<石炭紀紀行>「マップとポイント 1」
人類が過去の地球に植民し始めて、およそ50年が過ぎた。
主人公ケイは、大学の友人アリアに誘われ、石炭紀の地球への旅に出る。
そして、二人は宇宙へと飛び出した。
現在と過去をつなぐ超時空ゲートはラグランジュ点L1に建設されているためだ。
宇宙船から、石炭紀の地球を観察する。
今回はパンゲア編。
登場人物
ケイ・ヤマナカ・・・主人公。小柄で少年のような容姿だが、女性。大卒、現在は会社員。
地球出身の日系。多方面に知識豊富だが、生計のため研究の道を諦めた。
大学時代は地球上で採集観察活動を行っており、過去に旅するのは初めて。
アリア・エンバートン・・・ケイを今回の旅に引っ張り出した張本人。
明るい茶色の髪をなびかせる長身女性。
現役の恐竜研究者であり動画配信者。
アメリカ合衆国の後継国家である火星連邦出身。
この旅の直前にも白亜紀で恐竜調査をしてから旅に来ている。
石炭紀の地球のつくる、青く巨大な円弧を、大気圏が淡く縁取っている。
その様子は何度見ても幻想的だ。
ただ、ぼんやりと、眺めていて、よいのか。
ひたすら青黒いパンサラッサ、緑、白、赤土のトリカラーに彩られたパンゲアを通り過ぎ、エメラルドグリーンの古テチス海が目下を流れていくのを。
大陸と海洋の配置を除けば、肉眼では現代の地球とほとんど変わらない。
ああ、もっと私の目が鋭かったならば。
数%程度の差異を見抜くほど人間の視覚は精密ではないのを、悔やむほかない。
しかし幸いにも、ここは宇宙船である。
人間の目ではとらえられないごくわずかな差異を、多機能高分解能分光観測システム(Multi-band High-resolution Spectrometer:MHS)、重力波観測システム、合成開口レーダーがそれぞれ観測していた。モニターには簡易的な疑似カラー画像と、現在の地球における標準的な模式図が映し出されている。ユーラメリカ西端では、大規模な水蒸気が映し出され、そこでの海水温は湧昇流の影響で大幅に低下している。クロロフィル濃度が上がっている。この時代の海洋プランクトンは何が優占しているか…気になる、見たい。あと生きてるアクリタークとか、ぜひ見たい。地殻の厚さはゴンドワナ北端で確かに厚そうだ。うーむ、マントル下降による引き込みとも思ったけれど、やっぱり中央パンゲア造山帯による前縁盆地かもしれない、あの熱帯にできた、ひずみ。合成開口レーダーが、熱帯に並ぶ巨大な湖沼群や沼沢地の輪郭を、くっきりと映し出していた。あそこにはまず間違いなく、リンボク類の“柱廊のような森”があるはずだ。濃い緑に見えるのは、森本体だろうか?それとも、水面だろうか。微小環境の差によるすみわけは、確実にあるだろう。
地球を6周回もすれば、高緯度地域を除く大部分が網羅されていたが、北方の海上と南方のゴンドワナ氷床はまだ、グレーなままである。
しかし、もう十分だろう。少なくともゴンドワナ氷床のど真ん中に探検しに行くわけではない。プレビューを保存し、端末に表示されるポータブル地図にオーバーレイしていく。
――ふと拡大してみる。なにか、違和感を感じたからだ。ほんの少しだけ、彩度が低い。もう少し拡大してみると――都市の周囲だけ妙に地図が新しくなっており、その縁ではパツっと、人工的に切れている。海岸線が、噛み合っていない。
「ちょっとアリア、このポータブル地図――古すぎない?更新必要かなって。ほらこことか」
画面共有した地図では、その端っこでぱっつりと人工的な直線が、海岸線からせり出していた。原因は都市建設ではありえない。なぜなら都市は――その沖合に、海上都市として点在しているからだ。となると、地図がダメだ。
アリアは笑う。
こういうとき、咄嗟に笑えるのって、羨ましいな、と思った。私には、できない。
「はは、ケイ。人口5万人の星でしょ?地図があるだけマシ。最新データじゃないとダメとかよく査読者に言われるけど、ないからムリっ‼って返したり…」
「それで、いいんだ」
アリアは両手をぱっと広げ、肩をすくめてみせる。
「ないもんは、ない!でしょ? 地図屋じゃありません!って。」
「――って言うと案外「これを使うといいよ」とか教えてくれたり。厳しいだけじゃなくて結構助けてくれることもあるのよ」
――現代地球では、地図はあらかじめあって当たり前であり、古い地図を使うということは、研究に対しての怠惰さを露呈することでもある。最悪、それだけでも通らないし、詳細な産地図を書くためには、直近一年間の地図がないと――「この地図は更新が不十分です。最低でも直近1年のデータが必要です」と赤字で書かれる。
ああ。刻一刻と、環境は悪化しているから。
「地球一個あたり、惑星は5万人」
――5万人。この地球1個に、人はたった5万人。
相当な辺境に行っても、たいてい街らしい街があれば、人口は10万人程度いる。
「圧倒的に少ないわね。他の時代なら、百万都市もあたりまえ。海上じゃなくて、大陸の縁に城みたいなのが建ってる。ここはド辺境なのよ」
「たしか、大学の学部生と院生、教職員ぜんぶあわせて3万人だよね?」
「ケイが居たころはそうね。いまはだいぶ減っていまは2万7000人」
「大学一個半で回す経済…ムリだ。技術文明を維持するには、なにもかも、足りない。機械類は軒並み現代地球からの輸入にでもしないと製造業が維持できない。ましてや気象衛星による観測なんて…」
「そうよ。だから30年前、植民開始時に撮られた地図がベースになってるの」
「そりゃOutdatedになるわけだ。その衛星、その後は?」
「今はどこの星かしら。撮らなきゃいけない星はたくさんあるから。まだ新しいゲートの繋ぎ先はどんどん開発中だから、引っ張りだこなのよ」
「自前の衛星は、ないってわけか…」
気象観測衛星を打ち上げ、誰も通らない99%の大地に対し詳細な地図を作る――いらないし、コストパフォーマンス的に、無意味だ。
ぱっつり切れている、といっても誤差は2~3m。
日常的かつ感覚的な補正で十分足りる。
「だから最低限、安全な着陸の補助のために大学の補助で「研究用観測」という名目で宇宙船団の1機に観測機器を満載してるってわけ。」
「その観測データも、民間には還元されず大学が使うだけ――って。」
「そ。大学がバックにある私たちが使うのは自由だけど、勝手に流出させると違約になるわ。気を付けて」
「この星が「植民」惑星って言われてる意味、よく分かったよ。」
「搾取してるって批判は当然あるけど、そうしないとこの星も回らなくなってしまうから、仕方ないかなって思う」
――こうやって私たちが調査すること自体が、支配の一環なのだ。しかし支配にもたれかからなければ、成立できない――そんな、ひどく歪んだ社会。
「ボクたちの調査もいつか、“帝国主義的調査”って揶揄されるんだろうね。」
「そう、かもね。」
それにしても――この宇宙旅行の過酷さを踏まえると、5万人もよく運んだな、と思う。
そして、5万人運んでも――これなのだ。
現代地球でみた「一家を上げて、過去へ――あなたの子どもに豊かな自然を」の広告が、ふと脳裏に沈んだ。




