<コラム>ライフカプセルと生命維持システムについて
ーコラムで扱う内容についてー
コラムでは、作中での設定などについての内容が主になり、情報量と必要な知識量が多いために別枠を設けています。SF設定好きな方に向けての内容です。
本編との連続性はありますが、話を早く進めたい方は次へお進みください。
宇宙旅行に行く際、まずは地上から宇宙旅客機で大気圏を超え、軌道上の中継ステーションへと接続する。
この宇宙ステーションでは徹底的な消毒が行われる。
古生代以前に向かう場合は腸管内容物を含め全身が”クリーン”にされるが、これは人間による過去世界への意図しない微生物の持ち込みを阻止するためだ。その後、乗員には末梢留置型中心静脈カテーテルが留置される。これを通じて宇宙航海中の栄養摂取および薬剤投与が行われるというわけである。
数日の待機時間があることはざらであり、その間に不具合がないか様子を見る。これは旅前のホテル宿泊というより、どちらかというと入院である、と揶揄する人が非常に多い。
なお、中生代への渡航時はこのような煩雑な手続きはほとんどなく、直行便が就航しているという。
宇宙ステーションから出港する宇宙船は、一部の時代の場合貨物船のみだ。
貨物宇宙船には人員を安全に運ぶ設備はなく、棺桶のようなライフカプセルに詰め込まれることとなる。
このカプセルは脱出ポッドを無理やり長期間の宇宙航行用に改修したものであり、小型軽量化および、非常に割り切った設計がなされている。これは貨物容量を最大限に保ちつつ、最大限の要員を輸送するためだ。貨物ロケットの場合、たいてい4つのカプセルが搭載されており、うち2つに人員が搭乗するのが常である。それ以上の人員を要する場合は、宇宙旅客機などが用いられるが、古生代の惑星には、就航するほどの需要は勿論ない。
カプセル内は与圧されているが、内部から自力で脱出することは困難である。
これは閉鎖環境下のストレスや息苦しさから開けてしまうトラブルが多発したためである。緊急脱出経路は座席の下側に開口しており、3段階の手はずを踏まないと脱出できない。また、宇宙服側の認証子が解除機構の一部となっており、与圧服を着用しなければ脱出できないように作られている。これもまた、かつてあった数多の事故の反省として作られたシステムだ。なお、外部からはサービスパネルを通じて容易にアクセス可能である。外部に誰かいるとすれば宇宙を熟知した関係者である、ということを前提にしているらしいが、密航者対策がどうなっているかに関しては不安の余地がある。(質量バランス監視と生体認証の二重化があるが、抜け道がないとは言い切れない)
カプセル内では宇宙服を脱ぐことが推奨されている。宇宙服を着たまま2週間から一か月にも及ぶ航海に及ぶことは人員へのストレスが極めて大きく、さらに途中の破損リスクも大である。
船内服は宇宙服のインナーがそのまま使われる。
酸素発生システム、二酸化炭素除去システム、輸液はカプセルの外壁内に設置されている。これは宇宙線防御を兼ねる設計である。酸素は電解式ではなく化学酸素発生装置を用いる。これは船内での電力需要が少ないためだ。船内の凝結水改修は最低限のものとなっており、船内が極めて高湿度になることは避けがたい。
生命維持システムはきわめて軽量で割り切った設計となっている。
その設計思想は基本的に「何も起きなければよし、何か起きれば薬でたたく」といったものである。水分とエネルギー摂取は殆ど、静脈投与で行われる。感染対策手技は自動ではあるが、万が一必要になった際に備えて手技習得が望まれる。経口摂取は腸管の廃用を防ぐための高吸収ゲルのみであり、食物残渣がないためにほとんど排便は発生しない。なお、静脈路が閉塞した場合は自動フラッシュによる解除やマイクロカテーテルによる内部血栓除去が行われるが、それでも困難な場合はラインを閉鎖したうえで輸液を直接飲むことが推奨されている。排尿に関しては抗菌加工が施された尿道カテーテルが挿入される。カテーテルはロータリー式モーターで常に還流されているが、尿路感染症はほぼ必発だ。しかし発熱などの症状がモニタされない場合は輸液量の増加で対応し、熱発時は解熱鎮痛剤と抗生剤が自動投与される。さらに神経筋内分泌刺激装置による等尺性収縮運動および骨形成促進が行われる。薬剤投与と神経筋刺激を同調させるのが最も重要な点で、長期にわたる宇宙航海での廃用症候群を防ぐ。目立たない場所としては、たとえば骨形成刺激に関してはさらに、振動刺激および低出力パルス超音波が用いられている。骨小管液を局所的に振動させることにより、一時線毛と機械感受性チャネル(Piezo1)を介したオステオサイトの剪断応力感知を誤作動させる。スクレロスチン発現低下などを介して骨吸収の抑制と骨形成の促進がみこめるという。地上では効果は限定的とはいえ、宇宙空間では上乗せ効果が見込めるらしい。
これらの最低限かつコンパクトな生命維持設備により乗員収容容積は飛躍的に小さくなったものの―ー評判が最悪なことは言うまでもない。
一度の超時空ゲート開港につき、数十隻の船団が通過する。
惑星規模の物流を支えるわけだから、致し方ない。
貨物宇宙船が主であり、そのほとんどが無人船である。
有人船は必ず船団の先頭を航行する決まりとなっている。これは、後続で事故が発生した際にデブリに巻き込まれないように、という配慮だ。
ゆえにほぼ前斜方視界しか見えないカプセルの窓からほかの船が見えることは、ほとんどない。
ゆえに。
宇宙を介した過去への旅はひたすら孤独と暇に耐える作業であり、しばしば精神の危機をももたらす危険な旅なのだ。




