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クシクラゲ

凪いでいた。

息をするたび肺にこだまする、スキューバの音。

ちゃぷり、ちゃぷりと舷側に打ち付ける、静かな波の音。

少し緑色を帯びた、集魚灯の光が、冷たく私たち2人を照らしていた。

海の底は真っ黒で、どこまで深いのかすら、わからない。

そこに、さまざまなプランクトンの群れが、夜空の星みたいに点々と、光っている。

船底の反対側にはやはり、闇のカーテンが広がっていた。

右舷に広がる、三日月状の明かりの中。

それだけが、水槽みたいに私たちを閉じ込めている。

「カメラ01、02、おろすぞ!」

禍々しい、6本のアームの付いたカメラが2基、ワイヤーにつるされて、ゆっくりと降りてきていた。回転金具が、きらりと光る。

「OK受けとった」

「こっちもおっけー!」


豊かな海である。

小さなエビのような生き物がふわふわと漂って、ところどころで霞のように群れを成している。

どうも、闇と灯のはざまを好むらしい。

そして、それは私たちのいる照らされた区画を、まるで取り囲むかのように、柔らかで可塑的な壁を作っていた。


それらを眺めつつ、何か他の生き物がいないかと目を凝らせば、透明なキュウリに虹色のネオンサインをつけたような生き物が、ふわりふわりと漂ってきた。

グーズベリーを透明にして、帯を虹色にしたような、といってもいいかもしれない。

クシクラゲの仲間だった。

虹のようなキラメキが、精密電子機器みたいにチラチラと光っている。

その妙に光沢のある姿は、何かそれそのものが一種のオブジェか何かのよう。

内臓がちょっとだけ、赤く透けて見えた。

2本の触手が、ツーっと尾を引いている。

フォーカスを合わせてシャッターを切れば、6本のフラッシュと反射板が、ピカッと一瞬、夜の海を照らした。

「こちらクシクラゲの仲間が一匹。撮影してから採集」

「こっちはうーん、なにこれ?シャコみたいのがいる」

「気になる。採集しておいて」

「はいはーい。撮影し次第」

ほどなくして、アリアの方でもフラッシュの明かり。


さて目の前のクシクラゲに目を移す。

採集前に、ちらっとだけでもみておきたい。

クシクラゲのキラキラと光っている部分は、櫛板という。

特殊な繊毛が列をなして並んだものである。これを動かして、ごくゆっくりと、滑るように泳ぐ。しかし動くたびに光をキラキラと虹色に反射して、独特な構造色を呈する。目を引くけれど、構造色をもつことに特に意義は…ないだろう。

繊毛を束ねたような構造なので、光ってしまっている、というほうが近いのではなかろうか。動かすだけでなく、これで周囲の触覚・化学情報を受け取っているともいう。そんな櫛板の数は、8本。まぁ、さすがに現代のものと同じか、ちょっと残念。

クシクラゲは海綿と並んで最も古い多細胞生物だという。

もしかしてひょっとしたら、ディノミスクスの生き残りのような、わけのわからないカンブリア紀型のクシクラゲの近縁種が”生きた化石“として存在するのかもしれない、とは期待している。櫛板の数が違う!とか、そういうものに出会えるのではという私の期待は、残念ながら裏切られた。

2本の触手には小さな枝分かれが、コイル状についている。

そしてそこには点々と、獲物が捕まっているようだった。

現在のものと同じであれば、獲物に触れたとたんに粘液を放出したり、コイル状の触手を急に伸ばしたりして絡めとるタイプだろう。

なんと驚いたことに、5ミリほどもある小さな「えび」の幼生すらもからめとられて、ぐるぐる巻きに締め付けられていた。どうりで内臓が赤く染まっているわけである。

さて、これらの形からはフウセンクラゲの仲間に比較的近いように見えるが、本当にフウセンクラゲの仲間なのかどうかは、より詳細な調査を待つ必要があるだろう。

――というあたりを、5秒くらいでチェックした。

ケースの底を軽く引くと、中にひゅっと吸い込まれた。透明なケースの中で、きらきらとした櫛板の列が、電球のフィラメントみたいだった。

ケースを腰に取り付ける。

さて、次の生き物を探そう。


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