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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
いざ着陸、3億年前の異世界ー石炭紀の地球に、私たちの世界の「あたりまえ」は通用しない―
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<石炭紀紀行> SEAT-はじめて、古生物を見る― ≪登場古生物: ディアフォロデンドロン≫

水しぶきとともにやってきたのは、待ちに待った水上バスだった。

喫水が青く塗られた、その細長い船体は、鋭く、輝いている。

「高速船ね。」と、アリア。

1時間以上遅れたことを踏まえて、高速船を出してくれたのかもしれない。

「ようこそ、われらの星に。」

そう言って出迎えた船乗りは、まだ20そこそこくらいの、黒く日に焼けた若造だった。――まあ、小学生もどきが言うのもなんなのだが。

「ええ、よろしく。着陸日和で助かったわ」

「この時代は初めてです?」

「連れが、初めてでして」

そういわれたとき、私は無意識にアリアの影に隠れていた。

「よい旅…いや、調査を」

そう言って、真っ黒な顔が、にかっと笑った。

その隙間から白い歯が、きらりと光った。


海上基地からのタラップは、なんとも、海に向けて駆け降りるかのようだ。

一歩踏み出せば、まだふらつく足元に、骨盤の底から内臓がひゅっとすり抜けてしまいそうな感覚。

たしかにアリアやあの女医の言う通り、数日は宇宙酔いがさめないらしい。

このまま探検に出るのは、無理そうだ。

穴あきパンチが多用されたタラップの隙間から。

エメラルドグリーンの浅い海底に、草原みたいにウミユリが腕を広げているのが見えた。

真っ白な海底に、よく映える。

――水中の、ヤシの木みたいだった。


水上バスの座席は、一見すると、木の板でできていた。

内装にも、同じ、柔らかな印象をあたえる素材が、多用されている。

それを見るなり、私の心臓はばくん、と打った。

木では、ない。年輪など、どこにもない。

――まちがいない、リンボク類の、樹皮だ。

使い古された象牙のような飴色、皮革や海の波を思わせる、美しい凹凸を持っている。表面は、ニス掛けされたように艶がある。

丸い隆起が全体にちりばめられていて、いい滑り止めになっていた。

木材とは、一見して異なる。まったく、繊維質というものを感じない。

私はアリアに囁いた。

「このベンチ、リンボク類でしょ」

アリアは目を大きく見開いた。

「え、そうなの⁉鱗模様ないし、てっきり何かの合成樹脂なのかと」

「この微細な模様は合成樹脂では出せないし、拡大すると、ほら」

私は手持ちのカメラを顕微鏡撮影モードにして、接写した。

よく磨かれているせいで、細胞の一つ一つが、映っている。

それをアリアに見せながら、解説した。

「厚壁細胞。内部になんかしらのロウ状物質が詰まってるはずだよ」

「なんかしら?」

「そ、いまとなってはわからない、謎物質。でもここから見て取れるのは――熱で溶けて、溶着できるってことだ。ものすごく便利な素材だね、これ」

アリアは指さしながら言う。

「でもこの樹脂っぽい質感、何かしらの樹脂を含侵させたり、接着してるってわけじゃなくて?」

「ニスを塗ってるくらいはありうるかもだけど、ないと思う。」

「で…樹皮が、この強度?高分子加工も加圧含侵もなしに?」

「試算したことがあるけど、いらないはず。」

「なんで試算したことがあるのそんなの」

「まあ…興味?だって木部はすごく貧弱で、水を運ぶための「ロウソクの芯」くらいの役目しか果たさないからさ、リンボク類って。だから皮で全部支えなきゃいけなくて」

「ヘンなの!」

「イワヒバとかも、割と近いよ」

「知らんかった…」

「この5㎝しかない樹皮で、高さ30mを超える植物体全体を、何十年も支え続ける。具体的な数値は忘れたけど――高機能合成樹脂に近い物質特性が最適だろうって見込みだったね。人が座面に使うくらいは、余裕」

「で、このぷつぷつは?」

「葉につながる維管束だね。スポークみたいに木部から伸びてて、水の輸送をしてる。そのまま葉に繋がってるから、この中心が葉枕の中心にあたるはず」

アリアはその長身をぐい、と傾けて、座席の裏面を覗き込んだ。

「さっすが。たしかに裏面覗くと、表面が削られた鱗模様があるわ…ときどき。」

――目の前でしゃがまれると、さすがにでかいな。長身で細身だから、どうしても感覚が狂いがちだ。こうやって背中を間近で見ると――敵わない、って感じがする。

身体そのものの威圧感、ってやつかな。

私もその隅から、ちんまりと座席の裏を覗き込んだ。

まだ平衡感覚が行かれているせいで、一瞬だけ、くらっときた。

「ね。どれどれ――うーん、これは難しいね。」

「この迷路みたいのは?」

「Parichnos。通気組織で、葉枕から中にガスを導く器官。その開口部が同定には重要なんだけど…表面が削れてて、開口位置が確認しづらい。でもわずかに残ってる輪郭のサイズと概形からすると…」

「この鱗みたいな模様って葉が落ちたあと?」

「19世紀にはそう誤解されたよね。というか、木性シダを見たときにむしろ、「石炭紀の植物みたいだ」って思ったらしい。実際には葉の根元。葉の落ちた後は、こっち」

そう言って、ひし形の「鱗」の微かな輪郭の真ん中にある、小さな窪みを指さす。

――S字状になっていないひし形、ひし形の大きさは5㎝ほど、そこまで大きいわけじゃない。中央に大きな溝。幹を貫通するような節はまったくない。いや、側方方向、足を取り付けられているところのくぼみは、自然のものか。一列に並んでいる。

脱落性の側枝をもつ、というわけだな。その感覚をみれば、10㎝以上はある。

「じゃ、断面を見るか」

5㎝ほどしかない断面だが、しっかりと人間の全体重を支えられるほどの強度がある。その強度を支えているのは、やはり――多層構造に違いない。

「Peridermが二層構造になってる。外側のPhellemとPhellodermがよく分化していて、これが結構特徴的。――わかったよ。Diaphorodendronだ」

「さすが、ホント連れてきてよかった。私だと、全然わからないからさ」

「あ、ありがとう。あともし補足するなら、Phellemってコルク層って言いたくないんだよね。だってその形質は独自に進化したもので――」


船首の方角のドアが開いた。

船主らしき、初老の男が、これまた真っ黒な顔に短くそられた白髭を震わせながら、言った。

「お気に召しましたか。遅れてしまってすみません、急遽、一番速くて新しい船を準備しましたもので。最高級の鱗木の白木を多用した、賓客用ですよ。」

「連れが大はしゃぎしてましたよ。鱗木だ、って」

「それはお目が高い。ワックスがけもしていない白木の良さが伝わりましたかな」

「ええ、見抜いてました。私には、無理でしたが。」

「無理を言って賓客向けの船を引っ張り出してきて、本当に良かった。なにせ――この星に賓客が来ることも、年に一度あるかどうか、ですからな。」

「ええ、ありがとう。ところでホセ、出世したのね」

「ええ、月日が経つのは早いものですからなあ。街の発展と復興も進んどりますよ。」

「そのようね。安心したわ」

「その、お連れさんというのは・・・息子様で?」

「いえいえ!友達ですよ、友達」

そう言って私の手を取り上げたアリアは、満面の笑みを浮かべていた。

「じゃ、お客さん、そろそろ出しますよ」

エンジンのかかる音とともに、床が震えだす。

高速船は、走り出した。


リンボク類の座席に腰掛けながら、アリアはくい、と腰をかがめて、目線を合わせた。

「初めて見た古生物の感想、どう?」

私は一瞬、引け目になってしまった。

「あ、確かに今、古生物見てたね――なんというか、生の化石って感じ」

アリアは声を出して、あっけらかんと笑った。

「アハハハハ、生の化石って。確かにナマモノだもんね」

私は照れながらも、たどたどしく口にする。

「ま、まぁ・・・せっかくなら、まだ生きた個体を手に取りたいよね」

「あと数日もすれば、死ぬほどみられるわ。なにせこの星は、石炭紀の地球なんだから」



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