<石炭紀紀行> MUD RACE I
バラバラと羽音を立てながら、中継ヘリコプターが旋回する。
海上座席に張り出された巨大なモニターには、干潟に張り巡らされた、らくがきみたいなコースが映っていた。
鉛筆で書きなぐったような、めちゃくちゃなラインどり。しかもあっちこっちに潮だまりができて、クレーターみたいに光を吸い込んでいる。
「おう坊ちゃん、宇宙から来たんか」
振り向くと、まるまると肥えた男が立っていた。塩気を含んだ乾いた風に、彼の頬肉が軽く揺れ、吹き出す汗が頬を伝っている。
手がぬっと伸びてきて、かさぶたの浮かんだぶっとい指が頭に振れた。
頭なでんな。宇宙帰りは、臭いですよ。
――他意はないようなので、赦す。
「そうですね、大学の調査で」
おっさんは、いいカモを見つけたとばかりに、ニカッと笑った。
「んじゃ坊や、このレースは初めてだな」
「そもそも何のレースかも知りません、ボートだとしか」
するとおっさんはさらに気をよくするのだ。肥えた頬が真っ赤になって、いう。
「まずな。ルールがある。あのコースは、全部無視していいんだ。」
「コースなのに、ですか」
「ゴールを見てみろ」
指の先、干潟の奥。
コースからぽつん、と離れて、「陸上に」2本の棒が立てられている。
――サッカーゴールみたいだな。
「あの、2本の棒ですか」
「おうよ。あの棒の間を座席が通ったら、ゴールだ。見てみろ、どのコースからも行けねえだろ?」
「そうですね、たしかに…あれ、ルールとして破綻してませんか、それ」
「あとな、コースのお披露目も今が初めてだ。浚渫船がさっきめちゃくちゃに掘って、潮が引くとこうやって現れる。誰もどんなコースか知らねえ。選手だってな」
「選手たちもこの空撮、見てるんですか?」
「見てねえ。通信機器の持ち込みは禁止だからな」
潮の引きとともに、モニターの空撮が更新される。引き潮の進行とともに、いくつかのコースが、溶けて崩れた。
「このレースはな、宇宙船の落着が未だ命がけだった時代を模してんだ」
おっさんはポケットから干し肉を出してかじる。
「湿地帯に墜ちた宇宙船を回収する。どんな悪路でも、行って、拾って、帰る。ってわけよ」
「じゃあ、なんでゴールが干潟の真ん中なんです」
「そりゃおめえ、見てのお楽しみよ」
その瞬間、ファンファーレが干潟の上空に響き渡った。
画面が切り替わり、モニターにはレース会場に並んだ艇の列が映し出される。だが、どれも「船」と呼ぶには無理があった。
「今回の挑戦者、まずは初参加の《イリノイ漁師連合》!」
白地に青い帯の入った、まるで古い耕耘機のような無骨な艇体がアップになる。船底には、幅広で頑丈そうな、2本のアルキメディアンスクリューが装着されている。
デッキはオープントップ。中央にポツンと座席があり、フレームがむき出しだ。
『今回の抱負は?』
『まずは……完走、でしょうか。明日からも水揚げあるんで』
実況席の声が、やや困惑気味に伝える。モニターの端で、座席の固定を調整していたクルーもまた、どこか素人っぽい。
――なんだありゃ。
アルキメディアンスクリュー推進。たしかに悪路走破にはピッタリ。
オープントップなのが、かろうじて船っぽくはあるけれど…
どちらかといえば、車のたぐいだ。
「ありゃぁ・・・原型機まんまじゃねえか」
「原型?
「火星軍のやつらがバカみたいに量産した全地形揚陸艇。今やジャンク市場に溢れてるやつ、まんまさ」
「続いて登場、漆黒の精鋭《パラー海警隊》!」
モニターが切り替わると、細く長く、刃のように引き締まった黒い艇体が映る。後部からは細く伸びたスキッドが左右に突き出しており、前方には一基だけの巨大なスクリュー。
『切れ味の良い艇体、一本スクリュー、そしてスキッド操舵。これでどんなに細い水路も突破可能!』
『今回の抱負は?』
『逃がさねぇぞ』
「……何を追ってるんですか、あれ」
「ま、警察だからな」
「続いて、毎度上位を争う《アンデス航空整備隊》!」
観客がざわめいた。真紅に塗装された艇体。まるで飛行機のフロート部分をそのまま落としたような、異形のフォルムだ。
下部には左右に長く伸びた双スクリュー。その浮力で、まるで宙に浮いているかのように安定している。
『今回の抱負は?』
『飛びたいですね』
「あの構造…船体のほとんどが宙に浮いてる。後部にエンジンがあって、アンバランスだけど重心は取れてる。水しぶきの跳ね返りを防ぐために、長いビームで座席を高く立ちあげてる…水上飛行機のフロートみたい。スクリュー自体も軽い?」
「おめぇわかるじゃねえか。航空基地だからよ、軽量船体で水に浮くんよ」
「次は、《クロウラー》!」
どっしりとした全高のある艇体、特徴的な四本スクリュー。その足元には、後方にぐるぐると巻かれた粗朶ロールが2巻分。
ほかのチームが水を飛ばす中で、こいつはすでに水に乗る気がない。
「おう、出たな、毎回、水上に一切出ないチーム」
「菱形戦車が塹壕を渡るアレの再発明・・・コースも塹壕みたいなものってことか…えぇと、だいたいよくわかりました。とんちきメカでとにかく何としてでもゴールにたどり着くゲーム、ってことですね。」
「そうだ。全地形揚陸艇ATLLCをベースにしていればなんでもいい、ってわけよ」
――ATLLC:All Terrain Light Landing Craft。
そのとき、号砲が轟く。
一斉に、「ヘンな機械」が飛び出した。




