ーしおりー「異なる世界」
“In a word, a historical phenomenon can never be understood apart from its moment in time. This is true of ever evolutionary stage, our own and all others. As the old Arab proverb has it: 'Men resemble their times more than they do their fathers.”
「歴史上おきた現象。
それはその時代、その刻から切り離されれば、決して理解できはしまい。
あらゆる世代、あらゆる進歩段階において、そうだ。
古いアラブの諺も言っている…「人は、父よりも時代に似る」」
――マルク・ブロック「The Historian‘s Craft」
やや、意訳に寄せてみた。
この格言にあるように、常識というものは、私たちの生きる世界に大きく依存している。私たちの地球を作る一つ一つの前提が過去においても当てはまるとは、かならずしも、限らない。
むろん、すべてがあべこべで、でたらめであるわけではない。
ただ――すべてが全く同じである、とは限らない、と言いたいのだ。
19世紀の地質学者であり、チャールズ・ダーウィンに影響を与えたことでも有名なライエルは、地質学における推論において大きくわけて3つのルールを提示した。
いわゆる、斉一説、である。
1.自然の基本的な法則は昔から一定である。但し例外は新しい種の起源である。
2.地球の過去を説明するために、現在我々が見ることができる原因以外は用いるべきでない。
3.内容だけでなく、強度も違っていたと考えるべきではない。
これが揃ってはじめて、地質学は科学になる。それがライエルの考えだったといえる。彼の目標は、地質学を帰納的な科学とすることだった。この主張は、これをより過激にするとはっきりする。過去にはとんでもないことが起きえた、とすれば神による創造も許容されてしまうし、過去にはとんでもない強度のことが起きた、とすれば大洪水が正当化されてしまう。気になる「いかにして種が発生したのか」に関しては、彼は彼の手記で、ラマルキズムに対してもし進化論が成立したらと思索し、そうすれば世の中が恐ろしいことになるだろうと推論した。彼はのちに、友人であるダーウィンの「種の起源」に対しても長らく慎重な中立の立場をとり続けたように、極めて慎重、かつ自らが社会に与える影響を考え続けた人物だと思う。
だから彼の「地質学原理」の半分以上は、過去を説明するために用いることができるであろう、現在の力と自然現象について割かれている。ライエルの主張はすべて正しかったわけではなかったにせよ。彼の本は大衆に広く呼びかけ、半世紀以上にわたり大ヒットし重版が重ねられた。結果、彼は地質学から、神学や宗教を排除することに成功した。(ところでダーウィンは「なぜ重版されなければならないのかよくわからん」といったとか。親の資産と妻のヒモで一生働かずとも金に困らなかったダーウィンらしい。)さて、これは地質学を学問たらしめる為に極めて有効であった。ダーウィンも師であるセジウィックの仲介で、ヘンズローからこの本を渡されていたことが知られている。その内容が地質学を問わず、現在起こっていることの様々な理由について説明していたことは、かのチャールズ・ダーウィンのビーグル号航海において、彼を特別たらしめた要因の一つだった。また、ヘンズローはダーウィンに「この本の結論は鵜呑みにせず、観察と照らし合わせて批判的に読め」といったことが知られている。ダーウィンはこの本にあったサンゴ礁形成の見解をアップデートし、のちにライエルによる地質学原理の重版の際、フィードバックされている。
――脱線が過ぎた。
さて、私は石炭紀の地球を旅するにあたり、幾らかの――ライエルからすれば気に食わないであろう、現在の地球とは明らかに異なる事象に幾らか遭遇した。次章で述べる内容は、そうした、“石炭紀ならでは“の奇妙な事象群、そして現代とは異なる環境に適応した、植民者たちの奇妙な生きざま――都市や乗り物――が中心となる。
とはいえど、石炭紀の地球を構成する基本原理は現在とほとんど変わりがなく、現在観測できる事実から十分類推可能なものの延長であるから、ライエル氏が敵視し、斉一論においてしりぞけようとした、自然現象を超自然的に説明するような、超自然的・超越的な力が働いたというわけでは決してない。
――ライエル氏が何を考えていたのか、読めば読むほどよくわからない。彼は立場を守りつつ、自らの信念を通すために生きた人のように思う。
文章のうまさも処世術、その言論の内容も処世術、書簡と手記と著書で言ってることが違う――面従腹背、という印象を受けてしまう。
だから彼がいったいどこへゆくことを望んでいたのかよくわからないけど、ライエル氏もどうか、お怒りなさらずに、どこかで安らかにお眠りあれ。




