<石炭紀紀行>WHITE―塩の砂浜―
「じゃ、海上座席行こっ」
アリアに手を引かれながら、白砂を踏みしめる。
Itaituba-Piaui seaの縁には、巨大な砂浜ができ、それはそのまま、亜熱帯ゴンドワナに発達した巨大な砂漠へと連続している。砂は、真っ白だ。
この砂というものが、異常なまでにしっかりしていて、砂浜にありがちな「砂に足を撮られる」ことがない。踏みしめると固く、ザク、ザク、と音がするし、大勢の人に踏み鳴らされた後でも、砂にはハチの巣みたいにひび割れが残っていた。その下はさらに硬く、まるでコンクリートだ。ウッカリ転んだらケガをしかねない。
さらに、足跡がやけによくつく。
おや、と思って、少し手に取って水をかけてみると、溶ける。
まったく褒められたことではないが――ほんの少し、舐めてみる。
なに、推奨されたことではないが、もしこの砂が猛毒であれば、ここに人々が暮らすことなどできないだろうから。
猛烈に苦しょっぱくて、顔をしかめる。
――なるほど。
よく見てみると、フズリナやコケムシ、サンゴに腕足動物、ウミユリ類などの痕跡を僅かばかりとどめる、非常に細かい破片が、カチカチに固まっている。
どういうわけかとよく見てみれば、粒と粒の間に、縁どるようであったり、箸を書けるようであったり、透明な結晶が析出している。
それらが粒同士をくっつけ、固めているのだ。
そして、地面の最表面には食塩が析出しているらしく、表面の純白の層を取り払うと、少しだけ色調が暗くなる。だから足跡がやたらつくわけか。
結晶にはどうも、3タイプある。ひとつは塩化ナトリウム、残り2つは両方ともやや細長い透明な結晶で紛らわしいが、割れ方と硬さが違う。片方は爪で傷がつくほど柔らかく、明らかに劈開する傾向がある。もう片方は爪で削るのは無理そうだ。石膏と方解石、だろうか。塩酸も何も持ち合わせていないので、水とルーペと舌くらいしか判断できるものがないけれど。
剥片状の、いわゆる「砂漠のバラ」の一部も見つけられた。
砂の塊のようなものの中に、まったく溶けず異質なものも混じっているようなので、一部持ち帰ってみよう。もし読みが正しければ、ごく小さな、ストロマトライトかもしれない。
――すごく、似ている場所が、現在の地球にもある。
ペルシャ湾沿岸だ。
そこでは堆積したサンゴ砂の間に海水が浸透し、雨がほとんど降らない環境で毛細管現象により塩を析出、巨大な塩生湿地をつくる。ごくわずかな、塩分濃度が薄いか、水が流れるような場所にヒルギダマシが生える以外、ほとんど命の姿はない。そんな、塩の大地だ。土質はやや異なるものの似たものが中東にはたくさんあって、まとめて、サブカという。
それにしても――化石から推測される地質を実際に見るのが、こんなにワクワクするとは思ってもみなかった。ここへ来る前にブラジルの地質を調べてきたし、げんにウェゲナーですら、この地域に石膏が産するほどの乾燥地帯であることを彼の石炭紀の古地理復元に用いた。彼は、石膏を亜熱帯高圧帯による乾燥気候の産物とみなすと、熱帯域に並んだ石炭林と同様に、亜熱帯に帯を作ることを図にあらわしている。
――それを、見ているのだ。
こんな話を力説していたら、アリアのコンパクトデジカメでしっかり撮られていた。
どうも、視聴者はこういうのを求めているんじゃないか、とのことである。
――需要、あるのかな。
船着き場へと、急ぐ。
海上座席はもうほとんど締め切りだったが、最後の最後に、間に合った。
座席を満載した浮き桟橋のようなもので、タグボートにけん引されて、試合会場まで向かうのだった。
「で、何を競うんだっけ」
「ボートレースよ、ちょっち変わった」
*Sabkhaは中東の砂漠地帯に発達する、大量の塩分を含む土壌を特徴とする地域。厳しい乾燥により毛細管現象によって海水や塩水が蒸発することにより塩化ナトリウムや石膏、アラゴナイトなどが析出する。
古生代後期や中生代をはじめとして、ラグーン周囲の石膏堆積層が見られる場所は多くある。石炭紀後期ではItaituba formationでそのような堆積物が見られる。このような堆積物は極めて乾燥した地域にあったことを示すため、古気候復元に有効といえる。こうした堆積層を理解するためにも現代地形の観察が大事だといえるだろう。
ところで、ラグーン周囲のサブカ様堆積層は本文中にも書いたように生物化石を大量に含む炭酸塩台地に析出していることも多く、中東の一般的なサブカとはやや異なる。ペルシャ湾沿岸と対象を絞ったのはこのため。




