ホプロストラカ
水中に何か、細長いものが静止していた。
「えび」のような生き物だが、大きさは7センチほどもある。結構大きい。
「これこれ!さっきいた「シャコみたいなやつ」。」
そう、アリアが指さした。
たしかに細長く、大きな鎌状の付属肢をもっている点で、シャコに似ている。
とくに、浮遊性のアリマ幼生に似ているように思われた。
完全に余談だけど、一部のシャコは幼生ですら5センチほどになる。
透明とはいえ、結構なド迫力だ。
そして、いまだに幼生ばかり見つかって成体がどこにいるのかわからないものも。
しかし、透明な細長い、それなりに大きな浮遊性節足動物…
とはいっても、だいぶ違う。
腹部は先端に向かって槍のように長く、細く、鋭くなっているし、腹部付属肢も前方4対だけが発達していた。極めつけなのが、その「鎌」だ。シャコの鎌というのは驚くほど後方から伸びているのだけれど、これの「鎌」はかなり前方にある。
「あー、でもこれ、シャコじゃないよ。腹部付属肢の配置も形も全然違う」
「じゃあなに、これ?」
「ホプロストラカ。シャコっぽいコノハエビ。」
「へぇ…これでコノハエビなんだ、ちょっとがっかり」
――だから、ホプロカリダ(シャコ)にちなんで、ホプロストラカ、というのだが。
「がっかりって。これ、石炭紀限定だよ?」
「だってシルル紀とかデボン紀とか、泳いでるのみんなコノハエビ類Phyllocarida でまとめちゃってるし。」
「…それは分類制度に大いなる欠陥が…」
「研究室に一杯あるから、今度来て?フリーザーももう、訳の分からないものに割けなくなってきたし」
「帰ったら検討するよ」
「ついでにうちのラボに」
「えーっとまあ、そこは、うん」
「つれないなぁ」
「あれ、なんだろう?」
10センチくらいある細長い影がみえた。
近寄ってみると、なんと2匹のホプロストラカが連結していた。
大きな鎌で前方の個体をがっちりとホールド
前方を泳ぐ個体にはあの、特徴的な「鎌」がない。
さっと撮影して、すぐに採集。
容器に入れたものをくるくると見上げた。
「ペアだよペア!これは記載にも強いでしょ、連結するなんて初耳だし、あの鎌が雄の把握器だってだけでも報告ものだよ。ま、予想はしてたんだけど」
「これだけで一本いける。よっしゃ、次も探そ!」
そうはしゃいでいると、船上から声が降ってきた。
「そろそろ餌撒くぞー」
夜の宴が、始まろうとしている。
光の境界を作っていた「えび」の群れには穴が開き始め、何やら時代にそぐわない形の生き物が、ビュンビュンと泳いでいるのが見えた。
ところで採集されたホプロストラカは、帰ってから化石種においてはKellibrooksia属に相当することがわかった。地域と時代からして、メゾンクリーク生物群から知られる、K. macrogasterとして矛盾しない。しかし交接行動に関する報文はK. cf. macrogasterとした。
なぜなら、アリアが最初に捕獲した個体はよく似ているものの、腹部付属肢の棘の配置が異なっていたためである。
化石の腹部付属肢の保存状態は悪く、どちらにK. macrogasterを当てはめるか、あるいはどちらとも新種記載すべきなのか悩んだが、結局ペアで採集されたものはやはり将来的な学術価値が高いとして、新種記載する方針となりそうだ。
さて、交接行動についてだが、より古い“コノハエビ類“においても似たような交接行動の報告があったし、現在のコノハエビも鎌状の付属肢ではなく吸盤状のものであるが似たことをする。機能形態学的には無甲類のArtemia franciscanaや端脚類のRhabdosoma armatumをはじめ、さまざまな鎌状の付属肢をもつマイクロネクトンについて包括的に議論することとなって、わりと大作業になってしまった。




