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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
いざ着陸、3億年前の異世界ー石炭紀の地球に、私たちの世界の「あたりまえ」は通用しない―
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<石炭紀紀行> BLUE ―旅行、とは―

海が、青く光り輝いてるみたいだ。澄み切って、底の起伏がよく見える。

ぽつり。ぽつり。と点在する岩陰が、ぼぉっと水面に霞む。

南国リゾートの、サンゴ礁みたいだ。

――とはいえ、ヤシの木はまだ進化していないけれど。

高速船が立てる波が、バサバサと音を立て、海と空とを、引き裂いている。

私はリンボク類の周皮でできた窓枠にもたれかかり、ぼおっと、思いを馳せていた。

そうしていないと、船酔いにやられそうだったから。

「旅行、って感じだ」

私はそう、呟いた。


「旅行だもん、ケイと、私の」

アリアが、ちょっとはにかんだように笑う。


「――旅行らしい旅行って、最後にしたのはいつだろう。」

そう、息を吐くように、声が出た。

「大学以来?でも就職してからも、割とあっちこっちに」

そう言うアリアは、いまいちなにか、理解しかねているようだった。

たしかに私は休暇を取っては、日常の職務から逃れるようにフィールドワークに没頭していた。でも…それらは、違う。

「――大学のは、旅行じゃなかったよ。旅行というより、記録、観察、踏破」

「それ以降は?」

「修行、訓練、研鑽、逃避」

私は、その四つの単語を、吐き捨てるように言った。

「そっか…つまりケイにとっての旅行って、こういう、何もないひと時?」

「――そうとも、いえるかも」

「じゃ、しばらく、楽しもっか」

楽しむ?――違う。

旅行、という言葉の意味は、私にとって、違う。

何もない――それは空虚であり、退屈であり、待機時間だ、と言いたいのだ。

でも――アリアにとっては、違うとよく分かった。

「青いですね」

「はい?」

「すごく青いですね」

「うん」

「以前ギリシャに行ったときを思い出す、Posidoniaを採集しに行った時だけど」

「はぁ…」

「空がすごく青いんだよ。雲一つないくらいに。で、白い建物が光ってる」

「確かに…似てるかも。行ったことないけど」

「それと比べても、この青は――綺麗だ」

「…それを言いたいだけ?」

「空の青ってさ、太陽光のレイリー散乱で決まるんだけど」

「大学でやったわね」

「私のノートに泣きついてたよね」

「…昔の話よ」

「でさ、そもそも石炭紀の空って、本当に現在の地球よりも青いんじゃないか、って。酸素濃度、高いでしょ、この星」

「でもレイリー散乱って粒子サイズ依存、酸素と窒素じゃそこまで変わらなくない?酸素に色がついてるなんて習わなかったし」

「窒素ってさ、増えも減りもしてないはずなんだ。反応しにくいし、逃げにくい。不活性ガスって菓子袋なんかには書かれるけど、さすがに語弊があるとは思うけどね。でも、地球史レベルで大気の窒素総量は大体、一定のはずだ。」

「あっ…そうか、大気総量がそもそも多いから、“分厚く”なる」

「――そうでもないんだけど、少なくとも分子の総量は増える。するとそこで散乱する光が増えて――空が、もっと青明るくなるんじゃないか、って思うんだ」


「じゃ、この海の青は?」

「その話は…長くなるよ?あと、ポイントは海の青というより、底の白さかな。砂を眺めてから、考えたい。」


もし、私が考えるのをやめ、探すのをやめ、ただ惚けたように風景に身をゆだねているのであれば、私はここに来る必要はなかっただろうし、そもそも生きている必要すらないだろう。そして、私は何一つ残さず、燃料を浪費する消費者へとなり下がるだろう。

だから、旅行は、しない。

旅行という面はあっても、それは一部の側面、息を抜いた瞬間だけであって

――バカンスを楽しむ大富豪になりたいわけではないのだ。


地平線の向こうに、白い大地が、ふらふらと、見え隠れを始めた。

そしてそこには、人の築いた建物が、ごく小さな影となって点在している。


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