<石炭紀紀行> SUN/ 軌道祭
タラップを伝って、船着き場から降りる。
だいぶ重力にも慣れてきたのか、今度は足が、すくまなかった。
駅のホームみたいな船着き場から望めば、目の前には、眩いばかりの砂浜が、見渡す限り。そして色とりどりのパラソルが、花開いていた。
道行く人々も、すっかり水着姿。
「行こっ」
アリアはそう言って、ワイドパンツを優雅にはためかせた。
長い足が、余計長く見える。
私は後ろから、ちょこちょこと追いかけるほかなかった。
一歩、砂浜に降りると、その日差しに驚かされる。
――石炭紀の太陽光は、現在より弱いと聞く。太陽の光度はおおよそ1億年に1パーセント増し続けている。よって、石炭紀の太陽光は、3パーセントほど弱い。
にもかかわらず。
この、亜熱帯高圧帯に支配された砂漠地帯において、日差しの強さは、本物だ。
連日35度が続く東京の夏と比べれば、湿度が低いだけあって、寧ろ涼しく感じられる。とはいえ、皮膚からどんどん飛んでいく水分は、皮膚にシャリシャリとした感触を残した。皮膚には腎臓のように汗から溶出したミネラルを再吸収する機能があるという。しかし、それが追いつかないほどの、蒸散だった。
気温計をみれば、なんと37度。
海上では肌寒いくらいだったのに、いったいどうなっているんだ。
ふだん東京という高湿度高温環境に慣れ親しんでいたおかげで、汗による体温調節が本来の能力を発揮するすばらしさに、感動する。
――とか言っている場合ではない。
「軌道祭」という祭りが、今日行われている。
夏と冬、年2回行われる祭りなのだが――夏のほうが規模が大きいことは、いうまでもない。
このけばけばしいパラソルと、はち切れんばかりの豊満な体を水着に包んだ男女が笑い、ふれあいながら闊歩する空間は、私にとって、気候以上に耐えがたい居心地の悪さをもたらした。そして、この星を開拓し、そこで育ってきた彼ら植民惑星の住人にとって、私のような存在は、宗主国である地球からやってきた、汚らわしく臭い害獣にすぎないと思えてならないのである。少なくとも、かつての欧米人がなしたような――現地人や植民者を見下し、自らこそが正しい文明だと誇示するようなことだけはしたくなかった。それがどんなに迷惑千万だったかを考えると、「自らを最も卑しいものとつねに思え」とか、「罪を指摘されれば心から認めよ」といった義務教育で習ったことどもが、ふいに頭の隅から湧いてきては、呵責にとらわれるのである。
とぼとぼと歩く、クソださい、よれよれの借り物シャツを着て、宇宙帰りの劇臭加圧インナーを着たままの、栄養失調で萎んだチビなど
――不釣り合いどころか、いないほうがいい、どぶねずみにすぎない。
この星特有らしい――青臭い海風とともに、スパイシーな、しかしあまり嗅いだことのない香辛料の香りが流れ込んできた。
「屋台行かない?」
アリアの誘いに、断る道理はなかったけれど――正直言えば、田舎の祭りの屋台に、いい思い出はない。とくに、辺境では。
しかし、屋台の香りに鼻を澄ますと、いままで覆っていたどうにもならない居心地の悪さも、気にならなくなってきた。一番よく香る、山椒のような香りの植物は――柑橘に似ているが、嗅いだことのない、独特な甘ったるさを伴っている。コーヒーにべっこう飴を混ぜたっぽい香りは――この時代なりの、ピートコーヒーか。
「2本ください」
はいこれ、と、アリアは、でっかい串焼き肉を差し出した。
すきっ腹には、やや重厚すぎる――とも思ったが、かぶりつく。
肉、というには妙にジューシーで、繊維の粗さがない。
「おいしいよ、これ。で…何の肉?」
「ドルフィン、だってさ」
「イルカは石炭紀にはいないよ」
「エウゲネオドゥス類 Eugeneodontがそう呼ばれてるのよ」
そう、アリアは古脊椎動物に関しては専門家なのだ。
その調理方法は、なんとも独特。
巨大なパラボラアンテナのような鏡を置き、その中心に鉄板を置いて、鉄串に刺した肉を並べるのである。
これならたしかに、何の熱源も使わずに調理することができる。
それに、反射鏡から外れれば加熱は止まる。
私は食べ終えた串を返却すると、腕を見下ろした。
じりじりと、真っ赤にはれ上がっている。
「私も焼肉になってるよ」
「ハハハ、洗礼ね」
そう笑いながら、アリアはルーズで風通しのよさそうな袖をふわりと舞わせた。
「そっちは対策万全だね」
「ま、日焼けも旅の一つってことで」
「らしくは、あるよね」
青空を見上げれば、ふっ、と、昼間なのに流れ星がよぎった。
そう、軌道祭とは、宇宙船の離発着を祝う祭りなのである。




