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対火災決戦都市


ひしめく小舟の間を、ボートは進む。

めったに来ない旅行客ということもあって、物珍しさから声をかけられることも、しばしば。

中には昨晩のディナーで見た顔もあった。

ちょっと気まずい気分。昨日の応対は、大丈夫だったろうか――いや、絶対だめだ。

愛想など、私に求めるべくもない。

…しかし彼らは、「調査がんばれよ!」とか、「鱗が生えますよう!(大漁を祈る、という意味らしい)」とか、ポジティブなものばかりで――自分が、恥ずかしくなった。

そうしていると――真っ白な箱みたいなモジュールに混じって――場違いなものが目に入って、ほかの何も見えなくなってしまった。

戦艦の砲塔が、浮いている。

私の頭もまた、砲塔のように自動追尾してしまう。

「――あれ、なに」

「何って、放水塔よ」

リリィがさらっと言う。

――いや、あれは戦艦の砲塔でしょ、巨大なふと短い砲身が、2門ついて、40度ほどの仰角をとっていた。

「万が一、火事になったときのためにね~!」

そういわれても、あまりにもしっくりこない。

カメラの距離測定ツールを起動。

砲身は先端で引き絞られていて――口径、25cm。

――浴びたら、建物ごとぺしゃんこなんじゃないか?

砲塔についてるのは、エアインテーク…か。

「射程は?」

「ジェットエンジンで海水を汲み上げて、1分で150トン、射程250m!」

と、リリィは無邪気に胸を張る。

「毎年の消火演習祭は見ものよ!軌道祭と同じくらい盛り上がるの。標的をいかに遠距離から水で叩き潰すかを競うの。去年の射撃王は315メートルよ!しかも直撃3連発!」

この酸素濃度の惑星において――火事とはどうやら、戦争らしい。

この星に戦争を仕掛けるような勢力はない――しかし、火災はいつでもやってきて、すべてを奪い去っていく。

都市防衛兵器たる放水砲塔は――この街の、誇りであるらしい。

「砲塔自体も、時速15㎞で動くのよ。動くだけでもう大騒ぎ、周囲のユニットは波で水浸しになるわ!でも、行進間射撃は反動で無理ね。そうなると、どうしても間に合わないことがあって…そういう時は…」

「爆砕ボルトで自沈」

急に真顔になって、ハッとする。

「自沈⁉」

「ユニットごと、沈むのよ。そうしないと、街ごと消し炭よ―旧都みたいに」

“そういうとき”どうするかを物語るように、街の各所には、白く耐熱タイルに覆われた、避難用のライフカプセルが、完備されていた。


――自沈といっても、と水中を見下ろすと、たしかにユニットは箱状に組まれた“足場”の上に載っているらしく、それを支える数点が爆破されれば、足場の中にすっぽりと沈むようにできているらしい。さらにいえば、ユニットどうしが海水を隔てて接触しないようになっており、隣ユニットに行くのにもにいちいちボートが必要なことも――火災が延焼するのを防ぐためだった。

水路のたぐいだと思ってきたけど、違う――これは、城のお堀だ。

ふと、

何十と漂う、小舟を見回す。

漕ぐものも、乗るものも、みんな陽気な笑顔だった。

陰鬱な顔をするものなど、ひとりもいない。

――いるとしたら、こんなことを考えている私たち一行だけだろう。


突然、視界が開ける。

ユニットが、歯飛びになっていた。

その海底からは今もふつり、ふつりと機械油が浮いていて、脂とともに、煤が海面にぽつりぽつりと舞い上がる。

それらは――そこがかつて、自沈した誰かの家であったことを物語っていた。


****


この町は、人口の割には随分広い。

ユニットに住む人数はごく少ないらしく、現在最先端の未来都市、などという幻想はことごとく打ち破られた。

――これでは、コンクリートでできたベニヤ小屋ではないか。

“開拓初期の居住ユニットをいまだに自動製造していて、それを積み木のように積み上げて街を作っている“というのは、本当らしい。

だからユニットは安くて、装飾も真っ白でシンプル、そして有事にはあっさり沈められる。ユニット自体が余っているから、被災者にもすぐ住居が与えられるらしい。


そんな、碁盤の目のように敷き詰められた居住ユニットの海を抜けると、巨大なものが目についた。

空母を思わせる、長大な海上空港。

のっぺりとした外壁、そして、CIWSかのように立ち並んだ放水塔が、空母らしさを増幅していた。

しかし迫るごとに、その大きさが明らかになる。

全長は2.5㎞、幅は1.5㎞もある。

長距離輸送機を離陸させうる滑走路を支えるためには、必要な長さだ。

滑走路は3本あり、うち2本は外周に延長フロートで突き出し、滑走路長さ3200mを確保している。

石炭紀の空気は密度が高いので、地球に比べると若干の揚力増大が見込める。

しかし――惑星規模の輸送基地となると、3000mは欲しいところであるらしい。

さらに延伸する計画があるらしく、滑走路の先端には建設中の重機と柱が立ち並んでいた。

どうも、桟橋状に建設された滑走路を、周辺だけ周縁スカートで覆い隠した、張りぼてのような構造らしい。外周に取り巻かれた周縁スカートに波が打ち付けると、特大の太鼓のように、響いた。

滑走路自体もわずかにたわむようで、アクティブ・スタビライザーがうねりを殺し、そのたびにクジラが吠えるような、独特の地響きにも似た重低音を奏でる。

それに動力炉がたてる、低周波の脈打つような音――どうん、どうん。

骨の髄まで染み込むようなその響きが重なって、思わず呼吸が浅くなる。

そんな、灰色の、巨大空母みたいな海上空港の隅っこには、小さくせり出した埠頭がある。

そこだけ真っ白けで、光るようだった。


そこには――また、例の、黒い舟が停泊している。

黒く反り返った、刀のような船体が、真っ白な埠頭を切り裂いていた。

埠頭には、すでに数人の作業員と――黒ずくめの男たち。

警察と沿岸警備隊がごっちゃになった、例のパラー海警だ。この町に来た時を思い出すと――ちょっと海賊も混じっているような気がしてならない。バッテリー返せ。

「……ねえ」

ふいに、アリアがぽつりと口を開いた。

「この場所、何度来ても――好きになれない」

リリィは

「この空港が燃えたら一大事だからよ。この星の航空輸送が終わっちゃう。ね、しょうがないでしょ?」

と肩をすくめる。

慣れって、怖いものである。

一歩降りると、荷物をすべておろして中身を見せるように、と急かされた。

また例の、POLICEと書かれ、、ボウガンをひっさげた黒ずくめの男たちに。

「おやおやおや、バッテリー、買い替えたんですね。購入証明書は?」

男はせせら笑うように、バッテリーを確認した。

アリアがさっと手渡す。

――街に来た時と同じメンツではないか!と、気づく。

そして――私が買ったとき、購入証明書なんてつけてたっけ。えーっとどこに…

私は必死に荷物をひっくり返した。着替えの隙間、財布の札の間、端末の保護ケース……だめだ、見当たらない。

「おやおやおや、2枚しかないではありませんか。バッテリーは3つ、証明書は2枚」

冷汗がどっと出た。あのバッテリー一個でどれだけしたか。

さらに――ここから行く先で、そもそもバッテリーが手に入る見込みがない。

私が全力で荷物を探していると、

もう一人の警官が、いびっていた警官を肩で小突く。

端末で認証コードを確認して

「もう一個は未開封品ではありませんか。製造番号は3つとも輸入履歴が登録済み、あまり旅人に悪印象を与えるのも、どうかとは思いますけどねぇ」

ほ、っと息をついてみると、案外見つかるものだ。

最初に探した札の隙間に、紛れ込んでいた――

「これ…購入証明書、ありました」

すると警官たちはガハハハと笑いながら、

「今度旅に来るときは、命綱かライフジャケットだと思って握りしめておくべきですな!俺たちのボーナスになっちまうからよ」

やっぱ海賊混じってるよ、と思いながら、私はぎゅっとこぶしを握り締めた。

さて、引っかかっていたのは意外にも、アリアのほうだった。

「おいおいおい、これはだめだろう」

そう言って没収されているのは、トングだ。

「このギザをこう、こすり合わせればワイヤーも切れる、殺傷能力があるとみなされるべきですな」

――ただのトングなのに、大仰にまくしたてる。

「“台所用”の名を騙る凶器が、過去にいくつあったと思ってるんですかねぇ?これはですねぇ、“偽装凶器”と判断されても文句は言えないッ!」

わざとらしく周囲の警官たちにも見せびらかすように、トングを上下に開閉してカチャカチャと鳴らす。

「用途はなんですかねぇ」

「魚を素手で掴みたくはないですから」

そう、用途は単純――「棘のある魚を、素手で触らずに扱う」ものである。

魚はぬめるから、ギザが必要だ。日本でもメゴチばさみ、といったりする。

「ハハハハハ、レディは臭い魚をつかみたくないと見える」

アリアのこめかみに、ぴくり、と青筋が浮かびそうで――浮かばなかった。

反応すればどんどん事態を悪くする、とわかっているのだろう。

彼女は大きく息を吸い込み、視線を逸らした。 「……Fine.(好きにしなさい)」

男たちはにやにやと笑いながら検分する。

鼻で笑いながら、男はビニール袋に“証拠品”としてトングを放り込む。

――中には、先に没収されたらしい、スプーンやドライバーらしきものも見えた。

「これは…出発ロビーで受け取り可能なもの、ですか?」

私がやんわりと聞くと、

「まっさかあ~!輸送の都合上、すべて本部でまとめて保管となりますんでぇ~。受け取りには所定の申請と身分証明、申請から最大14営業日! お忘れなきよう!」

――つまり、返ってこないということだ。

ぺたぺたと金属探知機を当てられる。

「ライフジャケットの確認をさせてください」

「どうぞ」

私はいつも肌身離さず首と腰に巻いている、ガスカートリッジ式ライフジャケットを手渡した。海に囲まれているし、さっき知ったことだがこの町では家がいつ沈むかわからないから――必需品だ。

「開封済みのカートリッジは持ち込み禁止物です。純正品を空港内で再購入してください」

没収品箱に、一つ物品が加わった。

「毎度、ご協力ありがとうございます。」

ようやく――終わった。

今回の犠牲者はトングとライフジャケットのガスカートリッジだけ。

よく防いだといえるだろう。

もし、荷物と採集道具がこの町に届いていたら――と思うと、ぞっとする。

半減期を迎えたことには、疑いはないだろう。

「――再生カートリッジって知ってる?」

――ああ、あの、市場でたくさん売られていた、ぼろッとしたカートリッジ

「あれ、没収されたやつらしいのよ」

私は乾いた、引きつれてひび割れそうな笑いをあげるしかなかった。





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