<石炭紀紀行> 君の名は
超時空ゲートが建設され、過去の惑星に植民市が作られている世界。
石炭紀の地球に降り立ったケイとアリアは、この星育ちの案内人のリリィと合流する。
――やはりいい、いつもの服はやはりいい。
陰りかけた直射日光も遮るし、夕方になって急に吹いてきた、妙に冷たい海風も防いでくれる。ポケットだらけ、ねずみ色のジャケットが、潮風にはためいた。
桟橋に照り付ける太陽光線は、ほんの少しずつ、暖色を帯び始めていた。日が傾くにつれ光が暖色を帯び、最後には赤くなるのは――太陽の光が空気によって散乱され、届かなくなるからだ。石炭紀の大気は現在より1~2割ほど多いから、空は青いし、青成分を取り除かれた太陽光は、赤っぽい気がする。そもそも、太陽の色、日差しの色という物自体が、バイアスに満ちた概念のように思えてならない。もし空気という障壁がなければ、太陽というのは緑色のものであるがゆえに。
今回の旅の案内人―リリィといって、アリアとは15年来の知り合いらしい―とは、この桟橋で落ち合うことになっていた。
祭りに集まっていた者たちはとっくに出払っていて、まだいるのはスタッフだけ。
ふと脇をみれば、アリアは澄ました顔をして、風に長髪をたなびかせている。
傾き始めた太陽に、髪の繊維が、シルクみたいに煌めいた。
カメラワークとかは知らないけど、記念に写真を一枚。
するとシャッター音に気付いたのか、アリアは私をがば、っと捕まえて、ツーショットを自撮りした。ただでさえ砂漠で熱線にさらされている中、しっかりとした体温が、腕越しに伝わってくる。
――黙って何もしていなけりゃ、スタイリッシュでクールなんだけどな。
ツーショットというより、捕まった宇宙人みたいに映っていたのではないかと、思うが――どう映っていたのかは知る由もない。
そうこうしていると、桟橋に人影が現れた。
「アリア、会いたかった・・・!」
その、黒髪で掘りの深い、少しだけ浅黒い彼女は…大きく手を伸ばし、アリアに抱き着いた。メリハリのきいたボディラインが食い込み、熱い抱擁を交わす。そして、頬にキス。ワンピースに、腕足動物のネックレスが光った。
あっ…と、口が少し開いたまま、唖然としながら見るしかなかった。
そんな彼女は、3分は続くかと思ったハグを緩やかに振り返うと、瞳を細める。
不思議と目が吸い寄せられた。傾きかけた日にきらりと光る、大きな暗褐色の瞳、少し日焼けした肌に、真っ白な歯。よく映える。
「あなたが噂の、ケイさん?」
私はひゅっ、とアリアの影に隠れながら、顔だけ出す。
「は、はい…ケイ・ヤマナカです。一応女ですが気にしなくていいです…あ、そうそう、今日は天気がきれいですね…石炭紀の大気を感じます…」
高野豆腐みたいな、ぼそぼその自己紹介しか出てこなかった。
かなわない、もしくは、ただものではない、となにか感じたからかもしれない。
私にはない、何かを持っている、と直感的に感じたということだろう。
憧れと警戒は紙一重。
少なくともその瞬間には、私は確実に警戒と緊張に傾いていた。
初対面の相手には卑下せよ、というのはこちらの文化では美徳だが、ここではどうなのだろう、と思うと、さらに恥ずかしく、自らが卑しい物のように感じてきてしまう。
「ケイ、顔真っ赤!」
アリアは指さしながら、けらけらと笑う。
――敵わない、というのは決して、自分には生まれつき欠落してしまっている、女性的なボディラインへの嫉妬、というわけではない、はずだ。
「聞いた通りのシャイ!でも安心して。どっかの誰かさんと違っていきなり抱きしめてキスしたりしないから」
そういった彼女だが、アリアに対して先にハグしていたのも、キスしようとしていたのも、どう見ても彼女のほうだった。
はっと気づく。
――そういう、人間への積極性だ。
いつからからか、私は人間を見たときに、どうやったら被害を避けられるか、という方面からばかり見るようになっていた、と。就職してから?いや、もっと前から、はたまた…元々?
そう逡巡していると、彼女は名乗った。
「リーリア・カルヴァーリョ・シルヴァよ。アリアからは聞いてると思うけど、旅の案内人を務めさせていただくわ。この星のことなら何でも聞いて!」
――あれ、名前、リリィと聞いていたけれど。
そんな素朴な疑問が、興味へとつながっていることに気づく。
そして、いつしか人のことを興味深い観察対象ではなく、距離をとるべき猛獣か病原体のように思うようになっていたことを恥じる。
いや、猛獣や猛獣のほうが親近感を持てていた、とすら、思う。
「あれ、リーリア…さん?リリィさんと聞いてたけど」
すると彼女はアハハ、と笑った。
「そう呼んでるのはアリアだけよ!」
――合点した。そういう彼女の普遍共通語は、妙に親近感があった。抑揚にハリが聞きながらも、母音がしっかりと発音される。
これ――日本圏の訛りと、よく似ている。何を話せばいいのかすごく困っていたけれど、語学、語学といったらもう話すネタはできている。勉強したのはだいぶ前だからうろ覚えの部分はあるとは思うけど、今話していていろいろ気づいたことがあるし、そこから話を進めていけば、初対面の相手でも逃げずに会話できる…はずだ、目の前のリーリア女史はすくなくとも、話が通じる、香りがするから。
「リーリアさんはポルトガル語圏だから――2番目の音節にアクセントがはいるんでしたっけ。でも火星出身のアリアは英語圏だから、音がよく似ていることもあって英訳して、リリィと呼んでしまう、ってわけですね。」
もう怖くなかった。
「そう!!あなたもリリィって私を呼んで!」
リーリアもまた、すっかり、上機嫌だ。
「あ、ありがとう…でも、読み方が変えられてしまうのって、いいんですか?」
リーリアはまた、からからと笑いながら言う。
「あだ名っぽくていいじゃない!この星の人はみんな、リリとは呼んでくれても、リリィとは呼んでくれないわ。友達の証ってことよ!」
そう言いながら、しれっと肩に手を回してくる。
――やっぱり近い。
「苗字のCalvalhoはカシの木、Silvaは森、両親とも綺麗な苗字ですね、ポルトガル語圏らしい…」
「ええ。あなたの苗字は、どういう意味?」
といいながら、背中に手が伸びているのを感じる。
顔ももう10㎝くらいまで近づいていて、もうそのままキスの距離じゃないか。
「山の中…でしょうか。ポルトガル語だと…Montanha?」
するとリリィは笑いながらいった。
「山と木、ちょうどピッタリじゃない!」
そしてリリィは、アリアに目配せする。
「アリアは、ケイのことなんて呼んでる?」
アリアは両手の人差し指を合わせて、ちょっとそっぽを向いた。
「ただ…ケイって。そのままでも呼びやすいし、さらに略したらケよ、ケ!あと…ちょっち近い、ホントにシャイだから」
その様子を見たリリィは、はにかみ笑いをしながらこう聞いた。
「ケイ、あだ名付けられるのって、嫌い?」
――嫌い、というのもなかなか難しい。
そもそも、祖先が漢字の読みが変えられてしまうのを嫌って音訳にした経緯がある。だからリーリアをリリィにされて平気、というのはちょっと違和感があった。
だって私の場合、シーシャンジョン、になってしまう。
「…嫌いってわけないんですが、音が全然違うと、自分のこと言われてる――って咄嗟にわからなくなるのって、慣れない土地だと怖いなって。」
すると、アリアは言った。さっきから妙に髪をもじもじといじっている。
折角の綺麗な髪が、一部くしゅくしゅになっていた。
「誰がなんて呼ぼうと、ケイはケイ。もっと胸張る!」
リリィは何か察したようで、「じゃ、私もケイって呼ぶわ。」
そういって、一歩引いた。
――なにか、ファーストコンタクトを間違えてしまった気がする。
ここだけは、モンターニャ、と呼ばれていてもよかったのではないか、とも思ったし、こういう熱い付き合いに巻き込まれても、よかった気もする。
が、覆水盆に返らず。
私は、私のままでいい。




