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「いかの夜明け」

集魚灯の下は、混乱を極めている。

光に群がる“えび”の群れ。

実際には、どちらかというとシャコに近い。

ふよふよと浮かぶ、さまざまなアンモナイトの仲間。

おもにゴニアタイト類だが、そうとは言ってもその姿は様々だ。

平たく、密にとぐろを巻いたものもいれば、まんまるのボール状のものもいる。


パニックになって突出しすぎた直角貝、それを追いまわす、まるで鳥のような魚、イニオプテリクス類。


銀色にキラキラと輝き、細い顎をパクパクと動かしながら餌をはむ、少しハダカイワシやカタクチイワシを思わせる、パレオニスクス類や棘魚類の群れ。


そんな狂乱の中、水底にまた新顔が現れた。

それは一見したところ、またもや細長い、ほぼ直立、やや斜めに突き立った光の柱のようである。

直角貝の群れに混じりながら、半透明な銀色の輝きをまとい、大きな2つの目が、周囲をくりくりと見回している。

上を見上げながら、腕を閉じ、漏斗から水を吹かしながら様子をうかがっている。

そして、上から降ってきた獲物があったそのとたん。

ぱっと10本の腕を広げて、包み込むようにしてとらえるのだった。


「なにあれ、新手の直角貝?」

咄嗟に口をついてしまった。

「いやいや、あれイカだって!」


「イカ?あっ!」

――はっとする。

めずらしくアリアに間違いを指摘されて、ちょっと恥ずかしい。

よく見れば、細長い体の後ろの方で、小さな小さな鰭――というか外套膜のヒダが、微力ながらもメラメラと必死に動き続けているではないか。

そうこうするうちに、一匹が目の前に突出してきた!

殻全体が、薄く、しかしすべすべとした肉――外套膜という――に覆われている。

その表面が、ピカピカと光沢を変えながら揺らめいているのが見えた。

しかし、現在のイカのようにバリバリ色が変わる、というほどではない。

せいぜい、波間の揺らめきのように色がめらめらと変わり続けている程度だ。

どのくらい能動的なのだろうか?

それはわからない。

もしかすると、セーブ画面みたいに常に同じパターンを繰り返しているのかもしれない。



そして細長い殻の先に、筋肉質の外套膜でできた部分がしっかりと顔を出していた。

確かに…イカ、ではあるか…

ただし、そうとは言ってもイカの胴体をうーんと伸ばして、その半分くらいに直角貝を埋め込んだ、というか、直角貝をイカでコーティングしたような代物のようだ。


「ねえケイ、こいつどのイカだったりわかったりする?」

「無理!同定形質、この殻の隔壁の接合部とかだし、軟体部だと全然わからない!」

挿絵(By みてみん)

さらに困ったことが発覚した。

一種じゃない。

短いのと長いの、だけですらない。腕に吸盤代わりのかぎ爪がついているもの、ついていないもの。

上を向いているもの、下を向いているもの。

軟体部をおさめる殻の先端部の比率。殻の先端がむき出しになって、切り詰められているかのように見えるもの――そう言ったあちこちに違いがみられて、三種や四種、といった騒ぎではない。

一匹がぶつかってきたのでそのついでに見たら、その個体では腕は10本あって、触腕とほかの腕の区別がつかなかった。現生のイカ・タコ・コウモリダコではまず見られない、あまりにも原始的な形態だ。

一見すると皆同じように見えるけれど――たぶん、この海は初期の”イカ”類の、進化の実験場なのだ。


「ねぇケイ、こいつらそもそもイカ、でいいの?ほんとうに変なアンモナイトとか、べレムナイトじゃないよね?」

またアリアからだ。


「正確には、そうとも言えないかな…イカ、タコ、べレムナイトがわかれる前の生き物たちだと思う。アンモナイトとはたぶん、兄弟みたいなもんなんじゃないかな…。」


「直角貝の殻が中に引き込まれた、ってわけじゃなくて?」


「うん。直角貝そっくりなバクトリテス類…そのものじゃないかもしれないけどそんな奴…が両方の先祖で、そこから殻を取り込んだイカの系譜と巻いたアンモナイトの系譜に別れたのかな、なんて思ってる。バクトリテスもみたいなあ…願わくば、だけど」


「白亜紀でたくさんとれた直角貝的なやつ、送ったら「あーほとんどバキュリテスだね」って言われたけど、あれ?」

「それは、バキュリテス。巻いてたアンモナイトが、結局まっすぐに戻ったやつで、殻の構造も殻の隔壁の付け根が細かく分岐して縫合線になってたりとか、しっかりアンモナイトしてるよ。原点回帰みたいで面白いんだけどね。ボクが言いたいのは、デボン紀くらいに出てくるアンモナイトの祖先筋の、まだ巻く前のアンモナイトっぽいやつ」

「名前紛らわしい!」

「最初のアンモナイト的なものが真っ直ぐなバクトリテスで、最後まで残ったのがバキュリテスだから紛らわしいよね。時々頭の中でこんがらがる」

「やっぱケイでもなるんだ…で、そいつらとイカとアンモナイトをつなぐのって、何?」

「殻の先端のとこ。生まれたての最初の殻がついてるんだけど、そこが丸いかどうか?今の頭足類だと一番古風なトグロコウイカと、アンモナイト、あとは石炭紀のイカ的な頭足類、バクトリテスあたりは丸くなってるんだよね」

「へ~」

「後期石炭紀の「バクトリテス」の多くは実はイカ的なグループじゃないか、って報告もあるけど、でもこの海のどこかには本物のバクトリテスがいるはずなんだ…ロシアとかからは本物が出てるし。ウラル海院はこの旅で行けないのが、ちょっと残念だよ。でも、海は広いし…」


「ねぇケイ、あれ」

アリアが指さした先には、イニオプテリクス類の一匹――さっきプロメキシエレの尾をかじり取っていった、細長い不明種だ――がいた。

尾びれと翼のような胸鰭を連動させて急加速したかと思うと、さっきの「イカ」に突進していく。


その瞬間。ぱっとその周囲が暗くなった。

墨だ。

それと同時に90度近くターンして、あらぬ方向に逃げうせている。

「RCS吹かしたミサイルみたい!」

「…え、独特なたとえだね、確かにグイっと曲がるところは近いかもだけど」

「えへへ。時々こういう変なたとえを使っちゃうの。配信で出すとコメント欄賑わうし、つい」

「…変なファンついてない?それ」

「数は数。ついたもん勝ちね」

「…質は、選んだほうがいいよ。」

墨を口いっぱいに含んでしまった例の謎魚は、切れ味のいい歯がねばねばした墨に汚されて、顎をカクカクと不機嫌そうに飛び出させながら泳ぎ去っていった。


そんなとき、集まっていた生き物の動きが、急に静かになる。

「…来るよ」

暗闇の奥に、緑の目が、いくつも光っていた。


石炭紀の鞘形類(イカやタコやコウモリダコの仲間)は今熱いグループだ。ここ10年ほどで属が倍増ほどになっており、さらにはいままでバクトリテス類と考えられていたものにも結構混じっているのでは?という話になって、(依然として少数派ということにはなっているにせよ)後期石炭紀の海に関するイメージも段々と改められていくのかもしれない、と期待している。


さて、今回の復元はかなり攻めてみた。

前回の直角貝編では、静的な安定性から、浮きとなる殻を上に、重い軟体部を下に復元した。

しかし、初期の鞘形類(イカやタコやコウモリダコの仲間)では、少し違う味付けをしようと思った。

隔壁を持つ殻を内蔵する…という、初期鞘形類の姿を今に伝えるのはトグロコウイカだけで、これも新生代に入ってから殻が巻くという大変革を遂げてしまっている。しかし、トグロコウイカは殻を上ではなく、下に向けて、身体を垂直に立てて泳ぐ。重要なのは、それがあまりにも不安定な姿勢だということだ。浮力中心は水を押しのけた体積の中心で重心とはずれるので、この形は非常に安定しにくいはずだ。しかし、鰭で漕ぎ続ける運動と漏斗による制御によって極めて不安定な「ウキが下」という姿勢を維持し続けている。

浮力と漏斗による推力を逆向きに持ってくるためではないかと思う。

潜水艦のバラスト水のように殻の中の液体(カメラル液の総量)を急速に出し入れすることは困難のため、浮力じたいの数時間単位での制御はできない。浮力を制御するためには、漏斗からの推力を逆向きに持ってくることによって常に能動的に沈め続けるか、水より重くして常に重力に逆らって漏斗で泳ぎ続けなければならなくなるからだ。


ただ、それだけでもないかもしれない。

この姿勢は極めて安定性が悪い、たとえるなら足の細いワイングラスのようなものであるいっぽう、制御の仕方によっては急な方向転換を可能にする可能性がある。つまり漏斗から一気に水を噴き出すと軟体部が背側に押されて同時に殻を含む浮き部分が急激に上を向き、ターンしながら急加速できるのかもしれない。トグロコウイカの観察例ではこのような逃避行動はまだ認められていないが、やや似た逃避方法がバキュリテスで提案されている。

このように、他にも何か役割があると描けるのではないかと思った。


となると鰭も前進・後退時の推力をになうために発達したというより、静的安定性が負な、逆立ちした不安定な姿勢を保ち続け、いざというときにトリッキーな回避を可能とするために姿勢制御するほうが元々の機能なのではないか、とも思えてしまう。

ただ、逆立ちしているというのは割と突飛よりな復元だとは思うので、殻を上に立てた方が無難ではある。ただ、水平や斜めはわりと危険かもしれない。後方に配置された軽量で含気した、円錐形の殻をもちながらそれを下に押し下げるための大型の鰭の保存が欠如しており、先端の錘としてのロストラムは発達しはじめるものの不完全、という状況では、水平にその身を保ち続けることは難しい。

彼らは突き立っていたはずだ。

しかしそれが上向きか下向きかは、はっきりしない。


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