朝、海を覗く ≪登場古生物: 三葉虫、フズリナ類≫
ドンドン、という強烈なノック。直後、けたたましい着信音。
―あっという間に、朝か。
眼の奥に、まだ昨日がこびりついている。
夢を見たかどうかさえ、思い出せはしなかった。
調査というのはいつもそうだけれど、行きのときには「ちょっと休んで羽を伸ばすか」といったところが、始まるとすぐ、ジェットコースターなのだ。
荷物はもう、まとめてある。
ひょいと背負って、外に出た。
海面にぼぉっと張った霧が、すきっと澄み渡った青空に、めらめらと溶けつつあった。
「つっかまえた」
背後からがしっと、肩をつかまれる。――気づいてたけど。
「アリア、ちょっと寝坊してごめん」
「霧が晴れ次第、出発ね。まだ危ないから」
「ふぁ~…あと30分はかかるわよ。飛行機が出るのも、正午だもの」
そう、あくびをしながら出てきたリリィは、まだ寝癖が髪をくるくるウェーブさせていた。
ツン、とするほど冷めた朝霧は、散策する私を、しっとりと濡らした。
こういう朝は、散策にかぎる。
霧の立ち込めるなか、滞在するホテルの敷地内しかアクセスできないけれど――
ここにあるのは、石炭紀の地球なのだ。
”ホテル”の前には船着き場があって、そこから見下ろした先は――石炭紀の、海だ。
昨日でたエウゲネオドゥス類も結局のところ、遠洋漁業で漁獲されたものらしい。
つまり、私は海を目の前にしながら、まだこの海の生き物を見ていないのだ。
かすみに揺れる水面を払い、覗き込む。
スキっと澄み渡った海は、海底まで容易に見晴らしが聞く。
建物を支えるコンクリート製の基礎モジュールには、まるで細かな網の目のようなコケムシ類や、指先ほどの小さな腕足類が、びっしりとこびりついている。海藻の姿も多かった。
――これらのかなりの部分が、まだ未記載のものだろう。
そして、その底に広がる砂――と思いきや、違う。
砂は、敢えて基礎モジュールの上に這い出したり、しない。
あれは…全部フズリナ類か…。
現代の熱帯域にみられるホシズナのように、仮足を延ばして少しずつ移動するらしい。
サンゴ礁の少し高まったところに集まる、ゼニイシの行動に似ているかもしれない。
さすがに、見ているうちに少し動く――ことには、まったく期待できなかった。
よく見ると、海底がほとんど全部、フズリナと腕足動物でできている。無数の生命が、海底を埋めていた。中に、時折イソギンチャクのように見えるものは――単独性の、四方サンゴ類ではなかろうか。
居住モジュールが適度に波を遮ってくれるおかげで、ほんらいもっと深場の波の影響を受けにくいところに生育するはずの生物が、より浅いところまで進出しているらしい。
古生代の石灰岩は、ほとんどフズリナ類で構成されているのも――これをみれば、納得だろう。
腕足動物の群れには、時折巻貝が混じっている。
さらに、そんな間を時折、エビに似た甲殻類が動き回っていた。しかし手に取ろうとするといかにも俊敏で、目が追いつかない。せめて、胸脚の本数でも分かればよかったのだが。
そして、動き回るものの中には、3㎝ほど、オカダンゴムシを一回り大きくしたくらいの生き物がいた。滑るように這いまわるそれは――確かに、三葉虫だった。
あまりにも化石のままなので、ちょっと笑ってしまう。
――採集したいところだが、水深数メートルはありそうだ。ちょっと手が出ない。
網がないのが、あまりにも惜しい。もし持ってこれていれば、いろいろわかったろうに。
最も惜しいものといえば、海底に無数にあいた穴の持ち主である。
あの穴は――おそらく生痕化石、Thalassinoidesに相当するものだろう。アナジャコやスナモグリがつくるY字状の穴に似ているのだけれど、この時代には勿論、アナジャコもスナモグリもいない。
だから――最も多く見つかり、しばしば海底を埋め尽くすほどの生痕化石でありながら、その正体は皆目不明なのである。
はぁ、とため息をつく。
気づけば、水面にかかるもやは消え去り、青空が水面に映っていた。
波は、ない。鏡のような、水面。
浮かぶ居住ブロックの間にみえる、海。
あたかも碁盤の目のように張り巡らされた、水路のようである。
この町の“道”は、すべて海の上にあるのだ。
小舟に乗って、旅が始まる――荷物を受け取る、旅に。
後ろから、トトトン、と軽やかな足音。
振り返れば、リリィが小さなバッグを抱えて駆けてきた。髪はもう整えられていた。が――ところどころに寝癖の名残を感じさせるウェーブがふわふわと揺れていて、思わず笑みがこぼれる。
「おまたせ~!これ、朝ごはん!」
差し出されたそれは、塩漬けの魚を挟んだ、簡易なパン、のようなものだった。
”魚”はどうやら小ぶりの軟骨魚類のようだが、それ以上はよくわからない。
恐らくだが、昨日沢山売られていた、ファルカトゥスに似た何かではないか、と思うが、ただの予測だ。
粉を焼き固めただけのような――素朴な食感。
単純極まりないけど、味のバランスはとれている。
欲を言うなら、レタスが欲しいけど。
「おいしい」
リリィは顔いっぱいに笑みを浮かべて、
「よかった!起き抜けで作ったから!」
するとアリアがふりむきざまに、叫んだ。
「じゃあ空港まで、漕ぐよ、ケイ!」
霧が晴れるとともに、街が、動き出す。
海上に並ぶ居住ブロックから――ぽつり、ぽつりと、小舟が動き出す。
列となり、交差し、揺らめき、だんだん密になっていく。
飛び交う挨拶、櫂のきらめき、すれ違いざまの笑い声。
気づけば、あっという間に、海上は小舟でごった返していた。
作者あとがき
今回はアマゾン盆地の海成層の生物相について。しかしながら、色々出ているのに研究が進んでいないという巨大な壁が付きまとうのです…。。。腕足動物を極める、というのは本作らしいのですが、採集道具がまだそろっていないうちには下手に行動に移るわけにもいかず、ただ上から眺めるだけというシーンに…。
んぐぐ
―復元メモ―四放サンゴについて―
四放サンゴ(四射サンゴとも)は床板サンゴとともに、古生代を代表するサンゴである。オルドビス紀に出現してからペルム紀末に絶滅するまで、さまざまな環境に適応した。床板サンゴよりも長命であり、とくに石炭紀およびペルム紀には最も一般的なサンゴ類であった。
しかしながら、一般にイメージされる「サンゴ」(サンゴ礁を形成するような現在の造礁性サンゴ)とはやや異なった生き物である。
そのため、ここでは改めて、ごく入門的な解説をしておきたい。
まず、四放サンゴは古生代の礁を構成する主要な生物では必ずしもなかった。
古生代の礁は腕足動物やフズリナ類や海綿類(とくに層孔虫)、石灰藻類、ウミユリ類などが主役となり、その間に四放サンゴや床板サンゴが群落が混じることが多かった。デボン紀には床板サンゴのサンゴ礁が発達する時期もあったが、石炭紀の時点では床板サンゴは激減していた。石炭紀において、サンゴといえば基本的に四放サンゴ、時々床板サンゴといったところである。
四放サンゴは現在サンゴ礁を作っている六放サンゴの直径の祖先ではないとも考えられており、四放サンゴが絶滅したペルム紀末から、六放サンゴが出現する三畳紀の間にはギャップがある。さらに、骨格も方解石を主としていたらしく、アラゴナイトからなる現在のサンゴ類とは異なる。なお、これは海中のマグネシウム・カルシウム比の変化に関連するという説もある。これらのことから、四放サンゴから現在の六放サンゴが直接進化したわけではどうもなさそうであると考えられている。
四放サンゴは単体性(個虫が単独で成長する)のものが多く、そうした種では外骨格は逆円錐状で、先端に向けて急激に太くなっていく。明瞭な固着部はないことが多い。角笛のように泥底に突き刺さって成長していたと考えられており、Horn Coralとも呼ばれる。泥底に突き刺さるように育っていたらしく、横倒しになってから向きを変えて成長を続けたケースも多く知られている。個虫の大きさはしばしば直径数センチにも達したことを鑑みれば、現在イメージされるサンゴというより、どちらかというと硬い殻をもったイソギンチャクといったほうが、イメージはつかみやすいだろう。
単体型の四放サンゴは潮下帯の波の影響を受けない環境で見られるものが多い。これは産状からも、また安定性に欠く形態からも裏付けられる。そのことから、現代のサンゴ類のように共生藻類に強く依存していたかどうかにはやや疑問がある。個虫がイソギンチャクのように捕食したり、水中の懸濁物を摂取していたと思われる。
勿論、四放サンゴにも現在の造礁サンゴの大部分を占める六放サンゴに似たような、ぎっちりと詰まった群体を形成するものもある。(少数派ではあるが。)また、出芽を続けて群体となり、筒状の四放サンゴの集塊としてサンゴ礁を形成するものもあった(Fasciculateという)し、密接にくっついて個虫が多角形をなすもの(Massiveという)もあった。
さて、四放サンゴを観察してみよう。
まず、個虫は萼Calyxと呼ばれる先端のくぼみに入っている。この周囲では隔壁が顕著に張り出しており、この中に入った個虫が触手を広げていたはずである。面白いことに、一部の四放サンゴは蓋を持っており、緊急時には開口部をぴったりと閉じることができた。外骨格を横から見ると、英名のRugosa(粗い)の由来となった、ごつごつとしたリング状の隆起がめにつく。特に単独で成長する種に顕著であり、おそらく構造支持に関与したと考えられている。
断面、および軟体部を取り除いた外骨格では、放射状の隔壁がみられる。この構造は床板サンゴとは全く異なるが、いっぽうで一見したところ、現在の六放サンゴと同じように見える。しかし四放サンゴでは個虫の底に位置する床板Tabulaに一本の溝(Fossulaという)ができているなど、顕著な左右対称性を示す。一見放射状に見える隔壁もまた左右対称性で、長い隔壁と短い隔壁が交互に配列し、4の倍数になる。これは最初に四本の大隔壁が挿入されたのちその間に隔壁が挿入されることによって生じると考えられている。
なおあからさまに断面が四角形なGoniophyllumがあると思えば、ヘキサゴナリアHexagonaliaのように、あからさまに六角形に見えるような、密集した群体を作る四放サンゴもあるので、概形が四角形や六角形であることとはあまり関係がない。
今回えがいたアマゾン盆地においては、Itaituba formationからPintoが6種の単体性四放サンゴを、1種の床板サンゴを記載している。(PINTO, I. D. (1977). Corais Carboníferos da Bacia Amazônica. Pesquisas Em Geociências, 8(8), 59–132. https://doi.org/10.22456/1807-9806.21790)
復元メモとして。
現生種で最も似ているのは六放サンゴのキサンゴ科である。
単体性の四放サンゴは、スナギンチャクやカンザシゴカイあたりが少し、大きさの参考になるかもしれない。特に波の影響をあまり受けない砂地や泥底に点々と現れる点はスナギンチャクに似ている。
しかしながら、これらほど深い棲管というわけではないので、急に深く引っ込むことはできないし、職種の長さも限られている。イソギンチャクが台の上に載っているイメージが近いかもしれない。
蓋がついていたものもあるが、それがどう取り付けられていたかは推測の域を出ない。
Fasciculateな群体を作るものに関しても、どちらかというと枝サンゴよりもサツマハオリムシみたいなもののほうがイメージに近い印象を受ける。個虫はかなり大きく、その先端にのみ触手を広げるからだ。
Massiveなものに関しては現在のサンゴがかなりイメージに近いとは思う。ただ、やはり個虫は現生サンゴよりかなり粗い印象を与えるので、注意。
また、おそらくそこまで光合成に依存しないので(FasciculateおよびMassiveはありうるかもしれないが)、きらびやかな色で描く必要は必ずしもない。




