表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
243/248

水揚げ

ひと足先に、水揚げされていた。

足に魚をぶら下げながら、背中からキーホルダーみたいにクレーンで吊り下げられる――こんなぶざまな結末があってなるものか。甲板にどっとおろされると、こいつぁ傑作だ、とばかりに皆笑いながら写真を撮るものだから、釣り上げられた珍魚の気分だ。

しばらく、甲板にくたっと、重力に抗えない水生生物みたいにへたり込んで、口の中に苦みと酸の混合物を感じながら、ぐるぐる振り回されて壊れてしまった平衡感覚が少しずつ戻るのを感じていた。

甲板からは、船体後部がよく見える――というか、頭一つろくに動かせないものだから、それしか見るものがなかった。

後部に設けられたAフレームから、長い竿のようなものが伸び、そこから滑車のようにロープが何本も、海面に落とされているのが、妙に気になってならなかった。

「船体後部には近づくな」、と入る前に言われたのを思い出す。

あれはいったい、どういう仕掛けなのだろう。


「いやぁ、災難だったねぇ」

気づけばアリアも海から上がっていて、すぐ横に座り込んでいた。

そして、視界の外に行ったかと思うと、ボンベや足ヒレといった装備を外してくれた。

「聞いてないよ、あんなの。脚もげるかと思った」

「いやぁ、ほんとヤバかった!いや、だって一瞬目を離したすきにコマみたいにくるくる回ってて、食われたかと思ったもん。で、よく見てみたら背中の“アイロン台”が絡まって、魚の方もびっくりしてパニックになってるんだもん」

「わりと、運は悪い方だからね」

「ほんとそれ! 正直なめてた。証拠写真はバッチリあるし、インシデントレポート出さなきゃ。ステタカントゥスの背びれが引っかかったことによる海難事故について、って」

「それ、わりと伝説になっちゃう奴じゃない?いろいろ話に尾ひれがついて」

「でも、この旅に来たって時点でそういう覚悟、できてるでしょ?」

「・・・そう、だよね」


さて、私たち一行が海から上がると、漁は次のフェーズに移行した。

あの生臭いペーストは今や、船体後部を中心に撒かれている。

照明が、少しずつ暗くなっていく。

「ねえ、今どうなってる?」

「船体の前の方から順に、灯火を消してる」

「ライトを順に消していって、最後のライトに魚を集めるってことね」

「そういうこと」


ライトは10分くらいで一つ消える、というほど、ゆっくりと消されていた。

ようやく平衡感覚も戻ってきたので、肘をついておきあがると、東の空がほんの少しだけ、色付き始めているような気がした。

「フィニッシュだけ、見に行く?」

アリアは私をひょいと背中に担ぎ上げると、Aフレームのすぐ横まできた。

下はもう、海が銀色に染まるくらいに魚が群れている。

甲板のランプが、ふっと消えた。そして、5秒ほどおいて船体最後部のランプが、かっと赤くなる。

その瞬間だ。

群れがキュッとまとまり、海面がどっと沸く。

魚の跳ねる音が、まるで滝壺みたいだ。

Aフレームに張られていた竿と滑車が、ギュウ、という音を立てて一気に引かれる。

海中に敷設されていた網の端が現れ、魚群を一網打尽にした。


甲板に灯がともり、漁獲物の回収が始まる。

魚はもう網の中に満杯で、そのままでは引き上げられないほどである。


はたして、これだけ獲っていいのだろうか――そんな罪悪感も少し湧いた。

しかしこの星の人口が5万人いるとして、各個人が毎食100gの魚を食べれば、毎日5トンの魚が消費される計算になる。食用にできない魚や可食部の少なさを加味すると、10トン/日くらいは見ておいていいかもしれない。

果たして古生代の生態系は、人間の飽くなき食欲を支えることができるのだろうか。

あらためて、人が植民することの業の深さを感じざるを得なかった。

とともに、量の多寡を目の前の水揚げだけから判断してしまいそうになった自分に、嫌気がさしてならなかった。

「ねぇケイ、さっきのランプが赤くなったら海面が湧いた奴…どゆこと?」

アリアの質問で、ハッとわれに帰る。

「あー、魚は赤色光があんまり見えてないからね。ほら、水って赤色光をよく吸収しちゃうでしょ?見えてても仕方ないってわけ」

「うん」

「だから、赤色光にしたとたん、魚からすると急に真っ暗になってパニックになり、少しでも明るい方にと海面に殺到する、ってことだと思う。」

「暗くしただけ…ってこと?」

「そ。でも人間のほうが、真っ暗闇だと身動き取れなくなるでしょ?」

東の果てが紺色を帯びて、真っ平らの地平線に一筋の、少し黄色がかった線条が走っていた。


補足

本作で描いた漁法は、棒受け網漁とサバたもすくい漁をベースにしている。

棒受け網漁では通常、網を左舷(または右舷)の海中に展開し、反対側の海面を集魚灯で照射し、網を上げる直前に集魚灯の照射範囲を変え、網の上以外の集魚灯を消灯することによって魚群をまとめ、最後に消灯ないし赤色灯に切り替えることによって魚の群れの密度を上げて密集した塊にしてから網を引き揚げて漁獲する。サンマやイワシの漁獲の多くがこれである。

本来左舷と右舷で照らし分けるのだが、船の設定の都合上後方からしか漁獲物を回収できなさそうなので後方に群れを動かすこととした。

赤色光を使うと魚がパニック状態になって濃い群れを作るが(魚が落ち着く、と書かれることもあるが、少なくとも画像を見る限りでは捕食者に対峙したときに似た濃い群れを瞬時に作り、パニック状態に近いことがうかがえる)、これには諸説ある。おそらく作中に書かれているように赤色光に急に切り替えると暗順応が間に合わなくなって、急に暗くなったように感じられるためではないかと思われているが、これについて確証を与えるような先行研究は調べた限りでは確認できなかった。


もう一つ参考にしたのがサバたもすくい漁で、最初はこちらを描こうと思った。

これも集魚灯を使って魚を集める点では共通しているが、餌をまきながら舷側に突っ込んでくるサバを片っ端から手持ちのタモ網で掬う、という、小説で書いたらリアリティラインでツッコミが来そうな漁である。餌には魚のミンチを使う。一見原始的に見えるものの、もともとは釣りで漁獲していたところ掬ったほうが効率的だというので登場した、出現当初としては効率的な漁であったらしい。


いっぽう、世界的に集魚灯を用いて行う漁としては地中海で発展した、ランパラ網(ランパラはランプと同根)とよばれる嚢つき巻網を用いたものが有名である。これはループ状の網を流して曳くと口に向けて網が引き絞られて逃げ道をふさぐ。巻き網としては比較的小型のものも多い。


中国では近年、集魚灯に集まった魚の上から網をかぶせ、錘で急速に沈めることによって漁獲する、一種の投網に似た方法が盛んであるらしい。これは独特な方法かつ最近出現した方法なのでとり上げたいとも思ったが、具体的な手順に関しての資料が集まらなかった。


集魚灯を使って漁をする、といったら、インドネシアのバガンは避けて通れないだろう。

バガンは巨大な四手網を上から照らすような漁法で、魚が集まってきたら引き上げる。

船で操業するもの、定置式のものなど多種多様であり、独自の発展を遂げている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ