寄港
あのあとシャワーを浴びて、サンプルの確保と整理をある程度やって、それ以降はよく、覚えていない。気づけば研究室の棚みたいな仮眠用ベッドに横になっていて、目覚めたときには、もうお昼前だった。
ふと研究室を見回したら、見慣れないサンプルの山。
寝ているうちに、採泥器とプランクトンネットの調査が行われていたらしい。
いや、――惰眠を貪っている間に、みんなやらせてしまったらしい。
甲板上に出てみれば、黒々とした大地が、ちらりとみえた。
船はいよいよ、帰港しようとしている。
――あれ、違う。
ひと目でわかった。出発した、あの明るい大地に映える、真っ白い港、ではない。
煤けた灰色の、角ばったシルエット。
どうも屋根のある、コンクリート造りの基地の様であった――というか、見慣れた、ごくふつうの漁港だった。あちらこちらに煤や錆の跡が露呈している。
人工島だろうか?
自然な海岸線など、どこにも見えない。
島全体がひどく角ばった形をしていて、ほぼ全面が固められている。
すでに5,6隻の漁船が寄港しており、コンクリ屋根の上屋では、フォークリフトが右へ左へと走り回り、水色のコンテナを前にして、何人かの作業員が氷や魚をいじったり、ホースで水を撒いたりしている。あちこちに煤けて色あせた注意喚起があった。ボー、という汽笛の音が、耳を打つ。
消波ブロックに囲まれた防波堤の中に、船は入っていく。
いよいよ桟橋を目の前にすると、係留索の低いうなり声やコンプレッサーの心拍にも似た音が、あちこちで響いていた。
桟橋は細長く伸びており、その先端部にはなにやら小屋のようなものがある。
船は、そんな桟橋の先端に向かった。上屋からは、ひどく遠い。
細い縄のようなものが投げられたあと、係留索が引き寄せられる。ビットに固定されると、今度はフェンダー越しに、鈍い振動が走った。
係留が終わると、不思議なことに船員たちは特に何するでもなく、機関士数名をのぞいて、皆がやがやと騒ぎながら船を降りてしまうのだった。
地球の港だったら、帰港とともに作業に追われるのが常なものだから、何か異常事態でも生じたのかと警戒せざるを得なかった。しかし、笑いがあちこちから出ているのを見て、ほっと胸をなでおろす。
きっとここでの、日常なのだろう、とわけも分からずついていくと、後ろの方でなにか、がしゃん、という音がして、また膝ががくついた。
ふと振り返れば、小屋からなにやら、武骨なアームが船に向かって伸びようとしている。
「あれ、なんですか?」
と船員の一人に聞くと、
「ほら港のど真ん中で給油なんかしたら、燃えたらどうすんだって話さぁ。船員もできるだけ退艦して、なんかあった時の被害も最小限に抑えるってもんさな」
という。
なるほど、桟橋は給油索のような役割を果たしているのか、と思うと、やや納得がいかないまでもない。港なのに油の臭いがまったくしないのも納得だ――においがしたら、「おしまい」なのだ。
長い桟橋はむしろ、万が一燃えたときに火の手を遮断するためにあるのかもしれない。というのも、桟橋の継ぎ目が弧を描いていて、いざというときには回転するように見えたからだ。きっと、おそらくだが、桟橋の各セグメントが回転して、延焼しないように桟橋を分断するのだろう。
突飛だが、こういう猟奇的なまでの防火機構にはもう、見慣れてきている。
一つ言えるのは――あまり、踏み込むべきではない、ということだ。
「なるほど、給油のために停泊したってことですね」
「あー、俺たちも給油せにゃならんからな。ちょうど昼飯どきよ」
そう言って彼は、青い空の真上に登りつつある太陽を指さした。
やたら長い桟橋は、まだ続いている。




