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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
異なる惑星ー石炭紀の地球を、宇宙から眺めると―
32/227

<石炭紀紀行> 「不死身の海洋」


  

目下に広がる、古テチス海。

周囲をゴンドワナ、ユーラメリカ、シベリア、南中国に囲まれた、穏やかな海である。

内海、といっても、インド洋に匹敵する大海だ。

モニターに示される海洋のクロロフィル濃度は、パンサラッサにおけるものよりも著しく高い。

水温もやや高い。

エメラルドグリーンに染まる沿岸域には、色とりどりの礁が発達していた。

この海域は紆余曲折を経たうえ、現在の黒海やカスピ海に至ると思うと、その息の長さに驚くばかりだ。


ここまで息の長い海域はなかなかなく、生物の進化にもさぞかし大きな役割を担っていたに違いない。


古テチス海がいつからあったのか、というのは大きな難問だ。

一般には、南中国地塊をはじめとしたゴンドワナ周囲の陸塊とゴンドワナ大陸の間に海洋地殻が生じ、深海を隔てて分離した結果生まれた海、と言われている。

そこに海洋地殻が生じたのは、おおよそデボン紀のことだ。


海洋地殻を重視する地質学的立場からすれば、確かにそうである。

海洋地殻による深い海洋盆は、かつてウォーレスが主張したように、大陸に連なる大陸地殻とは全くの別物である。

過激なことを言うならば、大陸棚とそこから続く大陸斜面は、海ではない。

大陸の裾野に海水が溜まっているのであって、海洋プレートが底をなす大洋とは分けて考えられるべきなのだ。


しかしながら、生物にとっては違う。生物にとって最も重要なのはまさに大陸の縁辺、大陸周囲の浅海である。「海の砂漠」ともしばしば称される、深海まで続く大洋は海洋生物にとって、越えることすら困難な不毛の地だ。

そして、多くの生き物が、変遷する浅海を渡り歩きながら進化してきたのである。

したがって、生物的起源を求めるにあたっては、古テチスに関連する生物群の起源をもっとさかのぼる必要があるだろう。


南中国とゴンドワナの間には、それ以前も長い間浅海があった。

この浅海は、なんとカンブリア紀まで遡れる。

たとえば有名な澄江生物群からは、当時南中国とインド、オーストラリア東岸の間にあった、熱帯の浅海にどんな生物群がいたのかをうかがい知ることができる。

当時この海は熱帯の赤道直下にあり、カンブリア紀が極めて温暖な時代であったことも併せて、水温が30度を超すような、熱い海であったはずだ。

その後、南中国とゴンドワナの間に広がった浅海は、亜熱帯へとやや南下しつつ拡大を続け、そしてデボン紀に海洋地殻を生じて、裂ける。これが古テチス海だ。


さて、石炭紀後期の時点ではゴンドワナとユーラメリカは合体し、シベリアも今にも合体しようとしている。

それらに囲まれた古テチス海は、巨大な海洋として多くの生命をはぐくんでいる。


では、この海はどこに行ったのだろうか?

ペルム紀、ゴンドワナから新たな地塊、キンメリアが分離する。

キンメリアというのは東南アジアからトルコまでを含む地域で、これを名付けたのは以前も登場したジュースだ。キンメリアはゴンドワナとの間に海洋プレートを形成しながら北上し、古テチス海は三畳紀には消えた――

ことになっている。


しかしながら、キンメリアとローラシアはそれでも完全に衝突したわけではなく、温暖な時代である中生代を通じて浅海として存在し続けた。

では本当にとどめを刺されるのは、果たしていつなのだろうか???

白亜紀、インド大陸がゴンドワナから分離し、始新世にはユーラシアに激突してヒマラヤ造山運動がおこる。このとき、ようやく東部での浅海はとどめを刺されたわけだ。

さらに中新世には、アラビア半島がユーラシアに衝突し、さらに縮小する。

しかし、それでもすべてついえたわけではない。

西方ではこの浅海はアルプス造山運動に伴い形成された浅海である、パラテチス海に接続している。このパラテチス海というのはジュースが海洋のダイナミズムについてウォーレスに反論した際にふれた、ヨーロッパを水浸しにした海である。

パラテチス海はその後分断、孤立を繰り返し、現在では黒海、カスピ海、アラル海などの巨大な内海および湖沼として残存している。


おや、通信だ。


「……っはあー、やっと送れた……えっと、久しぶり? 二日ぶり? ごめん、全然余裕なかった。白亜紀の標本データ、こっちが思ってたよりはるかに混沌としてて……でも、まとめたらすっごい論文になりそう! だから、ちゃんと出してからじゃないとダメでさ。そうじゃないと、ケイと石炭紀での旅、集中して楽しめないもん」


そう話すアリアは、ハチマキを締めていた。

――ああこれ、以前あげたやつだ。「20世紀的集中力アップ奥義」っていって。

この狭苦しい環境の中で、必死に根を詰めていたのだろう。目は落ちくぼみ、それでも奥で爛々と輝いている。


「あ、それでさ、動画配信って言ってたけど……こっち、全然撮れてないや。ごめんね。だからさ、そっちで何か撮ってくれてたら嬉しいなって……ほら、ケイなら解説もうまいし」


解説、うまいのかな……いや、そんなことはないと思う。

動画……正直、タイピングしてる後ろ姿しか映ってない。

ひたすら地球儀がくるくるしながら、私のエッセイが延々と流れる動画――

考えただけで、放送事故だ。


「あーもう、ちゃんとしたメッセージじゃないね……でも、今はこれが限界っぽい。ハチマキ巻いて頑張ってるよ、あの時もらったやつ。なんか、巻くと落ち着く。じゃ、また送れるようになったら連絡するね。ケイの声も聞きたかったな、ほんとは」

……あれ、なんで涙出てるんだ?


「ケイ、何かあった?」


「……いや、何だろうね」

そう言ったとき、瞼から涙が一滴、ふわりと離陸した。


何やってるんだ、私。


古テチス海の最後の海辺が、目下を通り過ぎた。

そして広がるのは――雄大な、緑、赤、白、トリカラーの大地だ。


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