<宇宙から見る、石炭紀の地球> 書くこと、伝えること
終わらない、昼とも夜ともつかない時間が、ライフカプセルを覆いつくしている。
シートというより、ベッドというほうが寧ろ的確だった。
――私が今乗っている、宇宙船のライフカプセルのことである。
シートベルトを外すと、ライフカプセルの中にふわり、と体が浮く。
そのまま、何をなすというわけでもなく、カプセルの中でくるくると回った。
配線や、口を紛らわせる程度のほんの少しのレーション、汎用通信端末、コインみたいに小さな窓――それらが、ふわふわと流れ去っていく。
3回転ほどすると栄養チューブや排尿チューブが怪しくなるので、また逆回転。
目の前を流れる石炭紀の地球は、ほとんど1日で一回転している。
青い面をなすパンサラッサと、灰色から緑のパンゲアが、両手を組んでダンスをするように。回る。
そんなとき、端末がきらりと光る。
「どうしてる?」
アリアからだ。
彼女は隣のライフカプセルに乗っている。
「とりあえず、回ってる」
ぐるぐると回転するカプセルの内装を眺めながら。
長旅でちょっとだけ伸びた髪が、ちらちらと視界に入る。
自分の髪を自分で見るのは、何年ぶりかな。前髪がちょっと、邪魔くさい。
「回る?」
「シートベルトを外したら、回らない??」
「…窮屈で、回るどころか少し動くだけで精一杯」
機内画像が届いた。
――うん、あのシートは普通の人間には、ぴったりと体を包み込むものらしい。
足が微妙に、収まっていなかった。
「あなたは回転子、私は固定子。これで発電機ね」
スベッてる、と思いながらも、
「ただこの配線は、ベアリングに問題あるかな」
と返したところで、ハッとする。
あと数日はある。
もしたとえば、尿カテが切れたら――
と思うと、ひゅっと膀胱が寒くなって、またシートベルトをはめるのだった。
地球から、L1まで一週間。L1のゲートから抜けて、石炭紀の地球まで、また一週間。
――暇だ。もう2週間近く、このカプセルに閉じ込められている。
「ところでだけど」
「ところで?」
「もう、語れるポイント、あるんじゃない?」
「それ、自分で撮るの」
「そのためにタフカメラ持ち込んでたのかな、って」
「…出来栄えは、保証しないよ。 カメラはほんと素人だから」
――てっきり「撮られる側」だ、としか思っていなかった。
「ケイ、POV映画って、知ってる?」
「――素人が素人っぽく撮ったと装うホラー映画でしょ、ほら古典でよくある」
「そうそう。ああいうのって、品質じゃないのよ」
「そういやアリアの動画も「画面が揺れすぎる」って叔父が文句言ってた」
「そりゃ、走って逃げながらとってたりするもん。」
「それは…そうだよね」
「あと叔父さんにはAI補正をONにしてって。バチっと揺れ収まるけど、臨場感も――さよなら」
――という通信が、2日ほど前にあった。
以後、何回か試行錯誤しながら、自分なりの動画撮影を試みている。
たしかに――被写体なら、目の前にでかでかとあったし、逃げもしなかった。
ええ、石炭紀の地球そのものである。
大海がパンサラッサとして一つにまとまっているせいで、海半球には大陸が一つもない。
おかげで、気流と雲の動きが、極めて明瞭に見えた。
見事なまでに発達した熱帯収束帯の雲の帯と、これまた発達した亜熱帯高圧帯がつくる雲の空白地帯が目立ち、そこから極側には温帯低気圧が点々と、数珠繋ぎになっている。
海流もまた、この極めて単純な大陸、海洋配置の中で、シンプルな流路をとっているのであろう。
「テストテスト、マイクテスト…」
いや、違う。配信になってない。
「Hi!いま私は、石炭紀の地球に来ています!」
絶対違う。
結局―― いい冒頭が、何も思いつかなかった。
さらには、カメラの前でなにかを口に出すこと自体が怖くなって、結局出来上がったのは、随筆の朗読みたいな代物ばかりなのだった。
――あるいは、こういう心の声こそ動画に映すべきなのかもしれない、と思ったけれど、それはどうにも、心の中身を全世界放送しているようで、書き残すことはできても、映像とともに世界にばらまくことは、恐ろしくてできなかった。
結局、私にできることは、いつものように、随筆を書くことだけである。
少なくとも、退屈な宇宙船を過ごすのに、いい手段だとはわかった。
私は、ぱらぱらと、出来上がった原稿をめくって――さて、どうしたものか、と思う。
随筆やら旅行記やら小説やら自伝やら、いろいろなものが積み重なっていた。
そんな時、通信が届いた。
「どう?何かできた?」
アリアからだ――というまでもなく、いまここに連絡できる人間は、アリアしかいない。
ここは――体に触れることはできなくても、宇宙に二人きりなのだ。
「動画は取れなかったけど、こんなのが、できた」
一生封印するつもりだった、原稿も含まれていた。
「よくできてる。いいんじゃない?あなたらしくて」
「・・・そう」
「朗読して動画に使っても、いい?」
「うーん、ちょっと…恥ずかしい…かも」
私は赤面していた。
「なに赤くなってるの」
端末のカメラがここ数日ずっとONだったことに、気づく。




