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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
機械の都、そして凍った町。
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植民拠点、機械の都

寒々とした、鉛色でどんよりとした雲だった。

低く垂れこんだそれは、地表に届くはずの光を一切合切奪い去ろうとするかのように、べったりとすべての風景を覆い尽くしている。


内臓がすこしふわりと浮かび上がり、重力が少し軽くなるような感触。

それとともにリベットの浮かぶ窓枠の向こうは、白一色に閉ざされた。

私は目を瞑る。

すると、瞼の裏には昨日の光景がありありと蘇る。

――行き交うボート、海に浮かぶ箱のような家々、そして砂漠。

そして何より、むせ返るような人々の熱量。

旅は始まったばかりだ。

あの喧騒とプライベートのなさが今後何週間も続くとしたら、私ははたして、耐えられるのだろうか。

帰ったころには、私も誰彼構わずぺたぺた触る癖がついているかもしれない――と思うと、急に飛行機酔いが回ってくる気がした。


ところが視界が再び開けたとき、眼下に広がっていたのは、冷たい湿気に満ちた青灰色の平原だった。

雲の裂け目から、頼りない光がこぼれ落ちる。

植物の隙間に覗く水面が、まるで溶けた鉛のように鈍く光を弾いた。

その静かな、見るだけで体感温度を下げていくような景観に、私は心底、ほっとした。


五時間のフライトで、世界は灼熱の砂漠から、陰鬱な湿地帯へと塗り替えられていた。

緯度にして、わずか十度ほどの移動だったはずだ。

そして、南半球は真夏のはずだ。

ところが、ちょっと間違えば雪でも降りそうな気配すらある。


もやの向こうに、異質なきらめきが見えた。

原野に刻まれた直線的なシルエット、石膏板みたいな人工的な白さ。

それは自然の原野に置かれた、プラスチックごみを思わせるようなものだった。

未開の大地を穢している、そう私の目には映った。


何かしらの、鉱山か工場なのだろうか。


高度を下げるにつれ、それが点々と姿を現し始める。

あるものは煙突から盛大に黒煙を吐き出し、あるものは静かに沈黙し、またあるものは、すでに役目を終えて朽ち始めている。

数キロおきに点在するそれらは、計画的に建設されたというより、たまたまそこに落ちた種子が芽生えたかのようだった。

そしてその周囲の植物が、同心円状に枯れていたりする。


寒天培地の上に菌液を接種したときにできる、小さな植民地コロニーに似ている。

艶やかな莢膜や、時々ピンク色だったり、粘り気が強かったりする、あれだ。

黄色ブドウ球菌が、赤い血液培地をその周囲だけ脱色する現象、β―溶血を彷彿とさせてならなかった。


最初はまばらな点にすぎなかった。

しかし海が見えた、その瞬間。

その数は爆発的に増殖した。

ペトリ皿の端の、白金耳が最初に触れたところみたいだ。

その増え方は妙に不気味で、ランダムに配置されて大きさも様々なあたり、むしろ生物的だった。

港湾施設、精錬所、発電施設。

海岸線には巨大なガスタンクが並び、沖合にはタンカーが黒い影を落としている。


首都パラーとは、何もかも逆だ。

あの、人に触ると何かご利益があると信じて疑わないような人々は、ここにはいなさそうな気がした。

私は少し、ほっとした。

パラーが人の都なら、ここコンゲラードは、機械の都であるらしい。


ひどく分散してはいるが、重工業地帯としての機能を果たしていることは、目に明らかだった。

これだけの設備を、52年でよく整備したものだ。

いや植民初期には、この程度の工場群は最低限必要だと判断された、ということなのだろう。

――パラーの人々はあまり、そうしたものに頼っているようには思われなかったが。


だが、奇妙だった。

 それらの施設を繋ぐ「道」が見当たらないのだ。

血管のようにパイプラインは走っているが、人が通るための道がない。

あれではおそらく、海路か空路でしかアクセスできないだろう。


「アンデス工業ベルトね。人の流れは主にヘリ、モノの流れはほとんど船よ。」


私の視線を追ったのか、アリアが得意げに言った。

眼下の造船所では、産み落とされたばかりの、何隻もの巨大な船が、静かに就航を待っていた。

これほどの規模だ。通常なら、それを管理する人間の街が、それをしのぐ規模であるはずだ。

 それが、ない。

「……それにしても、生活の匂いがまるでしない。静かで――へんな街だ。悪くはないけど」

「植民惑星の開拓は、まず工場ファースト。超時空ゲートが開通してからの最初の二十年余りは、工場群の建設だけに充てられたのよ」

 アリアは事も無げに言う。

「都市建造のインフラが整ったら、人が降りる。工場は自律機械が動かす。さいあく、無人でもいいのよ。火星植民と似たようなものね」

――そう、アリアは火星出身なのだ。


「――それにしても、エネルギーは。」

「言ったでしょ?ここには地熱と天然ガスがたっぷりあるのよ!エネルギーには全然困らないわ。火星と違って!」


ふと、背筋が寒くなる。

――機械が作った、時計仕掛けの世界に、人が住む。

   そうしなければ、人は文明的な生活を維持できない。

      それって、まるで人間が、自律機械に飼われてるみたいだ。


「宇宙開発って、そんなもんよ?無人機が開発して、人が住む環境を整える。その延長ね。超時空ゲートの開通が52年前でしょ?最初22年は、工場群の建設に充てられたのよ。」


――なるほど、52年。

この規模も、それなら納得できる。


「自律生産機械ってことだよね、まるで生き物みたい」

「近い発想が自律増殖播種船ね、小惑星を飛び移りながら増殖しつつ太陽系外惑星を目指すってやつ」


「――本当に生き物だよ、それ。」


そう、この無人工場群は――生きている。

自らで自らを設計し、鉱石を喰らい、資源を排泄し続ける。

いずれ、人のための生産よりも、自らの「繁殖」が目的になってしまうのではないか。

眼下の無機質なプラント群が、蠢いているような錯覚を覚えた。


おそらく高度な人工知能がこの工場群を指揮しているであろうが、計算資源はこの工場の設計と増殖に重点的に割り当てられ、人間がするくだらない質問の解釈に割かれることはないのだろう。


それが、さらに不気味だった。

正直、この星にそこまでの技術力があるとも、ましてや無人運用を可能にする人工知能があるということすら意外だった。

率直なところをいえば、昨日見たパラーの街並みは20世紀レベルで、AIはおろか電子機器すらろくに普及せず、バッテリーひとつ交換するにも、現代地球からの舶来品しかなかった。

――まぁ、そのおかげで、ここの人々は人間らしい思考を保っているともいえるのだが。


そんな世界の片隅に、申し訳程度に、人の居住区があった。


骨董品みたいなプロペラ輸送機が、がしゃり、と大地を噛んだ。

足元から背中に突き抜けるような衝撃。

轟轟ととどろく風切り音とともに、体がシートベルトにひゅうぅっと押し付けられ

――ゆっくりと、止まる。


ざわざわと人が立ち上がり、出口を通って、降りていく。

機窓からは、出ていく人々がアリの行列みたいにみえた。

私たちは最後に席を立った。

 雑多な積み荷がうごめく機内を抜け、ばしばしと写真を撮りながら、タラップへ足をかける。


灰色の空に浮かぶ工場群、風力発電の風車群。

それらはもくもくと煙突から煙をあげながら、ご、ご、と低い音を、ずっと奏でている。


地面に降り立つと、靴の裏に、じんわりと湿った感触。

みおろせば――タイルのようなものが敷かれた滑走路は、ひどく荒れていた。

いたるところに、欠けとひび割れ、充填剤は溶けかけてうねっている。

そこを、ひゅうぅっと、夏なのに、むしろ冷たい風が通り過ぎていく。

空気はひんやり冷たくて、じっとりと湿っていた。


「Smile!」

アリアがいきなり、私の肩を抱き寄せた。

長い腕が伸び、カメラが高く高く掲げられる。

誰もいなくなった滑走路を背に、カメラを片手に、記念撮影。

シャッター音は、この場所にはあまりに軽く、不似合いだった。

あまり写真には写りたくないので、ちょっと内股になって、ひきつれ笑いになっていた気がする。

私たちの顔だけでない。きっとその背後には、絶望的なまでの殺風景が切り抜かれていたはずだ。


この町は、私たちを歓迎しているようには見えなかった。

ふっと息を吸えば、鼻につんと来る磯の臭いと、煙と硫黄が混じった、どちらかといえば不快な香りが、いやがおうにも鼻につく。


そこには全くと言っていいほど、生き物の姿はなかった。

あるのは少しうつむいた、点々とした人影だけだ。

いやがおうにも押し付けるもの悲しさに、命の影を求めたかった。

分散した工場の合間にしげる、緑を見たくて、たまらなかった。


ただ、聞けば、今日泊まる小さな村は、この空港からヘリで10分ほど飛んださきにあるという。

なにぶん、そこが一番、森や自然に近いから、というとりなしであった。


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