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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
異なる惑星ー石炭紀の地球を、宇宙から眺めると―
34/227

―描写を支える科学的背景―  石炭紀の地図とパンゲアについて

パンゲア(Pangaea)を漢字に訳すと、「汎地」となるだろう。

“Pan-”は「広く、全体にわたる」、たとえばPan-Americanism(汎アメリカ主義)のように。

そして“Gea”は、ガイア――ギリシア神話における大地の女神。地理を意味するGeographyとも、語源を同じくする。


その大地を取り囲む海――それが、パンサラッサ(Panthalassa)である。

これもまた、「汎海」と訳せよう。

“Thalassa”は、ギリシア神話に登場する海の女神の名でもある。

あまり身近な単語ではないが、生物の学名などには、しばしば顔を出す語である。


では、作者の観点から、解説を始めることとする。

石炭紀後期の世界地図は、大まかには南極に左手の手首を置いて、親指と人差し指で軽く弧を描いて、ちょっと手の甲側から見たような形をしている。

親指の先がオーストラリア、手首が南極、手の甲が南米+アフリカ、指と手の甲の間の関節(MP関節)をへだててヨーロッパ+アメリカ(ユーラメリカ)、指のちょうど真ん中の関節(PIP関節)を隔てて中節骨がシベリア、指先の関節(DIP関節)を隔てて末節骨が、南中国である。

詳細な対応関係は、図を参照してほしい。

さて、左手を見てみよう。指の付け根には、関節にあたる“こぶ“が並んでいると思う。

この“こぶ“こそ、石炭紀の氷河期的気候を語るうえでの主役といえる。


石炭紀前期、北米+ヨーロッパ(ユーラメリカ大陸という)とゴンドワナ大陸(南米+アフリカ+南極+インド+オーストラリア)が衝突し、その間にあったレイク海(Rheic Ocean)が消滅した。そして、そこに大規模な造山運動が始まる。結果として、左手を見たときに丁度「こぶ」ができているあたりに相当する、巨大な山脈が成立した。

これを、バリスカン造山運動という。


さて、大陸の衝突を考えたとき、“盛り上がった”山脈が、その重みで周囲の近くを沈みこませることがイメージできるかと思う。こうして造山帯の手前にくぼ地ができる。この窪地—前縁盆地という―こそが、石炭紀の大湿地帯となった。


さて。

この構造は、少なくとも2つの理由で地球を氷河期に陥れることとなった、とされる。

まず、造山運動によって赤道付近に隆起した山脈は多量の降雨を降らせ、山脈の形成に伴い露出した岩盤の風化が促進されることとなった。植物の上陸以降、岩盤に根を下ろす植物の根の影響で風化速度がそれまでに比べてさらに促進されつつあった。そして、風化の過程では二酸化炭素が消費される。岩石の風化による二酸化炭素消費は現在も最大の二酸化炭素除去要因であり、大規模な山脈形成は二酸化炭素の大気中からの除去につながる。

これは一般的な氷河期の成因であり、更新世の氷河期――(今現在も氷河期である!)もまた、ヒマラヤ山脈やチベット高原、アンデス山脈の風化による影響が最も大きい。

さて、バリスカン造山運動によってできたはずの巨大な山脈はいまでは見る影もないほど風化していて、ベルギーのアルデンヌ高地やドイツのシュヴァルツヴァルト、スペインのイベリコ山系などに名残を残している。(なお、アパラチアーバリスカン造山運動ともいうが、アパラチア山脈の一部はカレドニア造山運動、一部はバリスカン造山運動によって作られたため注意が必要である)。


もう一つ、寒冷化を推し進めた要因がある。

これは石炭紀~ペルム紀前期に特徴的なもので、前縁盆地が沈降し、そこに泥炭(のちに石炭となる)が堆積したことによる炭素隔離である(Nelsen et al., 2016)。

そう――バリスカン造山運動がヨーロッパ+北米と南米+アフリカの衝突によって起きたからこそ、産業革命の際にあたかも“都合よく”欧米諸国の地下に大量の石炭が埋蔵されていたというわけなのだ。

寒冷化には、ほかの要因も挙げられる。たとえばレイク海の閉鎖によって海流が物理的に寸断されたこと(同様の寒冷化はパナマ海峡の閉鎖によっても起きた)も、石炭紀後期の氷河期を助長した(Veevers & Powell, 1987)。


後期古生代氷河期がいつから始まったのか(7000万年氷河期か、はたまた一億年氷河期か?)またバリスカン造山運動以外にも、ゴンドワナ大陸がペルム紀前期に南極点を通過することによるなど、さまざまな要因が挙げられている。しかしながら、本格化するのはやはりバリスカン造山運動が盛んになる石炭紀後期からペルム紀前期である。


後期古生代氷河期は、顕生代(カンブリア紀からこちらのこと)で最大の氷河期であるにもかかわらず、日本においては知名度がきわめて低い。今でもその成因は分かっていないことだらけだ。後期古生代氷河期の全貌と詳細は語るだけで本が一冊必要になるレベルである。

後期古生代氷河期の凄まじさについて知りたい方はMcGhee (2018)、もう少し醒めた目線で知りたい方はMontañez & Poulsen (2013)などを参照していただくこととして、この解説はいったん、一区切りとしたい。


ところで、ここまでは“一般的な”石炭紀の地図について紹介した。

この地図の歴史と、それに対抗するもう一つの説について触れておこう。

さきほど“左手”であらわした石炭紀の地図は、大陸移動説を提唱したウェゲナーによる大陸配置をほぼ踏襲している。ウェゲナーの描いた石炭紀の地図は石炭の産出地、リュウビンタイ類(現在では専ら熱帯性のシダ植物)のPsaroniusがヨーロッパや北米から算出すること、乾燥気候を示す岩塩などが中緯度高圧帯に沿って分布すること、ゴンドワナの迷子石が南極を中心として分布すること、などから導き出されている(ウェゲナー「大陸と海洋の起源」)。(パンゲアA仮説)

この配置は長らく踏襲されてきたものの、古磁気データ上では石炭紀からペルム紀前期の極位置が、ローラシア側とゴンドワナ側で一致しないという問題が指摘され、石炭紀からペルム紀前期にかけてはゴンドワナが約30度東にずれていたのではないか(左手の例えだと、小指が宙ぶらりんになって、手背の外縁が薬指の付け根についているイメージをしてほしい)、そしてペルム紀中期にゴンドワナが“スライド”して古典的なパンゲアが完成されたのではないか、という“パンゲアB仮説”が提唱されることとなった(Irving, 1977)。パンゲアB仮説では赤道直下の湿地帯がより広大になり、気候説明にも有利である、とする意見もある(Kent & Muttoni, 2020)。

しかし2025年時点では状況証拠としてはこれを支持する情報はあるものの、大規模な横ずれ運動を説明する理論が不十分であることなどから古典的なパンゲアA仮説のほうがよく支持されている。そのため、本稿ではパンゲアA仮説を軸に解説を行った。

ただ――今後の研究の風向きによっては、石炭紀の地図が大きく書き換えられる危険性が無きにしも非ずである、ということに関しては、くれぐれも注意願いたい。


*備考:ちなみにバリスカン造山運動とよく並び称されるカレドニア造山帯は非常にザックリといえば、シルル紀に北米+グリーンランド(ローレンシア大陸)とヨーロッパ(バルチカ大陸)の衝突により生じたものであり、バリスカン造山運動とよく似た結果を招いた。NHKスペシャル「地球大進化」に詳しいので、ぜひ見よう。

**本作では中央パンゲア造山帯をごく小さく描いているが、こちらの解説では無難な、巨大なパンゲア中央造山帯による前縁盆地の形成、として描いた。但し、宇宙から山々を見たとき、もっとも目立つのは山岳氷河である。石炭紀の熱帯における山岳氷河が成立したのか否かに関しては、これまた議論が難しい。


Nelsen, M. P., DiMichele, W. A., Peters, S. E., & Boyce, C. K. (2016). Delayed fungal evolution did not cause the Paleozoic peak in coal production. Proceedings of the National Academy of Sciences, 113(9), 2442-2447.

Veevers, J. T., & Powell, C. M. (1987). Late Paleozoic glacial episodes in Gondwanaland reflected in transgressive-regressive depositional sequences in Euramerica. Geological Society of America Bulletin, 98(4), 475-487.

McGhee Jr, G. (2018). Carboniferous giants and mass extinction: the late Paleozoic ice age world. Columbia University Press.

Montañez, I. P., & Poulsen, C. J. (2013). The Late Paleozoic ice age: an evolving paradigm. Annual Review of Earth and Planetary Sciences, 41(1), 629-656.

Irving, E., 1977. Drift of the major continental blocks since the Devonian. Nature 270,

304–309.

Kent, D. V., & Muttoni, G. (2020). Pangea B and the Late Paleozoic ice age. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 553, 109753.


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