物理法則が発見され、それが実用化されるまでの途方もない年月が必要なのです。

ここで、タイムマシン作品が、どのような形で成り立つかを考えてみましょう。


古生物学は、生物学は、いや科学は日々進歩しています。


つまり、タイムマシンが完成するほど未来、古生物学は今とは全く似ても似つかないものになっているでしょう。たとえば

「生きたT-rex?ニワトリからそっくりそのまま再現したやつ、動物園じゃ定番だよな」

みたいな話になったりするわけです(拙作「メイキング・オブ・ダイナソー」も是非)。


このように、現在の「あたりまえ」は、タイムマシンが開発されたような未来社会と相性が悪いのです。

いや、むしろ、絶対に釣り合わないのです。

そもそも「あたりまえ」とは何でしょう。

私は、作品の寿命というのはないと思っています。

しかし、それを受け取る読者の感性は極めて短命だと信じています。

たとえば、いまの若者が、江戸時代の習俗について知ることはまああまりないでしょうし、大正、明治、いや昭和や平成初期の世界ですらも、いまの若者にとっては異世界なのです!

「スマートフォンのない待ち合わせ」とか。

いやもっといえば、「推理」とか。

だって指紋が―DNAがーといった時代になってしまうと、途端に前提が揺らいできます。

ほかにも有名作ですと、S〇S団のホームページにしたって、ホームページ文化はもうほとんど死んだも同然です。となると、そろそろ前提条件がわからなくなっていく人が増えていくでしょう。


このように、2025年の私たちが認知できる未来、過去は「せいぜい±20年」である、と私は思っています。まあときには、作者の頭、中世修道士かよ――とか、そういう作品もあるにはありますが。

そういう作品は、真の意味でエターナルなのかもしれませんね。しかし、常に難解です。

なぜなら、私たちの「あたりまえ」であり、作者が説明をせずともすんなり入ってくる描写というのは、40年しか寿命がないのです。

つまるところ。

「半世紀を超えて生き続ける作品に描かれる世界は、読者の自由な想像で自動補正されても揺らがないほどの密度でなければならない」

というのが、私の仮説でした。


しかし。

世の中には千年を超える名著というものがあります。

千年前の本が依然として力を持ち続け、人々の認識がひたすらに変わらなかった時代があります。

それは人類の”進歩”に断続平衡説のようなものがあるとすれば平衡期にあたるもので、各地に夥しい数の「停滞期」があります。もっとも有名なのは、中世ヨーロッパです。知識のベースは古代ギリシアや古代ローマでありつづけ、どちらかといえば退化するように見えることすらありました。

この期間の間、世界の前提は変わらず、人々は同じ枠組みで、同じ話を受け取ることができたのです。

しかし、こうした時代にあっても、徐々に学問の進歩は陰ながら進んでいき、のちのルネッサンスなどに繋がっていきました。完全な停滞とは言えない、とも思います。

このように考えると、一つの可能性に思い当たります。


「社会が安定期に入り、進歩が止まったように見える中でも、人知れず超文明が発展していた場合、タイムマシンのような超技術と現在の常識が共存する場合があるかもしれない」

という可能性です。


では、そのような時代がどうして訪れるか?

について、考えてみましょう。


一つの可能性を提示するならば、

「かつて語られたことがすべてを正しく表すと信じられるとき、人は疑うことをやめ、それにただ付き従い、徐々に失伝していく」可能性です。

これは世界地図の歴史だとか、医学の歴史だとか、天文の歴史だとか。

とにかくいろいろなところに目につきます。


そして。「かつて語られたことがすべてを正しく表すと信じられる社会」は、もう目の前に来ています。

何を聞いても一瞬で、かつて語られたことをつぎはぎしてうまいように答えてくれる機械。

そんなものをあたりまえに使えている2025年に私はびっくりです。

なにせこの機械は、「自らが全知全能かのようにふるまう」つまるところ無知の知を知らず、なんにでも答えを作ってしまうのです!ソクラテスの爪の垢を煎じて飲ませたいですね。

そして、まもなく、Webサイトにそうした自動生成された情報が溢れ始めました。


それを見て私は、「情報の自家中毒による世界の中世化が起こるであろう」という解釈に至りました。

より正確には、そう予測することは、必ずしも突飛ではないと確信したのです。


――そう、「科学技術が2025年前後で永久に止まって古い情報が循環する社会」は、実現しうる!

そう思ったとき、私はものすごく興奮しました。


だってこの世界観なら、

「何百年、何千年かけてタイムマシンを作っても、2025年現在の知識で過去の世界を描いていい」

からです!

もう天啓といってもいいでしょう。


そうやって世界を描いていきました。

全知全能を自称する老いたAIが、若干ボケかけた頭ですべてを支配し、それに従うことが美徳とされる。教育も、政策も、すべて政府主体でなくAIの判断によって決まる。AIはブラックボックス的で、いったい何を規範としているのかよくわからない――そんな感じに、です。

しかも、創作していくと、どんどんアイデアを刺激してくるものがあるのです。


たとえば、とあるAI。

勝手に私のワードファイルをいじって、文学的な表現を徹底的に平凡な、オフィスメールみたいな文章に書き替えようと言い出しました!!

もう、「これだ!!」となりましたね。


自動校正AIによる言語の矯正によって言語進化が停滞し、何百年も先の人間も、いまの記述を読める。

そうやって調べてみると、ラテン語文法も凍結されてました。あぁ。

こうやって、設定がどんどんつながり、肉付けされていきます。

たとえば。

情報が枯渇したAIはどうなる?情報を買うしかなくなる。そうするとどうなる?情報単価が上がる。

情報単価が上がるとどうなる?一次資料にアクセスできなくなり、さらにAI依存が上がる、とか。


「現代の中世」

そういう観点から見ていくと、どんどん、思わぬところからヒントが出てきます。

たとえばそうした社会で、「知ることを好むもの、感情を出すもの」はどうなるのか?

「教育の方針」は、どうなっていくのか?

いいヒントは、たとえばベネディクトゥスの戒律に見て取れるでしょう…。


そうしたAI神権政治をまず考え、今度はタイムマシンそのものについて考えます。


タイムマシンの方法論としてはたとえば過去につながるワームホール的なものがよく用いられます。しかし、ワームホール、しかも人が通れるほどの大きさとなると、おそらくものすごく巨大なエネルギーが必要でしょう。超新星からエネルギーを――いやどうやって超新星行くんだ、みたいな。

光速は拘束であって、それを越えようとすれば自然とタイムマシン問題に直結し、タイムマシンのためのエネルギー源はいったいどこから?という話になってきます…。

そこで、少なくともパラレルワールド的なものが言われている実在の説、という観点から、量子力学の多世界解釈を用いました。この多世界解釈というのもまた、分岐した世界を突破することは不可能であるがゆえに証明不可能といったたぐいなのですが…まあ、なにか革新的なものが発見されたんでしょう、というものです。分岐した世界の時間的ずれが世界のフォールディングにより生じるというのも、まあSFではよくあるでたらめですが――カセットテープがぐちゃぐちゃっとなって途中で重なってるようなものを想像しながら。分岐により生じた他世界がだいたい同じ世界であるということは、量子レベルの違いは殆ど差を生み出しようがないのでは?ということからの発想です。


さて、こうしたタイムマシン設備が「ポケットサイズ」なわけがありません。

ものすごいエネルギーを食う巨大な建造物であるはずなんです。人間はいままで自然を数知れぬほど(部分的に)超えてきましたから、千年後の未来が太陽を上回るような超核融合炉を量産していてもさほど驚きません。しかし問題になるのはその建造にかかる年数です。人間の技術がいかに進んでも、採掘やパーツ製造は早くならないです。そうなると、地球外縁から資源小惑星を輸出する勢力が長期にわたり特需に沸き繁栄した、という設定は必然的に出てきます。そうならないとおかしい。


ところで、作中解釈が必ずしも公式見解ではないことには注意が必要です。

登場人物は作者の代弁者ではなく、登場人物の語りは、その視点からのバイアスを含んだ、世界への推測でしかないからです。そして、作者は意図的に登場人物を誤解させるケースがよくあります。

メモリアルホールの解説版、あれにまともなことが書いてあると、思うでしょうか。

文体というのは人の心をあらわします。

乱れた心があれば、乱れた文が出てきます。

と、言う人がいるかもしれません。

作中で述べられているように、長期にわたる建造計画があれば、それを支える維持計画があったと考えるべきです。しかしこのことは、単なる恨みを持った人間による、筋が通ってしまった曲解かもしれない、と、あの文体は告げているのです。しかしあれもまた、もしかすると「一般化しなかった、正当な進化を遂げた千年後の言語」なのかもしれませんから、どちらが正しいのか、というのは解釈次第です。

歴史は、あとから作られるもの、という意見があります。

これはいろいろな意味がありますが、当時はまったくそんな意図はなかったが、あとから見るとつじつまよくつながるため、その方向に社会が動いていった、という解釈をできるかもしれません。そのうえで、「千年を超えるための計画群」を見てみましょう。「千年間まったく変わらない言語。千年先にも続く縮小小型化された社会。都市社会においての人口減少対策、イノベーション対策、資源需要の増加対策」、などなど。これらは社会の停滞の原因であり促進因子です。ニワトリが先か卵か先か、という話になります。しかしこれらは、そういう目的があったのかなかったのかは別にしろ、自己反応的に、勝手に生じて着うるものです。

私たちは日々、このような停滞の目に目を光らせるべきだ、というような、政治主張をするつもりはありません。しかし単純に、それらは「もし、〇〇だったら」というおもしろい創作のタネであって、見つけるたびに「おやおや、こんなところに」と口元がふやけるのです。


――ここまでが、「超時空ゲートのある世界」作者あとがきです。


では、石炭紀に行きましょう。こんなクソ世界なんか捨てて。

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