表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
「あたりまえ」は通用しない世界 
28/197

<石炭紀紀行> 「RE-ENTRY」

――ずっと続くような、気がしていた。

この2週間と少し――一人でカプセルに閉じ込められ、宇宙を漂いながら。

色々なことを考えた。ときにはやけになったり、飽きたりもしたけれど

――どこか、洗われたようなような気も、していた。

船内に、自動アナウンスが入る。

<まもなく着陸態勢。与圧服の着用、確認済。クロスバーへの四肢拘束を確認せよ>

――クロスバー、というのはこのカプセルにおける、独特なシートのことだ。人間の手足に沿った、クッション付きの外骨格といった感のあるフレームで、四肢を固定するだけでなく、筋力維持のために筋負荷をかけるためにも有効だ。あの全身が攣るような神経筋刺激装置の苦痛の時には、しっかりと拘束具として私を磔にし、宇宙でなまった体を強制的に呼び起こしていた。

手足のリングが、ぎゅっと締まっていることを確認する。

クロスバーにそっと、身をゆだねた。

重みはまるでなく、かるくーー寄り添うようだった。


クロスバーは、ウィン、と音を立てて動き始める。

体を、着陸態勢に合わせた姿勢に自動調整し、視界がくるりと回った

――回転式シートの、試運転。

<クロスバー 作動問題なし スウィーヴェルシート、作動正常>

アナウンスの直後、クロスバーから、手元に2つの機械が添えられた。

着陸視察モニターと、非常機動コンソール。

右手のすぐそば。

みれば、非常機動コンソールには「OFF」の方向に、スイッチが入っている。

ほっと、息をついた。

モニタに通知が走る。アリアからだ。

「ケイ?非常機動コンソールには、絶対に触らないこと。」

「わかったよ」

答えるまでもない。

コンソールにはでかでかと「緊急用!触るな!」と書かれている。

「もし触ったら?」

「緊急時にもしONになっていたら――宇宙船を操縦することになるわ」


その瞬間、次のアナウンスが入る。


<機動開始、5…4…>

高度計は400㎞。

地球が巨大な円弧を描きながら、数ミリの大気膜が青橙黒にグラデーション。

パンゲアが、一望できる。

<3…2…1…>

カシャ、バシッ・・・そんな音が、船内に響いた。

何かの故障音のようにも聞こえて、私の背筋は硬くなる。

クロスバーの骨組みが、ちょっと触れた気がした。

その瞬間――そんなずっと見続けていた光景が、ぐらりと揺らいだ。

「う…うわっ」

青い石炭紀の地球はぐらりと下方に流れていく。

ほんの少しシートに押し付けられる。微弱な重力みたい。

視界がぐるりと回る。

青い惑星が、上から下に、映っていく。

目の前の景色はどんどんと宇宙へと駆け上がり――漆黒の、夜闇へ。

「これよ!スラスタによる180度回転。最高の観覧車でしょ!」

「これ、すごくゆっくりだけど、どのくらいかかる?」

「5分!じっくり楽しみなさい!」

はあ…はぁ…はあ… 息が荒くなっていた。鼓動が、耳元に聞こえてくる。5分が無限に続くような気がして、時計の針をみたが、その針もまた、ゆっくりだった。

しょうじき、いままでまったく動きがなかっただけに、怖いのだ。

それに――私は、知りすぎてしまっていたから。

まだロケットが不安定だった時代のことを。

暗闇が空を覆いつくした、その瞬間。

窓越しに整列する、針先でひっかいたような光が映る。 

私たちと同時にこの星へやってきた、ほかの船団だ。

互いの距離には驚く――宇宙の広さに。なにせものによっては、船体長が50mもあるのだ。

それにしても――まるで、黎明期のやすっちいCGだ。

太陽は真っ白、影は真っ黒。


星なんて、一つもない。


機外カメラが、一瞬ホワイトアウト。

小さな窓から一瞬、ビームが走る。

機内をなめる、白銀の日光だった。

パキッとした、黒と白の世界。

なんとも人工的で、嘘くさく感じてしまう。

身の置き所が、ない。

――漫画の世界に迷い込んで、紙に張り付けられてしまったような、感覚。


そんな光に、垢と汗でうっすら黄色く染まった船内の汗の染みが映し出される。そのとき、与圧服の中で忘れかけていた、船内に籠りかけていたツン、とした例の異臭を思い出す。

すると、なんだか――よくわからないけど。

私の胸のざわめきも、少し、落ち着いた。


太陽が隠れた瞬間、一瞬星の群れ。

それもまた、太陽の再来とともに、ふっと消える。

カチッ、カシャッとした音。

「この音、大丈夫なやつ?」

「アクチュエータとスラスタの音!あと姿勢制御エンジンの作動音!」

そんな音、というより振動は、座席を伝わって体を伝う。

姿勢変化に伴って浮いていたものがぶつかって、振動でガガガ、と鳴る。

コンコンと小突かれるような音と振動、ゴロゴロ、ゴウンとした響き。


私は、そんな振動のなか、真っ黒な「そら」をただ、みあげるほかなかった。

外骨格の腕に支えられ、ふわりと、抱きかかえられながら。



――青い星に立った、一本の茶柱のように。

宇宙船は、そのエンジンノズルを大地に向け、屹立した。

高度は300㎞。


パチッ

そんな音とともに、

船内の照明が一斉オフに。

読書灯が消え、緊急時用のオレンジのランプが、ぼんやりと照らす。

<あらためて、固定具の装着を確認してください>

アナウンスとともに、ウォオオンという作動音。

モニタ前面が、カウントダウンでいっぱいになる。

ガシャ、という音。

すると、どぅん!という腹に響く衝撃とともにシートに押し付けられ、一気に血が下に降る。

――懐かしい感触だ。

浮いてたタッチペンが膝に乗って膝をくすぐる。

ごごっごごごご…と全身をうなる重低音の群れ。

すべてをびりつかせる、振動。

何十秒、何分、いや。

「あああああああ」

「なにやってんの」

「いやー声震えるなーって」

「ま、初めてならやる・・・わね」

ひたすら黒い宇宙、直視不能な真っ白い太陽。

時々、残像みたいに映るほかの宇宙船。

高鳴る鼓動で、胃袋が裏返りそうな緊張。

いままで動かなかった汗がたらりと一滴、滴るのを感じる。

轟轟という唸りとともに、宇宙船は沈んでいく――

地球という巨大な重力井戸に。

唸り声とともに、沈んでいく。


高度100㎞。

ふっ

と、唸りが止まり、不気味なまでの静けさ。

モニターに映る視界が、小さな窓からちらりと覗く景色が、動き出す。

見上げた真っ黒い空から、だんだんと青い水平線が、カーテンをかけていく。

何もかもを吸い込んで、消してしまいそうな、青。

ハンモックが揺れるように回転シートが下を向く。

モニターの景色もまた、真っ直ぐ、下を向いた。下界はどうも、快晴らしい。

宇宙からでもくっきりと、ゴンドワナの北西部が見えた。

そして――体が、ふわりと浮く。

クロスバーに縛り付けられた腕が、広げられる。

――大地が見下ろされる。belly flopはさながら、宇宙からのスカイダイビング。

体がふわりと浮き、タッチペンもまた浮き、ペンをつないだ紐が、踊り狂う。

きゅっ、と、手元に巻いた拘束帯を、思わず握り締める。

四方八方からコツン、コココ、カシッと音が。

窓の下側が、溶けたように揺らめく。

そしてから火のような揺らめき。そして微かなぴりつき。

そして、目いっぱい押されたような――全身から風を浴びたような――磔にされたような――押し付けられる。

下は、目いっぱいの大地。砂漠の沖合に、パンサラッサの濃密な青が口を開けている。

そして――モニターが、めらめらと赤く揺らめき始めた。

窓の外はもう業火に焼かれている。

そして――画面が、真っ暗になった。

<CONNECTION LOST> 

<ONBOARD: SOUND ONLY>

<VISION: DISCONNECTION>

重みに張り付けられ、展足された昆虫みたいに、私はその文字を見上げるしかない。

高度はぐんぐん、下がっていく。


高度50㎞。

真っ暗な船内。

動くものは、窓からちらちらと覗くプラズマの炎だけ。


「ケイ?聞こえる?」

「聞こえるよ、アリア。」

「これは、異常じゃないからね」

「わかってるよ、通信途絶とセンサの耐熱シャッターでしょ」

「ならよし。乗った人はみんな言うわー―十字架って、こんなだったんじゃないか――って」

「どっちかというと、大文字焼かな。ほら、手脚広げて大の字になってさ」

真っ暗な船内に、ただただ、ちらちらと光が走るだけだった。

「――それ、人を焼く祭り?」

「さすがにボクでも、そんなタチの悪いたとえはしないよ。ただ思うんだ――」

「何を?」

「大の字になるのも、ときには悪くないなって」

「――普通、大の字にはならないんだけど…」

「そっか。」

――クロスバーは、体格に合わせて自動で耐G姿勢を調節するようになっている。


外はまだ、業火らしい。

赤、橙、紫に輝くプラズマが、ちらちらと窓を揺らす。

――外では炎の嵐みたいだ。

そんな窓は、少しずつ黒く煤けて変色していく。


高度30㎞。

突然、ガコン、という衝撃。

ぞっ、と背筋が寒くなり、息が詰まる。

――なにせ、外はまだ火の海の――はずだ。

あたりはもう、真っ暗といってもいい。

かすかに光を伝えていた窓は、もう煤だらけで、もはや、皆既月食だ。

<OCCUPANT MODULE SEPARATION>

再度、衝撃が走る。

心臓がふわりと浮くような感触。

<VISION:RECONNECTION>

シャッターが開くとともに、真っ青な海面が映る。

<SUBCAMERA ON> 

後方を映すサブカメラを覗けば、

貨物モジュールが、すっ、と群青の空を遠のいていく。

<SEPARATION SUCCESS>

僅かな回転とともに、煤けた窓がさす赤茶色の光が、ゆるゆると回っていく。

回転式シートは常に荷重に向けて垂直に保ち続けるため、あたかも機体の外周がくるくると回っているようだ。ただ、船体の回転軸とシートの回転軸があっていないので、絶妙に揺さぶられる。

雲海の向こうに、大地と大陸の輪郭。砂漠地帯の海。紅海を思わせる。

――私たちの乗る乗員カプセルは、あの、石炭紀のブラジルに広がる巨大な湾へと向かっている。Itaituba-Piaui sea、という、耳慣れない海だ。

いっぽうで、貨物モジュールはそこからやや離れて――ボリビア沖合のパンサラッサへと進んでいた。


高度15㎞。

体がふわりと浮くとともに、視界がぐるりと、空をむく。

妙に鮮やかすぎる青が、目に眩しかった。


バックシェルが、カメラの横を突き抜けていった。

――あぁ、これで無重力体験も、おしまいなんだ――

そんなことを思ったとたん、

パラシュートがぱっと開き、ぎゅっと現実に引き戻された。

一面の青は、布地のけばけばしいオレンジ色に染まる。

LiDAR画面がせり出す。海上基地がどんどん迫ってくる。

99,98,97…

高度はついに、100mを切っている。

その瞬間、バチッという衝撃とともに、視界を覆っていたオレンジの布が流れる。

――そしてまた出会う、透き通ったどこまでも青い空。

一瞬、胃が浮く。

ほっと息をつきたかったが、そんな猶予なく。

カッ、という音とともに轟音と振動。

下から突き上げられるような、鈍い胴上げに、口から息がうぱっ、と漏れる。

腹の下から響く、ガクガクとした響き。体が押し付けられ、粗雑なマッサージチェアみたいに息が揺れる。またばかみたいにああああああとかは、いわない。

――最終減速燃焼。

海上基地のターゲットに合わせて最終調整。

推力偏向で位置がピタリと、ロックオン。


ガシャっ。

衝撃とともに、タッチダウン。

ずっしりとした体の重みとともに、ぷしゅぅ…という、ガス音。

基地のアナウンスが耳に入った。久しぶりに聞くポルトガル語は、よくわからない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ