<石炭紀紀行> 「海面都市」/「バッテリー」
海面に、白い箱が一面に見えてきた。
ひとつひとつをよく見れば、規格品のように、小さな窓がついている。
――あれが、この植民惑星の首都か。
日々、高さ100mを超える重層都市礁に暮らしてきた私にとっては、なんともちっぽけで、簡素なものに思えてならなかった。
さっきの話が耳に残っていた――何かしらの災害――おそらく火災により、この星の旧首都が壊滅的な打撃を受けたらしいこと。そう思うと、この町はどちらかといえば、仮設住居のたぐいなのではないか、とも予想せざるを得なかった。
「変わらない。15年前のまま」
アリアが窓をぐい、と覗き込みながらそう言うので、私はむしろほっとした。
はじめて見る植民惑星の、あまりにも簡素すぎる「町」への反応に困っていたから。
ただ――私の暮らす東京重層都市礁にしても、人が暮らすのは上層数層だけで残りはコンクリ詰めの支持構造と化し、街の9割以上が無人のコンクリ詰めだ。
だからそうそう、ほかの星の街のことを言えまい。
「見た目はその…質素なままだけど、ここ15年でだいぶ拡充されたわ。湾の奥までユニットが増設されて、ほぼ2倍よ、2倍」
「居住ユニットは規格品?」
と私は聞いた。
「そうよ。惑星植民の際には最初に、規格品の居住ユニットを自動製造させるの。だから最初の居住区は居住ユニットを束ねたようなもの。」
「どの惑星に行ってもある規格品ね」
と、アリアが補足した。
「普通はそのあと大きな街をたてるらしいけど、私たちの場合は居住ユニットをそのまま増やして、海面に、横に広げることにしたの。地球の街は上に広げるでしょ?あれってすごく暮らしにくいんじゃないの?私たちの街なら、どこでもボートで行けるわ」
その…燃えた首都は…と聞きたくなったが、さておき。
「移動は、殆どボート?」
「そうよ。立ちこぎが多いわ。オール一本でどこにでも行けるし、歩くよりずっと早いのよ。燃えも爆発もしないし、大きい荷物でもへっちゃら」
「海面上昇で沈む前のベネツィアみたいだ」
リリィは胸を張る。
「そうそう!都市設計もちょっとそれをイメージしたらしいわ。その中で、あるものでできる範囲でそうしよう…って、今に至るわ。」
「すくなくとも、ここではみんな日の光を浴びられる」
アリアが補足した。「重層都市礁の中は、第一層の富裕層以外ほとんど真っ暗なのよ。」
するとリリィは信じられない、とばかりに目を見開いて
「ここなら、太陽には全然事欠かないわ!みんな来て、ここで暮らすべきよ!」
――事実そう、かもしれない。地球のあの暮らしは、何世紀も続いた資源不足が生んだ、委縮しきった収容所のように思えてきた。
「でも、地球人からすると――」
まずいことを言いかけてしまう気がして、口をつぐむ。
「ね、悪くないでしょ?ケイも移住したら?」
――そう言われてみれば、綺麗だと思う。
いかにも貧相で、貧しく殺風景だと思っていた白い箱と、その間を行き交う小舟の群れ。言われてみれば、21世紀のベネツィアの記録映像と少し重なったし、そうみてみると、実は仮説住居の集まりなのではないか、と思った私があさましく思えた。
――記録に残るベネツィアはもっとカラフルで華美だったのは、確かだが。
あるいは、観光地として過剰に華美になる前は、こうだったのかもしれないと思わせるものは無きにしも非ずだった。
水上都市は、もう目の前まで迫っている。
建物の間に張られたロープには洗濯物がひらひらと舞っていて、取り込みのために手を伸ばす人もまた、ちらほらと見られる。
箱状の建物の外縁では、子供が魚釣りをして遊んでいた。なにか、釣れるのだろうか。立ち並ぶ杭にはそれぞれ、細長い、カヌーを思わせる船が括り付けられている。
街を行く人は、驚くほどの滑らかさで、つーっと海面を滑る。あんなに優雅に乗りこなせるのなら、わざわざ舗装路を歩く気も、いやさらには自転車に乗る気すら、起きないだろう。彼らにしてみれば、海をわざわざ埋め立てて陸を作ってから街を作る、という感覚すら、いまいちしっくりわかないのかもしれない。
片手に1.5mはあろうかというオールを持ちながら、一人がこちらに手を振った。
波は、ほとんどない。水のよどみもなく、すっきりと澄み渡っている。
水中を覗くと、澄み切った海中に、生活を支えるのであろうパイプラインが、蛇のようにうねっていた。その間を、なにかギンザメのなかまだろうか?胸鰭をぱたぱた、と羽ばたかせて前進する小魚の群れが、蝶のように舞い、ウミユリが大輪の打ち上げ花火のように腕を広げ、腕足動物が牡蠣のようにひっついていた。
――見たことない、世界だ。
しかし、一方で見慣れたものもあった。
海面をゆっくりと回転する、青緑色のタンクローリーのような機械。
居住ユニットの外縁に数百基が浮かんでいて、駆動のためのソーラーパネルをつけている。ちょっと、海面に落ちた人工衛星に似ている。
地球でもよくみられる、デンプンをとるための海上藻類培養プラントである。
「藻類プラントは、地球と同じなんですね」
するとリリィはすこし恥ずかしそうに
「海上だと植物も育てられないし、そもそも石炭紀の大気じゃ作物が育たないのよ」
「酸素濃度が高いから?」
「らしいわね。持ち込みは当初試みられたけどことごとく失敗、そうこうしているうちに時空外来種の問題が広く取りざたされるようになって、新しい作物の導入ができなくなったわ」
「でも、藻類ならその心配はないし、植民のスタートアップ時に定着できた、と」
「そう!コロニーでも主食だったからみんな食べなれてるし、粉もの料理はよく受け入れられてるわ」
「ファリーリャ(farinha)、だっけ」
「よく知ってるわね!色々な食べ方をするわ。楽しみにしてて!」
いよいよ、船着き場だ。ここにきて、わくわくしている。
ところで、さっきレースで見かけたのとそっくりな、真っ黒く細い船体が並んでいた。
「まず都市に入る前に、ボディーチェックが必要よ。この都市は、防火都市だから」
そうきこえたとき、私はまだ、甘く見ていた。
****
出発する、直前の話だ。空港で便を待つ間の、雑談。
私の端末を見て、アリアは尋ねた。
端末とはいっても、21世紀にあったスマートフォンのような薄っぺらく一体化したものではない。
機能は似ているにしても、弁当箱のように分厚く頑丈なものである。
「ねぇ、ところでそいつのバッテリーは?」
アリアは私の手にある分厚い塊を、コンコンと指の関節で叩いた。
「ふふん、石炭紀安全基準適合済みってやつに換装してきた。」
21世紀後半に災害化したバッテリー出火事故を避けるため、高出力バッテリーの規制と防爆仕様が義務化されたためであるが、石炭紀への旅では、出火対策はそれでも不足していた。
「少なくとも、お縄は回避ね。でもそれ、エネルギー密度は最悪でしょ」
「半分もないや」
「そのバッテリー、ほとんど装甲版だもん」
「硬いってこと?」
「拳銃防げるくらいにはね。出火しても燃え広がらない、爆発しても吹き飛ばない、外から衝撃を受けても貫通しない、が評価基準。撃たれたときは端末を盾にするといいわ。ま、この高濃度酸素大気じゃ、撃ったほうが爆死するかもだけど」
パッケージを見てみると
<多層セラミック空間装甲採用 耐衝撃試験合格済み *コワレモノ!衝撃を与えるな!*衝撃による破損は当社では一切保証しません>
とあった。――矛盾してる。
「あ~それね……」
アリアは深く、重いため息をつき、頭を振った。
「頑丈です!ってウリにしたら、バッテリーメンコなんて馬鹿な遊びをやりだしたやつがいて事故が多発したのよ。……Morons.(バカばっかり)」
「ばかだ」
「ほんっとうにいるのよ、想像を絶するバカって。」
「・・・なんか、顔が浮かんだ気がした」
「ね、いるでしょ?端末コマ回しとかする自殺志願者」
「間違っても、「ディプロドクスが踏んでも壊れない」とか書いちゃいけないね」
その瞬間、アリアの表情からスッと感情が消えた。 冷ややかな目で、遠くを見る。
「――そんなキャッチコピーの文具、売れたけどね・・・今度はアルゼンチノサウルスで!!って取材の申し出があったけど、断ったわ」
「断ったんだ」
「Suicide mission.(自殺行為よ)」 アリアは吐き捨てるように言った。
「結局、ほかの誰かが行って撮ったって。まったく金に目のないばかね」
「そのCM見た。筆箱でよかったよ、バッテリーじゃなくて」
****
そしていま、石炭紀にいる。
目の前には、植民者たちが建てた水上都市があり、その船着き場に、私たちの船は停泊しようとしている。
船着き場には、目を引く――アラビアの刀を連想させるような、真っ黒い船があった。その引けば切れそうなほど引き絞られた船体には、Coast Guardという文字。
「沿岸警備隊?」
と私が聞くと、リリィはぐっと頭を引き寄せた。
「警察よ、海に都市が建ってるから、沿岸警備隊が警察を兼ねてるの。」
その様子があまりにも大仰だったので私はびっくりしてしまった。
まるで、何か悪いことでもしてしまったみたいだったからだ。
「私たち何もしてないよね、着陸しただけで」
するとリリィは「ルーティンチェックよ、ルーティンチェック。でも、さっきの海警のレーサー」
はっと気づく。――最後までトップを走っていたのに、地面が陥没して真っ二つになってリタイア。あれは――気の毒だった。
「気が立ってるに違いないわ。レーシングマシンって、すっごく高いのよ」
そう囁くリリィは、でもちょっとウキウキしているようにも見えた。
「ケイ?バッテリー、ちゃんと高酸素対応の純正品?」
アリアが確認する。私はうん、とうなづく、結構高かったやつだったから。
「結構探すのに苦労したよ、なかなか売ってない、電池持たない、高い」
「両替したら、今度は私が払うわ」
そう言ったアリアの言葉を、私はまだ理解できていなかった。
港に降りると、黒ずくめの、かっちりとした装備に身を包んだ人々に、取り囲まれた。その盾には――たしかに、Police、と書いてある。
「動くな」
いきなりの手荒な歓迎に、心臓がばくばくと跳ねていた。
そして、「荷物をおろせ。確認が必要だ」
という。
アリアはといえば、驚くほど堂々としていた。 怯える私の肩を、彼女の大きな手がガシッと掴む。
「落ち着いて、ケイ。……Routine work.(いつものことよ)」
銃の代わりにボウガンを構える警官たちに囲まれ、震える私をアリアがたしなめた。彼女はと言えば、まるでホテルのチェックインを待つかのように飄々と立っている。 慣れっこ、なのだろうか。
その様子をみると私は、あいかわらず手足がわなわなと震えながらも、気づけば彼らの腰に下がっているのが拳銃ではなくボウガンだとか、見慣れた世界との違いを観察し始めてしまっていた。やはり、高酸素環境では暴発のリスクが高いのだろうか。殺傷力のためになにか、毒でも塗ってあるのかもしれない。
「ごめんね、都市に入る前の洗礼みたいなものなのよ。よそもののせいで街が燃えるのだけはみんな、本当に恐れているの」リリィはそこまで厳密に取り調べを受けているわけではないようだったが、やはり鞄と身の回り品をチェックされている。
――酸素濃度30%を超える街は、なんともユニークだ。
さて、問題が発生した。
警官の一人が、私たちのカメラと端末を指さす。
「バッテリーは没収です。高酸素未対応の違法バッテリーによる火災、旅人さんも知ってるでしょう。勿論、罰金のことも。」
と主張するのである。ザッ、と彼らが動く音が聞こえた。
そして、一斉にバッテリーケースが開けられる。
そして、バッテリーが純正仕様で、しかも製造年月日が最新であることを確認すると、目を丸くして、にかっと、白い歯を見せた。
「では、これは持っていきますからね」
といって結局…警官たちは、電源類を全部没収していってしまった。
重層都市をあっちこっち探し回って、アキバまで探しに行って――あんなに高かったのに。私はすっかり、しょげてしまった。
アリアのカメラの電池もみんな没収されてしまっていたが、彼女は全く動じる気配はない。
肩をすくめ、小さく鼻を鳴らしただけだ。
「……Tax.(税金ね)」 彼女はボソリと呟いた。
「でしょ? 私が払うって言ったじゃない」
なにが「でしょ」だ。せっかくあんなに準備したのに。
「罰金もお縄も回避、バッチリじゃない! あれはね、通行料代わりの現物支給。どうせ没収されるなら、高く売れる純正品の方が心証がいいのよ」
そう言うアリアに、こちらの常識とはいったい…と思ってしまった。
ひとつわかるのは、もし非正規のバッテリーだった場合、没収された上に罰金がとられていただろう、ということだ。――まあ、あのレーサーの修繕費になるんだろう。
終わったあと、警官の一人が言う。
「おいリーリア、今度はまじめに勝負しろ、今度こそ逃がさねえぞ」
リリィは舌を出しながら言う。
「今度OBとして言っとくわ。「安全第一、ゴールしたやつが一番偉い」ってね」
「リリィ、レースに出てたの」
「ま、むかし、ね」
リリィはそう言って、アリアを見あげた。
アリアは微笑して、しばらく見つめあっていた。なにかあったんだろう、ということは少なくともわかった。そして、リリィが口を開いた。
「ごめん、アリアの機器は把握してるから、替えのバッテリーは宿に準備してるわ。でもケイの端末のぶんは…。合うの、あるかな…」
「ごめん、申告忘れた!」
どうやら、しばらく端末なしで過ごさざるを得ないらしい。 電子マネーの類は…全滅だ。カード決済も、ここでどれだけ通じるのやら。端末が死ぬということは、現代の地球人にとって手足を縛られるに等しい。アトラスのアカウントがBANされている人が言えることじゃないが。
アリアは私の空のポケットに手を伸ばし、励ますように背中をバンッ!と叩いた。
「痛っ!」
「Don't worry. どうせ電子マネーなんて、パラーでしか通じないし!」
彼女はニカっと笑う。
「ここからは、Cash is King.(現金がすべて)よ。……じゃ、次は両替ね!」
――両替ったって、どこで何と替えるんだよ、と思ったら、アリアはアナログなカードをチラっと出した。




