ピンニド -タイラギ・ハボウキガイのはじまり-
10センチほどの、タイラギそっくりな貝が、口をぱっくり開けて、何個も並べられていた。その隣では、少し赤みを帯びた紫色の「蝦蛄」が、大きな1対の鎌を突き出して、甘味の帯びた香ばしい香りを上げている。そしてその下には、金髪のような透明感を帯びた麺に、これまた少し濁った黄金色のソースが絡んで、金色の油滴が浮かんでいた。胡椒とオリーブ油の香りもする。
もわりと立ち上がる、甘味とうま味たっぷりの、シーフードの濃厚な香り。
――まさかここにきて、パスタを目にするとは。
そもそも、イタリアンが出てくること自体、予想していなかった。
なにせ、このブラジル系移民が多い植民惑星において、独自の発展を遂げた口慣れない魚料理ばかり食べさせられてきたからだ。さっきここの食事はフィッシュ&フィッシュで炭水化物が皆無になりがち、と脅されたこともあって、普通のパスタが出てくるということ自体が、ちょっとした驚きなのである。
それに、この乗せられた生き物の大きさ。
たしかにこのクラスの産出例は、ないこともない。
でも、どちらも数例の報告があるくらいで、そう滅多にみられるものではないはずだ。
パスタのゆであがりも、上々そう。
こんな、人類の生存権の最果てで出てきたイタリアンは、ミラノの街中で出てきても遜色がないくらいの出来栄えのようだった。
一口口に含むと、上品な塩味と、ソースに浮かぶ金色の油滴に混じって、甘味の強い強烈な甲殻類の出汁。麺もしっかりとした歯ごたえが残っている。
うまい。実にうまい。
オリーブ油なんてどこから持ってきたのか。
舶来品か。こんなところにまで⁉
私が目をぱちくりさせていると、アリアが
「えっ、これ頼んでない」
といった。
背筋がぞっと冷える気がした――あとでお題は〇〇になります、とかいわれたら。
なにせ、もう手を付けてしまった後なのだ。
「えっ、そうだっけ」
青ざめながら、私は目をそらした。
ふと見まわしてみれば、周囲の漁師たちがこちらの様子をうかがっている。
そのとたん、爺――漁労長と呼ぶべきか――が咳払いしながら、腰を上げた。
「遠方よりはるばる来訪されたエンバートン女史御一考を祝しましてぇ、乾杯!」
「乾杯!」
漁師たちが一斉に立ち上がって、それぞれの飲み物を振り上げた。
特別メニュー、ってことですか、と聞くべきだったのかもしれない、と思っていると、アリアが「こんな素晴らしい料理、私たちのために用意してくれてありがとう!」といった旨のことを、方々に感謝して回っていた。
ああいうのは、私にはちょっとできない。
少なくとも、間違って手を付けたのでなければ――いや、間違って手を付けていたにしても、既成事実としてこのパスタは、私たちのものになったようだ。
殻のわりに、小さな貝柱だ。しかしまあ、少なくとも食べるところはある。
かみしめると、しっかりとした甘み。やはりこの仲間は、3億年前から美味だ。
味を堪能していると、アリアが小声で耳打ちした。
「こんな貝、石炭紀にいるの?なんか今の貝に見えるけど」
「あー、ハボウキガイの仲間は石炭紀に多様化して現在まで生き残っているグループ、といった感じだからね。形もいまと、あまり変わらない。蝶番はちょっと違うこともあるけど――今のハボウキガイ類だと、殻を撓ませて閉じるようになってて、凄く単純化してるから」
「へぇ~」
「でも現生のハボウキガイ類が進化してないってこともなくて、一部のハボウキガイ類だと肉食化してたりとか」
「肉食二枚貝?」
「外套膜から硫酸を含む粘液を出して触れた動物プランクトンをとらえるらしい。ごく一部の種だけどね」
「ヘンなの!」
パスタと貝は堪能した――残るは、このでんと乗っかった、「蝦蛄」の殻剥きである。




