表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
異なる惑星、異なる暮らし
42/197

スピード狂いの軟骨魚≪登場古生物: エウゲネオドゥス類≫

――ところで、ディナー会場にリリィの姿がない。

会場についてしばらくはいたものの、ふらっ、といなくなっていた。

アリアには何か伝えていったようだったけれど。


軟骨だけになったヘリコプリオン科の頭は、標本として持ち帰れるよう、アリアが交渉していた――交渉するも何も、はじめからそのつもりだったとのことらしい。

そして、次のメインディッシュ、丸のままのエウゲネオドント類に手を付けようとすると、リリィが戻ってきた。

見れば――お造り“のようなもの”を持っているではないか。

その顔には、げっそりと疲れが浮かんでいた。前髪がぺとっと、額にへばりつき、袖にちょっと水しぶき、せっかくのドレスに1滴、血が。

「ねぇ聞いて!刺身って言ってみたんだけど、ぜんっぜん通じなくて!冷凍のまま丸魚がごろっと!「生のままじゃあ皮も剥けない」って。それで…見よう見まねで…どう…?」

そういって、彼女は私の前に、それをポン、と置いた。

グロテスクな生皮がべろりと剥かれた魚頭が、あまりにも生々しい。

――頑張ったことは、一目見てよく伝わった。かなり赤みを帯びた生の身が、1.5㎝くらいの厚さに切られて並んでいる。ちょっと、マグロの赤身に似ていなくもない。ただ、さらに柔らかそうで、断面はぐずぐず、表面にしても、ざっくりと切られた形跡だらけだ。切るにしても、かなりの苦労を要したのではないだろうか。もっと苦戦した様子があるのは、その背骨だった。ザクザクと切れ目が入っていて、ところどころ身に歪んだ軟骨の欠片がくっついていた。

「ねぇ聞いて!まず生魚じゃ皮が剥けないっていうから熱湯をかけてみて、それでちょっと剥けかけたところをナイフで剥いて…これだけでもう一大事よ。そのままだと火が通っちゃうから氷水ですぐ冷やして」

「それ…その場で思いついたの?」

「そう!いい方法だと思ったんだけど、どう?」

「…理にかなってると思う、怖いくらいに。名前は忘れたけどそういう方法がある」

「でね、フィレとって薄く切る!って思ってフィレ取ろうとしたら、骨が柔らかすぎてどんどん刃が滑るの!で、結局背中側と腹側から切りだしたけど、そしたら身がどんどんボソボソになっちゃって…ホント私…」

「それも、その場で気づいたの⁉」

「ヘンかも、って思ったけど、やっぱり変よね、聞いたことないもの?」

「それ‼三枚おろし、かな」

「えっ私合ってたの!褒められてる⁉」

「うん、ちなみにフィレ取りは大名おろしに近いかな、肉がたくさん骨についちゃうからお貴族さまの、って意味」

「へぇ~、魚好きの国はやっぱ違うのね」

「好きすぎて近海の魚喰いつくしたけどね」

そこに、アリアが目を細めて割り込んできた。

「ちなみに、火星に魚はいないわ!」

――知ってるよ。

「培養魚は生まれつき骨なし!だから魚は頭からパクっと!だから地球や植民惑星に降りた火星人は、よく魚を丸のみしようとして――死ぬの」

アリアは真顔で、恐ろしいことを言った。

――本当に知ってるようで知らない話、きた。というか、笑っていいのかそれ。

「だから、火星人が多い植民惑星では魚はみんな、ぶつ切りにしてミンチね!小骨多いから。ほんと、火星人(Martian)キラーなのよ、小骨でもすぐ喉に引っ掛けるんだから。」

――荒唐無稽なさばき方、きた!さすがマーシャルスタイル。

「えっ小骨⁉全然とってなかった、ごめん知らなくて…」とリリィが慌てだすので、

「大丈夫、軟骨魚類には、小骨なんて最初からないから」

「No worries!脊椎動物学者がいうわ!この魚に小骨なし!」

――被った。

顔を見合わせて、お互いに吹き出した。


さて――お造りにされたものと、姿煮は歯列をみるに、同一種のようだ。

渦巻き状の歯こそないものの、下顎中央部の歯輪はしっかりと半弧を描いて大型化しており、上顎はそれを抱え込むように窪んでいる。しかし歯はかなり分厚く――どちらかというと、かみつぶすことに適応したように見えた。

エウゲネオドント類、カセオドゥス科、かな。

ヘリコプリオン科からすると平凡な歯だけど、しっかりその近縁だと見て取れる。

魚雷のようなフォルムに小さな胸鰭と第一背びれ、極限まで引き絞られた尾部に三日月型のしっぽ――見るからに速そうだ。しかしこんな速そうな魚が粉砕型の歯をもつとは、どういうことだろう…?

ふつう、粉砕型の歯を持つ魚は、低速で底生だと思うけど。

「いかにも速そうな魚だね」

「ほんっと、そうね!私実はまだ、生きたEugeneodont見たことないのよ」

「えっ、アリアでも⁉こんなに普通に食べられてるのに?」

「そう!水揚げされるとあっという間に死んじゃうのよ。水揚げも船内急速冷凍。漁船に同乗でもしないと、無理ね!」

「マグロとかみたいなものなのかなあ、赤身だしミオグロビンが多い、持久力のある赤筋…」

その瞬間、アリアの目がきらりと光った。

「Exactly!(その通り!) 身を見るまでもなく明らかよ!」

――と言っている間に、リリィがパクパクと刺身(?)を食べている。

「これ結構おいしいかも。生の魚ってちょっと、って思ってたけど…生のままでも美味しいのね!あ、でも「しらす」は生ね…」

――生のシラス?“石炭紀にシラスはいない” 

まあ、おいとこう…。それにしても、すごい適応の速さだ。

先を越されてしまったので一口ほおばると、マグロに似た鉄の味に続き、舌のうえでとろけるような濃厚なうまみが広がった。脂も多い。身が白濁していることからしても、すごい量の脂を含んでいる。

――これは、うまい!

生臭さもアンモニア臭も、まるでない。

さすが船内急速冷凍。濃厚な塩水で凝固点降下させるんだっけ。

赤い身をほおばりながら、リリィが聞く。

「ねぇアリア、見ただけで速いってわかるのって、飛行機みたいなもの?プロペラよりジェットが速い、とか、後退角がついてると速い、とか、先がとがってたりすると速い、とか、高速機は翼が小さめ、とか?」

「そうよ!特に最後が大事。揚力って速い方が大きくなるでしょ?」

「二乗に比例するわ!面積は一乗なのに!」

とリリィ。

なお揚力は、空気密度x速度の二乗x面積に係数をのせて2で割ると求められる。

「Point!ままず魚も揚力で水中を飛んでるのよ。尾びれってこう振ると、上下と後ろ側に揚力を生む翼として働くのね! 上側と下側がそれぞれ翼、水をかくんじゃなくて揚力で進むの!」

「ってなると、高速なら小さくていい!」

「そう!高速で泳ぐなら、尾を大きくしたりストロークを大きくするのはナンセンス。ストロークを小さくしてとにかく早く振り回して対気速度を増すほうがGood!…水だけど」

一方私は、マグロみたいに飛び交う会話に追従できていなかった。

「じゃ、上側が長いと尾は下向きに揚力を生んで体をリフトするのね!」

「オナガザメとかどうやってるんだ、と思うけど確かに遅いか…胸鰭も大きくて抗力も大きいしつり合いも…」と、ようやく話を差し込むと、

「その胸鰭よ!胸鰭で上向きに揚力を発生させてバランスを取るのよ。で、これ!」

――目の前のエウゲネオドント類の胸鰭は、異常なまでに小さかった。

「胸鰭小さい!尾が発生する揚力も小さいし常に高速で泳ぐなら、大きい胸鰭は不要ね!」

――あれ?

「でも。。。カジキとかマグロとか、現代の最速級の魚ってむしろ胸鰭や腹びれがブレーキのために大型化してない?どれも一生泳ぎ続けるけど」

「そう、そこ!減速するのって獲物を追いかけるためでしょ?この子たち歯は粉砕型なのよ。ってことは!あまり逃げるのがうまくなくて外洋にいる硬い獲物を食べるはず!」

「――チョッカクガイや、アンモナイトだ」

「って思ってるのよ。あとこの尾びれの付け根、すごく張り出してるでしょ?これも高速遊泳のときに尾がブレないためよ!」

「メカジキとかマグロとかアオザメにもあるよね。あと腹びれも尻びれも全くない魚って初めて見たんだけど。市長さんの言う通りイルカみたいで…」

「そ、ほんとイルカっぽいのよね。イルカの場合、第二背びれも腹びれも尻びれもないのは尾を上下させるから。でもこの魚の場合は…単純に抗力削減してるのかも」

「つまり――逃げるときは高速で振り切る設計、と」

「ってこと!」


さて、ざらざらした鮫肌をべろっと剥がす。ギンザメに近いのに鱗はしっかりあるのは、ちょっと変な感覚だ。すると、Z状の筋節がはっきりと見て取れる。

そしてそのまま、尾の皮を剥がすと――これは、見事だ。

尾の上葉にあたる血道弓と神経弓が硬く癒合していて、ほとんど一枚のブレードとなっている。下葉もかなりがっしりしている。

「こんなにガッチリした尾、見たことないよ。それに比べてこの脊椎の貧弱さ…本当によくわからない魚だ。こりゃ脊椎の化石化が皆無なわけだ」

アリアがポン、と机をたたく。

「軽量化よ。」彼女は目を輝かせた。「だって現在のサメでも、完全に正尾のものはいないでしょ?」

「そうだね」

「体の中で一番重い物から削減していくとすると、まずは骨の石灰化よ。軽いものといえば、脂肪。サメの場合は巨大な肝油を使うわ!でも、全然足りない。だから徹底して軽量化しないと!」

「あぁ、だから骨が全然ないし、身に油脂を大量に含んでる。」

「そう!身の油脂はせいぜい10パーセントどまり、浮力への貢献はちょっとしか効かないはず。でも肝油と脊椎の徹底的な軽量化と合わせれば―中性浮力に何とか持ってけるって話」

「だから歪尾で揚力を稼いでリフトする必要がない。で、支持構造はどうなってるんだろう、皮膚が重要?」

「そう思うわ。軟骨魚類の皮膚は筋肉と強固に結合していて、皮下脂肪がないのよ」

「ほぼ皮膚直結だよね。だから加熱して膠原繊維を軟化させてからじゃないと、皮むきにも苦労した。皮膚が外骨格的に働く――ってことか」

「そうかもね」

「じゃさ、こんどはこの鰭の軟骨はどう見るよ?」


――ディナータイムは、いつまでも続く。

周囲の客がダンスに興じる中、私たちのテーブルだけは、まるで学会のポスターセッション会場のようだった。


―描写を支える科学的背景― 

解説と復元メモ 古生代最大の魚類、エウゲネオドゥス類 ―ヘリコプリオンとその仲間たち―

エウゲネオドゥス類Eugeneodontiformesは、日本では耳慣れないと思う。ただ、ヘリコプリオンの仲間、といえば、わかる人も多いかもしれない。

現在、日本語で述べているサイトがWikipediaのヘリコプリオンの項目とPixiv百科事典くらいしかないので、ここであらためて紹介しておきたい。


石炭紀後期からペルム紀にかけて栄えた大型の(ときに巨大な)軟骨魚類である。


下顎正中に大型の歯輪をもち、上顎歯が減少し、口蓋方形軟骨が退化傾向にある、というあたりが特徴的といえるが、まだ、未知の部分が多く、極めて謎めいたグループといえる。


エウゲネオドゥス類は耳慣れない方が多いと思うが、ヘリコプリオンなら聞いたことがある方も多いのではないだろうか。

しかし、その奇妙さは知っていたとしても、その巨大さについて認識している人は意外にも少ない。あれは古生代最大の魚類のひとつであるし、ホホジロザメより一回り以上も大きな魚であると推定されているのだ。

古生代の巨大魚というとデボン紀のダンクルオステウスDunkleosteusの印象が強い。これもかなり大きな推定値がなされてきたが、現在ではおおよそ4m前後と推定される。ホホジロザメと同程度、ないしやや小さい、といったところだろう。

しかしながら、エウゲネオドゥス類の幾つか、特にペルム紀のヘリコプリオンHelicoprionでは歯輪の直径が56㎝、歯冠は14㎝にも達する。

ホホジロザメの歯冠がおおよそ5㎝であることを踏まえれば、最大級のヘリコプリオンがどれだけ巨大なのかよくわかる。断片的な化石からの誇大推定に注意喚起する文脈においての控えめな推定ですら、おおよそ7mほどと推定されている。さらに、ほかのエウゲネオドゥス類にはもっと大きくなった可能性が指摘されるものもある(たとえば、Parahelicoprion)し、歯輪に対して著しく頭が大きいことがわかっている種もある(OrnithoprionやSarcoprion)。古生代最大の魚類がエウゲネオドゥス類であるというのは、そう簡単には動きそうにない(それに次ぐ有力候補もまた石炭紀の魚類なのだが、それはまたいつか紹介しよう。)。

ペルム紀の種ばかり取り上げてしまったけれど、石炭紀のエウゲネオドゥス類もまた、巨大だった。たとえばKarpinskiprionの歯輪はヘリコプリオンより緩く巻いており、直径は45㎝にも達する。この仲間の歯輪は口の中にすっぽり収まることがわかってきたので、つまりこの生物は口を閉じた状態ですら、顎の高さが50㎝ほどはあったとみなさなければならない。これは、この魚の頭の大きさが見積もりによっては大型肉食恐竜の頭と同等程度の大きさになりうる数字といえる。


巨大というだけでなく、 エウゲネオドゥス類は極めて奇妙な魚である。


ヘリコプリオンの復元は様々なものが用いられてきたが、現在では下あごの正中に歯輪が位置する構造であったということに関しては意見が一致している。正中部の歯輪が発達するデザインは真軟骨魚類Euchondrocephali(広義の全頭類)では比較的にありふれたものであり、この配置の妥当性は上顎・下顎を保存したヘリコプリオンの化石が見つかることではっきりしてきた。Euchondrocephaliの特徴は癒合傾向がある上顎(口蓋方形軟骨)と癒合傾向のある歯である。(紙面上、極めてざっくりした書き方になっている)。こうしてみると、ありえない大きさと異常な歯の本数をのぞけば、ヘリコプリオンもある程度了解可能な代物であることに納得いただけるのではないだろうか。ただ、現生のギンザメ類は復元にほとんど役に立たない。現行の復元図も書き換えが必要なものは多い。(これは後述する)

とはいえ、顎の周囲は描けるようになったということである。問題は鼻先が保存されていないことで、現状ではヘリコプリオンの頭が実際にどのくらいの大きさであったかを推定することは難しい。先述した7mという数字もまた、頭がどのくらい突出していたかに応じて大きく変わりうる。ほかのエウゲネオドゥス類では歯輪は頭に対してかなり小さいから、現状行われているヘリコプリオンの頭復元はあまりにも歯輪の占める部分が大きすぎるのではないか、と私は思ってしまう。(あくまで個人の意見だ。)


さて、問題の胴体はどうか。


エウゲネオドゥス類の胴体について触れる前に、 分類について少しだけ触れておく。エウゲネオドゥス類はまず、膨らんだり横方向に稜のある、噛み潰し形の歯をもち、小型で退化傾向の口蓋方形軟骨(軟骨魚類においては上顎をなす)が鉤上の関節で頭蓋軟骨と接続するCaseodontoidea(カセオドゥス科Caseodontidaeとエウゲネオドゥス科Eugeneodontidaeを含む、後者はある程度の切り裂きへの適応を示すことで区別される)と、切り裂き型の歯をもつEdestoideaに分けられる。EdestoideaにはEdestidaeとHelicoprionidaeが含まれる。エデスタス科Edestideaは歯基部が後方に伸び、互いに癒合していないことからまるでカッターの刃のように古い歯基部が脱落する。摩耗痕も豊富で、獲物を切断するために用いられた。

いっぽうHelicoprionidaeでは、歯基部は前向きであり、側方歯はCaseodontideaに似ている。Helicoprionidaeの歯は摩耗に乏しいことが多く、柔らかい獲物をスライスしていたと考えられる。

さて、この3つの科の中で、胴体が見つかっているのはCaseodontideaのカセオドゥス科およびエウゲネオドゥス科のCaseodus、Fadenia、Eugeneodus、Gilliodus、Romerodusであり、Romerodusに関しては体表の概形が極めてよく保存された標本が複数知られている。

外見上、この仲間で最も興味深いことは、いままで一度も尻びれも、腹びれすらも見つかったことがないことである。さらには椎体が見つかったことも一度もない。このような魚は他にほとんど例がない。まるでイルカ、である。

さらに、古生代の軟骨魚類としてはよくあることであるが、尾びれは上下対称の三日月状である。これはこの魚がかなり高速で泳いだことや、比較的中性浮力に近かったことを示唆するのだろうが、さらに尾びれは奇妙なまでに強化されている。他の部分は半ば分解された状態で保存されるのに、尾鰭だけは上記に上げたすべての属において、くっきりと関節したまま保存されている。さらに、Romerodusに至っては尾の基部側方に巨大なキールが保存されている。これらの特徴は、エウゲネオドゥス類、少なくともCaseodontoideaに関しては、マグロなどに比肩するような、極めて高速遊泳に特化した外洋性の回遊魚であったことを示唆している。

ほかのエウゲネオドゥス類、たとえばヘリコプリオンの分布もまた、広域分布の海洋魚であったことを示唆する。ヘリコプリオンはペルム紀前期の温帯から亜熱帯にかけて、ほとんどどこでも見つかるといっても過言ではない。

さて、ギンザメがあてにならない、と書いたが、ギンザメの特徴は極めて特化しすぎている。たとえばギンザメには鰓蓋が独自に発達しているが、おそらくこの特徴を共有するのはイニオプテリクス類くらいのものであり、エウゲネオドゥス類に鰓蓋があった証拠はない。また、ギンザメ類では顎関節が頭部のかなり前方に位置して、鰓弓が頭の下にしまい込まれるような構造になっているが、Caseodontoideaの化石を見る限り、そうはなっていない。Fadeniaでは鰓弓がよく保存されているが、むしろ現生のサメのように、後方に鰓裂が開いていた。さらにいえば、口蓋方形軟骨が神経頭蓋と強固に癒着する(全頭類Holocephaliの由来にもなっている)形質もまた、現生ギンザメ類につながるごく一部のグループにのみ見られ、その最も近縁なグループと目されるイニオプテリクス類においてすら確実ではない他する説もある。現生ギンザメ類に見られるような胸鰭の羽ばたきによる移動を可能にするような関節も、背びれの強固な棘も、エウゲネオドゥス類においては証拠がない。

現状では、イルカの尾を90度ひねってサメの頭を載せたようなもの、というイメージで描くと、最もそれっぽくなる。現在発見されているカセオドゥス科およびエウゲネオドゥス科はかなりの胴長で頭部は全長の1/5程度といったところである。

作中で執拗にイルカ呼ばわりされていたのは、そういう意味だ。



――最後に。入手しづらい文献を快くも見せていただいた方々に、いたく感謝申し上げます。


Zangerl, R. (1981). Handbook of Paleoichthyology volume 3A Chondrichthyes I: Paleozoic Elasmobranchii. Gustav Fisher, Stuttgart.

Case, G. R. (1982). A pictorial guide to fossils.pp. 238-239. Van Nostrand Reinhold Company, New York.

Mutter, R. J., & Neuman, A. G. (2008). New eugeneodontid sharks from the Lower Triassic Sulphur Mountain Formation of Western Canada. in Forey, P. L. (ed.), Fishes and the Break-up of Pangaea. Geological Society of London.

Tapanila, L., Pruitt, J., Wilga, C. D., & Pradel, A. (2020). Saws, scissors, and sharks: late Paleozoic experimentation with symphyseal dentition. The Anatomical Record, 303(2), 363-376.

Ramsay, J. B., Wilga, C. D., Tapanila, L., Pruitt, J., Pradel, A., Schlader, R., & Didier, D. A. (2015). Eating with a saw for a jaw: Functional morphology of the jaws and tooth‐whorl in H elicoprion davisii. Journal of Morphology, 276(1), 47-64.

Tapanila, L., Pruitt, J., Pradel, A., Wilga, C. D., Ramsay, J. B., Schlader, R., & Didier, D. A. (2013). Jaws for a spiral-tooth whorl: CT images reveal novel adaptation and phylogeny in fossil Helicoprion. Biology Letters, 9(2), 20130057.

Babcock, T. (2025). A Redescription of the Holotype of the Late Permian Sarcoprion edax Using CT Scans and 3D Modeling to Examine Jaw Morphology and Function (Master's thesis, Idaho State University).

Lebedev, O. A., Itano, W. M., Johanson, Z., Alekseev, A. S., Smith, M. M., Ivanov, A. V., & Novikov, I. V. (2022). Tooth whorl structure, growth and function in a helicoprionid chondrichthyan Karpinskiprion (nom. Nov.)(Eugeneodontiformes) with a revision of the family composition. Earth and Environmental Science Transactions of The Royal Society of Edinburgh, 113(4), 337-360.

Gayford, J. H., Engelman, R. K., Sternes, P. C., Itano, W. M., Bazzi, M., Collareta, A., ... & Shimada, K. (2024). Cautionary tales on the use of proxies to estimate body size and form of extinct animals. Ecology and Evolution, 14(9), e70218.


―復元と考察メモ―

カセオドゥス科はRomerodusやFadeniaなどの軟部組織や鰭部骨格が確認されているため、(ヘリコプリオン科に比べれば)はるかに復元しやすいグループです。

そのためヘリコプリオン科の首から下の復元には現状、カセオドゥス科のものを用いるほかないでしょう。

ということで、カセオドゥス科 Caseodontidaeの復元について、今回は書いていこうと思います。

ところが…カセオドゥス科の軟部組織は化石記録は多いもののあまり詳細な記載がなされていない、というところで、化石写真もCase, (1982)にあるくらいで、Zangerl, (1981)の形態記載も、Romerodusなど一部の種に関しては(複数の体を保存した標本があるにもかかわらず)ざっくりしたものです。Fadeniaに関してはMutter et al., 2008である程度詳しく見ることができます。

さて、Eugeneodontの体表から丸見えな部分の復元に関しては…

尾は三日月状の正尾で胴体は強く引き絞られ、腹びれと尻びれの痕跡が見られないこと、背びれが1つしかないことが最も特徴的といえます。

そのため、作中でも何度も述べていますが――尾が縦向きであることをのぞけば、イルカによく似ています。尾びれの概形すらも、現在生きている海洋動物のなかではイルカに最も似ているように思われます。その概形から、この類はおそらく外洋性の回遊魚と考えたほうがよいでしょう。作中で述べたように鰭は比較的小ぶりですが、より大型の種では違っていたかもしれません。ギンザメに近い仲間ですが、ギンザメのような鰭前縁の棘や鰓蓋はなく(鰭はいくつも保存状態がよいものがありますが、どれ一つとしてそうした証拠はありません)、概形はサメのほうが近い点には留意が必要です。

あと――この類の椎体はほとんど見つかりません。

骨なし魚、というのは流石に突飛ですので、作中では柔らかいもののあると描きましたが…

そのうち修正を迫られる必要があるかもしれません。(さすがになんかしらあるはずですが…)


ところで、これらの形質は極めて重要な視点を提供します。

古生代の軟骨魚類はEugeneodontにかぎらず正尾のものが多く、推進効率が高い反面、体をリフトアップできないのです。これは現生軟骨魚類が海水より比重の重い体を歪尾のうむ揚力でリフトアップして泳ぐのとは対照的です。現生軟骨魚類で正尾に近いものとなると、揚力の高い体形状をもつか(たとえばシノノメサカタザメはかなり正尾に近い形状です)、もしくは体自体が軽いか、高速で移動するか(やや正尾に近い例:アオザメ)。高速にしてもサメ類に完全な正尾がほぼいないことからわかるように説明しづらく、おそらく極めて体を軽量化していたはずです。

となると脊柱の脱石灰化は重量削減のために極めて重要であり、皮膚との接続が遊泳においては重要だった可能性があります。(作中にも示したように軟骨魚類には皮下組織が乏しく、強固な筋と真皮の接続が可能です)なお、硬骨魚類はこの問題を浮袋によって一挙解決していますが――そのようなものを仮定するのは、現状の理解からするとやや難しいと思います。


注:正尾という語を、ここでは上下対称の尾に対して用いている。Homocercal。厳密な意味で硬骨魚類に用いられる正尾とはやや異なる(魚竜類などではこうした構造上は逆歪尾だが形態上正尾のものに正尾と呼んでいる場合が多いのでそう用いた)


Zangerl, R. (1981). Handbook of Paleoichthyology volume 3A Chondrichthyes I: Paleozoic Elasmobranchii. Gustav Fisher, Stuttgart.

Case, G. R. (1982). A pictorial guide to fossils.pp. 238-239. Van Nostrand Reinhold Company, New York.

Mutter, R. J., & Neuman, A. G. (2008). New eugeneodontid sharks from the Lower Triassic Sulphur Mountain Formation of Western Canada. in Forey, P. L. (ed.), Fishes and the Break-up of Pangaea. Geological Society of London.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ