表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
機械の都、そして凍った町。
58/198

氷河周遊飛行  (脱線解説:グロッソプテリス類について)

駐機場の隅にとまる、一機のヘリコプター。

「ついでだから、ちょっと周遊しましょ」

そう言って、リリィは軽やかにコクピットへ乗り込んだ。

無駄のない身のこなし。体に吸い付くような茶色のパイロットスーツ姿。

ようやく彼女は本当にパイロットなのだという実感が湧いた。


それまでは正直、ずっと「えらく頭がキレて、珍しく話が通じる人」という認識しかなかった。

いままでずっと、まともに議論ができる相手に飢えていたから。

――そう、腹を割って話しできる人は教授クラスか、アリアくらいだったからだ。

正直、底知れないものを感じていた。話せば話すほど、もっと話し込みたくなった。

しかし、そういう好感を取り払ってみると、「アリアの友人で、この旅のガイド」という認識をついついしてしまっていた。

むしろ、認めたくなかったのかもしれない。

――私は、知っているだけ。飛行機の操縦なんて、逆立ちしたってできないから。


コクピットに覗くヘルメット姿が、ひどく眩しい。


リリィの声がインカム越しに響く。

「上空はもっと寒いわよ~!座席に防寒着と毛布があるから、使ってね!」


私は、防寒着に手を伸ばす。厚手で、羽織るとふわりと温かさがにじんだけれど、ぼかぼかだ。袖が長すぎて、手がすっぽり隠れてしまう。


いっぽうでアリアを見れば――今度は袖も裾も、足りていない。

防寒着を着ているというより、防寒着がアリアの肢体に張り付いて悲鳴を上げているようだ。

 へそのあたりが少し足りていなくて、無理やりそういうモード系のファッションにも見える。

――サイズがあってないだけなのに。


「……Like a canned sardine.(イワシの缶詰ね)」

アリアは眉をひそめながら、その長身を狭いキャビンにねじ込む。

まるで、大きな猫が小さな段ボール箱に入ろうとしているようだ。

彼女は長い脚を器用に折りたたみ、端っこにぎゅうぎゅうに詰めて、私が乗るのをじっと待っていた。

キャビンは、2席。

大人2人が並ぶには、ちょっと厳しい幅だった。

人工皮革の座席は少しひび割れていて、冷たかった。

乗り込むと、キャビンのドアが、ゆっくりと締まる。

すると、アリアはふっと息をついて、少し縮こまっていた体をようやくもとに戻した。

――あぁ、キャビンのドアに挟まれないように、あけてくれてたんだな。

そう思ったときだった。

広い肩と背中が視界を覆う。

 そこから、じんわりとした体温の放射を感じた。

ふわりと鼻腔をくすぐったのは、甘く、上品な香りだ。そういう体質なのか、柔軟剤だろうか。

さっきまでの重工業地帯の鉄錆と硫黄の臭いとは対照的な、控えめで、けれど頭の芯が痺れるような心地よい香り。

「ちょっと貸して」

彼女は私のシートベルトを手に取った。

 私の腹の前を横切るように腕が伸び、腰に回り、カチッとバックルを留める。

 そのとき、指先が腹部に触れた。

「…自分でできるよ」

思わず口をついて出ると、アリアは至近距離で私を見て、悪戯っぽく笑った。


「でも、2人きりの旅って、初めてでしょ?」

そう言って、毛布をそっと私の膝にかけた。


毛布をかけたあとも、アリアの腕は私の膝に触れたままだった。

毛布の断熱効果以上に、そこだけカッカと熱を帯びた気がする。

彼女はそのまま片腕をシートに突いたまま、逃げ場のない距離で私の顔を見つめていた。

私は、そっと見上げるしかない。


……近すぎる。

ヘリの狭さが、パーソナルスペースという概念を物理的に消滅させている。

彼女の琥珀色の瞳が、まっすぐこちらを捉えて離さない。

 耐えきれず逸らしたのは、私のほうだった。


「ありがと」


そう呟いて、私はやたらと窓の外が気になるふりをした。

――はるばるこんなところまで来たのだ、そんなことを気にしている場合ではない。

でも、狭い機内に2人並んで密着するのは、ちょっと――気まずかった。


小型ヘリの狭いキャビンは、どこか、馬車に似たものがあると思う。

プライベートで、どこか、優雅だ。

でも、密室で、逃げ場がなくて、息遣いまで聞こえてきそうで。


 今まで、こんなふうに意識したことはなかったはずだ。

 大学時代からもう何年も、友人同士だったじゃないか。

 なんで今更、こんなに緊張しているんだ。


気まずい空気を打ち破ったのは、インカムからのリリィの声だった。

「そろそろ、いいかしら?」

キュイーン――というエンジンの高音。

ローターがゆっくりと回り出す。

地面がぐらりと揺れて、体がほんの少し押しつけられるような感覚。

そして、ふわりと――浮いた。


「二十分くらい寄り道するわ」

そう言うと、ヘリは機首を下げ、高々と舞い上がる。

右隣に座っているアリアの肩が常に触れ、柔らかな温かさを伝え続けていた。

隣からは、上機嫌なアリアの鼻歌が聞こえてくる。

その感触に意識を持っていかれないよう、私はそっと背中を丸め、窓際にきゅう、と寄る。

 機内は、狭かった。

ツンと冷えた機窓に額をもたれかかる。

さっ、とタオルで窓を拭う。

ひんやりとした雫が、冷や汗のようにガラスを伝った。

断っておくが、決してアリアから目を逸らすために窓にしがみついているわけではない。……たぶん。



飛行場と、それに連なる小さな町、そして工場が、目下にひしめいていた。

人のゆく姿はまばらで、無人の機械たちが、黙々と作業を続けている。


陰鬱に、灰色に霞んだ"街"だった。

低く立ち込める、雲のせいかもしれない。


しかしまぁ、あの、煙突からモクモクと上がる煙もまた、この街を灰色に染める一因だろう。

流石に煤煙対策はしていてほしいものだけど。


飛行場を空から望めば、駐機中の輸送機はもう、トンボくらいになっていた。

消火爆撃機も数機みえたが、もうハエである。

石炭紀のお化けトンボではない、アキアカネとか。

ーーいやもう、そんなことを言っているうちに、ハッチョウトンボか。


ターミナルから伸びる橋の先には、小さな町があった。

しかし、人工的なコンクリ詰めもいいところで、街の周囲もすっかり護岸されてしまっている。


白く曇ったモヤの向こうに、青黒い海と灰色の飛行場の影が見えた。

空港はみるみる小さくなり、眼下を流れる景色が速度を上げた。


ヘリコプターは、東へと進路をとる。

海岸沿いの建造物密集地帯を抜けたのは、あっという間。

すぐさま、世界の色は一変した。

広がるのは、圧倒的な緑。


それはつい、“見渡す限り”、という形容詞をつい使いたくなるものだった。

――まぁ、東の果てには白い山々がチラリと見えているから、本当に大平原、ではないのだが。


しかし空気に関して言えば、街を離れてもやはり、どんよりと灰色を帯びていた。


私は汎用端末に内蔵された、世界地図を開くと、改めてちらりと見た。

するとがぜん、このような機構の理由がよくわかる。

いま私たちのいる灰緑色の平原は、海岸線に沿ったほんの小さな緑のベルトだった。

沖を見やれば、白波が常に幾筋も海岸に押し寄せている。パンサラッサ海を北上する寒流だ。

現代でいうペルー海流の古生代版である。

この冷え切った寒流の影響で、氷河と砂漠の間には、年中雲に包まれ、湿潤なのだ。

現代でいえば、ナンキョクブナが見られるあたりだろう。

しかし、そのような高緯度型樹木が優占する森が現れるまでには、石炭紀末期からペルム紀にかけてのグロッソプテリス類の進撃を待たねばならないだろう。

しかし、いま私が見ている時代においては、この高緯度地帯はまだ、開けた”草”原だった。


そしてほんの少し北に見やる。

亜熱帯に広がるだだっ広いデザートイエローの下端は、そこから少し南の温帯域まで、海岸沿いに砂漠が続いていることを示していた。

現在のアタカマ砂漠に、緯度も分布も、驚くほどそっくりだ。

これが、大陸と海流のなす必然か――と、あらためて気づかされる。

地図には、コパカバナ、とあった。このあたりにも何か、拠点が建設されているのだろうか。



インカムから、リリィの声が響く。

『ここ、かつては海だったのよ。私も小さいころ、崖で貝の化石を拾ったものよ』


「へぇ、すごいですね」

とでも言えばよかったのだろう。

しかし、咄嗟に気の利いた返事が出てこず、私は変な沈黙を作ってしまった。

「……沿海州とかサハリンに、ちょっと似てるかも」

絞り出した言葉は、あまりにローカルすぎて通じなかったようだ。

ただ、この夏なのに肌寒くて、沼と湿地だらけで、どんよりとした白い雲が立ち込める感じは、あながち似ていなくもないと思う。



白波が、大陸の内部まで押し寄せてきているみたいだった。

平原にはあちこちに、白泡にも似た不整形の線状がが走っていた。

よくよく見ればその一つ一つは、崖だった。

つまり、この地帯は海岸段丘であると推測できる。

波に削られながらも、地盤は逆に上昇を続けたのだろう。

リリィの言う通り、この地形は明らかに「かつての海」だ。


また、海岸砂丘が発達して、あちこちに大地に帯状の出っ張りとその麓の湖が見えた。

寒冷で湖だらけな点に関しては、旧日本圏でも、かつては道東にそのような環境が見られたらしい。


あとついでに言えば、その「貝の化石」が本当に貝の化石かどうか、つい疑ってしまった。

産出頻度的には、石炭紀はまだまだ,腕足動物の天下だから。



「高度、下げるわ」


なんとか目を凝らせば植物が見えなくもないくらいの速度で、ゆっくりと、フライバイ。

でもじっくり見るには、遠くて速い。


その巨大な湿地帯で優占していたのは、

まるで棒のような植物だった。

真っ直ぐで枝ひとつなく、沼の間をびっしりと埋めている。

勿論、”ふつう”に近いような木々や、草のように茂るもの、そして先端で分岐を繰り返す”典型的な”リンボク類らしきもの――とはいっても私は初めてその姿を見るのだが――もあったが、それらは収斂進化の影響もあってか、現在の植物に似たものに印象が近づいてしまう。


しかし、棒のような植物が一面に立ち並ぶ光景は、そうそうみれたものではなく、印象に強く残った。


ついつい、古代の植生であるなぁ、思い起こさせた。

いままで見たことすらないのに。


突然、背後に触れるものを感じる。

振り返れば、アリアがつんつん、とつつきながら、


「ねぇケイ、あの真っ直ぐな棒って鱗木?」

――正直、私にはわからなかった。


距離がどうということよりも、どこまでを鱗木と呼んでいいのか、というところからだ。

化石記録に残る証拠はあまりにも断片的で、実際の生体や遺伝子データを基に再整理する必要があるのは自明だったからだ。

そして驚くべきことに、ライバルになる研究者もそうそう、いないらしい

――研究対象となる時代が多すぎて、ただでさえ少ない研究リソースが分散してしまっているのだ。


考えてもみたまえ、地球一個でも調査しきれていないというのに。

突然、過去の地球が何十個も調査可能になったとしたら

――まちがいなく分散してあちこちが、がら空きになるいっぽうで、有名どころにばかり人が群がるに決まっている。

例えば、恐竜とか。

――いや、恐竜を研究テーマに選んだアリアを揶揄したいわけではないが。

ゆえに、緑の柱のような植物が一面に立ち並んでいるのを見ても、私は

「何らかの小葉植物、おそらくBumbudendron*あたりだろう。もしくはBrasilodendron**などの幼木か…多分。」

くらいとまでしか、言えなかった。

それがリンボク類なのかどうかは、いまではなく、私たちの採集した標本を今後検討してから、決まるのである。

――そうか。

「そうかどうかは、私たち次第だよ」

と答えた。アリアはふっと

「ケイらしい」

と微笑んだ。


―――

古生代は、海洋が法外に拡大していった時代である。その極みが、ついには半球を覆ってしまうほどにまで成長した、パンサラッサだ。

この、海洋底の大まかなサイクルは大陸の合体や分裂と組み合わさり、ウィルソンサイクルという名前がついている。

サイクルであるから、歴史は繰り返す。

未来の地球を訪れるときには、おそらくまた、第二パンゲアや第二パンサラッサが見られる時代はいつか来るのだ。

さて、海底は海嶺で作られ、海洋の拡大とともに海底は隆起する。

隆起は海水面を押し上げ、大地の低いところには海水が流れ込む。


昨日訪れた、アマゾン盆地に広がる巨大な内海であるイタイツバーピアウイ海もまた、こうした変動によってできたものだった。後期古生代氷河期の真っ只中、氷河期によって海水面は下がる傾向であったにもかかわらず、地球全体のトレンドとしては海水面が高くなる方向に動いていたのである。

したがって、大陸プレートの外縁域には、浅く生命に富む海域が広がることとなった。

石炭紀前期の温暖な気候と海進はこの地にサンゴ礁を発達させたが、寒冷化によってその領域は、いまや遥か北方の亜熱帯域にまで追いやられているはずである。ただし――それらが築いた、浅いサンゴ礁は、いまも海底の礎をなす石灰岩層として、海底をさらに底上げした。


さらに、後期古生代氷河期もまた、更新世氷河期と同様にミランコビッチサイクルの影響を受ける。

これは地球の公転軌道がどれだけ歪むか、自転軸がどれだけズレ、それがぶれたコマのようにふらつくか――が生む、太陽と地球との微妙な位置関係のズレだ。

このズレはある程度規則正しく、寒い時代と温かい時代を作る。これが、氷期と間氷期だ。


浅い海域は、海水面の変化を受けやすい。

氷期の間に堆積がおこり、間氷期の間にまた沈み、を繰り返し、沖合には大陸棚、と呼ばれる巨大な堆積盆地が誕生した。

いま、氷期である。

浅い海域は、ゴンドワナ氷床の拡大とともに干上がった。

そして大陸棚はむき出しになり、石炭紀の沿岸には、海に面した平原と、巨大な湿地帯が形成されている。

石炭紀にかぎった現象ではない。

まったく同様の事態は、更新世氷河期にも起きた。

10万年前の更新世氷河期なら、こうした大湿地を行きかうマンモスやオオツノジカを見られたかもしれない。大湿地帯は生産力が高く、そうした場所は動物たちの目的地となり、そこで子を産み、育て、死んでいった。その中には――ちょっとした拍子に、間氷期には海で隔てられていた地域へと渡ってしまうものもあった。陸橋、だ。陸橋は動物たちを渡す橋というよりも、それ自体が豊かな、動物たちの目的地だったはずだと、私は思う。

――が、いまは、石炭紀後期である。

ヘリコプターから見えるような生き物は、まるでいない。

鑑賞対象は、あくまで地形と植生だ。

湿地帯に注ぎ込む、無数の流れ。

ヘリコプターが進むにつれ、ようやくその全貌が見えてきた。

それらは網状河川をなす、複雑に絡み合った支流の一つ一つなのである。

そして支流はあちらこちらでせき止められ、無数の沼を作っているのだ。

氷河堆積物と永久凍土。

そしてこの、大陸棚の極端なまでの低勾配が、そうさせたのだった。

永久凍土の上では根が広がらず、流路を遮るものはない。そして低勾配のために水はちょっとした拍子に分散し、地下に広がる永久凍土は水の浸透を阻んだ。

その結果が、この巨大な湿地帯だ。

横長の沼が、何十となく、海岸線に並行に並び、鉛色の光を放つ。

―――


湿地を越えると、背の低い植物がなす一面のツンドラが広がる。

ツンドラ、といっても、石炭紀のツンドラだ。

沿岸の湿地にみられる植物と比べるとどれも小柄で、地面に張り付くように育つものが多かった。おそらく、冬の寒さを耐えるためなのだろう。

それを織りなすのがコケ植物なのか、ヒカゲノカズラ類やイワヒバ類、はたまた草本性リンボク類、もしくはシダ種子植物なのか…

興味は尽きない。

が、いかんせんヘリコプターの上からでは。

緑、ということ以上のことは、全く見て取ることができなかった。



先ほど見てきた沿岸の湿地と違って――ここは、ひどくでこぼこだ。

平原、という語感には、ちょっと合わない。

あっちこっち盛り上がったりへこんだりしていて、地割れだらけだ。


「ケイ、私こういう寒いところよく知らないんだけど……あの地割れ、何?」

アリアが窓に額を押し付けるようにして、下を覗き込んでいる。

「アイスウェッジポリゴン、かな。」

「アイスウェッジポリゴン?」

「地表がキンキンに冷えて縮むとひびが入って、そこに溜まった水が凍ると膨張して、を繰り返して、いつの間にかすごい溝になる。」

「へぇ~」

「古生物学的には他にもご利益あるよ、たとえば、現在の永久凍土でも、こういう溝の底にマンモスのミイラとかが落ちてることがある」

「そういや聞いたことがあるかも…シベリアのマンモスは地面から出てくるマンモスのミイラだって」

「そうそう、そういうやつ。どんどん溝が深くなっていくから、最初できたのはものすごく昔だったりする。あの溝一つ一つがタイムカプセルみたいなもんだよ。」

「見つけた人、ビビっただろうね」

「私は、タタールのマムートだけじゃなくて、中国の玄武あたりもマンモスじゃないか、と勝手に思ってるんだけどね」

「玄武ってあの、亀に蛇の?」

「黒くてでっかい生き物で、ニョロッとした巨大な牙が出てるじゃん」

「あー」

「北の守護神で死と再生をつかさどる、北方の氷の大地から現れるマンモスミイラにはピッタリだと思うよ。ま、私の妄想だけどね」

それは十数年前に思いついて以来、私の中ではすっかり定説になっている妄想だった。一度着想してしまうと、もう玄武がマンモス以外の何ものにも見えなくなってしまうのだ。


「斬新な仮説ね、てっきり岩かなんかだと思ってた」

「玄武岩と混ざってない?」

「でも岩もまた、信仰によくつながるじゃん。でっかくて黒い岩なんてとくに」

「たしかに。柱状節理が足だったり?」

「それ、ナイスね」

「ところで――あの溝、なんだと思ってたの?

「この辺り地震多いし、断層だと思ってた。――でも、それなら安心ね」


――たしかに、断層ならどんなに恐ろしいだろうか。


「沖合でプレートが沈み込んでるから、断層と地震には事欠かない立地だよね」


そう、ここ石炭紀の南米ボリビアは、現代のアンデスや日本列島と同じく、海洋プレートの沈み込み帯にあるのだ。

大まかにいえば、太平洋の前身にあたるパンサラッサ。

ここ南米西岸でも、現在のナスカプレートの位置に相当する超大洋パンサラッサの海洋プレートが、南アメリカプレートの下に沈み込み続けている。

言ってみれば、環太平洋造山帯ならぬ「環パンサラッサ造山帯」である。


「でもアンデス山脈はまだないよね。小さな火山は沢山並んでるけど」


――そこである。


「アンデス山脈って、変なんだよ」

「ヘン?」

「海洋プレートは大陸プレートより重くて薄っぺらいから、ぶつかっても下に潜り込むだけ」


「下に潜り込んだら、高くなる…わけじゃないものね」


「そこはちょっと微妙だけど、ヒマラヤとかアルプス、あと古生代だとカレドニア山脈やアパラチア山脈といった造山運動は、軽い大陸プレートと軽い大陸プレートがぶつかって、盛り上がってできる。」


「でも、海洋プレートが沈み込んでも火山運動がそのうえで頻発して盛り上がるんじゃない?」


「日本列島の東北地方とかはそういう感じで、ものすごくざっくり言えばだけど、沈み込みとともに結晶水として引き込まれた水が岩石の融点を下げて、マグマとして吹き上がってできてる。だから火山が頻発するのは、正解。でも――アンデス山脈が丸ごとできてしまうほどの火山活動が起きたわけじゃない。あのでかい山脈はむしろ褶曲によってできてる」


「さっき、重くて薄い海洋プレートが厚くて軽い大陸プレートの下に沈み込んでも、下にもぐるだけで盛り上がらない、って」


「そう。でもいまここに火山があるのがポイントだよ」

「ポイント…?」


「この地域に海洋プレートが沈み込むのが、3億年も続いたってこと。プレートが沈み込むとき、表層の堆積物はどんどん大陸プレートに引っかかっていって」

「地震が起きる」

「ま、それもそうだし大陸プレートにもひずみが溜まるんだけど、大陸プレート側にどんどん堆積物がくっついていく」

「アンデスが化石の名産地なわけね」

「チャールズダーウィンもアンデス山脈で貝化石発掘してるよね」

「講義で聞いたような聞かなかったような、遠い思い出…」

「さておき、それが3億年も続いたら、大陸プレート自体が相当の厚みを持つようになって、ついには海洋プレートに”押される”事態にまで達する、ということなんだとは思う。ということを考えると、石炭紀のここに火山や地震が頻発することと、現代のアンデス山脈とはリンクする、んじゃないかな」


そんな話をしているうちに、視界の先に、「白」が見えてきた。

まさしく、真っ白な、ドームだった。

その圧倒的な白い塊の前にすれば、山も川も、もうちっぽけなものだった。

なにしろ、山のてっぺんとてっぺんの間が殆ど氷河でつながってしまうくらい、大きいのだ。

インカムから、リリィの声が響く。

「これがゴンドワナ氷河の、最前線よ。ね。これが見せたかったのよ。ここから先は、氷河の支配圏。ちょっと見たら、村に向かうわ」


アリアは機窓を見ながら

「氷河地形って険しいって習ったけど…ここで見る限り、そんなこともないのよね」

という。

――おいおいおい。

「ちょっとアリア、氷河地形ってのはね、氷河に削られたり、氷河が爪痕を残したものだよ。目の前にあるのは、氷河そのもの」

「こう、氷河があるでしょ?山削るでしょ?でも氷河が乗ってたら見えないでしょ?つまり削られた後とか氷河が運んだ石とかは、いまある氷河が「溶けてなくなって、海水面が上がってきた時、見えてくるんだよ、フィヨルドとかがあっても、いまはみんな、氷の山の中。」

私は氷河がちょうどブリッジしている、あの二つの山を指さす。

「ほらあの山とかも、海水面上がったらフィヨルドみたいになるはずだよ。つまり、要するにだけど、氷河地形ってのは間氷期の地形なんだ、いま見てる氷期の地形じゃない。生きた恐竜を見て、わぁ、恐竜って骨じゃなくてお肉がついてるのね!、って驚いてるようなものだよ」


――ちょっと強く言い過ぎた気がする。


アリアは何も言い返さず、少しだけ目を伏せて、再び機窓の外へ視線をやった「そんないい方しなくても」――そう思っているような気がして、あわてて

「ごめんアリア、中生代を通じて氷河はほとんどないのを忘れてた…氷河地形も、そもそもないよね…」とぺこぺこ頭を下げた。


なにしろ、アリアのメインフィールドは、灼熱の恐竜時代なのだ。

間氷期の完新世~人新世とは、違う。


氷河地形、などというのも、間氷期になるまで文明を開けなかった人類の、たわごとなのだ。

「ねぇケイ…人類が、間氷期になるまで文明を開けなかったのって…なぜだと思う?」

怒りとは正反対の、むしろ柔らかな声だった。

ほっと息をつきつつ振り返ると、アリアの表情は柔らかく緩んでいて、私の膝にそっと、大きな手の温かさを感じた。


*Bumbudendron…石炭紀後期~ペルム紀前期のリンボク類に似た小葉植物。ゴンドワナに見られる分類群で分岐がほとんど見られず、ほぼ緑の柱のように成長していたと思われる。類縁関係は不詳。

*Tomiodendronは主にシベリアから知られるも、T. peruvianumはゴンドワナからの記録されていた。但し、現在ではBumbudendron peruvianumとされる。

**Brasilodendron…石炭紀後期~ペルム紀のゴンドワナで栄えた、リンボク類に似た植物。枝や葉の化石もよく知られているが、胞子嚢穂が球果状というより枝状だったり、小舌痕がなかったり、根系がリンボク類と全く違うなど類縁不明。



―描写を支える科学的背景― 飛び込み脱線解説:グロッソプテリス類について、語ります!


本作には登場しない植物である。

なにせ、グロッソプテリス類が来てしまうと、今作で描きたい石炭紀ならではの世界が終わってしまうからだ。

石炭紀末期からペルム紀前期にかけて、ゴンドワナの植生は激変する。

ゴンドワナ亜寒帯~温帯域の植生をグロッソプテリス類がほとんど独占し、ほかのグループは殆どがその下層植生に押しやられる。その多様性は石炭紀の低木や草本中心のものに比べると、どうも見劣りするように私には思えてならない。

そして、グロッソプテリス類も地球史上において石炭生成に最も貢献した植物グループのひとつであり、石炭を語るにおいてグロッソプテリス類を避けて通ることはできまい。というかペルム紀のグロッソプテリス類による石炭形成が現在の石炭産出の2割をも占める。ついでに言えば世界の石炭産出量の残りには新生代の水生針葉樹、おもにスイショウ、ヌマスギ、メタセコイアが重要な地位を占めてくる。(具体的な寄与割合を述べた文献は見つけられなかった。)

上記から、やはり石炭は石炭紀にのみ堆積したというような、一般の言説が大きく間違っていることがはっきり見えてくる。

さて、ついつい石炭の話になってしまった!

グロッソプテリス類にもどろう。

グロッソプテリス類といえば、地学の教科書や生物の教科書で目にすることも多く、地学基礎や中学理科にすら出現しうる。そこでの扱いとしては、ゴンドワナ大陸がつながっていた証拠としての説明か、もしくは被子植物の起源について触れる文脈で扱われがちである(後者に関しては現在あまり見かけないが。)グロッソプテリス類がウェゲナーによる大陸移動説の発展に果たした役割は大きいのだが、ゴンドワナという概念をグロッソプテリス類をはじめとして発見したのはエデュアルド・ジュースであることに関してはここで一言書いておいてよいように思う。さて、グロッソプテリス類はシダ種子植物の一員としてもっとも有名な植物であるが、それがどんな植物であったかについては(小難しくてとてもとっつきにくい生殖器官の話をのぞいて)あまり扱われることがないように思う。

今回は脱線解説編として、その見た目がまったくもってシダ的ではない、グロッソプテリス類についてある程度稿を割こうと思う。

●分布

グロッソプテリス類は石炭紀末期にゴンドワナの氷床付近で出現したが、ペルム紀中期から後期にかけては分布を拡大し、カタイシア植物群にも一部で出現することとなった。そして、P-T境界で絶滅した、と考えられている(実はMexiglpssaなど三畳紀~ジュラ紀にも生き残っていたという話はいくつかあるが、一般論として)


本編には出てこないからこそ、ここで話しておく価値があるように思う。

まず、古植物において、各々のパーツはそれぞれ別の名前で呼ばれる。

生殖器官に関しては、既に日本語記述がたくさんあるうえに、書き始めるといわれている以上に多様かつ解釈が複雑なので、ここで敢えて書く必要はないし、書いたとしても本題をさらに逸脱していくだろう。

なので、ほかのパーツについてまとめていこう。

まず、葉について。

グロッソプテリス類の歯は、被子植物の葉にとても良く似ている。

大きさとしてもサイズとしてもよく似ているなぁ、と見るたび思うのが、マテバシイの葉だ。ああいうものをざっくりと想像してもらえばよい。葉が分厚いのも似た雰囲気を感じるが、マテバシイが何年も葉を保持するのに対してグロッソプテリス類は落葉性なのでそこは全く参照にならない。また、グロッソプテリス類は湿地性の傾向が強いので、木としての性質としてはハンノキが近い。

さて、葉にもどろう。

グロッソプテリス、というのは、グロッソプテリス類の一部にみられる、ある形質の葉のことであり、ブロンニャールが1828年に命名したものである。葉の性質としては披針形から舌状で全縁、複数の脈からなる中肋と単純で階層性のなく細長い網目状の葉脈からなることが特徴とされる。葉の長さはG. brownianaなどでは30㎝を越える。気孔はハプロケイリック型で裏面にしかない。どうやら100種前後が記載されているにもかかわらず、その分類的整理はなかなかつくめどを見ない(Taylor & Taylor, 2008)。

さてグロッソプテリスのそっくりさんとして、ガンガモプテリスGangamopterisがある。ガンガモプテリスはグロッソプテリスよりもやや早く、石炭紀最末期には出現している。中肋の発達が弱く網目状の葉脈がより均一であることにより区別される。他に基部が矢じり型のBelemnopterisや、側脈が合流して網目状をなさないRhabdotaeniaなどがある。

次に、枝について。

葉の付き方についてはよくわかっていないが、G. maculataやG. recurvaで知られているものでは、密な(10輪生程度の)輪生、ほかのものでは密な互生であったらしい。落葉性の性質が知られており、これはグロッソプテリス類の寒地性の性質からしても妥当である。

幹について。

グロッソプテリス類の幹は針葉樹のものに似た、仮道管が大部分を占める構造をとっている。(Pycnoxylic。シダ種子植物というと放射組織や柔組織の覆いManoxylic型であるという印象があるが、グロッソプテリスの幹はPycnoxylicであるということ。)

幹はアガトキシロン型で、ナンヨウスギ類の材に最も似ている。はっきりとした年輪を持ち、年輪の幅は1㎝にもなる。季節差が大きい高緯度地帯に生育し、急激に成長したことがわかる。

根について。

グロッソプテリス類の最も特徴的で美しい部分は、根だと思う。

グロッソプテリス類の根は、バーテブラリアVertebrariaという。

名前の通り脊椎を彷彿とさせる、極めて特徴的な根だ。

細い円柱状の原生木部(最初にできる維管束)があり、断面では4~8本の放射状に突き出す“腕”を持っているように見える。その“腕”の周囲に年輪を伴いながら二次木部が発達するので、根の断面はまるで星みたいに見える!非常に美しく印象的だ。

この根組織は、側根を含む円盤状のプラットフォームというによって仕切られている。つまり=||=||=||=…と、こんな感じになる。これは極めて特徴的な根で、木部の周囲(つまり“腕”ないし“星”の間)はきわめて疎な通気組織になっており、湿った貧酸素の湿地土壌(おそらく、しばしば溶けた永久凍土)に適応していた。

生態について

グロッソプテリス類は現在の被子植物に匹敵するほどの繁栄をもって、4000万年にわたってゴンドワナ大陸の温帯から亜寒帯を支配し続けていた。

その出現と拡大は非常にドラマチックなほどで、石炭紀末期グゼリアンに南米でガンガモプテリスが出現すると、ペルム紀最初期のアッセリアンには既に優占種になってしまう。そして温暖な地域にも分布を拡大していき、いっぽうで氷河の後退によって生じたあらゆる堆積盆地の広大な低地を支配した。場合によっては、産出する植物の8割にも達する。

その通気組織が発達した根からもわかるように、亜寒帯から温帯の湿地に生育した植物であり、現在のハンノキ類がその生態の現在における類例だろう。

花粉が現在の針葉樹と似た大きな気嚢を持つことからして、風媒であった。雄生殖器と雌生殖器は別々の葉にあるが、雌雄異株であった可能性もある。種子にも翼をもつことから、おそらくタネもまた、風で運ばれていたのだろう。

動物相はおそらくそれほど多様でなく、骨化石はあまり共産していない。

昆虫に摂食された葉が多く残ることからして、昆虫や菌類ベースの生態系があったと考えられている。

もちろん、寒冷地の石炭蓄積に関与した。ペルム紀前期になると(寒冷化のピークに達したというしばしば語られるストーリーとは逆に)ゴンドワナに大規模な炭田が出現し、その主要な構成員がグロッソプテリス類である。そもそもゴンドワナ氷床のピークは石炭紀にあると考える説もあるしそのほうが地質的に妥当な面すらあるのだが、ここに関してはあまり突っ込まないでおく。

さて、石炭紀中期になるといよいよゴンドワナ氷床が溶け、巨大な湿地が形成されると、そこにいち早く進出したのはやはりグロッソプテリス類だった。カル―盆地の炭田などはそうしたよい例だろう。グロッソプテリス類が主に産出したペルム紀ゴンドワナ低地の石炭はなんと、現在商業採掘されている石炭の2割をも占める。

しかしもちろん、グロッソプテリス類の生育環境は泥炭蓄積環境にかぎらず、さまざまな基質から知られている。

ここで、グロッソプテリス類の優占する森林がどのような植生だったのか見ていこう。

石炭紀前期におけるグロッソプテリス類の森林は、樹冠を形成するグロッソプテリス類の下に“シダ状の“種子植物やシダ植物、小型針葉樹が低木層として生育し、草本性ヒカゲノカズラ類もみられた。この構造は石炭紀後期の赤道域に見られたような、きわめて開放的なリンボク類の森とは全く異なる。いっぽうで地下水位の高い地域などでは、少なくとも石炭紀中期まで、特殊な木本性小葉植物であるブラジロデンドロンBrasilodendronや、リコポディオプシスLycopodiopsis (Cyclodendronと呼ばれることもある)もみられていた。これらはリンボク類とはおそらく似て非なる植物なのかもしれないが、後々にみっちり取り上げたいところである。

石炭紀中期から後期のグロッソプテリス類の森林に関しては保存の良い産地が少なく、グロッソプテリス類が優占しコルダイテス類がそれに続いたこと、その間に小葉植物やトクサ類、シダ植物が生育していたこと以外はよくわかっていない。

ペルム紀後期になると温暖化の影響で針葉樹類やシダ植物、シダ種子植物、ソテツ様の植物群などが優占してくる。

ペルム紀末の極度な温暖化は、それ自体が大量絶滅を起こす要因であったとも考えられる。この極度な温暖化は、寒冷な温帯~亜寒帯落葉樹林として発展してきたグロッソプテリス類を抹消するのに十分であった。

グロッソプテリス類が滅んだ後、500万年間は石炭が全く存在しない。

これは、石炭堆積が3億5000万年前に始まってから、地球史上唯一の空白である。


出典

今回の記述はごくシンプルに、以下の2文献をもととした。

ともにとても良い本なので、ぜひ買おう…ぜひ買うのだ…

Martinetto, E., Tschopp, E., & Gastaldo, R. A. (Eds.). (2020). Nature through Time: Virtual field trips through the Nature of the past. Springer Nature.

Taylor, E. L., Taylor, T. N., & Krings, M. (2009). Paleobotany: the biology and evolution of fossil plants. Academic press.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ