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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
「あたりまえ」は通用しない世界 
32/195

<石炭紀紀行> MUD RACE / ―描写を支える科学的背景―  内海の形成と、パンゲアー古テチス海の交流

バラバラと羽音を立てながら、中継ヘリコプターが旋回する。

海上座席に張り出された巨大なモニターには、干潟に張り巡らされた、らくがきみたいなコースが映っていた。

鉛筆で書きなぐったような、めちゃくちゃなラインどり。しかもあっちこっちに潮だまりができて、クレーターみたいに光を吸い込んでいる。

「おう坊ちゃん、宇宙から来たんか」

振り向くと、まるまると肥えた男が立っていた。塩気を含んだ乾いた風に、彼の頬肉が軽く揺れ、吹き出す汗が頬を伝っている。

手がぬっと伸びてきて、かさぶたの浮かんだぶっとい指が頭に振れた。

頭なでんな。宇宙帰りは、臭いですよ。

――他意はないようなので、赦す。

「そうですね、大学の調査で」

おっさんは、いいカモを見つけたとばかりに、ニカッと笑った。

「んじゃ坊や、このレースは初めてだな」

「そもそも何のレースかも知りません、ボートだとしか」

するとおっさんはさらに気をよくするのだ。肥えた頬が真っ赤になって、いう。

「まずな。ルールがある。あのコースは、全部無視していいんだ。」

「コースなのに、ですか」

「ゴールを見てみろ」

指の先、干潟の奥。

コースからぽつん、と離れて、「陸上に」2本の棒が立てられている。

――サッカーゴールみたいだな。

「あの、2本の棒ですか」

「おうよ。あの棒の間を座席が通ったら、ゴールだ。見てみろ、どのコースからも行けねえだろ?」

「そうですね、たしかに…あれ、ルールとして破綻してませんか、それ」

「あとな、コースのお披露目も今が初めてだ。浚渫船がさっきめちゃくちゃに掘って、潮が引くとこうやって現れる。誰もどんなコースか知らねえ。選手だってな」

「選手たちもこの空撮、見てるんですか?」

「見てねえ。通信機器の持ち込みは禁止だからな」

潮の引きとともに、モニターの空撮が更新される。引き潮の進行とともに、いくつかのコースが、溶けて崩れた。

「このレースはな、宇宙船の落着が未だ命がけだった時代を模してんだ」

おっさんはポケットから干し肉を出してかじる。

「湿地帯に墜ちた宇宙船を回収する。どんな悪路でも、行って、拾って、帰る。ってわけよ」

「じゃあ、なんでゴールが干潟の真ん中なんです」

「そりゃおめえ、見てのお楽しみよ」

その瞬間、ファンファーレが干潟の上空に響き渡った。

画面が切り替わり、モニターにはレース会場に並んだ艇の列が映し出される。だが、どれも「船」と呼ぶには無理があった。

「今回の挑戦者、まずは初参加の《イリノイ漁師連合》!」

白地に青い帯の入った、まるで古い耕耘機のような無骨な艇体がアップになる。船底には、幅広で頑丈そうな、2本のアルキメディアンスクリューが装着されている。

デッキはオープントップ。中央にポツンと座席があり、フレームがむき出しだ。

『今回の抱負は?』

『まずは……完走、でしょうか。明日からも水揚げあるんで』

実況席の声が、やや困惑気味に伝える。モニターの端で、座席の固定を調整していたクルーもまた、どこか素人っぽい。

――なんだありゃ。

アルキメディアンスクリュー推進。たしかに悪路走破にはピッタリ。

オープントップなのが、かろうじて船っぽくはあるけれど…

どちらかといえば、車のたぐいだ。

「ありゃぁ・・・原型機まんまじゃねえか」

「原型?

「火星軍のやつらがバカみたいに量産した全地形揚陸艇。今やジャンク市場に溢れてるやつ、まんまさ」


「続いて登場、漆黒の精鋭《パラー海警隊》!」

モニターが切り替わると、細く長く、刃のように引き締まった黒い艇体が映る。後部からは細く伸びたスキッドが左右に突き出しており、前方には一基だけの巨大なスクリュー。

『切れ味の良い艇体、一本スクリュー、そしてスキッド操舵。これでどんなに細い水路も突破可能!』

『今回の抱負は?』

『逃がさねぇぞ』

「……何を追ってるんですか、あれ」

「ま、警察だからな」

「続いて、毎度上位を争う《アンデス航空整備隊》!」

観客がざわめいた。真紅に塗装された艇体。まるで飛行機のフロート部分をそのまま落としたような、異形のフォルムだ。

下部には左右に長く伸びた双スクリュー。その浮力で、まるで宙に浮いているかのように安定している。

『今回の抱負は?』

『飛びたいですね』

「あの構造…船体のほとんどが宙に浮いてる。後部にエンジンがあって、アンバランスだけど重心は取れてる。水しぶきの跳ね返りを防ぐために、長いビームで座席を高く立ちあげてる…水上飛行機のフロートみたい。スクリュー自体も軽い?」

「おめぇわかるじゃねえか。航空基地だからよ、軽量船体で水に浮くんよ」

「次は、《クロウラー》!」

どっしりとした全高のある艇体、特徴的な四本スクリュー。その足元には、後方にぐるぐると巻かれた粗朶ロールが2巻分。

ほかのチームが水を飛ばす中で、こいつはすでに水に乗る気がない。

「おう、出たな、毎回、水上に一切出ないチーム」

「菱形戦車が塹壕を渡るアレの再発明・・・コースも塹壕みたいなものってことか…えぇと、だいたいよくわかりました。とんちきメカでとにかく何としてでもゴールにたどり着くゲーム、ってことですね。」

「そうだ。全地形揚陸艇ATLLCをベースにしていればなんでもいい、ってわけよ」

――ATLLC:All Terrain Light Landing Craft。

そのとき、号砲が轟く。

一斉に、「ヘンな機械」が飛び出した。



ファンファーレ。

号砲が空気を裂く。四つの機体が一斉に水しぶきを上げた。

飛沫の壁が、観客席の手すりを白く湿らせる。


まず飛び出したのは、やはり《パラー海警隊》。

細長い艇体をわずかに傾け、一本スクリューが水を切り裂くように推進する。スキッドが左右に微妙な角度で伸び、水面を滑るように曲がっていく。

まるで水上バイクと戦闘艇を融合させたような操舵。

操舵手が肩越しに手投げの有線ドローンを「ひゅっ」と投げ上げた。

ケーブルコネクタをひねって——投棄。

地図さえ作れば、もう用済み。パラーの操縦士は一度も振り返らず、水上コースをゴールへの最近接点に向けて、一気に突き抜けていく。

左スキッドは40mm突き出し、角度+1.0°。右は水面からリフトアウト。


後を追うのは、深紅の《アンデス航空整備隊》。

やや遅れての加速だったが、進み出せば異次元だった。

サスペンションが強烈な水しぶきをものともせずに吸収し、双スクリューは航空機のフロートのように**泥水の上を“滑る”**ように走る。

どこまでも安定し、どこまでも滑らか。泥濘の上に、まっすぐな水線が一筋、残っていく。


その後方、泥水の跳ね返りと格闘していたのが《クロウラー》。

完全陸上戦仕様の四本スクリューは、まるでオフロードトライアル車。

コースに差し掛かると、そのまま落ちるように落下、そのまま前進を続け、泥をかぶりながら立ち上がる。後方に丸められた粗朶が、泥底を押し――立ち上がった船体が、泥しぶきを巻き上げながらがばっ、と倒れこむ。

そして、出遅れたはずの《イリノイ漁師連合》が、地味に、だが確実に順位を上げていた。クラシカルな2スクリューは地味ながらも安定性が高く、経験と勘に支えられた操舵は、目立たずとも無駄がない。

潮の引き方、日射の強さ、干潟の起伏。それらすべてを読むようにして、わずかな傾斜をついてショートカット。――うまい。

パラーはスキッド角を+1.8°まで上げて一本スクリューの癖を相殺、針路を糸のように通す。アンデスは推進角を一定に、後方重心が効率を押し上げる。イリノイは境界線を踏まずに縁舐め。クロウラーは排水が増えて少し遅れる——はず、だった。


しかし、干潟の奥に進むにつれ、コースは、なくなった。

ゴール前の泥干潟、それが最後の関門であり、一番の見どころだ。

そこはもう、もはや「水」ではない。ただの泥ですら、ない。

はじめは、平坦な泥にしか見えなかった。しかしその上を踏み抜くと、突然割れて泥に沈む。藍藻がストロマトライトを作り始めている、というわけか。その下にあるのは、粘りと硬さを増した、濃厚な泥。

進入した艇はどれも、急激に速度を落とし始めた。

「来たぞ……得意地形だ」

クロウラーの機関士の叫びと共に、船体がさらに前傾姿勢を取り、スクリューが前輪駆動のように泥をかき出す。

粗朶ロールが泥の上に広がり、船体は“陸”を這うように前進。

他艇が泥に取られ、姿勢を乱す中、クロウラーだけが一直線に進む。

ついに、アンデス航空整備隊の横を抜き去った。

「嘘だろ……陸しか走らないはずの”ボート”に、抜かれた?」

操縦士が呟くが、それも無理はない。

このゾーンでは、水に浮かぶ構造こそが仇となる。

アンデスの長いスクリューは浮力で持ち上がりすぎて泥を掴まず、後部が振られ始めていた。

「重心、後方に移動。エンジン止めて流します」

「滑走状態を……解除だ」

隊長が短く指示を出すと、サスペンションが沈み、船体がようやく泥に触れる。

ゆっくりと、再加速を始めた。

その隙に、さらに迫る影が一つ。

——《イリノイ漁師連合》だった。

長年の経験と勘を頼りに、水路の脇にうっすら残る乾きかけの裂け目を見つけていた。本来なら足を取られるべき泥の裂け目が、ちょうど船体ちょうどほどの幅で、硬化していたのだ。

「ここだ……突っ込め!」

2本のスクリューが左右で水を跳ね上げる。

泥のクラックをなぞるように走るイリノイの艇は、再びクロウラーの後方に迫っていた。

その時――先頭を走り続けていたパラーが――突然、折れた。

漆黒の船体が突然、泥の中に落ち、トルクで船体が破断。

右舷が消え、一本スクリューが空を掻いてきぃんと鳴いた。

「擱座」実況が短く言う。モニターに赤い×。


「ピットフォールってやつだな、日ごろの行いがさぞかし悪いらしい」

海進で水没した古い塩原、塩が地下で溶けて空洞ができる。表面は塩泥クラストで平らに見えるが、下は蜂の巣。荷重がかかると、突然落ちる。


クロウラーは賭けに出る。後ろの粗朶を二巻同時に投下、網が解けて前方に橋のように展開する。ぼこぼこと気泡が上がる。

一拍——艇尾がふわりと浮き、次の拍でぐらり。

箱部に水が入る音が、観客席まで伝わった気がした。

ポンプは全開だが、追いつかない。泥で目詰まりしたらしく、バケツリレーだ。

しかし間に合わない。ストロボが点滅し、乗員がちゃぷと飛び出す。

「擱座」実況が短く言う。モニターに赤い×。


アンデスは外側の弧を描いて回避を選ぶ。

だが塩泥クラストの上はグリップが薄く、推進は空転に近い。

派手な飛沫だけが遠くへ飛んで、速度が削られていく。

操舵手が息を吐く。「逆相、ブリップ——」

一瞬だけ逆回転でヨーを殺し、ダンパの再圧で荷重を後方に集め直す。

フロート兼用の中空スクリューが浮力を立ち上げ、空転音がぐっと低くなる。

前身と交代を繰り返し、あがく。

急ぐ必要はない――残りは、全滅だから。


イリノイは止まらない。

艇底に伝わる振動が鈍るところを、ひとつずつマーキングして避ける。潮の匂いがわずかに変わる。硬化帯と薄水の境界だけを、ジグザグに縫う。

「ここで突っ込めば、持ってかれる」操縦手が小さく言い、相棒が頷く。

カチン。DZUSピンが外れ、座席ユニットがレールから滑り出る。

折りたたみスキーを展開、短尺ラダーがかりっと噛む。ラッシングで台座を固定、牽引索を前後に取る。乗員は座席に固定されたまま、二人で引く。


観客席がざわめく。実況も一瞬、言葉を失う。

乾いた塩風の中、二人の呼吸音だけが近い。

「角、五度外へ」後ろ手が言う。牽引角がわずかに変わり、座席はぐらと傾きを戻す。

ゴールの二本の棒が、すぐそこに大きくなる。内側面を舐めるように——


ぴっ。


光学センサーが短く鳴った。

歓声が一瞬吸い込まれ、爆発する。


アンデスは、もう急いでいなかった。残りは――全滅だ。

拍手とともに、悠々とゴールイン。


「……あれで、いいんですか」

「いちおう、座席がゴール条件だからな」

「優勝、イリノイ漁師連合。準優勝、および完走賞、アンデス航空整備隊!」


沸騰した観衆を載せた海上座席は、ゆっくりと桟橋につこうとしていた。

――5時間が、たとうとしている。

宇宙にもまれた疲れも、臭いも、気づけば忘れてしまっていた。

「じゃ坊や、また会おうな!」

おっさんが手を振る。

「また…」

「また会おう兄弟!とでも言ってやればいいのよ!」

アリアが頭をシャリシャリ、となでる。

「あたまなでんな」

いいじゃないもう、と笑うアリアを、私はじろっと見上げた。

――子供じゃないって、あんたはよく知ってるでしょ。


試合が終わり、蜘蛛の子を散らすように、参加者たちは帰ってゆく。

船着き場にはひっきりなしに船が往来し、乗客を、転覆するんじゃないかというくらいに満杯にして、よろよろ、と海上を歩いていった。

もはや手漕ぎのほうが、速いんじゃなかろうか。


私は桟橋に立ち尽くして、海を眺めながら物思いにふけっていた。

あんな、滑稽なまでにのんびりなボートを見るためではない。

――レースが終わってからというものの、私はどうも、釈然としていなかった。

あの、泥のことだ。

レース中、干潟を走行していたアルキメディアンスクリュー船は突然、地面が割れたように泥に飲まれた。

砂浜を歩いた限り、あの地質はサブカとみて、まず間違いない。

しかし、以前に中東でみたサブカは、あんなダイナミックな沈み方をするような場所ではなかったのだ。むしろ、足元はカチカチに固まっていて、水中なのにまるで舗装路のように、歩きやすい印象を受けたのである。となれば、何かしら、別の要因を考えたほうがいい。

古生代なりの、事情があるのだろうか・・・?


その答えは、すぐ足元にあった。

桟橋についた、数本のウミユリが腕を広げている。

――おかしい。

サブカが発達するほどの場所ということは、塩分濃度は上昇しているはずだ。ウミユリはそこまでの浸透圧調節能力がないから、その化石が発見されるのは外洋にある程度面した塩分の薄い場所であって、サブカが発達するような隔絶され、塩分が濃縮されたラグーンではない。さらに、ウミユリの移動能力はさほど高くない。

ようするに、先ほど見た塩の砂浜と、いま目の前の海中に見られるウミユリは共存しがたいということだ。本来このような高塩分ラグーンであれば、先ほど拾ったストロマトライトをはじめとして――先カンブリア時代を思わせるような、藍藻類をはじめとしたバクテリア堆積岩がみられる。選手たちが青泥と言っていたのも厳密な意味での青泥(Blue muds)ではありえない。俗称だろう。厳密な青泥はより深い海域にみられ、このようなラグーンには発達しない。さらに、あきらかに泥を堆積させるような河川はあたりに見当たらないから、堆積性のものとも考えにくかろう。

とどめを刺すように、そんな地層は聞いていない。

さらに、あの地下にできていた謎の空洞――なぜできたのだろう。空洞を生むような明らかな変化はそうそう起きないはずだ。

もし海水が満ちてきたために地下の塩分が溶けて空洞になったとしても、そこまでの溶解を果たして引き起こすものなのだろうか。

となれば――理由は、はっきりしている。

人間の活動により塩分濃度が下がり、海底を覆っていた塩類が溶出し、空洞を作ったのだ。さらに海底堆積物からの塩分溶出は堆積物を脆弱化させ、まるでクイッククレイのように極めて軟質な海底地盤を作っていた、のかもしれない。

これと併せて、蓄積された有機物、あるいは放出されたし尿によって富栄養化し、それが溶解しきらなかった難溶性の塩類とともに堆積し、粘度の強い泥状物質となった。あとはコースの掘削の際、それまで海水が接しなかった層に海水が触れることで溶解が進み、さらに海底地盤を脆弱化させた――というあたりだろうか。

レースを遠目に見ただけだから、細かいところまであっているかどうかはわからないが、塩分濃度低下が起きれば地盤の脆弱化がおき、地下に“塩カルスト”ができて陥没することは十分考えられうる。

そして、塩分濃度低下の原因はもう、はっきりしている。

ここまで、船でほとんど障壁なくやってきた。

さらにこの船着き場に船がごった返していることからわかるように、私たちの乗ってきた船だけでなく、多数の便が運航している。

つまり、少なくともかなり広い海路が切り開かれていることになり、海路を通じてこの海域の濃縮された塩水はドレナージされたのだろう。

同様のドレナージ現象は地球でも多発していて、高塩分濃度に適応した微生物を探すにあたってかなり困った覚えがある。外の海や湖と人為的につなげられた場所では、だめなのだ。行ってみたら水路が掘られていてボラが泳いでいてげんなり、という経験は沢山ある。

さらに、一度海路が掘られたら、現在よりも急激に塩分濃度が低下するだろう。

石炭紀の月は、現在より一万キロメートル近く、潮汐力は一割弱、大きい。つまりひとたびラグーンに穴が開けば、潮汐に伴って塩分濃度の低い海水が流入していく。流入した未飽和の海水は塩分を海底から奪い去っていき、塩でできた海底は、すかすかになる。

「あ~~~、残念だけど、すっきりした。」

私は伸びをしながら、ぼやく。

シャーク湾、ペルシャ湾と続いて、人生3度目の生きたストロマトライトが見られるんじゃないか、とかなり期待してたんだけどな。


じゃ、宇宙から2週間着続けた着圧インナーもようやく脱いで、体のほうもすっきりするとするか。

船着き場の横には、更衣室と書かれた簡易建物がある。

その前で、アリアが手招いていた。


―描写を支える科学的背景―  内海の形成と、パンゲアー古テチス海の交流

石炭紀は氷河期と間氷期が繰り返された時代である。

古生代は概して、海水準が現在よりも高い時代だった。

カンブリア紀後期からオルドビス紀にかけて海水準はピークに達し、その後低下が続き、ペルム紀後期になってはじめて現代の水準を下回る。このサイクルは海嶺における海洋プレートの形成と、大陸プレートの下への沈み込み――ウィルソンサイクルによって、おおよそ2億年オーダーの海水準変動が起こることによって説明されている。石炭紀後期の時点では、大陸衝突期にもかかわらず海嶺の活動が活発であり、さらに古生代初期に発達した海嶺体積が保たれていた。

この高い海水準により、低地に海水が侵入しやすい条件があった。

さらに、現在まで至る新生代氷河時代と同様に、石炭紀の海面も氷期とともにおおよそ10万年周期で上下を繰り返し、氷期には海水面が低下し、間氷期には低地に海が侵入した。これによりユーラメリカをはじめとして、サイクロセムと呼ばれる、陸成層と海成層がサンドイッチ状に連なる特徴的な地層が堆積することとなる。この大規模な海水面変動を引き起こしたのはゴンドワナ氷床の融解である。

今回はイタイツバ層およびピアウイ層をもとに、広大な潮間帯とそれを囲む砂漠を描いた。この海域もまた、激しい海面変動を記録しており、乾燥した砂漠地帯に何度も海水が流入し、間氷期には海中に没したようである。興味深いことに、イタイツバ・ピアウイ海はパンサラッサに開口しながらも、少なくとも一時期、おそらくバシキーリアン・モスコビアン境界で古テチス海とも接続したようである。その証拠として、イタイツバ層からはテチス海から主に知られるコノドントがいくつか産出している。また、海域の識別には、ネオジム同位体も有効である。ネオジムの海水中の滞留時間は500年から2000年と推定されており、世界の海水がおおよそ1000年かけて混合されるのに比べるとやや短い。そのため、海域に面する大陸地殻の風化によってネオジム同位体比が決まり、異なる海域を区別することができる。ネオジム143はサマリウム147の放射壊変によって生成されるため、サマリウム147を多く含むほど高いネオジム143/ネオジム144比をもつことが知られている。古い大陸地殻に影響を強く受ける海域(現在では例えば大西洋北部)ではネオジム143の比率が少なく、海嶺の影響を強く受ける海域(現在では例えば太平洋)ではネオジム143の比率が高い。

このように、石炭紀前期にレイク海が消滅して以降も、パンゲアという巨大な一つの大陸をまたぐ移動が少なくとも一部では起きていたらしいことがうかがえる。


こちらは完全に余談。巨大な干潟をどう航行するか?ということに関して。

スノーモービルのような方法も考えられるが、水陸両用となるとやはりアルキメディアン・スクリューを推したいところである。これを用いた船舶は砕氷船などで用いられており、広大な湿地帯をはじめとして航行困難地域を多く有するソ連ではソユーズ宇宙船のカプセルを回収するため、アルキメディアン・スクリュー駆動のZIL-2906を開発している。

Koester, E., Scomazzon, A. K., Kawashita, K., Macambira, M. J. B., Moutinho, L. P., Nascimento, S., ... & Mantilla, A. F. R. (2021). Sr–Nd isotopic constraints on carbonates, conodonts, and brachiopods of Early-Middle Pennsylvanian Itaituba and Nova Olinda formations, Amazonas Basin, Brazil. Journal of South American Earth Sciences, 112, 103532.

León-Caffroni, M. A., Scomazzon, A. K., Nemyrovska, T. I., Nascimento, S., Mantilla, A. F., Dias, S. K., ... & Lemos, V. B. (2024). Bashkirian-Moscovian (Lower–Middle Pennsylvanian) conodonts from the Amazonas Basin, northern Brazil: Biostratigraphy, biofacies, and paleobiogeographic significance for Western Gondwana. Marine Micropaleontology, 192, 102407.


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