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夜の海へ

”ビドリーニョ”―1センチ前後の小さな食用マイクロネクトンの総称―をとる漁は、今日の分はもう終わりらしい。

甲板では、次の漁の準備が始められていた。


漁師たちはさっきのくず魚のうち、特にあのトゲトゲのリストラカンサスや、アカントデスを集めてきて、漁師たちはゴリゴリ、とおそろしい音のする機械に入れては、それをミンチにしてしまった。


鼻いっぱいの、ごくわずかに腐臭が混じった生臭さ。


コンテナから続々と出てくる、魚の頭や中骨、内臓…それらをどんどん詰め込んでは、ミンチにしていた。


「なにあれ。撒き餌?」

「そうそう、撒き餌。ちょっと変わった漁法でね…仕込みにはもう少し、時間がかかるんじゃない?」


そう言うと、アリアは研究室に駆け込んでいった。

ハッチをちょっと開けて、叫ぶ。

「ドライスーツ、着といたほうがいいよ!」


「ドライスーツ⁉︎そんなの持ってないよ」 

「いいからいいから!」


そう言って強引に私を引っ張り込むなり、引っ剥がされた。


厚手の防水透湿素材が、肌にしっとりと吸い付く。以前使っていたゴワゴワした代物とは、まるで別物だった。

サイズも、おそろしいほどにぴったり。

「どう?似合ってると思って。あとこれも」 

そう言って手渡されたのは、厚手のアウターと、緊急時に引き上げるためのロープ付きハーネスだった。

「…チェーンアーマーじゃなくていいの?」

「チェーン!そんな過去の遺物持ち出す人、今日日見ないって。1/5の重さで、サメの歯には3倍強いんだから。」

触ってみたけれど、やはり普通の、厚手の潜水服にしか感じられなかった。

心許ない気がして、ならなかった。

「噛まれた時どうなるの、これ」

「試供品で試した時の実況動画、見る?」

「うん」

動画には、いま身に纏っている、一見ただの服にしか見えないものが発泡スチロール製のマネキンに巻かれ、机の上に置かれていた。

「はーいアリアでーす、今日はこちらの、恐竜にも耐えられる?新製品、バイトアーマーの実況をしていこうと思います〜はいぱちぱちぱち〜」

「ではこちらの新商品、メーカーさんにお願いして袖の部分をもらってきちゃいました!触った感じは…ただの布?」

そして袖にはめる。

「曲げ伸ばしもしっかりかなー。軍用宇宙服の技術を応用!って謳ってるので、やっぱアレと比較したいよね、ってことでこちら、火星連邦軍の防刃迷彩服V型も持ってきちゃいました!」

取り出されたのは、いかにもボロボロの迷彩服。補修を繰り返したようで、体のあちこちに蛍光テープで✖️印がつけられている。

「恐竜やサメ調査の必需品!っていいつつ火連崩壊からもう20年も経ってるし、近頃手に入らないもんねー。迷彩なんてフィールドじゃ危ないだけだし、代替品を待ち望んでる方も多かったんじゃないかなっと!」

「ちょっとだけ薄手で動かしやすいって感じ。いやー、同じかな?あとは性能テスト。これで代替できてくれって感じ。」


そう言って、動画中のアリアは布切れをマネキンに巻いた。

「じゃあ行くよっ、まず何にしよっかなー」

テーブルにカメラワークがうつると、そこにあるのは凶器、凶器、そして凶器。

オノ、ナタ、ハンマー、そして様々な、歯がくくりつけられた棍棒。

えーっとなんだ、テルビューチェ?


「まずナタから。じゃいくよー!」

溶接工みたいな防護メガネをつけて、ナタを思い切り振りかぶった。

ガキン、という乾いた音。

「刃こぼれしちゃった。表面にちょっと傷がついたけど…マネキンは…無傷。やっぱりこの感じ、火星の防刃チョッキに似てる。企業秘密だそうだけど、当たった瞬間に鉄みたいに硬くなるんだよねー。じゃ、次はオノで」

またもや、乾いた金属音。そして思い切り振り下ろされた金槌すら、中の発泡スチロール製のマネキンに凹み一つつけることができなかった。

「防刃性能はこんな感じ。ま、合格ね。でも…」

動画がスライドに切り替わった。

「これ、外傷整形外科の論文。恐竜咬傷の初撃は防刃迷彩服で防げるけど、ぐりぐりーっと噛みついてから力をかけ続けるタイプの攻撃には全然無力、服は繋がってても腕や足は切断されてしまうって内容。リンク貼ってるけどとにかくグロいから自己責任でね。」


「でー、その辺どうなの?って聞いてみたら、それもいけるって。

ほんと?って聞いたら、「ぜひ試してください」っていうんだけど、どうなのかなー」

そういって取り出されたのは、歯がずらりと並べられた棍棒と、ノコギリだった。

「水で濡らしたノコギリでやってみよ。まず、ゆっくり差し込む。これはやっぱり刺さるよね。で、引くと…あっ、固まった。ほら」

マネキンに突き刺さったままノコギリが屹立している。

「じゃ、今度は恐竜の歯で。」

そう言って、恐竜版テルビューチェを振り上げた。


それを見ながら、私は聞いた。

「内蔵のゲルパッチか粉末パウチが破れて、一瞬で硬化するってこと?」

「企業秘密だけど多分そうっぽい。不可逆だもん。」

「それ、間に合うの?あと海で傷が入ったりしたら危なくない?カチッって固まっちゃって」

「だからフロートとハーネスを連動させてるってわけ。浸水と硬化開始をセンシングするとフロートが膨らんで上昇し始めるし、ワイヤー付きのハーネスで引っ張り上げる運用」


「へぇ…で、その超ハイテク防護服をボクに合わせて採寸しちゃったんだ。他に着れる人いなくなっちゃうよ?」

「えへへ。ま、旅費に比べちゃ大したことじゃないし、また使うもん。ね?」


真顔で言うので、私はちょっと、口ごもってしまった。



甲板に出ると、船の様相がだいぶ変わっていた。

両弦から何本もの、細長い、竿のようなものが展開されている。

そのせいで上から見れば、すこしゲジにも似た姿になっていたことだろう。

もう少しましなたとえをするなら、古代の櫂船か。


そして、電気が入る。

各所の竿の節々から、青みがかった緑色の集魚灯が煌々と海面を照らした。


「すいませーん、本当に、これから漁をするところに飛び込んじゃっていいんですか!?」


「いけいけー。ただ船の後ろには絶対に行くなよ!だって、これを見に来たんだろ?」

船員たちはおおらかだった。


酸素ボンベを背負い、右舷に設置されたウインチに命綱がつながっていることを確認した。

そして、得体のしれない、夜の海に、飛び込んだ。

「…なんか、泳がせ釣りみたいだ」

そう思いながら。

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