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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
いざ着陸、3億年前の異世界ー石炭紀の地球に、私たちの世界の「あたりまえ」は通用しない―
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<石炭紀紀行>MUD RACE III 

私は桟橋に立ち尽くして、海を眺めながら物思いにふけっていた。

今日のメインイベントが終わり、蜘蛛の子を散らすように、祭りの参加者たちが帰ってゆく。船着き場にはひっきりなしに船が往来し、乗客を、転覆するんじゃないかというくらいに満杯にして、よろよろ、と海上を歩いていく。

もはや手漕ぎのほうが、速いんじゃなかろうか。

しかし、私の興味はそんな、滑稽なまでにのんびりなボートに向いていたわけではない。

――レースが終わってからというものの、私はどうも、釈然としていなかった。

あの、泥のことだ。

レース中、干潟を走行していたアルキメディアンスクリュー船は突然、地面が割れたように泥に飲まれた。

砂浜を歩いた限り、あの地質はサブカとみて、まず間違いない。

しかし、以前に中東でみたサブカは、あんなダイナミックな沈み方をするような場所ではなかったのだ。むしろ、足元はカチカチに固まっていて、水中なのにまるで舗装路のように、歩きやすい印象を受けたのである。となれば、何かしら、別の要因を考えたほうがいい。

古生代なりの、事情があるのだろうか・・・?


その答えは、すぐ足元にあった。

桟橋についた、数本のウミユリが腕を広げている。

――おかしい。

サブカが発達するほどの場所ということは、塩分濃度は上昇しているはずだ。ウミユリはそこまでの浸透圧調節能力がないから、その化石が発見されるのは外洋にある程度面した塩分の薄い場所であって、サブカが発達するような隔絶され、塩分が濃縮されたラグーンではない。さらに、ウミユリの移動能力はさほど高くない。

ようするに、先ほど見た塩の砂浜と、いま目の前の海中に見られるウミユリは共存しがたいということだ。本来このような高塩分ラグーンであれば、先ほど拾ったストロマトライトをはじめとして――先カンブリア時代を思わせるような、藍藻類をはじめとしたバクテリア堆積岩がみられる。選手たちが青泥と言っていたのも厳密な意味での青泥(Blue muds)ではありえない。俗称だろう。厳密な青泥はより深い海域にみられ、このようなラグーンには発達しない。さらに、あきらかに泥を堆積させるような河川はあたりに見当たらないから、堆積性のものとも考えにくかろう。

とどめを刺すように、そんな地層は聞いていない。

さらに、あの地下にできていた謎の空洞――なぜできたのだろう。空洞を生むような明らかな変化はそうそう起きないはずだ。

もし海水が満ちてきたために地下の塩分が溶けて空洞になったとしても、そこまでの溶解を果たして引き起こすものなのだろうか。

となれば――理由は、はっきりしている。

人間の活動により塩分濃度が下がり、海底を覆っていた塩類が溶出し、空洞を作ったのだ。さらに海底堆積物からの塩分溶出は堆積物を脆弱化させ、まるでクイッククレイのように極めて軟質な海底地盤を作っていた、のかもしれない。

これと併せて、蓄積された有機物、あるいは放出されたし尿によって富栄養化し、それが溶解しきらなかった難溶性の塩類とともに堆積し、粘度の強い泥状物質となった。あとはコースの掘削の際、それまで海水が接しなかった層に海水が触れることで溶解が進み、さらに海底地盤を脆弱化させた――というあたりだろうか。

レースを遠目に見ただけだから、細かいところまであっているかどうかはわからないが、塩分濃度低下が起きれば地盤の脆弱化がおき、地下に“塩カルスト”ができて陥没することは十分考えられうる。

そして、塩分濃度低下の原因はもう、はっきりしている。

ここまで、船でほとんど障壁なくやってきた。

さらにこの船着き場に船がごった返していることからわかるように、私たちの乗ってきた船だけでなく、多数の便が運航している。

つまり、少なくともかなり広い海路が切り開かれていることになり、海路を通じてこの海域の濃縮された塩水はドレナージされたのだろう。

同様のドレナージ現象は地球でも多発していて、高塩分濃度に適応した微生物を探すにあたってかなり困った覚えがある。外の海や湖と人為的につなげられた場所では、だめなのだ。行ってみたら水路が掘られていてボラが泳いでいてげんなり、という経験は沢山ある。

さらに、一度海路が掘られたら、現在よりも急激に塩分濃度が低下するだろう。

石炭紀の月は、現在より一万キロメートル近く、潮汐力は一割弱、大きい。つまりひとたびラグーンに穴が開けば、潮汐に伴って塩分濃度の低い海水が流入していく。流入した未飽和の海水は塩分を海底から奪い去っていき、塩でできた海底は、すかすかになる。

「あ~~~、残念だけど、すっきりした。」

私は伸びをしながら、ぼやく。

シャーク湾、ペルシャ湾と続いて、人生3度目の生きたストロマトライトが見られるんじゃないか、とかなり期待してたんだけどな。


じゃ、宇宙から2週間着続けた着圧インナーもようやく脱いで、体のほうもすっきりするとするか。

船着き場の横には、更衣室と書かれた簡易建物がある。

その前で、アリアが手招いていた。


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