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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
「あたりまえ」は通用しない世界 
29/198

<石炭紀紀行> COMPASS―N極は南を向く― / ―描写を支える科学的背景―  地磁気逆転とスーパークロンについて


カプセルが開けられた時の太陽光はいかにも強烈で。

雛が、卵を割って出てくるとか、そういうものを感じられた。

久々の重力はずっしりと重く、あのつらい負荷装置で鍛えられていたにもかかわらず、与圧服の中には鉛が詰められたようだった。

くぐもった与圧ヘルメットに映る吐息が、より一層、蒸れた。

指一本一本にも重みを感じながら、解除コードを入力。

カチャ、という音とともに与圧服のヘルメットに、吹き込む風。どこか青臭い、鼻に慣れない潮風が、鼻腔にこだまする。

――石炭紀の、空気か。

ハッチはより一層大きく開き、がたいの大きな作業員が回転シートごと、与圧服をひっぱりだそうとしている。

その瞬間、ギイ、という音とともに、下半身のインナースーツがぎゅっと締め付けられ、肌に体の輪郭が、あけすけに響く。

まるで素っ裸になったような気がして、与圧服の中が誰からも見えないと知ってはいても、体がそのラインを覗いていた。

自分の体性感覚が視線のように思えて、なんとも気まずかった。

――あとは、何を言っているのか部分的にしかわからない、ポルトガル語の男どもの声に、怯えていたのかもしれない。

重力は、残酷だ――クロスバーに身をゆだね、担架に乗せられるかのように、ただただ、横になるしかなかった。体が動くたび、釣りあげられた深海魚みたいに、おえっと、すっからかんな胃袋がひっくり返って出てしまいそうだ。


べりべり、と与圧服を剥がされ、横になったまま、簡易なボディチェック。

さいわい自動化が進んでいて、ぴっちりと締め付けられたインナーのボディラインを覗かれる心配は、ないかと思われた。

しかし上腕の静脈ラインと――よりにもよって、排便・排尿支援装置の取り外しの時だけは、人間の医師の手技が必要なのだという。

さいわい、女医だった。

「じゃ、抜きますからね」

そう告げられるとともに、ひんやりとした消毒液の感触。

驚くほどあっという間に、抜去された。

「――この臭い服はいつまで着てればいいんですか」

「5時間は着ていてくださいね、着圧が緩むと――脳に血がいかなくなって倒れますから」

「はい…。入浴とかは…」

「診察が終わったら、入浴していただきます。」

「じゃあ、綺麗になるんですね」

「上に羽織る、汚れてもいい服は持ってきましたか?」

「ないです」

――ん。いま、流した。この匂い、落ちるんですよね?

「貸出サービスがあるので、そちらを。インナー、張り出しが多いので元の服が着られなくなる人が多いんですよ。あと、宇宙太りも深刻でして――」

そう言って差し出されたのは、ぼかぼかのTシャツと、象が履くみたいなズボンだった。

子供用らしく、けばけばした色に謎のキャラクターが描かれている。

「あと、追加の酔い止め。風呂に入ったり、立つともっとひどくなるわ」

「よい子の酔い止め」と書いてあって、裏面を見たらスコポラミン、デキサメタゾン、抗ヒスタミン剤らしい。――いつの薬だよ。

「ええ、安いもの、でも安心と信頼の処方だから。」


インナーのまま、入浴する。

立ってシャワーを浴びるのか――と思っていたが、椅子に座ってシートベルトを締めると、そのまま、ガシャン、と音を立てながらスキー場のゴンドラみたいに椅子が運ばれて行って、湯船にジャポンと放り込まれるものだった。

あ、これ聞いたことある――高齢者施設の、介護風呂の転用だ。

熱い湯船の湯が、ちょっと口に入る――海水だった。

気づかないうちにできていた小さな傷に、沁みる。

ゴンドラ風の座席が、メッキ工場みたいに座席ごと、引き上げる。

スプレー塗装されるみたいに淡水シャワーがバチバチと肌を叩くと、また、沁みた。

さっき貼ってもらった静脈ライン抜去痕のドレッシング材が気になってみてみれば、がっちりと皮膚に一体化している。――これ、本当にいつか剥がれるんだろうか。


ふらつきながら、かのダサい子供服を、羽織る。

片足立ちが、つらい。更衣室に椅子がおいてあるのも、納得だった。

宇宙太りは聞いてはいたけれど。

元々何もないだけあって、体を見下ろしても、やっぱりつるんと、平坦だった。

ツン、と鼻を衝く酸臭。

少しはましになったはずの臭いが、生乾きになって、むせる。

服からオイル漏れしたみたいに、薄茶色の染みが垂れていた。

――もう、発酵だと思うことにしたい。


あらためて、借りた服を見下ろす。

――けばけばしい。悪趣味だ。

見下ろせば、ワシなのか熊なのかタコなのかよくわからない、擬人化されたエイリアンが、でっかくのさばっている。――最悪。

歩こうとするとふらついて、足元を見ながら、ゾンビみたいによれよれと。

「HAHAHA、何その服!」

鼓膜を突き抜けるような快活な笑い声。顔を上げると、そこにはアリアが立っていた。

声や画面ではひたすら見てきたが、いざ生身をみるのは、久しぶりだ。

身長が高くて重心も高いだろうに、余裕の笑みである。

――こちらは立ってるだけでもしんどいのに。


確かにワイドパンツなら、あのインナーの巻取りリールも隠せる。

足が長いこともあって、一歩踏み出すごとにふわりと揺れ、大きく軽やかな歩調を彩っていた。あの厄介な臭いに関しても、私と同質な臭いだから気づかないのか、それとも都合のいい消臭剤でもあるのか、気にならなかった。


「――いや、貸し出しがこれしかなくて」

「普段の服でも大丈夫でしょ、いつもボカボカだし」


「ばれてたか」

――そう、普段着ているのは男物だから、結構余裕がある。というか余裕がないと動きにくくて、結局そういうチョイスになってしまう。

「その服、けっこうするんじゃない?いいの、こんな臭いスーツの上から着ちゃって」


「いいのいいの、どうせ帰りのペイロードを増やしちゃうから、この星に置いてきちゃうつもり。」

「いいなあ、お貴族さまは」


「いやいや。ペイロード1㎏あたりの燃料代と必要燃料を考えると、お持ち帰りは極力軽くして旅のたびに服を買い替えるほうが、安上がりなのよ。」


「――よくわかった」


「その服も、誰かが置いて行ったものね、たぶん。それ、火星で流行ってたマスコットだもん。」


「へえ~。それ、何がいいの」


「……何が良かったのかしらね。今となっては謎だわ。Who knows?」

彼女は肩をすくめておどけて見せたが、その口角は隠しようもなく上がっていた。


「なんか嬉しそうだね」


「ま、別に?」



石炭紀の海風は、涼しいというより、むしろ寒かった。

しかし風向きが変わると、一気に熱くなる。

気温がどうこうというより、それを感じるほうが壊れてしまっているのかもしれない。


宇宙に慣れ親しんでしまった体は、まだ大地に順応していないようだ。


外を歩いていても、なんというか、海風に「煽られる」ような気がしてしまう。

自分の臭いと慣れない石炭紀の、青臭くて鉄臭い異常な潮風にやられ、くらくらと吐き気がしてきてしまう。

――屈辱的なことだが、せっかく、石炭紀の地球を前にしているのに。

非力な私はデッキに置かれたベンチに腰掛けて、ただ外を眺めているしかなかった。いつもなら世界の大きさを感じさせられて不愉快になる背もたれが、今日だけは、心地よく抱いてくれる気がした。

「迎えのボートまでしばらくあるし、しばらく待ってようか」

アリアは澄ました顔でいう。

「Don't worry. 苦しくなったらこの袋に吐いちゃって。みんな通る道なんだから」

アリアが差し出したのは、無造作に折りたたまれたエチケット袋だった。

不思議なものだ。

「吐いてもいい」といわれただけで、せり上がっていた不快感が、すっと凪いでいく。

「……ありがとう。少し、楽になった。ここからの予定は?」


「30分ほど、ここで待機、9時に来るボートでパラ郊外の軌道杯みて、見終わるころにちょうど5時間たつから、インナーを脱いで着替えて、リリィと合流。で、パラのホテルに泊まっておしまい。まあたぶん、パラに入るところでトラブるんだけど。」

――軌道杯、というのは、超時空ゲートの開口と物資ロケットの到着を祝う祭りだ。


真っ青な空に、シュッ、と、流れ星。

再突入する、宇宙船だろう。

――ああやって、来たんだな。

そう思うと、あの星の高さから降りてきたということに、足の裏がむずむずする。

まあ、私たちのような旅人も祝われる対象なのかもしれない。

「軌道杯ってとくに、何もすることないよね」

「まあ――奇祭を見て面白がるくらいね。終わるころには、体も慣れてるから」

「奇祭?」

「ま。見てのお楽しみ」

「それにしても、アリア、本当に平気だよね。それも火星生まれだから?それとも、旅慣れでどうにかなるの?」

アリアは「No, no, no!」と、ぶんぶんと首を振った。

――今私がやったら、確実に吐くな。

「はじめのころは全然! 私だって最初は盛大に吐いたわよ。上陸なんて余裕よってたかを括って、直前に宇宙ケーキなんて食べちゃったから。……最悪だったわ。」

「リリィに本気で心配されちゃって……いまだに私のこと、「ゲロ吐いてるやつ」って思われちゃってるんじゃないかって不安なのよ。ほんと、一生の不覚ね」

なんというか、虚空を見つめて、昔の話をしてるみたいだった。

空は妙に鮮やかで、時の流れが溶けているみたいだった。

鳥ひとついないし、虫一匹飛んでいない。

――静かだ。


「その…リリィって例の…ガイドさん? 水上機操縦できる、とかいう。」

アリアは眉を上げて言う。

「そうそう! 15年近く付き合いがあるから、古い友人みたいなものね。最初に会ったころなんて、まだヨチヨチ歩きだったんだから」

アリアは目を細め、懐かしそうに笑う。

「15年前って…まだ10歳くらいの頃?」

「ええ、そうよ。Time flies! 本当にあっという間。リリィもまだ5歳くらいで、『ねえ、宇宙から来た人、死んじゃうの?』なんて、泣き出しそうな顔で私を見上げてたわ」


「・・・私より前からの友達、ね。」

――何言ってるんだ、私。


アリアはニコッと笑った。

「えっ、もしかして今、羨ましいって思った?」

「……いや。会う前の、必要な情報として聞いたまで」

私は平静を装おうとしたが、自分の声が不自然に上擦るのを感じた。

「ふぅ~ん」

そういうアリアは、妙に嬉しそうだった。


「ところでだけど、吐き気も取れてきたし、海、見ていい?せっかく石炭紀に来たんだし。何も見ないのは勿体なさすぎるよ」

「だーめ。まだ足腰がフラフラじゃない。お預け」

そう言って、アリアは小さく指をクロスさせた。

「そう言うと思った。洋上基地で転落事故とか、笑えないし。」

「本当にいるのよ――過去の世界にきた~!っていって、ふらふらーっと海見に行って、そのまま落ちるやつ。起立性低血圧で海に倒れこんだやつなんて、研究室では笑い種だったけど――よく生きてたなって」

「・・・気を付ける。」


「そ。海を覗くのは、救命胴衣を着て、人手がたくさんあるパラ市街に入ってから。Safety first, okay? 本格的な調査は三日目以降。いい?」

「しばらくは体が言うことを聞かないと思え、ってね、はい…」

「人間の体性感覚のズレは、あなたが思っているよりずっと深刻なんだから。しばらくは自分の体が自分じゃないと思ってなさい。」

――どうも、石炭紀の自然を見るには、まだまだ時間がいる、ということらしい。

アリアはふと、端末を出した。

「ところで、マップの南北は調整した?」

「おっと、してなかった」

ああ、そうだったと思い出す。

この時代の地球の磁場は、現在からみて逆転しているのだ。

設定を開く。設定の入り方にしてもまどろっこしいし、地図アプリの南北設定を変ええてしまうなんて、もし現代の地球でやったら自殺行為なので、そこに踏み込んでいくだけでも緊張する。もしほかの、重要な部分を変更してしまったら…と指先を震わせながらも、「N=南」と設定を変更。

<本当に変更しますか?>という警告が、三回。

まるで地球の常識に縛りつけようとする門番のようだ。

ちょっとくどくて、苦笑いする。

<再起動してください>

「あぶなかったよ、だってどこにも、「南北が逆です!」なんて、書いてないじゃん」

アリアは軽くため息をつく。

「ふふ、ふつう旅人が訪れるような場所なら、普通は口酸っぱく書いてあるものよ。『この星ではN極は南を指します!』って。」

77万4000年前に地球の地磁気が今の向きになってから、人間はついつい、N極は北を、S極は南をいつでもさすと、思い込み続けている。

そうではない、ということを頭で知っていたとしても、やはり、頭の中のコンパスは、地球基準で回ってしまうのだ。

「まあふつうは、書くよね…。しかもどっちがN極かって、結構紛らわしい。超時空ゲートが開通可能なタイミングの分布よりも地磁気の逆転のほうが頻回になっちゃうから…やっぱりゲートごとに「どっちがN極!」って、書いてもらわないと困るよね」

地磁気は、金属を中心とする地球の核が流体として回転し、発電機のように磁場を発生する、と言われている。そして、えらく気まぐれだ。

毎年方向がふらつくし、強度もばらばらだ。

「って言っておいて、帰ってくるときには地球の磁場も逆転してたりして」

ちょうど時空共通暦52年現在の地球においても、地磁気が消滅するのではないかというくらい弱くなってしまっていて――このままでは逆転してしまうのでは、といううわさが真剣に取りざたされているのだ。

「ちょっと、そんな不吉な冗談はやめてちょうだい! Stop it! 本当にそんなことが起きたら、世界中でパニックよ」

「少なくとも、その瞬間に飛行機にだけは乗りたくないなあ。」

だいいち、千年前から「千年後には地磁気がなくなってしまうぞ!」と言われ続けて、いまだに何も対策を講じていないのが悪い。

もし起きたら。航法装置と滑走路番号がめちゃくちゃになって電離層にも影響が出て通信が通じず…悪夢だ。

もしその瞬間、飛行機に乗っていたら――運がなかった、ということである。

アリアはやれやれ、とたしなめる。

「おきませんように、でしょ、そこは。さ、言い直して」

「ま、そうだね…。でも言い直さない。ふと思ったけど、どこにも「どちらが北です」って書いてないのって、石炭紀後期に来るような手練れにとって、キアマン・スーパークロンは常識だからかな。」

キアマン逆磁極スーパークロン。

そもそもその前に、おさらいしておきたい――地磁気が本当に、「安定」して向きが決まる時代は、地質上ごくわずかしかない。超時空ゲートで抜けた先の詳細な年代測定がいまいち精度が悪い以上、そこでのN極が北を向くのか南を向くのかは、実際実験してみるまでよくわからない、ということになる。

そんな中に、数少ない例外がある。

――キアマン逆磁極スーパークロン(キアマンスーパークロン)だ。

石炭紀後期からペルム紀前期にかけて、地球の磁場はほとんど安定して現在と逆だった。「安定している」こと自体が、むしろ異常なのだ。原因には諸説ある。

つまり、石炭紀後期というだけで、N極はほぼ、南を向いているものなのだ。

もちろん、現代の地球で設計された地図アプリにはそんな「常識」などインストールされていない。


「……うーん。Maybe, 単純に外から来る人がいないからじゃないかしら」

アリアは首をかしげ、それから壁に貼られた不親切な方位図を指差した。

南北ではなく方位磁針の赤と白だけで表示されているものもあって、いったいどちらが南でどちらが北なのか、わからなくなってしまう。

ほんとうに、アンフレンドリーだ。

むしろ――ここの人々は南北表示を変更しないまま、赤と白で方位を判断しているのかもしれない。

「・・・もしかしてだけど・・・ここの人たち、どっちが北か南か、意識してない・・・?」

「赤い方がこっち、白い方があっち。Simple, right? 彼らはそうやって世界を捉えているわ」

アリアは私が地図アプリを再起動するのを待ちながら、ふと視線を、海の方へと向けた。


人には、磁場を感じる器官がない。

ものすごい磁場をかけられても、影響を受けるどころか、感じることすらできないのだ。地上に這いつくばり、電子機器に頼らない限り――磁場の向きがどうこう、ということは、何の影響も及ぼさない。

しかし、そんな、見えない、なにも感じないような変化を可視化して考えることこそ、人の強みであって、ほかの生き物とは違うものだと思いたい。

その針がどちらを指すかにかかわらず――方位磁針とは、そういうものだ。



―描写を支える科学的背景―  地磁気逆転とスーパークロンについて


方位磁針のN極が北を指すことは、地球史においてあたりまえのことではない。地球の歴史において磁極は頻繁に弱まり、反転を繰り返してきた。その磁気の向きが表す時代はクロンChronとよばれ、その地層がどの時代に属するのかという良い指標となることが知られている。最新の地磁気逆転は77.4万年前に起きた松山-ブリュンヌ反転であり、チバニアンの始まりに相当する(正確には松山-ブリュンヌ反転と同時期の白尾火山灰層が始まりとされている。)。

しかしながら、一部の時代において、数千万年にもわたって地球の磁場が同じ向きを向き続けた時代がある。その中で際立って長いのが石炭紀後期からペルム紀前期の5500万年にもわたって続いたキアマンスーパークロン(名前はオーストラリアのキアマという町に由来し、磁場は現代から見て逆向き)、白亜紀前期の3700万年にわたって続いた白亜紀スーパークロン(磁場は現在と同様)、オルドビス紀の2200万年間に生じたモイエロスーパークロン(*磁場は現在の逆だが、その実在には諸説ある)である。

これらのスーパークロンにおいてなぜ磁場が安定し、反転しなかった(正確にはわずかな時期にわたって反転があったことも分かってきたが、大まかには長期間にわたって同じ向きである)のか、ということに関してもまた、さまざまな説がある。

古典的には、こうしたスーパークロンにおいては地磁気が非常に強かったと考えられてきた。しかしながら、そのデータの多くは信ぴょう性にやや疑問があるとする指摘もある。スコットランドから最近得られたデータによれば、この時期に極端に強い磁場はなかったことが示されている(Lloyd et al., 2025)。数千万年にもわたって単一極性を維持しながら、弱く不安定、かつ一時的な極性反転ができるような地球深部の条件に関しては、まだ不明なことが多く、今後の研究が待たれる。

なお、キアマンスーパークロンの強い磁場強度が酸素の散逸を抑制することにより大気酸素レベルの上昇に寄与した可能性、という説も話題に上ることがある。この根拠としてKuang et al., (2025)が挙げられることがあるが、要注意である。この文献はたしかに地磁気強度の指標であるVGADMと酸素濃度が相関を示すことを示している。しかし、本文を読んでみると、地磁気強度により酸素濃度が上昇することに関しては否定している。「そもそも酸素の散逸は火成活動による脱ガス、有機炭素の埋没、有機物の風化などによる酸素の供給・消費(年間1~10 Tmol O₂)と比べて極めて小さく、無視できるレベルである。(中略)顕生代におけるVGADMの比較的緩やかな変化によって、O⁺散逸率が酸素の大気進化に影響を与えるほどの2桁程度の増加を引き起こすとは、理論的にも考えにくい」と述べている。そのうえで、両者ともに影響を与える要因がある可能性を指摘している。たとえばキアマンスーパークロンとの関連性については、「超大陸が地磁気場と大気中のO₂濃度の長期的な進化において重要な役割を果たす可能性もある」としている。

「強い磁場強度が酸素の散逸を抑制することにより大気酸素レベルの上昇に寄与した」とする説は、石炭紀の石炭形成はキノコ(とくに白色腐朽菌)がいなかったからだ、とする説と並んで、一般によく知られた新しい都市伝説になりそうな気配がする。2025年8月現在、一部の生成AIもこの誤解釈を出典を読まずに引用し、しまいには「この知見を加えたほうがいい」と誤解釈を薦めてくる現状である。

ここではっきり否定しておきたい。


Lloyd, S. J., Biggin, A. J., Domeier, M., Lundmark, A. M., & van der Boon, A. (2025). Low geomagnetic paleointensity in the mid‐part of the Kiaman Superchron. Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 130(1), e2024JB030314.

Kuang, W., Kopparapu, R., Krissansen-Totton, J., & Mills, B. J. (2025). Strong link between Earth’s oxygen level and geomagnetic dipole revealed since the last 540 million years. Science Advances, 11(24), eadu8826.


Parrish, J. T. (1993). Climate of the supercontinent Pangea. The Journal of Geology, 101(2), 215-233.

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