<石炭紀紀行> 「RE-ENTRY」
――ずっと続くような、気がしていた。
この2週間と少し――一人でカプセルに閉じ込められ、宇宙を漂いながら。
色々なことを考えた。ときにはやけになったり、飽きたりもしたけれど
――どこか、洗われたようなような気も、していた。
船内に、自動アナウンスが入る。
<まもなく着陸態勢。与圧服の着用、確認済。クロスバーへの四肢拘束を確認せよ>
――クロスバー、というのはこのカプセルにおける、独特なシートのことだ。人間の手足に沿った、クッション付きの外骨格といった感のあるフレームで、四肢を固定するだけでなく、筋力維持のために筋負荷をかけるためにも有効だ。あの全身が攣るような神経筋刺激装置の苦痛の時には、しっかりと拘束具として私を磔にし、宇宙でなまった体を強制的に呼び起こしていた。
手足のリングが、ぎゅっと締まっていることを確認する。
クロスバーにそっと、身をゆだねた。
重みはまるでなく、かるくーー寄り添うようだった。
クロスバーは、ウィン、と音を立てて動き始める。
体を、着陸態勢に合わせた姿勢に自動調整し、視界がくるりと回った
――回転式シートの、試運転。
<クロスバー 作動問題なし スウィーヴェルシート、作動正常>
アナウンスの直後、クロスバーから、手元に2つの機械が添えられた。
着陸視察モニターと、非常機動コンソール。
右手のすぐそば。
みれば、非常機動コンソールには「OFF」の方向に、スイッチが入っている。
ほっと、息をついた。
モニタに通知が走る。アリアからだ。
「ケイ?非常機動コンソールには、絶対に触らないこと。」
「わかったよ」
答えるまでもない。
コンソールにはでかでかと「緊急用!触るな!」と書かれている。
「もし触ったら?」
「緊急時にもしONになっていたら――宇宙船を操縦することになるわ」
その瞬間、次のアナウンスが入る。
<機動開始、5…4…>
高度計は400㎞。
地球が巨大な円弧を描きながら、数ミリの大気膜が青橙黒にグラデーション。
パンゲアが、一望できる。
<3…2…1…>
カシャ、バシッ・・・そんな音が、船内に響いた。
何かの故障音のようにも聞こえて、私の背筋は硬くなる。
クロスバーの骨組みが、ちょっと触れた気がした。
その瞬間――そんなずっと見続けていた光景が、ぐらりと揺らいだ。
「う…うわっ」
青い石炭紀の地球はぐらりと下方に流れていく。
ほんの少しシートに押し付けられる。微弱な重力みたい。
視界がぐるりと回る。
青い惑星が、上から下に、映っていく。
目の前の景色はどんどんと宇宙へと駆け上がり――漆黒の、夜闇へ。
「これよ!スラスタによる180度回転。最高の観覧車でしょ!」
「これ、すごくゆっくりだけど、どのくらいかかる?」
「5分!じっくり楽しみなさい!」
はあ…はぁ…はあ… 息が荒くなっていた。鼓動が、耳元に聞こえてくる。5分が無限に続くような気がして、時計の針をみたが、その針もまた、ゆっくりだった。
しょうじき、いままでまったく動きがなかっただけに、怖いのだ。
それに――私は、知りすぎてしまっていたから。
まだロケットが不安定だった時代のことを。
暗闇が空を覆いつくした、その瞬間。
窓越しに整列する、針先でひっかいたような光が映る。
私たちと同時にこの星へやってきた、ほかの船団だ。
互いの距離には驚く――宇宙の広さに。なにせものによっては、船体長が50mもあるのだ。
それにしても――まるで、黎明期のやすっちいCGだ。
太陽は真っ白、影は真っ黒。
星なんて、一つもない。
機外カメラが、一瞬ホワイトアウト。
小さな窓から一瞬、ビームが走る。
機内をなめる、白銀の日光だった。
パキッとした、黒と白の世界。
なんとも人工的で、嘘くさく感じてしまう。
身の置き所が、ない。
――漫画の世界に迷い込んで、紙に張り付けられてしまったような、感覚。
そんな光に、垢と汗でうっすら黄色く染まった船内の汗の染みが映し出される。そのとき、与圧服の中で忘れかけていた、船内に籠りかけていたツン、とした例の異臭を思い出す。
すると、なんだか――よくわからないけど。
私の胸のざわめきも、少し、落ち着いた。
太陽が隠れた瞬間、一瞬星の群れ。
それもまた、太陽の再来とともに、ふっと消える。
カチッ、カシャッとした音。
「この音、大丈夫なやつ?」
「アクチュエータとスラスタの音!あと姿勢制御エンジンの作動音!」
そんな音、というより振動は、座席を伝わって体を伝う。
姿勢変化に伴って浮いていたものがぶつかって、振動でガガガ、と鳴る。
コンコンと小突かれるような音と振動、ゴロゴロ、ゴウンとした響き。
私は、そんな振動のなか、真っ黒な「そら」をただ、みあげるほかなかった。
外骨格の腕に支えられ、ふわりと、抱きかかえられながら。
――青い星に立った、一本の茶柱のように。
宇宙船は、そのエンジンノズルを大地に向け、屹立した。
高度は300㎞。
パチッ
そんな音とともに、
船内の照明が一斉オフに。
読書灯が消え、緊急時用のオレンジのランプが、ぼんやりと照らす。
<あらためて、固定具の装着を確認してください>
アナウンスとともに、ウォオオンという作動音。
モニタ前面が、カウントダウンでいっぱいになる。
ガシャ、という音。
すると、どぅん!という腹に響く衝撃とともにシートに押し付けられ、一気に血が下に降る。
――懐かしい感触だ。
浮いてたタッチペンが膝に乗って膝をくすぐる。
ごごっごごごご…と全身をうなる重低音の群れ。
すべてをびりつかせる、振動。
何十秒、何分、いや。
「あああああああ」
「なにやってんの」
「いやー声震えるなーって」
「ま、初めてならやる・・・わね」
ひたすら黒い宇宙、直視不能な真っ白い太陽。
時々、残像みたいに映るほかの宇宙船。
高鳴る鼓動で、胃袋が裏返りそうな緊張。
いままで動かなかった汗がたらりと一滴、滴るのを感じる。
轟轟という唸りとともに、宇宙船は沈んでいく――
地球という巨大な重力井戸に。
唸り声とともに、沈んでいく。
高度100㎞。
ふっ
と、唸りが止まり、不気味なまでの静けさ。
モニターに映る視界が、小さな窓からちらりと覗く景色が、動き出す。
見上げた真っ黒い空から、だんだんと青い水平線が、カーテンをかけていく。
何もかもを吸い込んで、消してしまいそうな、青。
ハンモックが揺れるように回転シートが下を向く。
モニターの景色もまた、真っ直ぐ、下を向いた。下界はどうも、快晴らしい。
宇宙からでもくっきりと、ゴンドワナの北西部が見えた。
そして――体が、ふわりと浮く。
クロスバーに縛り付けられた腕が、広げられる。
――大地が見下ろされる。belly flopはさながら、宇宙からのスカイダイビング。
体がふわりと浮き、タッチペンもまた浮き、ペンをつないだ紐が、踊り狂う。
きゅっ、と、手元に巻いた拘束帯を、思わず握り締める。
四方八方からコツン、コココ、カシッと音が。
窓の下側が、溶けたように揺らめく。
そしてから火のような揺らめき。そして微かなぴりつき。
そして、目いっぱい押されたような――全身から風を浴びたような――磔にされたような――押し付けられる。
下は、目いっぱいの大地。砂漠の沖合に、パンサラッサの濃密な青が口を開けている。
そして――モニターが、めらめらと赤く揺らめき始めた。
窓の外はもう業火に焼かれている。
そして――画面が、真っ暗になった。
<CONNECTION LOST>
<ONBOARD: SOUND ONLY>
<VISION: DISCONNECTION>
重みに張り付けられ、展足された昆虫みたいに、私はその文字を見上げるしかない。
高度はぐんぐん、下がっていく。
高度50㎞。
真っ暗な船内。
動くものは、窓からちらちらと覗くプラズマの炎だけ。
「ケイ?聞こえる?」
「聞こえるよ、アリア。」
「これは、異常じゃないからね」
「わかってるよ、通信途絶とセンサの耐熱シャッターでしょ」
「ならよし。乗った人はみんな言うわー―十字架って、こんなだったんじゃないか――って」
「どっちかというと、大文字焼かな。ほら、手脚広げて大の字になってさ」
真っ暗な船内に、ただただ、ちらちらと光が走るだけだった。
「――それ、人を焼く祭り?」
「さすがにボクでも、そんなタチの悪いたとえはしないよ。ただ思うんだ――」
「何を?」
「大の字になるのも、ときには悪くないなって」
「――普通、大の字にはならないんだけど…」
「そっか。」
――クロスバーは、体格に合わせて自動で耐G姿勢を調節するようになっている。
外はまだ、業火らしい。
赤、橙、紫に輝くプラズマが、ちらちらと窓を揺らす。
――外では炎の嵐みたいだ。
そんな窓は、少しずつ黒く煤けて変色していく。
高度30㎞。
突然、ガコン、という衝撃。
ぞっ、と背筋が寒くなり、息が詰まる。
――なにせ、外はまだ火の海の――はずだ。
あたりはもう、真っ暗といってもいい。
かすかに光を伝えていた窓は、もう煤だらけで、もはや、皆既月食だ。
<OCCUPANT MODULE SEPARATION>
再度、衝撃が走る。
心臓がふわりと浮くような感触。
<VISION:RECONNECTION>
シャッターが開くとともに、真っ青な海面が映る。
<SUBCAMERA ON>
後方を映すサブカメラを覗けば、
貨物モジュールが、すっ、と群青の空を遠のいていく。
<SEPARATION SUCCESS>
僅かな回転とともに、煤けた窓がさす赤茶色の光が、ゆるゆると回っていく。
回転式シートは常に荷重に向けて垂直に保ち続けるため、あたかも機体の外周がくるくると回っているようだ。ただ、船体の回転軸とシートの回転軸があっていないので、絶妙に揺さぶられる。
雲海の向こうに、大地と大陸の輪郭。砂漠地帯の海。紅海を思わせる。
――私たちの乗る乗員カプセルは、あの、石炭紀のブラジルに広がる巨大な湾へと向かっている。Itaituba-Piaui sea、という、耳慣れない海だ。
いっぽうで、貨物モジュールはそこからやや離れて――ボリビア沖合のパンサラッサへと進んでいた。
高度15㎞。
体がふわりと浮くとともに、視界がぐるりと、空をむく。
妙に鮮やかすぎる青が、目に眩しかった。
バックシェルが、カメラの横を突き抜けていった。
――あぁ、これで無重力体験も、おしまいなんだ――
そんなことを思ったとたん、
パラシュートがぱっと開き、ぎゅっと現実に引き戻された。
一面の青は、布地のけばけばしいオレンジ色に染まる。
LiDAR画面がせり出す。海上基地がどんどん迫ってくる。
99,98,97…
高度はついに、100mを切っている。
その瞬間、バチッという衝撃とともに、視界を覆っていたオレンジの布が流れる。
――そしてまた出会う、透き通ったどこまでも青い空。
一瞬、胃が浮く。
ほっと息をつきたかったが、そんな猶予なく。
カッ、という音とともに轟音と振動。
下から突き上げられるような、鈍い胴上げに、口から息がうぱっ、と漏れる。
腹の下から響く、ガクガクとした響き。体が押し付けられ、粗雑なマッサージチェアみたいに息が揺れる。またばかみたいにああああああとかは、いわない。
――最終減速燃焼。
海上基地のターゲットに合わせて最終調整。
推力偏向で位置がピタリと、ロックオン。
ガシャっ。
衝撃とともに、タッチダウン。
ずっしりとした体の重みとともに、ぷしゅぅ…という、ガス音。
基地のアナウンスが耳に入った。久しぶりに聞くポルトガル語は、よくわからない。




