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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
異なる惑星ー石炭紀の地球を、宇宙から眺めると―
25/197

<宇宙から見る、石炭紀の地球> マップとポイント 

石炭紀の地球のつくる、青く巨大な円弧を、大気圏が淡く縁取っている。

何度見ても、幻想的だ。

ただ、ぼんやりと、眺めていて、よいのか。

ひたすら青黒いパンサラッサ、緑、白、赤土のトリカラーに彩られたパンゲアを通り過ぎ、エメラルドグリーンの古テチス海が目下を流れていくのを。

大陸と海洋の配置を除けば、肉眼では現代の地球とほとんど変わらない。

ああ、もっと私の目が鋭かったならば。

数%程度の差異を見抜くほど人間の視覚は精密ではないのを、悔やむほかない。

しかし幸いにも、ここは宇宙船である。

人間の目ではとらえられないごくわずかな差異を、多機能高分解能分光観測システム(Multi-band High-resolution Spectrometer:MHS)、重力干渉観測システム、合成開口レーダーがそれぞれ観測していた。モニターには簡易的な疑似カラー画像と、現在の地球における標準的な模式図が映し出されている。ユーラメリカ西端では、大規模な水蒸気が映し出され、そこでの海水温は湧昇流の影響で大幅に低下している。クロロフィル濃度が上がっている。この時代の海洋プランクトンは何が優占しているか…気になる、見たい。あと生きてるアクリタークとか、ぜひ見たい。地殻の厚さはゴンドワナ北端で確かに厚そうだ。うーむ、マントル下降による引き込みとも思ったけれど、やっぱり中央パンゲア造山帯による前縁盆地かもしれない、あの熱帯にできた、ひずみ。合成開口レーダーが、熱帯に並ぶ巨大な湖沼群や沼沢地の輪郭を、くっきりと映し出していた。あそこにはまず間違いなく、リンボク類の“柱廊のような森”があるはずだ。濃い緑に見えるのは、森本体だろうか?それとも、水面だろうか。微小環境の差によるすみわけは、確実にあるだろう。

地球を6周回もすれば、高緯度地域を除く大部分が網羅されていたが、北方の海上と南方のゴンドワナ氷床はまだ、グレーなままである。


しかし、もう十分だろう。少なくともゴンドワナ氷床のど真ん中に探検しに行くわけではない。プレビューを保存し、端末に表示されるポータブル地図にオーバーレイしていく。

――ふと拡大してみる。なにか、違和感を感じたからだ。ほんの少しだけ、彩度が低い。もう少し拡大してみると――都市の周囲だけ妙に地図が新しくなっており、その縁ではパツっと、人工的に切れている。海岸線が、噛み合っていない。


「ちょっとアリア、このポータブル地図――古すぎない?更新必要かなって。ほらこことか」

画面共有した地図では、その端っこでぱっつりと人工的な直線が、海岸線からせり出していた。原因は都市建設ではありえない。なぜなら都市は――その沖合に、海上都市として点在しているからだ。となると、地図がダメだ。


アリアは笑う。

ケラケラと、混じりっけなく。

こういうとき、咄嗟に笑えるのって、羨ましいな、と思った。私には、できない。


「はは、ケイ。人口たった5万人の星よ? 地図があるだけマシってもの。最新データじゃないとダメとか言ってくる査読者には、『Forget it! 測量してきてから言って!』って返してやってる」


「それで、いいんだ」

アリアは両手をぱっと広げ、肩をすくめてみせる。

「ないもんは、ない!でしょ? 地図屋じゃありません!って。」

「――って言うと案外「これを使うといいよ」とか教えてくれたり。厳しいだけじゃなくて結構助けてくれることもあるのよ」


――現代地球では、地図はあらかじめあって当たり前であり、古い地図を使うということは、研究に対しての怠惰さを露呈することでもある。最悪、それだけでも通らないし、詳細な産地図を書くためには、直近一年間の地図がないと――「この地図は更新が不十分です。最低でも直近1年のデータが必要です」と赤字で書かれる。

ああ。刻一刻と、環境は悪化しているから。


「地球一個あたり、惑星は5万人」

――5万人。この地球1個に、人はたった5万人。

相当な辺境に行っても、たいてい街らしい街があれば、人口は10万人程度いる。


「圧倒的に少ないわね。他の時代なら、百万都市もあたりまえ。海上じゃなくて、大陸の縁に城みたいなのが建ってる。ここはド辺境なのよ」


「たしか、大学の学部生と院生、教職員ぜんぶあわせて3万人だよね?」


「ケイが居たころはそうね。いまはだいぶ減って、2万7000人」


「大学一個半で回す経済…ムリだ。技術文明を維持するには、なにもかも、足りない。機械類は軒並み現代地球からの輸入にでもしないと製造業が維持できない。ましてや気象衛星による観測なんて…」


「そうよ。だから30年前、植民開始時に撮られた地図がベースになってるの」


「そりゃOutdatedになるわけだ。その衛星、その後は?」


「今はどこの星かしら。撮らなきゃいけない星はたくさんあるから。まだ新しいゲートの繋ぎ先はどんどん開発中だから、引っ張りだこなのよ」

「自前の衛星は、ないってわけか…」

気象観測衛星を打ち上げ、誰も通らない99%の大地に対し詳細な地図を作る――いらないし、コストパフォーマンス的に、無意味だ。

ぱっつり切れている、といっても誤差は2~3m。

日常的かつ感覚的な補正で十分足りる。


「だから最低限、安全な着陸の補助のために大学の補助で「研究用観測」という名目で宇宙船団の1機に観測機器を満載してるってわけ。」

「その観測データも、民間には還元されず大学が使うだけ――って。」

「そ。大学がバックにある私たちが使うのは自由だけど、勝手に流出させると違約になるわ。気を付けて」

「この星が「植民」惑星って言われてる意味、よく分かったよ。」


「搾取してるって批判は当然あるけど、そうしないとこの星も回らなくなってしまうから、仕方ないかなって思う」

――こうやって私たちが調査すること自体が、支配の一環なのだ。しかし支配にもたれかからなければ、成立できない――そんな、ひどく歪んだ社会。


「ボクたちの調査もいつか、“帝国主義的調査”って揶揄されるんだろうね。」


「……Maybe. でも、そう呼ばれてもいいじゃない」

アリアは窓の外、広大なパンゲアへと視線を投げた。


「誰に何と言われようと、この大地の初めてを記録するの。It’s our treasure. 誰にも文句は言わせない」

モニタに映る彼女の横顔には、野性味のある精悍さが宿っていた。

火星圏にまで進出した、人類のフロンティア・スピリットが、そこには宿っているような気がした。


それにしても――この宇宙旅行の過酷さを踏まえると、5万人もよく運んだな、と思う。

そして、5万人運んでも――これなのだ。

現代地球でみた「一家を上げて、過去へ――あなたの子どもに豊かな自然を」の広告が、ふと脳裏に沈んだ。


***

ポータブルマップを見下ろす。

99%以上の地表は――30年前の地図が、そのまま使われている。

地図記号も、撮影も――そのまま。

オーバーレイするごとに、ぽつぽつと違いが出てくる。

湖の大きさ、森の広さ、海岸線の形状――それらはどうも、何かしらの気候変動が、この30年間のうちにおこっていることを意味していた。

現代地球からすると、信じられないことだが――

氷河のサイズはといえば――むしろ僅かに拡大傾向だろうか、誤差もあるのでよくわからない。

海岸線は、遠浅なこともあって測定誤差や潮位で補正しても1~2mは変動している場所もある。

たださすがに速すぎて、これを寒冷化が原因と断じるにはちょっと無理があるだろう。



――さて、この惑星を、どう攻めるか。

事前に調べておいた炭鉱や化石発掘地の分布を、プロットしていく。東から順に――イリノイ、ペンシルバニア、ウェストバージニア、ノバスコシア、南ウェールズ、ヨークシャー、ルール、ザール、上シレジア、ロレーヌ、クラドノ、ドネツ。

赤道直下の巨大な溝に沿って、石炭紀の有力な炭鉱がずらりと並び、ユーラメリカを横断した。シベリアや北中国、南中国にもフラグがたっているが、こちらはまだ泥炭林をあらわす特異な水蒸気フラックスを発生させていない。これらの炭田はもうすこし、後の時代に堆積が盛んになると考えられてきたが、事実そうらしい。面白いのは古テチス沿岸で、炭田がほとんど残っていないにもかかわらず、広汎な湿地林が分布している。どうも、すべての湿地林が石炭を残したというわけでも、ないらしい。よく考えるまでもなく、もちろんのことである。

ついで、後期古生代氷河期における迷子石や氷礫岩の分布をプロット。すると、氷河のほぼ最前縁からやや外縁にかけて並んでいる。インドのラジャスタン州や南アフリカ、南ブラジル、フォークランド、オーストラリア…

つまり、後期古生代氷河期の中でもいま訪れている時代はとりわけ寒冷な時期であり、しかしその中でも最強点ではない、ということらしい。その縁辺、わずかに残った地域には緑があり、こうした植生が間氷期には拡大し、氷期には縮小を繰り返してきたのだろう。

石膏層をやヴァーティソル、蒸発岩といった乾燥をあらわす痕跡も、砂漠らしき、緑に乏しい地域に集中してプロットされる。

――ウェゲナーの答え合わせをしているようで、一つ一つ地図にプロットが追加されるたび、胸が躍った。


しかし、ひとつ困ったことがあった。

宇宙船の降下先、この星の“首都”があるのは――現在で言うところのブラジルに相当する巨大な内海なのである。そこには、炭酸塩台地をあらわす記録はあるものの、いかんせん化石記録に関しては硬質のサンゴやコケムシ、腕足動物、ウミユリ類、フズリナ類、あとはコノドントなどしか報告がない。

うぅむ。

ここで何が見られるかは――行ってからのお楽しみ、ということなのだろうか。


「アリア、旅程について確認したいんだけど」


「初日は首都パラー*で一泊。それから南下してボリビア南部、タリハに2泊、それから大陸中央海に飛んでミズーリ沖で漁船に同乗、翌日からはポカホンタス*川の水上村に滞在、そこからは遡上しつつ定点観測地点を回っていくって感じで、どう?」

【脚注 *Pará, Brazil **Tarija, Bolivia ***Pocahontas, West Virginia, USA 植民惑星での地名、都市名は概地であり、現在の都市や地名に比較的近い場所があてられるが、精度は±100㎞四方未満である。河川に関してはその地の現在の地名があてられることが多い。】


「だいぶハードだね。しかもいったん南に行ってから、赤道またいで北に行くんだ」


「便の都合で仕方ないのよ。かなりハードなのは分かってるけど、パラーに三泊もしてられないでしょ? あそこは中継地点に過ぎないんだから」


「そんなに何にもないの」


「そんなことないんだけど、こう――化石記録がない種ばっかりで、みんな「〇〇の一種」としか言えないのよ」


「あぁ…」


「アクセスしやすいから記載ラッシュ。でも、その分…「俺の獲物に手を出すな!」みたいな横やりも多くて。標本届けるのは悪くはないけど敵に塩を送るみたいな感じだし」


「そういうのは気にしないけどな」


「だって、動画を出すにしても『未記載種が映ってるからカットしろ』だの、注文ばかり多くて……Give me a break! 面倒くさいのよ、あの人たち」


「面倒くさいね」


「自分たちはパラーの快適なホテルから一歩も出ないくせに、権利だけは主張するんだから。」


「ってことはそこから先探検するのって…」

「ほとんど私だけ」

アリアは自信たっぷりに腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべた。

「Lucky me. 最高のコネがあるのよ。コパカバナ出身の知り合いが、ポカホンタスまで水上機を出してくれる。一ヶ月の船旅を数時間に短縮できるなんて、私くらいのものよ」

そう言って、ウインクした。


「すごい人脈だ」


「でしょ。つまり石炭林の調査は殆ど私が独占してるってわけ。べつに他が来てもいいんだけど、もっとアクセスのいい時代と場所もあるから、どうしても避けられちゃうのよ。」


「その知り合いさんはどう思ってるの?」


「彼女はむしろ来てほしいというか、この動画案件も彼女からの依頼もあったのよ。観光PRしたいから動画出してよって」


「なるほど。――ってこの宇宙船で、観光?」


「……Well, それはとりあえず置いといて」


「いやこれで観光ってすごく無理あるでしょ。片道2週間缶詰って」


「このままでいいと思ってる? 宇宙旅客機が通えば、パラーも変わるわ。でも、使う人がいなきゃ何も始まらない。」


「そうだね」

「……あなたが今の静かな環境を気に入ってるのは、分かってるつもりだけど」


――でもやっぱり、もし人が増えたら?と思うと、あまりいい気はしなかった。



***

「ところで、定点観測だけでちゃんと色々見られる?」


「それは保証できるわ、問題なしって」


「いやなんか…狙い撃ちしない探索ってちょっと経験なかったから。100㎞四方くらいでいそうな環境を絞り込んでいくのが、現代地球の定石」


――そう、環境と空撮からいそうな環境を割り出して、“狙撃”する感覚が、楽しいんだ。私が育った現在の地球では生き物を探すとき、いつもそうしていたから。行動圏は500㎞四方くらいとって、いそうなところにピン立てして、一つずつつぶしていく作業。


「100キロ四方!? Are you crazy? それ、カルカロドントサウルス類の群れでも追う気? でも……ふふ、最高にクールね」


「えっ…でもさ、狙ってここって探らないと何も見つからないんじゃないかって…怖くない?全部はずれだった時にどうしよう!とか、何も見つからないまま定点を巡る虚無とか…定点観測に全然いい思い出がなくて。5種くらいしか取れない昆虫採集とか」


アリアは笑いながら、

「砂漠じゃないんだから!過去の地球で、“外れ”なんてまず無いの。どうせ色々見れる、査読にも有利、いいことずくめよ」


――そんな構え方だったら、地球じゃあっという間に、ポイントの手持ちがなくなる。

見つかった時には滅びかけているときと思え――それが、人新世大量絶滅真っ只中、現代地球のフィールドワークで得た最大の教訓だ。


「そっかぁ…じゃあ、いつもの場所に行ったら今回はこれが居ました、って感じか…」


「結構アクティブよ。場所を絞ってからは自力で捕まえないとだし。」


「豊かだから定点で十分、と。新規ポイント、開拓したいけどなあ…」


「うん、それはそう。私だって狙い撃ちのほうがワクワクするし、フィールドワークっぽいと思う。でもね――“なぜその地点?”って聞かれたら、“いそうだから!”じゃ通らないんだよね。ほんとやれやれだわ」


「ええ・・・それ、探しようがないじゃん。」

――たしかに、21世紀初頭――まだ地球に生物が点ではなく面で見られた最後の時代の論文には、そういう方面のメソッドがやたら詳しく書いてあったりするものがある。


「「探すな」って意味じゃないんだけど、実質そうなっちゃってるわ。ちゃんと足元を見ろって意味なんだけどね。「この調査地の選定理由は不十分です」って。ポカホンタス流域を調べ始めたときも本当にいろいろ指摘されて…ほんと、参った」


「攻めまくって見つけたとしても、新種でもない限り通らない…ってことか…」


「Exactly. 新種も見つかるのもごく当たり前っていうより記載が全然間に合わないから、それでも通らないかも。短報とかサンプルの一つとしてはいいけど、それをメインに記載するには…。」


「ってなるとやっぱり定点がいいと。」


「そ。定点のどことどこで見つかった、ってデータの方が圧倒的に通りやすいの。適当に見つけたなんて書こうものなら……Absolutely nightmare. レビュアー2の亡霊に枕元で呪われる」

アリアはげんなりとした様子で首を振り、肩をすくめた。

「足元をしっかり見ろって意味なのは分かるけど、あの執拗なツッコミは本当に……Give me a break. 」


「ところで思ったんだけど、データはやっぱり多いほうが、バイアスなく振り分けるには有効なんじゃない?オーバーレイヤーされた画像データから、バイアスの少ないサンプリング地点を作るとか」


「メソッドにどう書くか次第ね。レビュアーはバイアス大好きだから、“公平に拾いました”って証拠が大事。“環境を代表する”って書いたのに『なぜその区画?』って突っ込まれて机ひっくり返しそうになった!」


「現代地球での調査ではそういう経験はそんなにないけども…確かに思い出した。とある区画を調査したら珍種が出ましたって書いたら、補足資料に調査区画内全部の池のデータを列挙しろと言われたり…したこと。」


「ひどい!やっぱ根は同じね」


「査読するほうもつらいよね、延々と直して給料ゼロ、それじゃ当たりたくなるのもわかる…。」


「なんであれが無償なのかほんとわかんない。」


「なんか、学部時代思い出したよ。査読のために観測するわけじゃないんだけどなあ」


「ほんと、はぁ~ってなりそ。私もいろいろやられて、カラオケで死ぬほど歌ったことが何度あったか…」


「あったね、やけくそカラオケ会」


「ケイも呼んだことあったね。たしか――」

アリアは笑いながらも、ふと懐かしむように目を細めた。


「…「雪の進軍」とか歌ってた」


「あー、あれ!あの変な軍歌! そもそも何で軍歌なのよって、場が凍り付いたんだから。」

アリアは思い出し笑いで腹を抱え、涙を拭った。

「しかもびっくりするほど低音が出るし。あとで歌詞の意味を聞いて…… 二度びっくりよ。」


―雪の進軍 氷を踏んで

どれが川やら 道さえ知れず

馬は倒れる 捨ててもおけず

どうせ生かして帰さぬつもり―

「リジェクトされてもデータは捨てられず、出口のない迷路を彷徨う私たちにピッタリすぎて、あの時はシビれたわ。」


「いや、まあ…。」

――高い声出すたびに周囲からギョッとした目で見られるのがいやで、いつの間にか声を低くするようにし始めて…もう戻る気配がない。


「でもね、あの愚痴の掃き溜めみたいな歌を聞いて、なんだか色んなものが吹っ切れた。いいチョイス」


「ところでだけどさ、植物調べるんだったらやっぱり定点よりも探索のほうがよくない?」


「確かに!動物しかやってなかったからその視点なかった。植生は全然調べられてないし――樹皮の写真を送って「多分これだろうけどねえ」くらいで済ませちゃってて」


「石炭の時代なのに!」


「それがほんっとうに混沌でどうにも整理つけがたくて、みんな匙投げてるの。誰もまともに整理できていないんだから」


「あー…確かにそうだよね、資料調べててもクラクラしてくる。パーツごとに名前付いたり、ものすごい量の記載がされたと思ったらシノニマイズされたり、原記載が散逸してたり…」


「そもそもどうやって標本にする?とか。石炭紀なのに、石炭を作る植物のことが一番分かってないなんて。だからこそ、今回はドローンを導入するわ。樹高20メートル超えのリンボク相手に、地べたを這いずり回るだけなんて、まっぴらごめん」


「あーー確かに。途中に枝が一本もないから登りようもない!」


「そ。だから定点も全然わからないって感じ。」


「何も見つかりませんでした、が大多数な現代地球ならではの視点かもだけど――一生に一度かもしれない石炭紀行き、やっぱりハズレは引きたくないし、環境に変化がありそうなポイントがないか、気にしてみる」


「それよ! 船の生データを先に解析して、『いそうな場所』じゃなく『区画内の代表的な環境』をサンプリング地点に決めてポータブル地図にプロットすればいいんじゃない?だったらメソッドに書きやすいし」


「アリア、それありだね、すごくアリ。あとポータブルマップは、やっぱり必要だと思う…だってこことか湖がだいぶ拡大してるし、あそこは海岸線が後退してる。遠浅だから目立ってるよ」


――あぁ、これがいわゆる石炭林の地盤沈下現象か。1960年代末に地殻の熱収縮と考えられたことが延々と引用されているけど、1960年代となると、プレートテクトニクスもまだ出たてなんだよなぁ…などと思う。


「ほんとだ。地震被害後みたい。海岸線の変化は平均で2メートル?。潮位補正しても無視できないわ」


「更新世のD-Oイベント(Dansgaard–Oeschger event)みたいな突発的な温暖化が有名だけど、一般に氷期って気温がすごく不安定だからさ、年単位でも全然当てにならないかなって。まあ寒冷化でこれだけ動くってちょっと考えにくいけど、積雪範囲の拡大はありそう」


「この気候変化と海岸線変化、でかいファクターね。」


「でしょ?だからみっしり目に焼き付けて、しっかり地図に反映させておきたいんだ」


「あとケイ、ディスカッション書くとき、一緒に見てくれない? 私ひとりだと、発想が硬直するから。アイデア、ほしいから。ね、お願い」

普段なら強気に冗談を飛ばすアリアが、語尾を少し落とした。

モニター越しに見える彼女の指先が、無意識にハチマキの端を弄っている。

――なんでもうまくやってのけてるように見えて、いまも苦労してるんだな。



【脚注 *Pará, Brazil **Tarija, Bolivia ***Pocahontas, West Virginia, USA 植民惑星での地名、都市名は概地であり、現在の都市や地名に比較的近い場所があてられるが、精度は±100㎞四方未満である。河川に関してはその地の現在の地名があてられることが多い。】


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